平成23年 8月15日(月):初稿 |
○久しぶりに賃貸借の話題です。 平成23年3月11日東日本大震災は、津波による被害が喧伝されていますが、平成5年発生阪神淡路大震災に比べると規模は小さいものの地震の揺れによる建物被害も相当程度ありました。阪神淡路大震災では倒壊した建物が多かったのですが、東日本大震災では倒壊までは至らず、駆体にヒビが入り或いは傾くなどしながら中途半端に残された状態の建物が多そうです。この中途半端に残った建物の賃貸借で、賃貸人は危険だから解除したいが、賃借人はそこの居住・使用利益を手放しがたく解除には応じられない、危険の除去は賃貸人の修繕義務に含まれるから、賃貸人が修繕して賃貸借契約は継続すべきと主張して争いになります。 ○このような争いの参考になる裁判例を紹介します。昭和35年1月30日東京地裁判決(判タ103号41頁、判時215号30頁)です。 事案は、 Aは、約80坪の木造瓦葺二階建アパート所有者で、B等18名は各室の賃借人で、このアパートは昭和12年4月頃建築ですが、その敷地が低湿地であるため腐朽甚だしく、そのまま使用を続けることは危険な状態でした。Aは、アパート築後20年経過した昭和32年3月26日B等に対し、朽廃を理由として本件家屋の賃貸借を同年9月30日限り解約すべき旨の申入をし、これによる賃貸借の終了を原因として本件家屋の明渡を求めたところ、B等は、本件家屋に部分的な朽廃はあるが、修理すれば充分に使用できるし経済上の採算もとれると争ったものです。 ○東京地裁判決は、本件家屋の朽廃状況を次のように認定しました。 (1)外壁内壁とも亀裂剥落し、鉄板部分は腐蝕し、雨樋は皆無である。 (2)屋根は不陸を生じている。 (3)土台は腐朽して殆んど無いところが多く、又柱根元も腐朽している。 (4)西南側と西北側が既に一尺内外も沈下しているため、土台、床、その横架材は水平でなければならないのに、傾斜して建物が所謂不同沈下している。 (5)かように床、屋根、柱が傾斜しているので、危険状態にあり、少し大きな地震にあえば倒壊のおそれがあつて、このままでは殆んど耐久力がなく、住宅として使用するには適さない。 (6)現状のままでは危険であるから使用可能のように根本的に改造するとすれば、約189万円を要し、又危険を防ぐ程度の最小限の修理でも約95万円(その内家屋の構造部分の修理費は68万5000円)を要し、なお以後年々6万円位の修理費を要する見込である。 ○この事実認定に基いて、判決は本件解約申入の当否につき次のように判示して解約申し入れの正当事由を認めました。 思うに家屋の賃貸借にあつては、賃貸人は賃借入に該家屋を使用せしめる義務があるから、これに必要な修理をなす義務あることは当然である。反面賃借人は木造家屋など一定の耐用命数あることを前提として、これを賃借しているのだから、耐用命数のつきかけている建物については、賃貸人の解約申入に応ずべきであつて、これに反しさような建物でも大修理によつて使用が可能となる限り、賃貸人としては何時までも修理を施し、賃貸借を継続する義務があると解することは、多額の費用をかけて大修理をなすことに諸種の経済的事情が絡むことを考えると、公平の観念に反し賃貸人に酷であろう。 その対価たる賃料は借家法第7条や地代家賃統制令第7条により増額の途はあるにしても、程度問題であるから、右の解釈の妨げとなるものではあるまい。ところで本件建物が前示のようにいたんでいるのは、前に触れたように建築後20年を経過したこと、丘の下にあるという特殊の地理的条件のため特別排水が悪く湿気が多いこと、戦時中及び戦後の物資不足、統制による低家賃のため、排水防湿工事が完全にできなかつたこと、これらがその大きな原因であるから、あながち賃貸人の怠慢として責めるわけにはいかないであろう。 而して前認定の如く本件建物は昭和33年8月当時殆んど耐久力なく、そのままで使用することは危険な位であり、而も根本的に改築するとすれば金189万円、危険を防ぐ程度の最小限の修理でも金94万8000円を要し、なお以後年々6万円程度の補修費を要する見込みと言うのであるから、右の事由は耐用命数の上からも、公安上からも、又経済上からも解約申入れの正当事由に該るものと謂うべきである。 以上:1,773文字
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