平成28年10月 6日(木):初稿 |
○建物賃貸借契約には、種々の特約が定められることがあります。その特約について旧借家法第6条で「前7条ノ規定ニ反スル特約ニシテ賃借人ニ不利ナルモノハ之ヲ為ササルモノト看做ス」、現行借地借家法第30条で「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。」として「賃借人に不利なもの」は、強行規定違反として無効としています。 ○この「賃借人に不利なもの」の認定基準については、旧借家法下で、①当該契約条件自体について個別的に決めるべきか、②他の諸条件を斟酌して総合的に決めるべきかの二説が対立していました。この問題について、昭和44年10月7日最高裁判決(判時575号33頁)は、②他の諸条件を斟酌して総合的に決めるべきとの説を採用しました。以下、当該判例全文を紹介します。 ******************************************** 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告理由(一)について。 論旨は、本件店舗賃貸借契約における、第三者が2年以内に横芝東町内でパチンコ店を開業したときはその後一週間以内に被上告人が上告人に対して本件店舗を返還すべき旨の原判決認定の特約は、賃借人に不利な特約であつて無効とすべきものと主張する。 しかし、原判決の適法に確定したところによれば、上告人は被上告人と競業するパチンコ店営業を2年間同町内で行なわないことを約し、その補償として被上告人は上告人に75万円を交付し、上告人がこれに違反したときは右金額を返還することとし、さらに、第三者が右期間内に同町内で同一営業をした場合にも上告人自身が営業をした場合と同一に取り扱うことを約したというのであり、また、本件店舗賃貸借契約は、右競業禁止契約と同時にこれと一体不可分のものとして締結され、店舗返還に関する前示特約が付されたものであるというのであつて、これらの事実によれば、上告人自身に右競業禁止契約違反がなくとも、第三者が同一営業を開始し、したがつて、競業禁止契約によつて被上告人の意図したところが事実上達成されえなくなつた場合には、右75万円の出捐もその理由がなくなるのでこれを返還させることとし、他方、被上告人において本件店舗を賃借し占有しておくことに格別の利益もなくなるため、賃貸借契約を終了させることとしたものと解される。 このような事実関係のもとにおいては、店舗の返還に関する前記特約は、所論のように、一定の事実の発生を条件として当然に賃貸借契約を終了させる趣旨のものではあるが、借家法の規定に違反する賃借人に不利な特約とはいえず、同法6条によつて無効とされるものではないと解するのが相当である。けだし、特約が賃借人に不利なものかどうかの判断にあたつては、特約自体を形式的に観察するにとどまらず特約をした当事者の実質的な目的をも考察することが、まつたく許されないものと解すべきではなく、本件のように競業禁止契約と結合された特殊な賃貸借契約において、上述の趣旨によつて結ばれた特約は、その効力を認めても、賃借人の利用の保護を目的とする同法の趣旨に反するものではないということができるからである。したがつて、右特約が有効なことを前提として、本件店舗賃貸借契約が終了したものと判断した原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 同(二)および(三)(1)について。 本件店舗賃貸借契約の終了に関する特約は上述のとおり有効と解されるものであるところ、右特約に基づく契約の終了により被上告人が上告人に本件店舗を明け渡すべき義務と、上告人が被上告人に75万円を返還すべき義務とが、契約に基づき同時履行の関係に立つものとした原判決の事実認定・判断は、その挙示する証拠に照らして是認することができ、したがつて、原判決が、75万円の支払と引換えに本件店舗を明け渡すべきものとした判断ならびに右の支払がされるまでは被上告人において店舗明渡につき債務不履行の責を負わないものとした判断は、いずれも正当であつて、これに所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 同(三)(2)について。 原判決によれば、被上告人は、本件賃貸借契約終了後は、本件店舗を同時履行の抗弁権の行使のためにのみ占有しており、これを実際に使用収益してはいないというのであるから、被上告人について本件店舗の占有により賃料相当額の利得が生じていないものとした判断は是認することができ、所論のように、上告人においてその間本件店舗を使用しえないことによる損失をこうむつたとしても、不当利得返還を認めるべきものとはいえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美) ******************************************** ○賃借人の都合で期間途中に解約された場合の敷金不返還の特約について、この不返還特約は、一定の時期以前に賃貸人側の帰責事実によらずに賃借人の都合で賃貸借契約が解約された場合に生ずべき賃貸人の損害を担保するとともに、その損害額を敷金から控除した残額を没収する旨の一種の損害賠償の予定であると解せられ、そしてさらに、本件賃貸借の約定期間が10年であるのに対し、この特約の効力を有する期間が賃借人において本件建物を使用収益しうる時から3年に限られていること、その期間中の解約によつて賃借人が失うであろう敷金額が賃料の6か月分に該当し不当に高額とは必ずしもいえないこと等の事情も加えて考えると、右特約が借家法6条に直接違反しないことはむろんのこと、実質的にも反しないし、また借家法の精神に反するともいまだ解することはできないとした昭和50年1月29日東京地裁判決(判時785号89頁)全文を紹介します。 ****************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 第一 当事者の求めた裁判 一 原告 1 被告は原告に対し金132万9300円およびこれに対する昭和49年4月11日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 との判決ならびに仮執行の宣言。 二 被告 主文と同旨の判決。 第二 当事者の主張 一 請求の原因 1 ジェー・ビー・エム株式会社(以下、破産会社という)は、昭和49年5月30日東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日原告がその破産管財人に就任した。 2 破産会社は、昭和48年6月20日被告との間で、被告から別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という)を、賃料一か月22万1550円、期間昭和48年11月1日から10年、敷金132万9300円の約定で賃借する旨の契約を締結し、同日右敷金を被告に支払った。 3 破産会社は、昭和49年4月10日被告との間で右賃貸借契約を合意解除し、同日右建物を被告に対し明渡した。 4 よって原告は、敷金132万9300円と、これに対する右建物明渡の翌日である昭和49年4月11日から支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 二 本案前の抗弁 被告は、札幌市に住所地を有し、かつ、本件は不動産に関する訴であるところ、本件建物の所在地も札幌市であるから、東京地方裁判所には管轄権はない。 三 請求の原因に対する答弁 請求原因事実は、すべて認める。 四 抗弁 本件建物の賃貸借契約締結の際に、破産会社と被告は、破産会社が昭和51年10月31日までの間に右賃貸借契約を解約した場合、敷金は返還しない旨の特約をなした。 五 抗弁に対する答弁 抗弁事実は認める。 六 再抗弁 本件敷金は、賃借人たる破産会社の賃料債務の担保のために被告に差入れられたもので、賃料の前払の性質を有するところ、被告は、本件建物を破産会社から明渡を受けた後第三者に賃貸し収益をあげているから、賃料を二重どりしている結果になり、また破産会社が本件建物を明渡した以上、右目的のため本件敷金を被告が保有すべき理由はなく、したがって被告主張の特約は、借家人を保護する借家法の精神に反しており、借家法6条に違反して無効である。 七 再抗弁に対する答弁 争う。 理 由 一、まず被告の管轄違いの抗弁から考えるが、本件敷金返還債務は、持参債務である(被告は取立債務の特約ある旨主張、立証していない)から、義務履行地の裁判所として当裁判所にも本訴につき管轄権があることは明らかである。故に、被告の右主張は理由がない。 二 請求原因事実および抗弁事実は、いずれも当事者間に争いがない。 そこで原告は、本件の敷金不返還の特約は無効であると主張する。しかしながら、前記争いのない事実にかんがみると、右不返還特約は、一定の時期以前に賃貸人側の帰責事実によらずに賃借人の都合で賃貸借契約が解約された場合に生ずべき賃貸人の損害を担保するとともに、その損害額を敷金から控除した残額を没収する旨の一種の損害賠償の予定であると解せられ、そしてさらに、本件賃貸借の約定期間が10年であるのに対し、右特約の効力を有する期間が賃借人において本件建物を使用収益しうる時から3年に限られていること、その期間中の解約によって賃借人が失うであろう敷金額が賃料の6か月分に該当し不当に高額とは必ずしもいえないこと等の事情も加えて考えると、右特約が借家法六条に直接違反しないことはむろんのこと、実質的にも反しないし、また借家法の精神に反するともいまだ解することはできない。 したがって、原告の右主張は採用できず、他に主張、立証のない以上、被告において本件敷金を返還する義務はないといわざるをえない。 三 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 大沢巌) 以上:4,164文字
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