平成29年10月27日(金):初稿 |
○「通常損耗原状回復義務発生要件を定めた最高裁判決全文紹介」の続きで、その前審で平成17年12月16日最高裁判決(判タ1200号127頁、判時1921号61頁)によって破棄された平成16年12月16日大阪高裁判決(判時1921号61頁、判タ1200号127頁)の理由文を紹介します。 ○高裁判決では、通常損耗に関する修繕費用を賃借人の負担とし、その費用を敷金から控除する本件特約は、その内容が標準契約書や通達、ガイドライン等で推奨されている契約内容と異なっていることをもって直ちに賃借人に不利益な負担であるとか公序良俗に反するものと認めることはできず、また、純然たる経年変化による損耗や通常損耗の全部までを賃借人の負担とするものではなく、敷金から控除された補修費用は賃借期間に照らしても、賃借人に不当に不利益な負担であるとか公序良俗に反するものとまで認めることはできないとしました。 ○これが最高裁で、通常損耗に原状回復義務を認めるには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとされ、高裁の見解が否定されました。 ******************************************** 三 争点(2)(本件特約の有効性)について (1)控訴人は、「本件各法令は、賃料及び家賃の3か月分を超えない額の敷金のほかは、賃借人から名目の如何を問わず金員を受領し、その他、賃借人の不当となることを賃貸の条件としてはならない旨定めているところ、敷金が基本的に賃貸借契約終了時には全額返還されるものであることに照らせば、この本件各法令の定めは、賃借人の経済的な出捐として賃料以外のものを認めない趣旨、すなわち通常損耗分の補修費用を賃料算定要素として実質賃料に含ましめることを容認していたとしても、それを月々の家賃の額に反映させるのではなく、賃料の前払的性格を有する権利金はもちろん、その後払的性格を有する敷引きや原状回復費用等によって金員を受領することも、その名目の如何を問わず容認していない趣旨である。」として、本件負担区分表は本件各法令、公序良俗に違反するもので無効であると主張している。 (2)しかしながら、本件においては、被控訴人が受領していた敷金は本件各法令の定める範囲(家賃の3か月分)内のものであるから、敷金の受領それ自体は本件各法令に反するものではない。 また、敷金は、本件契約上はもちろん、一般的にも、未払賃料のみならず、賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡完了の時において、それまでに生じた上記被担保債権を控除し、なお残額がある場合に、その残額について具体的に発生するものと解されることに照らせば、控訴人が主張するように、本件各法令が敷金から未払賃料以外を控除することを一切禁じており、補修費用を敷金から控除することが本件各法令にいう「賃借人から家賃及び敷金以外の金員を受領した」ことにあたると解することもできないというべきである。 (3)そこで、さらに、本件特約を設けることが、本件各法令にいう「賃借人の不当な負担となることを賃貸の条件とした」ものであり、公序良俗に反するかについて検討する。 ア この点について、控訴人指摘のとおり、賃貸借契約終了の際の原状回復義務の範囲については、特約のない限り、いわゆる通常損耗に関する部分はこれに含まれず、その修繕費用は賃貸人が負担すべきものと解されること、賃貸住宅の賃貸借契約適正化及びこれをめぐる紛争防止のために、所管官庁である旧建設省の諮問・委託により通常損耗に関する修繕費用を賃貸人負担とする内容の標準契約書やガイドラインが作成され、特優賃法に関する運用通達や住宅金融公庫の指導においても同様の契約書を用いるよう強く推奨されていることは前記のとおりである。 しかしながら、標準契約書や特優賃法に関する運用通達や住宅金融公庫の指導において推奨されている契約書は、紛争を未然に防止する目的で作成されたもので、契約当事者にその使用を強制するものではなく、それと異なる内容の契約がすべて直ちに賃借人に不当に不利益なものであるとか公序良俗に反するものと解されるわけではない。また、ガイドラインも、賃貸住宅の原状回復にかかる契約関係や費用負担のルールのあり方を明確にして契約内容の適正化とトラブル防止を図るために、作成時点で適正妥当と思われる一般的な基準をとりまとめたものであり、やはり、その使用が強制されたり法的拘束力を有したりするものではなく、そこでは「原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきものである」とされている。 これらの事情を考慮すれば、本件特約の内容が控訴人指摘の標準契約書や通達、ガイドライン等で推奨されている契約内容と異なることをもって、直ちに本件特約が賃借人に不当に不利益な負担であるとか公序良俗に反するものと認めることはできない。 イ また、本件特約の実質的な必要性・合理性についてみるに、この点、被控訴人は前記第二の三(2)(争点(2)に関する被控訴人の主張)オ(ア)ないし(キ)記載のとおり主張するところ、この被控訴人の主張内容にも一応の合理性を認めることができるし、本件特約は純然たる経年変化による損耗や通常損耗の全部までを賃借人の負担とするものではなく、本件特約において賃借人負担とされる通常損耗に関する修繕費用は、生活による壁や天井クロス・ふすま等の変色・汚損・破損や重量物設置等による畳や床材等のへこみ・傷等であって、これらが賃借人の居室の利用状況によって損耗の発生の有無や程度が大きく異なり得るものであり、新たな入居者との関係では従前の入居者の入居期間の長短にかかわりなく、賃貸人は一定のリフォームをする必要があることなども考慮すると、特約を設けてこれを賃借人の負担として個別に精算する方法自体は、これをあらかじめ一般的に見積もって賃料に含めて徴収する方法と較べて、むしろ合理的とも考えられる。 また、本件特約によれば、敷金から控除される補修費用は退去時まで確定しないが、前記のとおり、本件負担区分表の記載は一般的にその内容が理解し得る程度に明確であって、賃借人の予測可能性という観点から、本件特約が賃借人に不当に不利益な負担であるとか公序良俗に反するものと認めることもできないというべきである。 さらに、本件契約における賃料の設定は前記一(3)のとおりで、特優賃法や公庫法の制限賃料の範囲内のものであり、実際に本件特約により敷金から控除された補修費用は30万2547円(被控訴人の主張によれば、そのうち通常損耗分は多く見積もっても22万5036円)であって、控訴人の賃借期間(39か月)に照らしてみても、これが賃借人に不当に不利益な負担であるとか公序良俗に反するものとまで認めることは困難である(控訴人は、本件物件の賃料には、通常損耗分の補修費用もあらかじめ含まれていることになるにもかかわらず、退去時にさらにこれを賃借人に負担させることは家賃と退去時の精算金という修繕費用の「二重取り」であって不当である旨主張するが、本件物件について設定された具体的な賃料に、本件負担区分表で賃借人負担とされた通常損耗分に関する修繕費用が含まれているかは明確でなく、控訴人の主張はこれを認めるに足りる的確な証拠がない。)。 (4)以上検討したところによれば、控訴人指摘の事情を考慮しても、本件特約が本件各法令、公序良俗に違反するものであると認めることはできないから、この点に関する控訴人の主張は、採用できない。 以上:3,294文字
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