令和 3年 4月 9日(金):初稿 |
○「支給規程なき死亡退職金を妻個人に属するとした最高裁判決紹介」の続きで、その原審昭和59年1月30日東京高裁判決(判時1106号71頁、家庭裁判月報39巻10号76頁)全文を紹介します。 ○退職金等支給規程のない財団法人が死亡した理事長の妻を受給者として退職金を支給した場合につき、妻は相続人の代表者としてではなく妻個人の資格で支給を受けたものと認定したものですが、事案詳細が判ります。 ********************************************** 主 文 原判決を取り消す。 被控訴人らの請求を棄却する。 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 事 実 第一 当事者の申立 一 控訴人 主文同旨 二 被控訴人ら 控訴棄却 第二 当事者の主張 当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。 一 控訴人 原判決6枚目表7行目末尾と8行目冒頭の間に次のとおり加入する。 「、特に控訴人は、設立当初資力の不十分であった夫である亡Bの創立したAの事業資金に充てるため、自ら写真館を経営し、また乙山生活館において結婚記念写真業に従事し、これから得た収益を多額にわたり支出してAの施設・設備の拡充に努めたうえ、常時検診要員の世話を続け、他面、亡Bが晩年糖尿病等で療養を要する状態にあった時期を通じ献身的に看護に従事する等、物心両面において同人を強力に補佐し、これにより初めて同人のAにおける職務遂行が可能であったもので、これらの内助の功はAの理事等役職にある者及び友人知己の知悉していたことであったから、同人の控訴人に対する推定的意思ないし遺思としての特別贈与金の措置が必要視されること」 二被控訴人ら 原判決6枚目裏末行の前に次のとおり加える。 「財団法人Aの死亡退職金等支給決定に至るまでの配慮事項と控訴人の固有財産であるとの法律上の性質及び遺産分割手続に付すべしとの予備的主張をすべて争う。」 第三 証拠《略》 理 由 一 控訴人が亡甲野Bの妻、被控訴人Y1及び同Y2がその子であり、それぞれBの相続人の地位にあること、亡Bは、昭和55年5月26日死亡したが、その生前昭和42年2月に結核、成人病等の予防事業などを目的とする財団法人A(以下「A」という。)を設立しその理事長に就任したこと、Aは、その設立前に亡Bが所長となっていたエックス線技師の養成を目的とする「中央診療エックス線技師養成所」の移管を受け、その後2回の名称変更を経て右養成所は、亡Bの死亡時、「中央医療技術専門学校」と改称されていたが、その経営がAにおける主たる事業となっていたこと、亡Bが死亡した当時、Aには退職金支給規程ないし死亡功労金支給規程は存在しなかったが、Aは同人の死亡後同人に対する死亡退職金(以下「本件退職金」という。)として2000万円を支給する旨の決定をし、その後控訴人に対し右2000万円の支払いをしたことは、いずれも当事者間に争いがない。 そして、本件退職金の支給決定をした日は、《証拠略》によれば、右12月6日であるが、同年10月4日開催の理事会においてすでに同じ案件が審議の対象となっていたものであることが認められ、また、控訴人に対し本件退職金が支給された日は、《証拠略》によれば、昭和56年3月16日であることが認められる。 二 しかるところ、被控訴人らは、本件退職金を控訴人が受領したことにつき、右退職金は相続人全員に支給されたものであり、控訴人は相続人3名の代表として受領したものにすぎない、と主張するのに対し、控訴人は、控訴人自身に支給されたものである旨主張するので、右の点につき検討を進める。 1《証拠略》には、本件退職金は亡Bの配偶者であるX(控訴人)に対して支給する旨の決議をした、との記載があるから、本件退職金は、Aに何ら退職金に関する規定がなかったという前判示の事情のもとでは、特段の事情のない限り、亡Bの相続財産として相続人の代表者としての控訴人に支給決定がされたのではなく、字義どおり相続という立場を離れて、亡Bの配偶者であった控訴人個人に対して支給されたものと認めるのが相当である。したがって、以下右特段の事情の有無について検討する。 この点につき、(1)《証拠略》によれば、本件退職金については、A委嘱の税理士本図専蔵により、また被控訴人らにより他の相続財産と共に相続人3名においてみなし相続をしたものとして相続税の課税処理がされていること、(2)《証拠略》によれば、本件退職金はその支払に当たり、控訴人名義の預金口座ではあるが、「X相続口」なる特別の口座に振り込まれていること、(3)《証拠略》によれば、控訴代理人は、被控訴人らが控訴人を相手方として申し立てた遺産分割調停事件(東京家裁昭和56年(家イ)第159号)につき相手方代理人として提出した昭和56年6月16日付準備書面において、Aから支払われた本件退職金は、現在控訴人において保管中である旨控訴人と被控訴人らの3名に支給されたものであることを自認するような陳述をしていることが認められる。 しかしながら、(1)については、税理士ないし利害関係人による税務処理いかんによって直ちに本件退職金の性格が決定されるものでないことはいうまでもないところ、一般に、死亡退職金の法的性質については従来から争いがあって,これに関する見解として、亡Bの死亡による相続税の申告期限である昭和55年11月頃には、死亡退職金は相続財産に属するとの見解も有力であったのであり(この点に関し、支給の第一順位を内縁を含む配偶者と明定する退職手当に関する規定がある場合に、その受給権は相続財産に属さず、配偶者である妻固有の権利であるとの最高裁判決が言渡されたのは同年11月27日のことであり、当時最高裁がその見解をとることがいまだ周知されていなかったことは当裁判所に顕著である。)、《証拠略》に徴すれば、同人は、当事、税理士として基本的にかかる見解を前提とし、しかも、申告の当事はまだAにおける退職金支給の件は内定の段階にあって、常務理事のCから支給金額のみを知らされ、何人に支給されるもののであるかは確知しないまま、税務上の処理をし、その後も必ずしもAから右の点につき正確な告知を受けていなかったことが認められるから、本図税理士による税務上の処理いかんは、前記認定を覆えすに足りる特段の事情となりえず、また、被控訴人らが自ら相続ないしみなし相続を受けたものとして申告したことも事柄の性質上、特段の事情となしえないことは同断である。 次に、(3)については、《証拠略》によれば、右調停事件の相手方代理人である控訴代理人は、前記準備書面提出の翌月である昭和56年7月23日付準備書面をもって直ちに、本件退職金は控訴人個人に対して支給されたものである旨の主張をしているから、前記6月16日付準備書面に用いられた「保管中」なる文字を字義どおりに解するのは相当でない。 そしてまた、この事実と《証拠略》によれば、前記(2)のように、本件退職金が昭和56年3月16日にAによりX相続口に振り込まれたのも、当時すでに本件退職金とAから支払われるべき同会中央医療技術専門学校用地になっている土地の地代との帰すうが控訴人と被控訴人間で争いとなっていたところから、A及び控訴人において独断専行を避け、ひとまず右相続口なる口座に振り込みを受けたものと認めることができるのであるから、(3)の保管中なる文言も右処理の趣旨に添うものということができ、(2)、(3)の事実もまた前記特段の事情とするに足りず、更にまた、《証拠略》によれば、同人のした税務処理については、なお本件退職金が控訴人のみのみなし相続財産であるとの修正申告はされていないことが認められるが、本件退職金の帰すうにつき本件で係争中であることを考慮すれば、むしろ当然であって、これまた前記認定を覆えす特段の事情とはなりえないというべきである。そして他にも右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。 2 のみならず、本件退職金が亡Bの生前におけるAに尽した功労に対する報償の性質を含むことは当事者間に争いがないが、《証拠略》によれば、Aの理事会において退職金支給の相手方を亡Bの配偶者である控訴人と決議したのは、控訴人が亡Bの生前同人のAの運営その他を物心両面にわたり支えた内助の功に報いるためであり、その形式として東京都職員退職手当に関する条例、同施行規則等において配偶者が第一順位とされていることに倣った結果であることが認められるから、Aの理事会の意思が控訴人個人に対して退職金を支給する趣旨であったことはむしろ明確であるといわなければならない。 三 以上の認定と判断によれば、被控訴人らが本件退職金2000万円につき、それが亡Bの相続財産であるとの主張に基づき、控訴人に対し共有財産の引渡し請求として各3分の1の金員とその遅延損害金の支払を求める本訴請求は、爾余の判断をするまでもなく理由のないことが明瞭である。してみれば、原判決は当裁判所の判断と結論を異にし失当であるので、本件控訴に基づきこれを取消して本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法96条、89条、93条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 岡山宏 河本誠之) 以上:3,857文字
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