令和 3年 4月10日(土):初稿 |
○「支給規程なき死亡退職金を妻個人に属するとした高裁判決紹介」の続きで、その第一審昭和58年8月25日東京地裁判決(家庭裁判月報39巻10号81頁)全文を紹介します。 ○一審地裁判決は、功労に対する報償の性質を兼有する(一部兼有することは当事者間に争いがない。)死亡退職金について相続税の申告において各相続人が相続分に応じて分割して退職金を取得した旨申告し,相当期間が経過しても修正申告していない(弁論の全趣旨によれば本件においては弁論終結時までに修正申告のなされた形跡はない。)場合には,遺族の代表として相続人の一人である被告が死亡退職金を支給されたものと解するのが相当であるとしました。 ○しかし控訴審では、本件退職金は、Aに何ら退職金に関する規定がなかったという前判示の事情のもとでは、特段の事情のない限り、亡Bの相続財産として相続人の代表者としての控訴人に支給決定がされたのではなく、字義どおり相続という立場を離れて、亡Bの配偶者であった控訴人個人に対して支給されたものと認めるのが相当であるとして覆されました。 ********************************************* 主 文 1 被告は原告Y1に対し金666万6666円,原告Y2に対し金666万6666円及びこれに対する昭和56年4月1日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 この判決は仮に執行することができる。 事 実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 主文同旨 2 仮執行宣言 二 請求の趣旨に対する答弁 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 第二 当事者の主張 一 請求原因 1(当事者) 原告Y1(昭和7年2月8日生)は亡福田B(明治34年3月21日生,昭和55年5月26日死亡)と亡福田カル(昭和8年10月27日死亡)との間の長男であり,原告Y2(昭和17年11月3日生)は亡Bと亡福田久子(昭和28年2月2日死亡)との間の二女であり,被告Xは亡Bと昭和30年3月24日婚姻した妻であり,いずれも亡Bの相続人である。原告ら及び被告は,亡Bの遺産につき遺産分割の調停申立事件(東京家裁昭和56年(家イ)第159号事件)において係争中である。 2(亡Bによる財団法人A創立とその経緯) (1)亡Bは昭和6年以降その自宅において福田写真館を営むかたわら,昭和25年ころ「○○○○診療所」を開設し,昭和34年1月X線技師養成を目的とする「○○○○エツクス線技師養成所」を設立し,右養成所長として自らX線技師の養成を行うに至つた。 (2)その後,亡Bは昭和42年2月,同人の全額出資によつて結核,成人病等の予防事業などを目的とする財団法人Aを設立し,その理事長に就任するとともに,「○○○○エツクス線技師養成所」を右財団法人の経営に移管した。右「○○○○エツクス線技師養成所」はその後,「○○○○放射線技師養成所」,「○○○○○○学院」,「○○○○○○専門学校」と改称され,財団法人Aにおけるほとんど唯一の事業となつている。 3(財団法人Aからの死亡退職金の支給) (1)財団法人Aは,創設者であり現職の理事長であつた亡Bの死亡退職金として,昭和55年11月15日までに金2000万円を支給する旨決定し,遅くとも昭和56年3月31日までに,亡Bの相続人の一人である被告に対し,遺族の代表として右死亡退職金2000万円を支払つた。 (2)ところで,財団法人Aでは,昭和42年2月の創立以来退職金支給規程あるいは死亡退職功労金支給規程は存在せず,また理事などの役員に対する退職金支給の先例も皆無であつたところ,亡Bの死亡退職につき,同人が全額出資によつて設立しかつ理事長として同法人の発展に尽してきた功労に報いるため金2000万円の死亡退職金を支給するに至つたのである。 (3)従つて,財団法人Aからの右死亡退職金2000万円は,亡Bの遺族たる原告両名及び被告ら3名の固有の共有財産とみるべきであり,共有者間において平等に分割されるべきである。このことは,昭和56年1月30日,財団法人Aから原告両名に交付された「退職所得の源泉徴収票(昭和55年分)」によれば,支払を受ける者として「理事長福田B相続人X他2名」と記載され,同法人が亡Bの遺族たる原被告ら3名に対し共有財産として一括支払つたことが明らかである。 (4)しかるに,被告は財団法人Aから右金2000万円の死亡退職金を遺族代表として受領しながら,原告らの分割請求にもかかわらず,その分割による支払をしない。 4(むすび) よつて,原告両名は被告に対し,亡Bの死亡退職金として被告が遺族代表として受領保管中の金2000万円につき,各666万6666円及びこれに対する被告が受領した日の後である昭和56年4月1日から支払ずみまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 二 請求原因に対する認否及び被告の主張 1 請求原因1の事実は認める。 2 同2の(1)のうち,○○○○診療所の「開設者」が亡Bであることは否認し,その余の事実は認める。 同2の(2)のうち,財団法人Aが亡Bの「全額出資によつて」設立されたこと及び○○○○○○専門学校が同Aの「唯一の事業となつている」ことは争い,その余の事実は認める。 3 同3の(1)のうち財団法人Aが亡Bの死亡退職金として金2000万円を被告に支払つたことは認めるが,それを「遺族の代表として」被告に支払つたことは否認し,その余は争う。 同3の(2)のうち,亡Bの死亡時に財団法人Aには退職金支給規程あるいは死亡退職功労金支給規程が存在しなかつたこと及び金2000万円が亡Bの財団法人Aに尽した功労に対する報償の性質を一部兼有するものであることは認めるが,その余は争う。 同3の(8)及び(4)の事実はいずれも否認する。 4 財団法人Aは,昭和55年12月6日,創立者・理事長であつた亡Bの死亡にともなう退職金,功労金及び特別弔慰金等として金2000万円を被告に支給する旨決定し,昭和56年3月16日これを被告に支払つた。当時死亡退職,功労金及び特別弔慰金等支給規定を有しなかつたので,調査,検討の結果,公務員及び企業体の役員,従業員等に関する当該規定はいずれも法定の相続順位とは異なる受給権者の順位を定めており,かつ第1順位者は妻とされていること,死亡退職金は生活保障的性格を有し,亡Bと生計を共にしていた妻である被告に支給することが実質的にも妥当であり,また功労金・特別弔慰金についても同様の措置が妥当であること及び亡Bと原告らは長期間にわたつて絶縁状態にあつたこと等の諸事情を考慮して以上のとおり支給を決定したものである。従つて,右死亡退職,功労金及び特別弔慰金2000万円は被告が財団法人Aから支給された被告固有の財産である。 かりにそうでないとすれば,右金員は亡Bの遺産に準ずるものとして遺産分割手続により同人の遺産と包括的にその帰属を決すべきものであり,被告は亡Bの遺産の形成,維持に対し特別の寄与をなした事実が存在し当該寄与は右死亡退職,功労金にも存在する。従つて,右死亡退職・功労金等は遺産分割における一般的原則のほか右特別寄与の評価に服すべきものであり,特別寄与分は亡Bの遺産及び右死亡退職・功労金等の2分の1以上に相当するものである。 第三 証拠〔略〕 理 由 一 請求原因1(当事者)の事実,同2(亡Bによる財団法人A創立とその経緯)の(1)(○○○○診療所の「開設者」が亡Bであることを除く),(2)(財団法人Aが亡Bの「全額出資」によつて設立されたこと及び○○○○○○専門学校が同Aの「唯一の事業となつている」ことを除く)の事実はいずれも当事者間に争いがない。 二 財団法人Aが亡Bの死亡退職金として金2000万円を被告に支払つたこと,亡Bの死亡時に財団法人Aには退職金支給規程あるいは死亡退職功労金及び特別弔慰金等支給規程が存在しなかつたことは当事者間に争いがない。 (1)原告は財団法人Aの支給決定のなされた日が昭和55年11月15日までと主張し,被告は同年12月6日であると主張するが,証人佐山正の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第1号証(理事会議事録)によれば昭和55年12月6日の理事会において支給決定されたものと認められる。もつとも右乙第1号証の記載によれば昭和55年10月4日開催の理事会において既に審議されていたこと,成立に争いのない甲第7号証,同第8号証及び証人本田彦蔵の証言によれば昭和55年11月8日ころ既に死亡退職金として金2000万円の支給が内定していたことが認められる。 (2)原告は退職金の支給された日が遅くとも昭和56年3月31日までと主張し,被告は昭和56年3月16日と主張するが,証人佐山正の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第2号証の1,2によれば昭和56年3月16日であることが認められる。 (3)本件の基本的な争点は誰に支給されたかという点である。被告は前記乙第1号証を根拠に東京都職員退職手当に関する条例,同施行規則等にならい,亡Bの配偶者である被告に支給されたものと主張し,これに副う乙第1号証及び証人佐山正の証言がある。これに対し原告らは亡Bの功労に対する報償としてその相続人の一人である被告に対し遺族の代表として支給されたものと主張し,これに副う成立に争いのない甲第3号証の3(退職所得の源泉徴収票特別徴収票),証人本田彦蔵の証言により真正に成立したものと認められる甲第6号証(相続税の申告書),公文書であるから真正に成立したものと推定される甲第9,同第10号証があるほか,前記乙第2号証の1,2及び証人佐山正の証言によれば、右退職金は「X相続口」に振込まれ,成立に争いのない甲第13号証によれば被告が「保管中」であることが認められる。 以上のように当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば,法人の役員が死亡時に退職金支給規程あるいは死亡退職,功労金及び特別弔慰金等規程が存在しない場合に法人の理事会において配偶者に死亡退職金を支給する旨の決定をしたとしても,功労に対する報償の性質を兼有する(一部兼有することは当事者間に争いがない。)死亡退職金について相続税の申告において各相続人が相続分に応じて分割して退職金を取得した旨申告し,相当期間が経過しても修正申告していない(弁論の全趣旨によれば本件においては弁論終結時までに修正申告のなされた形跡はない。)場合には,遺族の代表として相続人の一人である被告が死亡退職金を支給されたものと解するのが相当である。そのように解しないと相続税の負担の面においては優遇措置を受けながら(相続税法12条1項6号により200万円まで非課税とされている)死亡退職金は1人で取得するという不合理な結果を招来することになるからである。 (4)被告は予備的に特別寄与分の主張をするが,死亡退職金は遺産(相続財産)ではなく,相続人の固有財産であるのみならず,寄与分の判断は家庭裁判所の専権である(民法904条の2,家事審判法9条参照)から当裁判所において判断すべき限りではない。 三 以上によれば,被告は遺族代表として保管中の退職金2000万円を原告らの共有持分に応じて分割すべく,原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条,仮執行宣言につき同法196条を各適用して主文のとおり判決する。 以上:4,696文字
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