令和 3年 4月13日(火):初稿 |
○「支給規程なき死亡退職金を妻個人に属するとした最高裁判決紹介」の続きで、死亡退職金の受給権者ないし相続財産性については、死亡退職金の支給基準、受給権者の範囲、順序が法令や就業規則等で定められている場合について、受給権者の固有の権利とした昭和55年11月27日最高裁判決(民集34巻6号815頁、判タ434号169頁)を紹介します。 ○亡Aが死亡し、同人に相続人があることが明らかでないため成立した上告人相続財産法人が、亡Aが勤務していた被上告人に対して、被上告人退職規程にしたがった退職金は相続財産であるとして退職金相当の金員を請求し、これに対して被上告人が亡Aが死亡したことによる退職金は被上告人死亡退職金規程にしたがえば遺族固有の権利として取得すると主張しました。 ○原判決が上告人の請求を棄却したため、これに対して上告しましたが、最高裁は被上告人の退職手当規程では死亡退職金の支給を受けるものについて、第一順位が内縁を含む配偶者であり、配偶者があるときは子は全く支給を受けないこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫よりも先順位となることなど民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なって定められていることからは、上記規程は、もっぱら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、上記規程の定めにより直接これを事故固有の権利として取得すると解するのが相当であるとして上告を棄却しました。 ********************************************* 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告人及び上告補助参加人代理人○○○○の各上告理由について 原審の適法に確定したところによれば、被上告人の「職員の退職手当に関する規程」2条・8条は被上告人の職員に関する死亡退職金の支給、受給権者の範囲及び順位を定めているのであるが、右規程によると、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて、配偶者があるときは子は全く支給を受けないこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり、嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ、父母や養父母については養方が実方に優先すること、死亡した者の収入によつて生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずることなど、受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされているというのであり、これによつてみれば、右規程は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当であり、そうすると、右死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではないというべきである。これと同趣旨の原審の判断は正当として是認すべきであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎万里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗) 上告人の上告理由 第一点 原判決は「職員の退職手当に関する規程」(以下本件規程という。)の解釈を誤つた法令違背がある。 一,上告人代表者相続財産管理人(以下上告人という。)が、本訴を提起したのは、退職金(又は退職手当)が賃金の後払的性格をも持つと考えるので、本件規程第8に規定する遺族が存在しない以上支給先がないのであるから支払う必要がないとの考えに疑問を持つたからである。 二 第一審判決は、死亡退職金は本来的には相続財産を構成すべきものと解し、その従業員や職員が企業との労働協約、就業規則又は本件のような規程により死亡退職金の受給権者が指定されているときはその人に支給するが、受給権者も死亡職員の相続人も存在しないときは、本来に戻つて相続財産を構成するものと解している。受給権者の存在するときはその人に、受給権者不存在且つ相続人不存在のときは相続財産法人に支給するとする第一審判決の考え方は、最も、死亡職員の意思に沿うものと考えられるからだろうと思料する。 (尤も、受給権者が不存在で相続人の存在するときー別表A部分の人々ーについて、第一審判決がどう考えているのか明らかでないが、支給すべきであるとする趣旨であろう。) 文理的も、本件規程第二条の規定を、生前退職の場合は「その者」に支給し、死亡退職の場合には第8条に規定する遺族が存在する場合に「その遺族」に支給すると解することができる。 三、原判決(第二審判決)は、相続財産か受給権者の固有の権利かどちらか二者択一する考え方であつて、死亡遺族の意思に合わないばかりか不当に企業(被上告人)を利する結果となつて合理的でないと思う。 原判決は本件規程第二条、第8条の規定を分析、整理して解釈し、本件規程の中心的機能は遺族自体の扶養にあり、従つて遺族が右規程によつて直接死亡退職金を受給できるとみられるから、遺族の固有の権利であり、従つて、死亡退職金は相続財産ではないと結論づけている。 しかし、 (一)『笑つている相続人』の存在することもあるが、相続も有限家族における生活保障の機能即ち扶養の機能をも有すること (二)本件規程第8条の四号に規定されている受給権者(子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹)には「主としてその収入によつて生計を維持していた者」という要件が欠けており、 (なお、同条一号の配偶者についても右要件が欠けているが、配偶者の場合は当然右要件が擬制されていると思われる。)順位等で相続法にいう法定相続人とは異なるものの、遺族自体の扶養ということが貫徹されていないこと (三)又、遺族の固有の権利だから相続財産ではないと直線的に結論づけずに、遺族の存在するときはその固有の権利であるが、存在しないときは相続財産を構成し、別表のA部分の人々が存在するときはその人に、不存在のときは相続財産法人に帰属すると解することもできること から考えると原判決の不当は明らかである。 四、弔慰金については、本件規程の規定の位置から、退職手当の増額又は減額の一事由と考えるべきで遺族の存在するときは右規程第8条に規定により支給すべきものと考える。(被上告人の支給の実際もそのようになされている。松井純の証言第17項。) (別表) 上告補助参加人代理人○○○○の上告理由 第一、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈の違背、理由不備の違法がある。 一、原判決は要するに、退職手当規程の中心的機能は、遺族自体の扶養にあつて、遺族が右規程に基づき直接死亡退職金を受給できるとみられるから、右規程による死亡退職金は相続財産に属せず、遺族の固有の権利と解するのが相当であるというものであるが、これは以下に述べるとおり第一に死亡退職金自体の持つ法的解釈を誤まつたものであり、第二に扶養と相続とは両立し得るものであるにもかかわらず、両立し得ないという趣旨の誤まつた解釈をしているものであり、かつその理由は不備で右違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。 (一)退職金の法的性質については、見解の分れるところであるが、賃金の後払的性格を有するものであることは否定できないと思われる。しかしてこの賃金の後払的性格は、労働者の死亡の有無によつて左右されるものではない。 このように労働者の死亡の有無にかかわりなく退職金は賃金の後払的性質を有するものであるから、死亡退職による場合も、その労働者の財産として一旦は、同人に帰属する性質のものである。したがつて死亡退職金は相続財産を構成するものである。 (二)しかして、この理は、本件のように退職手当規程により順位の定められた場合といえども、この偶然的規程によつて、本来の右相続財産性が消滅し去つてしまうものではない。 死亡退職金は、本来、相続財産となるべき筋のものであるが、相続が法制としておかれている理由の一つは将に遺族の生活保持(扶養)が適切に行なわれるために存するところ、現実の運用において民法第906条の適用をもつてしても必ずしも適切妥当に機能していない実状にかんがみ、よりスムースな保障的機能を図るため予め、退職手当規程がおかれているものである。したがつて本件退職手当規程は、相続法とは、次元を異にするものではなく、相続法理を前提として存在するものである。この規程をみるに、受給権者は、内縁を除き全て法定相続の相続資格を有するものに限定していること、内縁については、社会保障法や借家法等をみても法定相続的扱いをするに至つていること、しかしてそのうえで前述のとおり相続の根拠である扶養を適正妥当なものとしようとしていること等、全体的に観察すれば、相続法理の中にあることは明らかである。 (三)よつて、右規程により受給権者がなくなつたときは、本来の相続に服するものである。 以上:3,771文字
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