平成30年10月27日(土):初稿 |
○「時効完成後の債権回収-昭和37年8月29日仙台高裁秋田支部判決復習」の続きでその原審(第一審)である昭和35年9月28日秋田地裁湯沢支部判決(最高裁判所民事判例集20巻4号712頁)を紹介します。 ○この第一審秋田地裁湯沢支部判決では、原告は、本件金7万8000円の債務は商事債務であり5年の時効にかかるからその弁済期の翌日から起算し昭和29年8月29日を以て時効消滅し、乙第2号証の手紙で債務を承認したとしても時効完成を知らないで出したものであり、時効利益の放棄には該当しないと主張しました。 ○これに対し被告は、本件債務は商事債務ではなく民法の適用で消滅時効期間は10年となり時効は完成しておらず、仮に商事債務として5年の時効が完成していたとしても乙第2号証の手紙で債務を承認し時効利益を放棄していると主張しました。 ○判決は、「被告より原告に対する、東京法務局所属公証人A作成の第8万8779号債務弁済契約公正証書に基く、強制執行は許さない。」として原告主張を全面的に認めています。公開されている判決文には、残念ながら理由部分の記載がありませんが、原告の「債務を承認したとしても時効完成を知らないで出したものであり、時効利益の放棄には該当しない」との主張を全面的に認めたと思われます。 ○それが、昭和37年8月29日仙台高裁秋田支部判決(最高裁判所民事判例集20巻4号715頁)では、「元来商事債務が5年の時効によつて消滅することは商人間に周知されているものと認めるべきであるから、反証のない限り商人たる被控訴人は本件債務が5年の商事時効の適用を受けること及び既に右の期間の経過したことを知りながら、前述のように本件債務を承認し、以て時効の利益を放棄したものと推定するのが相当」として、地裁判決を覆しています。 ○この高裁判決の理由には、「反証のない限り」、「本件債務が5年の商事時効の適用を受けること及び既に右の期間の経過したことを知りながら」とされていますので、「時効の適用を知らなかったこと」ことの「反証」をすることが出来れば、時効利益の放棄とは推定されないことになり、時効完成が認められる結果になります。 ○ところが昭和41年4月20日最高裁判決(判時442号12頁、判タ191号81頁)では、「債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されない」と債務者側に厳しくなっています。私としては、高裁判決の方が妥当と思うのですが。 **************************************** 主 文 被告より原告に対する、東京法務局所属公証人A作成の第8万8779号債務弁済契約公正証書に基く、強制執行は許さない。 訴訟費用は被告の負担とする。 事 実 原告訴訟代理人は 「被告を債権者、原告を債務者とする東京法務局所属公証人A作成の第8万8779号債務弁済契約公正証書に基く強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」若しこれが理由がないときは 「被告を債権者、原告を債務者とする東京法務局所属公証人A作成の第8万8779号債務弁済契約公正証書中金7万8000円以外の強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする」 との判決を求め、その請求の原因として (第一次的に) 第一、被告は昭和34年7月25日、東京法務局所属公証人A作成の第8万8779号債務弁済契約公正証書に基き、原告に対し金227万1490円の債権があるとして原告所有の有体動産に対し強制執行をした。 第二、しかしそれは次の理由により許されるべきものでない。 (一) (イ)原告は製材並びにその販売を業とする商人であるが,昭和22年頃訴外Bから製品の注文をうけた際、前渡金を受取つたのであつたが、その一部を履行した後原木の入手が困難であつたためその残部の履行ができないでいた。 (ロ)ところが原告は、昭和24年5月29日自宅に訴外Bの来訪を受け、同人から右の履行遅滞を責められ、且前渡金中不履行分に相応する金額の返還を迫られたので、原告はこれを支払うため、同日被告から金7万8千円を、弁済期を同年8月29日、利息を1ケ月5分と定めて借りうけ、その支払を了した。 (ハ)その際原告は被告から、右借受金について公正証書を作成するため委任状と印鑑証明書の交付を求められたが、当時原告は精神病の発病の兆候があつた為、被告の云うがままに要求に応じ、それ等を被告に交付した。 (二) (イ)しかし原告はその後間もなく精神病に罹り且被告からも何等の請求もなく9ケ年を過ぎたので、右の事実については全然忘れていた。ところが昭和33年頃から、原告は被告から再三金200万円を超える金額について請求をうけたけれども、原告には何の金か全然理解ができなかつた。 (ロ)しかし原告はその後被告から第一項記載の様に有体動産に対し強制執行を受けた際送達された公正証書謄本によつてはじめて被告は、原告が前記7万8000円の貸借をしたとき被告に交付して置いた委任状と印鑑証明書により、右債権の回収を確保するために本件公正証書を作成したことを知つた。 (ハ)しかも真実の債務が金7万8000円であるのに原告に何等のことわりもなく勝手に金額を金10万9080円に増額し、且つ遅延損害金についても何の定めもしなかつたのに壇に日歩70銭としたものであつて甚しい越権行為である。 (三)しかし乍ら原告は前記のとおり商人であり、前記金7万8000円の貸借はその営業のためになしたものであるから、その債務は商事債務である。従つて右の借受け金7万8000円と之に対する利息とは5年の時効にかかるから本件債務はその弁済期の翌日から起算し昭和29年8月29日を以て時効消滅したものである。 第三、以上のとおりであるから原告に対し前記公正証書に基き強制執行を為すことは許されるべきものでない。それでその執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁に対し、原告は被告宛に乙第2号証の2のような手紙を出したことは認めるが、これは時効完成を知らないで出したものであり、しかも分割払と利息損害金の免除を条件としての申出であつて、被告がその申出条件を承諾しない限りその債務の存在を承認したものとはならないから時効の利益の抛棄に当らない。 (予備的に) 一、仮に原告が被告に差出した乙第2号証の1、2の手紙が時効の利益の抛棄に該当するとしても、元金だけに負けてもらつたならば支払う趣旨のものであるから時効の利益の抛棄は元金だけに止まり、利息や損害金には及ばないから元金以外は当然5年の消滅時効によつて消滅したものである。 二、ところで右元金が昭和24年5月29日に借入れた金7万800円を指すか、公正証書記載の金10万9080円を指すかについて考えて見るに、金10万9080円という金額は被告が原告に貸付けた金7万8000円に勝手に利息や取立費用等を加えて公正証書に記載した金額であり、原告は有体動産の差押をうけた際初めてこれを知るに至つたものであるから前記乙第2号証の2に記載された元金とは当然金7万8000円を指していることが明白である。 従つてこれを超過する部分は授権の範囲を逸脱したもので無効である。 三、それで第一次的請求が容れられないとしても、金7万8000円を超過する部分については無効であるから、その部分に於ける執行力の排除を予備的に請求する、 と述べた。(立証省略) 被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、 原告主張の事実中第一項は認める。第二項中(一)の(イ)は不知、(ロ)は認める、(ハ)は原告が精神病の発病兆候があつたという点が不知であるほかは認める、(二)の(イ)(ロ)は不知、(ハ)は原告の了解のもとにしたものであるから擅にしたという点を否認し、(三)も否認する。 原告の本件債務は準消費貸借によつて生じたものであるから、民法の適用をうけて10年の消滅時効にかかるものと解する。従つて被告が原告に対して強制執行を為した昭和34年7月25日までは未だ9年11ケ月で10年に満たないから、まだ時効は完成していない。それで被告のなした前記公正証書に基く強制執行は適法である。 仮りに原告主張の通り5年の商事時効の適用をうけるとしても、次のように抗弁する。即ち原告は被告に対し乙第2号証の1、2を差出し、本件の債務を承認しているから時効の利益を抛棄したものである。故に被告のなした強制執行は適法で、原告の第一次的請求は理由がない。 次に原告の予備的主張の事実は、第一項、第二項ともに争う、と述べた。 (立証省略) 当裁判所は職権を以て原告X本人(第二回)の訊問をした。 ※以下、判決理由文の記述がない (昭和35年9月28日 秋田地方裁判所湯沢支部) 以上:3,671文字
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