令和 5年 1月10日(火):初稿 |
○被相続人が夫で、相続人が法定相続分3分の2の妻と、法定相続人3分の1の実母即ち相続人が嫁と姑だけの場合、妻の受領した死亡保険金が特別受益に該当するかどうかが争いになった令和3年12月17日広島家裁審判(判時2536号63頁)関連部分を紹介します。 ○姑は、相続開始時の遺産総額が772万3705円に過ぎないのに対し、本件死亡保険金の総額は2100万円に上っており、本件死亡保険金を特別受益に準じて持ち戻さなければ、非常に不公平な結果となるとして死亡保険金が特別受益に該当すると主張しました。 ○平成16年10月29日最高裁決定は「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる。」としており、「不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情」の有無が争点です。 ○広島家裁は、「本件死亡保険金は、被相続人の死後、妻である相手方の生活を保障する趣旨のものであったと認められる。加えて、本件死亡保険金の額が、夫婦間の一般的な生命保険金額と比して、さほど高額なものとはいえないこと(前記3(1)カ)、申立人は、被相続人とは長年別居し、生計を別にする母親であること(前記3(1)ア)等の事情をも踏まえると、上記特段の事情が存するとは認められない。」としました。妥当な判断と思われます。 ******************************************** 主 文 1 被相続人の遺産を、次のとおり分割する。 相手方は、別紙1遺産目録《略》(以下「遺産目録」という。)記載の遺産全てを取得する。 2 相手方は、前項の遺産を取得した代償として、申立人に対し、153万0222円を支払え。 3 手続費用は各自の負担とする。 理 由 本件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は以下のとおりである。なお、申立人の国籍はCであるが、被相続人の最後の住所地は日本国内にあるから、国際裁判管轄は日本にある。また、被相続人の国籍は日本であるから、準拠法は日本法となる(法の適用に関する通則法36条)。 第1 相続の開始、相続人及び相続分 1 被相続人は、平成28年●月●日に死亡し、相続が開始した。 2 その相続人は、母である申立人及び妻である相手方の2名であり、法定相続分は、申立人が3分の1、相手方が3分の2である。 第2 遺産の範囲及び評価 1 遺産の範囲 (中略) 第3 死亡保険金の持戻し 1 申立人の主張 (1)相手方は、別紙2保険目録《略》記載の各保険契約(以下「本件保険」という。)の死亡保険金の受取人となっているところ,以下の各事情によれば、本件保険の死亡保険金請求権(以下「本件死亡保険金」という。)については、これを特別受益に準じて持戻しの対象とすべき特段の事情がある。 ア 死亡保険金請求権を特別受益に準じて持戻しの対象とするかについての基本的な考慮要素は、保険金の額及びこの額と遺産の総額との比率であるところ、本件においては、相続開始時の遺産総額が772万3705円に過ぎないのに対し、本件死亡保険金の総額は2100万円に上っており、本件死亡保険金を特別受益に準じて持ち戻さなければ、非常に不公平な結果となる。 (中略) 3 認定事実 (1)事実の調査の結果によれば、以下の各事実が認められる。 ア 申立人は、被相続人の母であり、被相続人と相手方との同居開始まで、被相続人と同居していたが、その後は別居し、生計も別となった。 イ 被相続人と相手方は、昭和の終わり頃から同居して一緒に暮らすようになり、平成9年10月13日に婚姻した。 ウ 相手方は、被相続人との同居開始後、被相続人が死亡するまでの間、専業主婦であり、被相続人及び相手方は、専ら被相続人の収入によって生計を維持してきた。 エ 平成2年8月1日、被相続人は、別紙2保険目録《略》1記載の保険契約を締結した。なお、契約締結当初、死亡保険金額は3000万円であり、死亡保険金の受取人は被相続人の父であったが、被相続人と相手方の婚姻後、保険金額を2000万円に減額し、また、保険金の受取人も相手方に変更された。(●●保険株式会社作成の「回答書」) オ 平成13年1月29日、被相続人は、別紙2保険目録《略》2記載の保険契約を締結した。 カ 公益財団法人生命保険文化センターの調査によると、男性加入者が病気によって死亡した際に民間生命保険により支払われる生命保険金の額は、平成3年の平均が2647万円、平成28年の平均が1850万円である。 キ 被相続人の相続開始時には、被相続人の遺産として、別紙3相続開始時遺産目録《略》記載の各財産(評価額合計772万3699円)が存在した。 (2)申立人は、被相続人が本件死亡保険金を申立人と相手方とで分けてほしいと発言していた旨を述べるが、これを裏付ける証拠はなく、認めることはできない。 4 検討 (1)被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となるものと解される(最高裁平成16年(許)第11号同年10月29日第二小法廷決定・民集58巻7号1979頁参照)。 (2)そこで検討すると、本件死亡保険金の合計は2100万円であり、被相続人の相続開始時の遺産総額(前記3(1)キ)の約2・7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額の約4・6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きい。しかし、被相続人と相手方は、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、相手方は一貫して専業主婦で、被相続人の収入以外に、収入を得る手段がなかったこと(前記3(1)イ及びウ)からすると、本件死亡保険金は、被相続人の死後、妻である相手方の生活を保障する趣旨のものであったと認められる。加えて、本件死亡保険金の額が、夫婦間の一般的な生命保険金額と比して、さほど高額なものとはいえないこと(前記3(1)カ)、申立人は、被相続人とは長年別居し、生計を別にする母親であること(前記3(1)ア)等の事情をも踏まえると、上記特段の事情が存するとは認められない。 (3)申立人は、〔1〕相手方名義の●●生命保険の保険料合計172万4307円、〔2〕相手方名義の銀行の預貯金合計227万6049円、〔3〕相手方が被相続人死亡日に被相続人の預金口座から引き出した50万、〔4〕相手方が受け取った被相続人の死亡退職金47万5282円の合計497万5683万円について、相手方は被相続人の財産から利得を得ている旨を主張する(前記1(1)イ)。 しかし、まず、上記〔1〕ないし〔3〕の各点については、別訴(広島地方裁判所平成30年(ワ)第●号)において、申立人の相手方に対する不当利得返還請求を棄却する判決が確定しているとおり、相手方が利得を得たものとは認められない。また、上記〔4〕については、被相続人と相手方は夫婦であるから、約50万円弱程度の死亡退職金を受け取ったとしても、申立人との関係で格別不公平とはいえず、上記特段の事情の判断に影響を与えるような事情ではない(なお、上記〔1〕及び〔2〕についても、専業主婦である相手方が、夫である被相続人の給与を原資として、上記の程度の保険料の支払をしたり、預貯金を保有したりしても申立人との関係で不公平な事情には該当しないといえる。)。 したがって、申立人が主張するこれらの事情を踏まえても、上記特段の事情が認められない旨の認定は左右されない。 (4)したがって、本件死亡保険金を特別受益に準じて持ち戻すべきである旨の申立人の主張には理由がない。 第4 当裁判所の定める分割方法 1 具体的取得分額 本件において、当事者双方の法定相続分を修正する事情はないから、その具体的取得分額は、申立人が153万0222円(459万0665円×1/3。1円未満四捨五入。以下同じ。)、相手方が306万0443円(459万0665円×2/3)となる。 2 当事者の意見 当事者双方が、本件死亡保険金を特別受益に準じて持戻しの対象としない場合には、全ての遺産を相手方が取得し、申立人に代償金を支払う方法でよい旨を述べている。 3 分割 上記2の当事者の意見に従い、相手方に遺産を全て取得させた上、相手方には、申立人に対し、申立人の具体的取得分額である153万0222円の代償金を支払わせることが相当である。なお、相手方は、遺産である預貯金を取得することから、上記代償金の支払能力があると認められる。 第5 結論 よって、手続費用は各自の負担とすることとして、主文のとおり審判する。 (裁判官 三好治) 別紙1 遺産目録《略》 別紙2 保険目録《略》 別紙3 相続開始時遺産目録《略》 以上:4,033文字
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