令和 5年 1月11日(水):初稿 |
○「相続人妻が受領した死亡保険金を特別受益非該当とした家裁審判紹介」の続きで、その抗告審令和4年2月25日広島高裁決定(判時2536号59頁)関連部分を紹介します。 ○広島高裁も、「本件死亡保険金は、被相続人の死後、妻である相手方の生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、相手方は現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、抗告人は、被相続人と長年別居し、生計を別にする母親であり、被相続人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。」として広島家裁審判を追認しました。 ○本件死亡保険金合計額は2100万円は、被相続人の相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2・7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4・6倍で、その遺産総額に対する割合は非常に大きいけれども、嫁は借家住まいのところ、姑は持ち家(夫の遺産不動産)に長女・二女と同居して、被相続人とは別家計で暮らしていた事情等を総合考慮したもので、単に遺産額と保険金額の対比だけの判断ではなく、妥当な判断です。 ********************************************** 主 文 1 本件抗告を棄却する。 2 抗告費用は抗告人の負担とする。 理 由 第1 本件抗告の趣旨 1 原審判主文第2項を次のとおり変更する。 2 相手方は、原審判主文第1項の遺産を取得した代償として、抗告人に対し、459万0665円を支払え。 第2 事案の概要(以下、略称は原審判の例による。) 1 抗告人は、令和2年9月18日、広島家庭裁判所に、被相続人の遺産の相続につき、遺産分割の調停を申し立てた(同裁判所令和2年(家イ)第1344号)。 同調停は、令和3年10月1日不成立となり、審判手続に移行した(原審)。 2 原審は、〔1〕相手方が原審判別紙1遺産目録(遺産目録)記載の遺産全てを取得し、〔2〕その代償として相手方が抗告人に対し153万0222円を支払うよう命じる旨の審判をしたところ、抗告人がこれを不服として本件抗告を申し立てた。当審においては、主要な争点として、被相続人を保険契約者兼被保険者とし、相手方を保険受取人とする定期保険特約付終身保険及びがん保険に係る各保険契約に基づき相手方が取得した死亡保険金請求権(本件死亡保険金)を、民法903条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かが争われている。この点についての当事者の主張は、後記3の本件抗告の理由のほか、原審判の「理由」の第3の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。 3 本件抗告の理由は、別紙抗告理由書《略》(写し)記載のとおりであり、その要旨は次のとおりである。 (抗告理由の要旨) 本件死亡保険金については、以下の各事情に鑑みると、民法903条の類推適用により、これを特別受益に準じて持戻しの対象とすべきである。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 相続の開始、相続人及び相続分並びに遺産の範囲及び評価は、原審判の「理由」の第1及び第2に記載のとおりであるから、これを引用する。 2 本件死亡保険金の持戻しの当否について (1)認定事実 事実の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。 ア 抗告人(1939年生)は、被相続人(昭和39年生)の母であり、従前は被相続人と同居していたが、後記イのとおり昭和の終わり頃に相手方(昭和42年●月生)との同居を開始した被相続人と別居し、生計も別となった。 イ 被相続人と相手方は、昭和の終わり頃から借家で一緒に暮らすようになり、平成9年10月13日に婚姻した。 ウ 相手方は、被相続人と同居する前に准看護師として1年就労したことがあったが、同居開始後は、被相続人が死亡するまでの間、専業主婦であり、被相続人及び相手方は、専ら被相続人の収入によって生計を維持してきた。 被相続人は、死亡するまで、運送会社にトラック運転手として勤務しており、平成9年当時は手取りで月額30万円ないし40万円程度、平成28年当時は月額20万円ないし30万円程度の給与のほか、年2回の賞与(平成28年夏期は約29万円)を得ていた。 エ 平成2年8月1日、被相続人は、本件保険のうち原審判別紙2保険目録1記載の保険契約(以下「本件保険1」という。)を締結した。本件保険1は、55歳で保険料が払済みとなるまでに被保険者である被相続人が死亡等した場合には、定期保険に係る高額の死亡保険金が支払われる定期保険特約付終身保険であり、契約締結当初の死亡保険金額は3000万円であり、その受取人は被相続人の父であったが、被相続人が相手方と婚姻した後、保険料を月額約1万2000円に抑えるために死亡保険金額が2000万円に減額されるとともに、その受取人が相手方に変更された。 オ 平成13年1月29日、被相続人は、本件保険のうち原審判別紙2保険目録2記載の保険契約(以下「本件保険2」という。)を締結した。本件保険2は、いわゆるがん保険であり、保険料は月額約2000円で、がんを原因とする死亡についての死亡保険金が100万円であり、その受取人は相手方とされた。なお、抗告人は、被相続人が本件死亡保険金を抗告人と相手方とで分けてほしいと発言していた旨を述べるが、裏付けとなる証拠はなく、反対趣旨の相手方の審問期日における供述に照らし、採用できない。 カ 被相続人の父(抗告人の夫)は、平成22年に死亡したところ、被相続人は同父の遺産を相続せず、同父と抗告人との夫婦間の長女(被相続人の姉、昭和37年生)が同父の自宅不動産を相続するなどしており、同不動産には、抗告人、同夫婦間の長女及び二女(被相続人の妹、昭和41年生)の3人が暮らしている。 キ 公益財団法人生命保険文化センターの生活保障に関する調査(平成28年度速報版)によると、男性加入者が病気によって死亡した際に民間生命保険により支払われる生命保険金額の平均は、平成3年で2647万円、平成28年で1850万円であった。また、金融広報中央委員会の家計の金融行動に関する世論調査(2016年)によると、世帯主が20歳以上でかつ世帯員が2名以上の世帯の金融資産の保有額は、平均値が1078万円、中央値が400万円であった。 ク 被相続人の相続開始時には、被相続人の遺産として、原審判別紙3相続開始時遺産目録記載の各財産(評価額合計772万3699円)が存在した。 (2)検討 ア 被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。 イ これを本件についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、被相続人の相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2・7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4・6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいといわざるを得ない。 しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険金の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。 次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、被相続人と相手方は、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、相手方は一貫して専業主婦で、子がなく、被相続人の収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、相手方との婚姻を機に死亡保険金の受取人が相手方に変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、被相続人の手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、被相続人の死後、妻である相手方の生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、相手方は現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、抗告人は、被相続人と長年別居し、生計を別にする母親であり、被相続人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。 ウ 抗告人は、まず、〔1〕相手方名義の●●生命保険の保険料合計172万4307円、〔2〕相手方名義の銀行の預貯金合計227万6049円、〔3〕相手方が被相続人死亡日に被相続人の預金口座から引出した50万円、〔4〕相手方が受け取った死亡退職金47万5282円の合計497万5638円について、相手方は被相続人の財産から利得を得ている旨を主張する。 しかし、前記〔1〕ないし〔3〕の各点については、別訴(広島地方裁判所平成30年(ワ)第●号)において、抗告人の相手方に対する不当利得返還請求を棄却する判決が確定しているところ、前記〔1〕及び〔2〕については、専業主婦である相手方が、夫である被相続人の給与を原資として、前記〔1〕の保険料の支払をしたり、前記〔2〕の預貯金を保有したりしても抗告人との関係で不公平な事情には該当しないというべきであるし、一件記録によれば、被控訴人は、前記〔3〕の50万円を払い戻した後、当該金員を用いて被相続人の入院費用、葬儀費用その他の被相続人のために必要な費用を支払ったことが認められ、前記50万円を利得したとは認められない。 また、抗告人は、前記第2の3(1)のとおり、前記のほか、相続開始時に存在した遺産評価額合計772万3699円と遺産目録記載の遺産総額459万0665円との差額313万3034円について、相手方が利得を得ている旨主張するが、相手方は、被相続人の死亡後、前記のとおり被相続人のために必要な費用を支出したと認められるところ、上記差額も当該費用が支払われたことがうかがわれる上、仮に相手方が上記差額から前記費用を支出した残額を一定程度自己の元に留めているとしても、そのうち抗告人との関係で不当利得が成立する部分は本件遺産分割手続外で抗告人に返還されるべきものであるし、その不当利得の成立しない部分につき相手方が利益を得るものと考慮しても、これをもって前記イの判断を左右する事情になるとまで評価することは困難である。 エ 抗告人は、前記第2の3(2)のとおり、相手方が十分に生活するだけの資力、能力等を有していることも考慮すると、相手方が専業主婦であったことなどを理由として、本件死亡保険金の持戻しの有無に関して相手方に有利に勘酌することは許されない旨主張する。しかし、前記(1)のとおり、相手方は、被相続人との同居を開始した後、被相続人が死亡するまでの間一貫して専業主婦であったものであり、その年齢も考慮すると,2か月ごとに19万円の遺族年金を受給していることを考慮しても、現時点で十分に生活するだけの資力、能力等を有しているとは認められないから、抗告人の前記主張には理由がない。 オ 抗告人は、前記第2の3(3)のとおり、本件死亡保険金が相手方の生活を保障する趣旨のものであることを考慮しても、相手方の取得額が2910万8717円に上ることからすると、前記趣旨を理由として前記持戻しを否定するのは背理である旨を主張する。 しかしながら、そもそも上記金額は、前記ウの497万5638円及び313万3034円について相手方が利得を得ていることを前提とした額であって、そのまま採用することはできない上、前記ウで説示したところによれば、このうち一定額について相手方が利得を得ていることを考慮しても、前記イの判断を左右する事情になるとまではいえない。 カ 抗告人は、前記第2の3(4)のとおり、抗告人は相手方よりも生活を保障する必要性が高い旨主張するが、昭和の終わり頃に被相続人と別居して以来、被相続人とは生計を別にしていたものであって、抗告人の陳述内容を前提としても、被相続人の父が死亡した平成22年以降、基本的には二女の収入により長女も含め3人で生活を継続してきたものであり、他方で、相手方は被相続人との同居を開始した後は専ら被相続人の収入により生活してきたものであることからすると、2か月ごとに19万円の遺族年金を受給していることを考慮しても、抗告人が相手方よりも生活を保障する必要性が高いとまではいえないから、抗告人の前記主張には理由がない。 キ 以上より、本件死亡保険金を特別受益に準じて持ち戻すべきである旨の抗告人の主張には理由がない。 3 当裁判所が定める分割方法 当裁判所も、相手方に遺産を全て取得させた上、相手方には、抗告人に対し、153万0222円の代償金を支払わせるのが相当であると判断する。その理由は、原審判の「理由」の第4に記載のとおりであるから、これを引用する。 4 結論 よって、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 金子直史 裁判官 光岡弘志 若松光晴) 別紙 抗告理由書《略》 以上:5,752文字
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