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自筆証書遺言要件の主張立証責任は有効性主張者とした地裁判決紹介

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令和 3年10月14日(木):初稿
○民法第968条自筆証書遺言「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」についての解釈について詳細に判断した令和2年10月8日東京地裁判決(判時2491号54頁)関連部分を紹介します。

○その要旨は、
①民法968条1項が規定する各要件が具備されていることの主張立証責任は、自筆証書遺言の有効性を主張する者が負う
②遺言書には遺言書が作成された真実の日が記載されていることが必要であり、その主張立証責任は、自筆証書遺言の有効性を主張する者が負う
③封緘されていない封筒に収められていた3枚の便箋からなる遺言書について、それぞれ作成時期が異なる1枚目の便箋(左半分が切断されて右半分しか残っていないもの)と2枚目・3枚目の便箋とを組み合わせた形式で作成されたという合理的な疑いを否定できず、有効な自筆証書遺言の要件を具備しておらず、無効であるとした
ものです。



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主   文
1 奈良家庭裁判所葛城支部平成30年(家)第845号遺言書検認申立事件において検認された平成8年10月6日付け自筆証書遺言によるA(最後の住所:奈良県橿原市〈以下省略〉)に係る遺言は無効であることを確認する。
2 被告は,原告に対し,159万2287円及びうち150万円に対する令和2年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,令和2年4月30日から第1項のA(平成29年9月17日相続開始)に係る遺産分割の成立の日又は被告が別紙1物件目録記載2の建物の2階及び3階部分から退去する日のいずれか早く到来する日までの間,毎月末日限り5万円を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
 
事実及び理由
第1 請求

 主文同旨

第2 事案の概要
1 事案の要旨

 本件は,平成29年9月17日に死亡したA(以下「亡A」という。)の長女の原告が,長男の被告に対し,亡A作成名義の平成8年10月6日付け自筆証書遺言(以下「本件遺言書」という。)は無効であると主張して,本件遺言書の無効確認(主文第1項)を求めると共に,本件遺言書において被告に相続させる旨の記載がある亡Aの遺産に属する不動産の一部(別紙1物件目録記載2の建物の2階及び3階部分)は,被告が亡Aから賃借していたものであり,亡Aの相続発生後は亡Aと被告との間の賃貸借契約に基づく賃料債権の2分の1(原告の法定相続分に相当する月額5万円)が原告に帰属すると主張して,同賃貸借契約に基づき,令和2年3月末日までに発生した賃料の2分の1に相当する150万円並びにこれに対する同年4月8日までに発生した平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による確定遅延損害金9万2287円及び150万円に対する同月9日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払(主文第2項)と,同月30日から亡Aに係る遺産分割が成立する日又は被告が同建物の2階及び3階部分から退去する日のいずれか早く到来する日までの間,毎月末日限り5万円の賃料の支払(主文第3項)を求めた事案である。

2 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
 亡A(昭和2年○月○日生)は,B(大正4年○月○日生,平成16年2月17日死亡。以下「亡B」という。)と婚姻し,亡Bとの間に被告(長男)と原告(長女)の2人の子をもうけ,亡Bと死別した後,平成29年9月17日に死亡した。
 原告(昭和30年○月○日生)は,被告の妹である。
 被告(昭和23年○月○日生)は,原告の兄であり,奈良県橿原市において小児科医院を開業している。(甲1の6・9・11)

(2) 本件遺言書
 亡A作成名義の平成8年10月6日付け自筆証書遺言(本件遺言書)が存在し,平成30年11月1日,奈良家庭裁判所葛城支部において,原被告双方が出頭した上で検認が行われた(奈良家庭裁判所葛城支部平成30年(家)第845号遺言書検認申立事件)。検認時の本件遺言書は,封緘されていない封筒に3枚の便箋が入った状態のものであり,その記載内容及び記載状況は別紙2記載のとおりである。

 遺言書の1枚目として扱われた便箋(冒頭に「遺言書」と記載され,右肩に「一頁」との付記があるもの。以下「1枚目の便箋」という。)は,紙面の中央付近で何者かの手により縦方向に切り取られて,便箋の右半分のみが残存した状態となっており,その右半分には,後記本件不動産を被告に相続させる旨の記載がある。遺言書の3枚目として扱われた便箋(右肩に「三頁」との付記があるもの。以下「3枚目の便箋」という。)の末尾には,「平成八年十月六日 遺言者 A」との記載と押印がある。遺言書の文字は,黒色ボールペンで筆記されているが,遺言書の2枚目として扱われた便箋(右肩に「二頁」との付記があるもの。以下「2枚目の便箋」といい,3枚目の便箋と併せて「2・3枚目の便箋」という。)の下端近くの年や年月日の記載部分のみ,鉛筆で筆記されている。(甲7,乙1)

(3) 検認手続における本件遺言書の保管・発見状況の説明
 被告は,平成30年9月14日,奈良家庭裁判所葛城支部に対し,本件遺言書の検認を申し立てた。検認申立書には,同年8月15日頃,被告が遺言者の遺品整理を進めていた際に,遺言者の自宅内の金庫の中から本件遺言書を発見したこと,金庫の鍵は遺言者が生前被告に預けていたことが記載されている。

 検認期日調書には,申立人(被告)の説明内容として,本件遺言書の保管又は発見の経緯は申立書記載のとおりであり,「申立書記載の金庫の棚に遺言書が入っていました。」と記載されている。
 被告が本件遺言書を発見したと主張する金庫は,亡Aが生前居住していた後記本件建物の4階にあり,金庫内は三段に分かれていて,上段と中段が棚で,下段が鍵付きの引出となっている。(甲2,7,乙4,被告本人)

(4) 本件不動産の権利関係及び利用状況

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 自筆証書遺言の要件の検討

(1) 自筆証書遺言が有効であるためには,その有効性を主張する当事者において,①遺言書の全文を遺言者が自書したこと,②日付を遺言者が自書したこと,③氏名を遺言者が自書したこと,④遺言者による押印があること,の各要件を具備することを主張立証する必要がある(民法968条1項)。

 このうち②については,民法が自筆証書遺言に日付の記載を要求しているのは,遺言者の遺言作成当時の遺言能力(同法961条,963条)の有無を判断するなどのための基準として日付が重要な意味を持ち,また,複数の遺言が存在して内容に抵触がある場合に,最後のものが遺言と認められること(同法1023条)との関係で,遺言作成の先後を確定する上で日付が不可欠となることによるものであることに照らすと,単に形式的な日付の記載があるだけでは足りず,実際に遺言書が作成された日が正しく記載されていることが必要であり,遺言書の真実の作成日と合致しない日付は無効である。そして,実際の遺言書の作成日に合致する有効な日付が記載されていることの主張立証責任は,自筆証書遺言の有効性を主張する当事者(被告)が負うと解するのが相当である。

 これに対し,被告は,遺言書に記載された日付が実際の作成日と相違することは,遺言能力等の遺言の無効事由が争点となる場面と同様に,自筆証書遺言が無効であることを主張する当事者(原告)が主張立証責任を負うべきである旨主張する。
 しかし,上記のとおり,民法は遺言書に記載された日付が遺言能力の有無や内容が抵触する複数の遺言の効力等の判断基準となり得る有効な日付であることも自筆証書遺言の一般的な成立要件として要求していると解すべきであり,遺言の効力を争う当事者が主張立証責任を負う遺言能力等の遺言者の意思能力や意思表示の瑕疵に関わる問題とは場面が異なるから,被告の主張は採用できない。

(2) また,全文の自書のある自筆証書遺言が複数枚の紙面にわたる場合,全ての紙面に日付,氏名,押印がなくても,いずれかの紙面に日付や氏名の自書と押印が存在し,かつ,複数枚の紙面が全て一通の一体性のある遺言書を構成していると認定できるのであれば,自筆証書遺言の要件を充足する有効な遺言と認めて差し支えない。一般に,複数枚の紙面にわたる遺言書に契印や編綴が施されていたり,複数枚の紙面が封緘された封筒の中に一緒に収められていたりした外形がある場合には,遺言書の一体性が肯定されやすくなるが,逆にこれらの処置が何も施されていない場合には,遺言書の一体性に対する疑義を生じさせやすくなるといえる。

 そして,遺言の内容が記載された複数枚の紙面が一通の一体性のある遺言書を構成していることは,自筆証書遺言に要求される①ないし④の要件と相まって,遺言者が遺言書の作成時点においてした意思表示の内容を正確に把握するための不可欠の前提をなすものであるから,遺言書が一通の一体性のある書面であることの主張立証責任は,遺言の有効性を主張する当事者(被告)が負うと解するのが相当である。

 これに対し,被告は,自筆証書遺言が有効であると主張する当事者は,①ないし④の自筆証書遺言の要件を主張立証すれば十分であり,明文の要件ではない遺言書の一体性については,遺言が無効であるとする当事者(原告)が一体性を欠くことの主張立証責任を負うべきである旨主張するが,前述した点に照らして採用できない。

         (中略)

2 本件遺言書の切断に関する問題の検討
(1) 本件遺言書は,1枚目の便箋の左半分が何者かの手によって切断されている。切断された部分には,遺言の内容の一部を構成する何らかの文言が記載されていた可能性が高く,これは遺言書の一部破棄に該当する。
 問題は,この切断が誰の手によって行われたかである。仮に遺言者である亡A本人の手によって切断されたのであれば,遺言者の故意による遺言書の一部破棄であり,一部破棄された部分の遺言のみが撤回されたものとみなされるから(民法1024条),本件遺言書が自筆証書遺言の要件を全て具備している限り,残存部分を有効な遺言として扱うことに問題はない。一方,第三者の手による切断であった場合には,第三者が意図的に遺言書の物理的形状を改変したことを意味するから,果たして本件遺言書が3枚の便箋(1枚目は切断前のもの)により構成された一通の一体性のある遺言書として元々存在していた事実があったのか,という遺言書の一体性への疑問に結び付く要因になると考えられる。
 そこで,初めに本件遺言書の切断を行った人物が亡Aであるか否かについて検討する。

         (中略)

(5) 以上によれば,本件遺言書の1枚目の便箋の左半分を切断した主体が亡A自身である可能性は乏しく,実際には亡A以外の第三者が何らかの意図をもって故意に切断した可能性が高いというべきである。
 もっとも,仮に第三者が完成後の遺言書の一部を切断して破棄したとしても,それだけでいったん完成していた遺言全体の効力が直ちに失われるわけではなく,残存部分の遺言をなお有効なものと扱う余地があると解される。第三者による遺言書の一部破棄は,遺言者の意思に基づかないものであるから,遺言者自身が遺言の一部を撤回したという法的効果は発生しないものの,現実には切断部分の遺言の内容の復元が不可能である以上,切断部分に遺言としての法的効力を付与することはできず,結果的には遺言者自身が遺言書を一部破棄した場面と同一視せざるを得ないからである。
 このような観点を踏まえると,亡A以外の第三者が本件遺言書の1枚目の便箋の左半分を切断した可能性が高いという点は,第三者が不当な意図の下に亡Aの遺言書に自ら手を加えたことの不自然性を通じて,次項以下で検討する遺言書の一体性に関する否定的な考慮要素の一つとして位置付けるべきことになる。

         (中略)


3 本件遺言書の一体性及び日付の有効性に関する問題の検討
(1) 序論
 被告は,本件遺言書の末尾に記載された平成8年10月6日という日付は,本件遺言書の作成日,すなわち,本件遺言書の1枚目ないし3枚目の便箋の本文が全て記載され,遺言書が完成した日を表示したものであるから有効であるし,本件遺言書の一体性にも何ら疑問は生じない旨主張している。(6) 本件遺言書の発見状況に関する疑問

         (中略)


(7) 本件遺言書の有効性についての判断
ア 前記(2)ないし(6)に説示した疑問点を踏まえて,本件遺言書の一体性と日付の有効性の問題について検討する。

         (中略)


イ 以上に掲げた事情を総合すると,本件遺言書の有効性については,次のとおり分析することができる。
 亡Aは,元々作成時期が明らかに異なる2種類の遺言書の外観を呈する書面を作成していた可能性が相当程度存在し,本件遺言書は,この2種類の遺言書の外観を呈する書面の一部又は全部を組み合わせた形式,具体的には,それぞれ別の遺言書の外観を呈する書面の一部又は全部を構成していた1枚目の便箋と2・3枚目の便箋を組み合わせた形式で作成されたものであるという合理的な疑いを否定できない。

 仮にこうした組替えを行った主体が第三者であった場合には,亡Aが一通の一体性のある遺言書として完成させていた遺言の内容を無断で改変したことを意味するから,遺言書の一体性が失われる結果となり,自筆証書遺言の要件を充足しない状態と化すので,本件遺言書は無効と判断すべきことになる。

 また,仮にこうした組替えを行った主体が亡A自身であり,亡Aが組替え後の本件遺言書を一通の遺言書として完成させる意思を有していた場合であっても,1枚目の便箋が平成16年2月17日以降に作成されたものであり,組替え後の本件遺言書の完成日は同日以降の日であったという具体的な疑念を払拭し切れない以上,平成8年10月6日の作成日付の記載が有効なものであると認めるには足りず,やはり本件遺言書は無効と判断すべきことになる。

 なお,亡A自身が別々の遺言書の外観を呈する書面を構成する紙面であった1枚目の便箋と2・3枚目の便箋を組み合わせて,元々2・3枚目の便箋の直前に置かれるはずであった1頁目に相当する紙面を本件遺言書の1枚目の便箋と差し替えることは,平成30年法律第72号による改正前の民法968条2項に違反した遺言書の加除訂正となり,加除訂正の効果は生じないが,その結果,1枚目の便箋を含む紙面で構成されていた遺言書については,日付と氏名の自書が確認できなくなり,2・3枚目の便箋を含む紙面で構成されていた同日付けの遺言書についても,1頁目に相当する紙面の内容が不明で,全文の自書が確認できなくなることから,いずれの遺言書も全体が無効となり,本件遺言書の一部が有効となる余地もない。

 本件遺言書が有効となるのは,亡Aが3枚の便箋を平成8年10月6日以前に全て書き終えており,かつ,亡A自身が同日の時点で,明らかに作成時期が異なり,形式面の不統一を残したこれら3枚の便箋を一通の遺言書として完成させる意思を有していたと積極的に認定できる場合に限られるが,これまでに説示した種々の疑問点に鑑みれば,その立証は尽くされていないと判断せざるを得ない。

ウ 以上によれば,本件遺言書は,自筆証書遺言の有効要件を具備しておらず,無効である。

4 総括
 上記のとおり,本件遺言書は無効である。
 そして,本件不動産を被告に相続させる旨の遺言が無効であるとすると,亡Aの相続発生時から現在に至るまで,亡Aの遺産に属する本件不動産は,亡Aの相続人である原告と被告による遺産共有状態にあり,被告は,亡Aの死亡後も,本件建物の共同相続人である原告との関係では,依然本件建物の一部を賃借する賃借人の地位が残存していることになる。

そうすると,被告は,亡Aの相続財産について2分の1の法定相続分を有する原告に対し,亡Aが死亡した翌月の平成29年10月以降,亡Aに係る遺産分割が終了するか,又は本件建物の2階及び3階部分から退去するかのいずれか早い時点までの間,遺産共有状態にある不動産の果実である賃料(月額10万円)の2分の1に相当する5万円を毎月末日限り支払う義務を負うと認められる。

 これに従って未払賃料及び遅延損害金を計算すると,別紙3記載のとおり,確定遅延損害金の算定基準日である令和2年4月8日の時点で,150万円の未払賃料元本及び9万2287円の確定遅延損害金が発生しており,これに加えて,被告は,原告に対し,同月30日以降も,亡Aに係る遺産分割が成立する日又は同建物部分から退去する日のいずれか早く到来する日までの間,毎月末日限り5万円の賃料を支払う義務があると認められる。

第4 結論
 よって,本訴請求はいずれも理由があるので,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第42部
 (裁判官 篠原敦)
以上:7,023文字

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