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映画”1917 命をかけた伝令”を観て-戦場没入体験できます-再鑑賞2

令和 2年12月 6日(日):初稿
○「映画”1917 命をかけた伝令”を観て-戦場没入体験できます-再鑑賞1」を続けます。
この映画は、1917年、第一次世界大戦を舞台にした戦争ドラマで、戦地に赴いたイギリス兵士2人が、遠く離れた戦地の部隊に総攻撃停止命令を伝える重要な任務を命じられ、たった2人で最前線に赴き、最後は1人生き残った兵士が、辛うじて任務を果たすまでの経緯をワンカット編集で表現したものです。

○戦地をかいくぐって遠く離れた部隊まで行き着くまでの経緯で、何しろ激しい戦闘が行われた跡地を通るのですから、彼方此方に、戦死者の遺体が散らばっています。目的地直前の川には、兵士だけでなく一般人と思われる遺体も多数浮いており、それを踏み越えて進行する場面もありました。

○「戦争とは殺すか、殺されるかであり、殺さなければ、殺される」ことをシッカリ自覚させられる映画ですが、戦闘地跡の彼方此方散らばった戦死者遺体はその後、如何に処理されるか大変気になりました。戦死者の遺体処理のキーワードでネット検索すると色々記事が出てきます。戦国時代の合戦後の死体処理については、その地を治めていた領主などが首塚などをたてて葬るのが原則だが、実際は、その地を耕す農民が処理していたなどの説明が掲載されています。

○教えて!gooの「戦争中、敵兵の遺体はどうしたんでしょうか?」との質問には多数の回答例が掲載されています。以下、備忘録です。
・シンガポールには日本軍と戦った英軍やオーストラリア軍ほかの兵士の墓地があるが、戦後に整理された
・アッツ島だったか・・・・結局は日本軍が負けた戦いだが、日本軍側が米兵を埋めてしるしの立て札を立てた写真を見た
・日本側は同胞の遺体も、大きな穴を掘ってその中に投げ入れることもあった
・日本側の場合、戦死の知らせが来ても、遺族が渡された骨つぼには石や砂しか入っていなかったという場合も多かった
・水木しげるさんの本には、せめて小指の先だけでも持って帰ってやろうと、死んだ仲間や死にそうな仲間の指先を切る場面がある
・占領軍が埋める場合は儀式めいたことはせず、埋めっぱなし、運よく現地住民に埋められた場合は、埋葬になることもある
・空襲のあった翌朝は道に遺体が散乱し、その遺体をまたぎながら会社に出勤し、夕方仕事を終えて帰ってくると、道の両側に遺体が積上げられていて、そのうちの何人かは、身内を探しに来た人が連れて帰るけれど身元がわからない人はそのままになっていて、次の日くらいには、それもなくなっていた
・米軍が残した写真だと、ショベルカーで掘った穴に日本兵の遺体をブルドーザーで放り込んでいる
・米軍では特に敵の情報分析をプロファイルする為に積極的に文書を蒐集して分析、日本兵の日記や手紙から情報が得やすかった
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