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遺言文言の有効性が争われた事案で有効性を認めた地裁判決紹介

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令和 4年12月16日(金):初稿
○「私に万一の事あれば本件全てを実弟にお渡し下さい」との書面を残して自殺した被相続人亡Aの相続人である妻と子供たちが、実弟に対し、本件書面は記載の明確性に欠けることなどから自筆証書遺言として無効であるとの確認を求めました。

○遺言文言が特定されているかどうかの争いですが、本件書面が作成された当時の事情及びこれを作成した自殺者の置かれていた状況などを考慮して、自殺者の真意を探求し、本件記載の趣旨を確定すると、「万一の事」とは自らの死亡を意味し、「本件全て」とは本件書面が置かれていた引き出しの中に保管されていたものをさすとした上、「お渡し下さい」が贈与を意味するものではないとはいえないなどとして、本件遺言の有効性を認め、請求を棄却した平成21年3月23日大阪地裁判決(判時2043号105頁)関連部分を紹介します。

○Aは、入退院を繰り返した後、妻と子らとは完全に別居し、妻から離婚調停を申し立てられ、そのことがアルコール依存症の原因であると考えるようになり、入院中は経済的にも窮し、平成11年4月以降疎遠になっていた被告弟に援助を求めざるを得ない状況にあり、弟がこれに応じて退院の手続やワンルームマンションを賃借する際に連帯保証人になるなどして、兄弟の関係を修復していったことが考慮されました。

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主  文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第一 請求

 亡Aが平成17年1月17日にした別紙記載の自筆証書遺言は無効であることを確認する。

第二 事案の概要
一 本件は、亡A(以下「A」という。)の相続人である原告らがAの弟である被告に対し、Aが平成17年1月17日に作成した別紙(以下「本件書面」という。)の記載が明確性に欠けることなどから、本件書面が自筆証書遺言として無効であることの確認を求めている事案である。

二 争いのない事実
(1) Aは、昭和47年5月18日、原告X1(以下「原告X1」という。)と婚姻の届出をして夫婦となったが、平成17年9月1日、死亡(自殺)した。当時、Aは、株式会社a製作所(以下「a製作所」という。)の役員であった。

(2) Aの相続人は、妻の原告X一、子の原告X2(昭和○年○月○日生まれ。以下「原告X2」という。)、原告X3(昭和○年○月○日生まれ。以下「原告X3」という。)及び原告X4(昭和○年○月○日生まれ。以下「原告X4」という。)である。
 被告は、Aの弟である。

(3) Aの死亡後、a製作所のAの執務机の中から、Aが平成17年1月17日に作成した本件書面、すなわち、「私に万一の事あれば本件全てを実弟Yにお渡し下さい。平成17年1月17日A 印」「Y 住所 〒〈省略〉 川西市〈以下省略〉 電 〈省略〉 モバイル(ケイタイ)〈省略〉」との記載のある書面(甲1、乙1)が発見された。

三 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 原告ら
ア 遺言は、明確に内容が確定される必要があるところ、本件書面の記載は明確性に欠けるから、遺贈するという内容の遺言として無効である。すなわち、本件書面中の「万一の事」の意味が不明確であり、「本件全て」がそもそも何を指すのか、机の中の物であるのか全財産であるのか不明確であり、また、執務机の中には、遺品でない会社の実印、書類や使用されていない通帳、カードが整理されていない状態で保管されていたから、遺産が何かを特定することができない。


         (中略)

(2) 被告
ア 本件書面は、民法968条1項の定める要件を満たしているから、自筆証書遺言として有効に成立している。

イ 本件書面は、Aが本来頼るべき家族(特に、同居していた原告X1及び原告X4)から精神的にも肉体的にも虐待された上、病床の身であるにもかかわらず、家族に見捨てられたことから、最後に頼るべきはやはり血を分けた兄弟であると悟り、実弟である被告に自己の財産を遺贈すべく作成されたものである。

すなわち、Aは、家族から裏切られた復讐心ないし憎悪ともいえる悪感情から、家族には絶対に財産を渡したくないと考え、それと同時に、実弟である被告に対し、実母の介護を任せきりにした申し訳なさに実母に対する孝行の情が生じ、家族に財産を渡さないなら被告や実母に渡したいと積極的に考えるようになり、遺言書として本件書面を作成したのである。

ウ 本件書面中の「私に万一の事あれば」とは、1年間に4度の入退院を繰り返したAがわびしい一人暮らしを始めた2日後に本件書面を作成していることから、これが自分の死亡時のことを指すものであることは明らかである。また、本件書面中の「本件全て」とは、本件書面の発見時の状況からすれば、Aの遺産又はa製作所のAの執務机の引き出しの中に入っていた預金通帳及び当該銀行印紙等の別紙「甲野常務私物目録」(甲2。以下「別紙目録」という。)に記載された財産のすべてを示すことは明らかである。

さらに、本件書面中の「お渡し下さい」とは、Aが本件書面を作成した当時の上記イの状況からすれば、遺産を被告に譲渡する趣旨であり、a製作所の社員が本件書面の第一発見者になることを想定していたため、「お渡し下さい」との表現になったものである。

第三 判断
一 認定事実

 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

         (中略)

二 本件書面について
(1) 遺言の解釈に当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するに当たっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である(最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決・裁集民138号277頁参照)。

 これを本件についてみるに、本件書面は、「私に万一の事があれば本件全てを実弟Yにお渡し下さい」という一文にすぎないものであるが、この一文を形式的に解釈するだけでは十分でなく、それが作成された当時の事情及びこれを作成したAの置かれていた状況などを考慮して、Aの真意を探究し、上記文言の趣旨を確定すべきものである。

(2) 上記一で認定した事実によれば、Aは、金岡中央病院を退院後、原告らとは完全に別居し、原告X1からは離婚調停を申し立てられ、そのことがアルコール依存症の原因であると考えるようになり、他方、金岡中央病院に入院中は経済的にも窮し、平成11年4月以降疎遠になっていた被告に援助を求めざるを得ない状況にあり、被告がこれに応じて退院の手続やワンルームマンションを賃借する際に連帯保証人になるなどして、兄弟の関係を修復していったことが認められる。

本件書面は、そのような時期に作成されたものである。そして、a製作所からAが出勤していないことの連絡を受けたのは被告であり、Aが自殺しているのを発見したのも被告であるところ、勤務先に置いてある私物は、本来妻子に渡すよう指示するのが通常であるところ、これを敢えて実弟の被告に渡すよう指示していること、別紙目録記載の私物には、現金5万円の入った財布、銀行の預金通帳、キャッシュカード等の財産的価値のあるものが含まれていることなどにかんがみると、少なくとも、Aは、自分の執務机の引き出しの中に保管していたもの、すなわち、別紙目録記載のものについては、これを被告に遺贈する意思であったと認めるのが相当である。
 なお、甲第5号証は、上記認定を左右するものではない。

(3) これに対し、原告らは、本件書面中の「万一の事」の意味が不明確であり、「本件全て」がそもそも何を指すのか、机の中の物であるのか全財産であるのか不明確であると主張する。
 しかしながら、上記一で認定した事実によれば、「万一の事」とは自らの死亡を意味し、「本件全て」とは、本件書面の置かれていた状況等にかんがみると、Aが自分の執務机の引き出しの中に保管していたもの、すなわち、別紙目録記載のものと特定することができるから、原告らの上記主張は採用することができない。

(4) 原告らは、Aはb銀行に勤務しており、遺言信託も銀行業務の一つであったから、Aが遺言書の書き方を知らないはずはなく、仮に、被告に全財産を贈与したいのであれば、「一切の財産を贈与する」と記載するはずであり、本件書面のように「お渡し下さい」という曖昧な言葉を遺贈の趣旨で記載することはないと主張するが、上記のとおり、「本件全て」とは、Aの執務机の引き出しの中に保管されていたもの、すなわち、別紙目録記載のものと認められ、すべての財産とまで認めることはできないから、上記主張は失当である。また、上記認定事実に照らせば、「お渡し下さい」という文言が贈与を意味するものではないということもできない。
 したがって、本件書面の記載が明確性に欠けることはなく、遺言として無効であるということはできない。

(5) 原告らは、Aには被告に遺贈する動機がなく、本件書面は、必要がある場合は、被告に連絡して、執務机の中のAの遺品を別居している原告X1ではなく、被告にとりあえず引き取って保管してもらう意思であったと主張する。
 しかしながら、上記一で認定した事実、すなわち、Aは、金岡中央病院に入院中、ケースワーカーを通じて原告X1と連絡を取ろうとしたが、原告X1は、一度も見舞いに来なかったばかりか、離婚届の用紙を送りつけてきたこと、Aは、金岡中央病院を退院後、原告らとは完全に別居し、原告X1からは離婚調停を申し立てられ、そのことがアルコール依存症の原因であると考えられるようになったこと、見舞いに来たCらに対し、家族がa製作所に置いてある私物を取りに来ても絶対に渡さないでほしいと言っていたこと、Aと被告は、疎遠な時期があったものの、Aが金岡中央病院に入院したことを契機として、兄弟の関係が修復に向かっていったことなどにかんがみると、Aには被告に遺贈する動機がなかったということはできない。
 したがって、本件書面の趣旨が、別紙目録記載のものを被告にとりあえず引き取って保管してもらう意思であったなどと認めることはできず、原告らの上記主張も採用することができない。

三 以上によれば、本件書面は、自筆証書遺言として有効であると認められる。
 よって、原告らの請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。 (裁判官 小川浩)

別紙 (甲第1号証)
 私に万一の事あれば本件全てを実弟Yにお渡し下さい。
 平成17年1月17日
  A 印

 Y住所
 〒〈省略〉
 川西市〈以下省略〉
 電〈省略〉
 モバイル(ケイタイ)〈省略〉
 別紙 a常務私物目録(甲第2号証)
以上:4,513文字

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