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合資会社退社債務判断最高裁判決の控訴審判決紹介

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令和 2年11月12日(木):初稿
○「合資会社退社債務判断最高裁判決の第一審地裁判決紹介」の続きで、その控訴審の平成30年4月17日名古屋高裁判決(金融・商事判例1591号21頁)関連部分を紹介します。

○被相続人であるAが、その一切の財産を長男である控訴人に相続させる旨の公正証書遺言(本件公正証書遺言)をして死亡したため、長女である被控訴人が、控訴人に対して、遺留分減殺請求権を行使して、遺産である土地建物につき遺留分減殺請求を原因とする持分移転登記手続を求め、預金、現金、B社の持分等について、遺留分侵害相当額の金員の支払を求めるとともに、AのB社に対する本件建物の賃料のうちの相続開始後から40か月分について、不当利得返還請求権に基づき、遺留分侵害相当額の支払を求め、原審が、遺留分減殺率を7640万3088分の1894万7348と判断して、その限度で被控訴人の請求を認容したいました。

○控訴人が控訴し、控訴審で価額弁償をする旨の意思表示をしたところ、名古屋高裁は、控訴人の価額弁償の申出には理由があるとして、原判決を変更し、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人が被控訴人に対して、民法1041条所定の価額の弁償金を支払わないときは、各土地及び建物について、遺留分減殺を原因とする持分各8129万4592分の1537万8696の持分移転登記手続をせよと命じ、被控訴人のその余の請求をいずれも棄却しました。

○名古屋高裁は、Aは,Bの会社債権者にBの債務を弁済する責任を負っていたが,Aの死亡後これは消滅し、相続財産(積極財産)の内容に何ら影響を与えることなく、この相続債務は,遺留分侵害額の算定に当たっては,考慮しないこととするのが相当とし、この点が上告審で覆されました。

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主   文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人は,被控訴人に対し,控訴人が被控訴人に対して,民法1041条所定の価額の弁償として1237万4670円を支払わないときは,原判決別紙遺産目録記載1から5までの各土地及び建物について,平成24年4月20日遺留分減殺を原因とする持分各8129万4592分の1537万8696の持分移転登記手続をせよ。
(2)被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じこれを4分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要(略語は,新たに定義するものを除き,原判決の例による。以下,本判決において同じ。)
1 控訴人と被控訴人は,いずれも合資会社B(B。平成23年11月1日付けで合同会社に種類変更)の無限責任社員であったA(A。平成24年3月4日死亡)とその妻d(d。平成22年6月2日死亡)との間の子である。本件は,被相続人であるAが,その一切の財産を長男である控訴人に相続させる旨の公正証書遺言(本件公正証書遺言)をして死亡したため,長女である被控訴人が,控訴人に対して,遺留分減殺請求権を行使して,遺産である土地建物につき遺留分減殺請求を原因とする持分移転登記手続を求め,預金,現金,Bの持分等について,遺留分侵害相当額の金員の支払を求めるとともに,AのBに対する本件建物の賃料のうちの相続開始後から40箇月分について,不当利得返還請求権に基づき,遺留分侵害相当額の支払を求めた事案である。

 原審は,遺留分減殺率を7640万3088分の1894万7348と判断して,その限度で被控訴人の請求を認容したところ,控訴人が控訴を提起し,当審で価額弁償をする旨の意思表示をした。
 なお,被控訴人は,当審において,Bに対する出資金の持分払戻請求権(本件持分払戻請求権)についての遺留分減殺に係る請求を放棄した。

2 前提事実,争点,当事者の主張は,次のとおり原判決を補正し,次項に当審における控訴人の主張及び同主張に対する被控訴人の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄第2の2から4までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決3頁10行目から11行目にかけての「代表者」の後に「(無限責任社員)」を加える。

         (中略)


3 当審における当事者の主張
(1)争点(2)(Aの債務等の額)についての主張

ア 控訴人の主張
(ア)Aは,同人に対する成年後見審判が確定したことにより,合資会社であるBの無限責任社員を法定退社となった。その結果,Aは,会社法611条により,Bに対して持分払戻請求権を有することになるが,この場合,Bの会社財産がプラスであれば,払戻しを受けることができ,マイナスであれば,出資割合に応じて補填する義務がある(会社法612条)。無限責任社員が退社した当時合資会社が債務超過であった場合には,当該無限責任社員は,その債務超過額について支払う責任を負う。

なお,大審院大正7年(オ)第965号同年12月7日判決(民録24号2315頁)は「合資会社の無限責任社員が退社した場合において,会社と社員との間の計算の結果,退社員が(中略)消極的持分を有するにすぎないときは,会社に対する債務者として出資義務を負う」旨判示している。

 また,会社法640条1項の趣旨に照らし,債務超過の持分会社は種類変更ができないというべきであるから,Bが合資会社から合同会社に種類変更するに当たり,無限責任社員であったAは,種類変更を可能にするために合資会社Bの会社債務を負担すると解すべきである。

 本件では,Bは,少なくとも1029万7180円の債務超過であり,AのBに対する出資割合は,出資総額300万円のうちの220万円であるから,Aは,上記債務のうちの755万1265円を負担することになる。他方,Aは,Bに対して3182万2531円の貸付金を有するところ,控訴人は,上記貸付金と上記債務を対当額で相殺するので,上記貸付金残金は,2427万1266円となる。

(イ)基礎財産表の「D.債務等」の番号D6,D7の欄に記載のとおり,Aは,控訴人に対して,合計1917万8104円の債務を負っており,これは,Aの死亡に伴う相続税の申告書(乙166)にも記載されている。
 なお,上記D6の債務は,Aが控訴人に支給すべき給料のうち,一部を控訴人名義で預金しておき,それをAが引出したものであり,不当利得返還債務である。

イ 被控訴人の主張

         (中略)



(2)争点(3)(被控訴人の特別受益の有無)についての主張

         (中略)

(3)相殺の抗弁等(控訴人の当審での新主張)
ア 控訴人の主張
 前記前提事実(3)ア,イ(ア)(当審で補正後のもの)のとおり,控訴人は,被控訴人に対して,以下の債権を有している。
(ア)被控訴人は,A名義のゆうちょ銀行の通常貯金を解約して得た現金18万3409円を保管しているところ,これはAの遺産であり,控訴人は,本件公正証書遺言によりこのAの遺産に属する現金も取得することになるから,控訴人は,被控訴人に対して,不当利得返還請求権として18万3409円の請求権を有している。

(イ)被控訴人は,d名義のゆうちょ銀行の通常貯金を解約して得た現金473万0954円を保管しているところ,そのうち2分の1はAの遺産であり,4分の1は控訴人の相続分であり,控訴人は,本件公正証書遺言によりこのAの遺産に属する現金も取得することになるから,控訴人は,被控訴人に対して,不当利得返還請求権として354万8215円(1円未満切捨て。以下同じ。)の請求権を有している。

 控訴人は,上記請求権(合計373万1624円)と,控訴人が被控訴人に対して負担する遺留分減殺請求権を行使したことにより発生した金銭支払債務と対当額で相殺する。そして,この相殺後の残余の不当利得返還請求権を,A(d名義)の預金に係る遺留分減殺請求部分及びAのBへの貸付金に係る遺留分減殺請求部分に順次充当する(遺留分減殺請求により控訴人から被控訴人に移転するd名義の預金債権及びBに対する貸付金債権のうち,残余の不当利得返還請求権相当額分について,相殺処理をする)のが相当である。
 控訴人は,上記相殺の意思表示を,平成30年3月22日の当審第2回口頭弁論期日においてした。

イ 被控訴人の主張
 自働債権の成立は認め,相殺の抗弁は,争わない。
 なお,上記相殺後の控訴人の上記不当利得返還請求権を,A(d名義)の預金に係る遺留分減殺請求部分及びAのBへの貸付金に係る遺留分減殺請求部分に順次充当(相殺処理)することに同意する。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人が被控訴人に対して,民法1041条所定の価額の弁償として1237万4670円を支払わないときは,控訴人に対して,原判決別紙遺産目録記載1から5までの各土地及び建物について,遺留分減殺を原因とする持分各8129万4592分の1537万8696の被控訴人への持分移転登記手続をすることを命じるのが相当であると判断する。

 その理由は,次のとおり補正し,次項に当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄第3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決9頁24行目の冒頭から同10頁6行目の末尾までを削る。
(2)原判決10頁7行目の冒頭から同12頁5行目の末尾までを,次のとおり改める。

         (中略)


ウ 控訴人の主張する,AのBに対する債務について検討する。
 控訴人の主張の要旨は,Aは,Bの無限責任社員であったから,Bが債務超過である以上,その債務についてBに対して支払義務を負うというものと理解できる。
 しかし,持分会社の財産をもってその債務を完済することができない場合は,社員は,持分会社の債務を弁済する責任を負うが(会社法580条1項1号),この場合社員が弁済する責任を負う相手方は,会社債権者であり,会社に対してではない。

そして,退社した社員は,その登記をする前に生じた持分会社の債務について,従前の責任の範囲内で弁済する責任を負うが(同法612条1項),この責任は,退社の登記後2年以内に請求又は請求の予告をしない持分会社の債権者に対しては,当該登記後2年を経過した時に消滅する(同条2項)ものとされている。

 これを本件についてみれば,Bは,Aの退社時である平成23年11月を含む会計年度の期末において債務超過であり(乙166の2),その無限責任社員であるAは,Bの債権者に対して,会社債務を弁済する責任を負うが,Aの退社の登記は平成24年2月27日に了されたところ,その2年後である平成26年2月27日までに,Bの会社債権者が,B又はA(及びその相続人)に対して,会社債務の弁済を求める請求又は請求の予告をしたことを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,Aは,Bの会社債権者にBの債務を弁済する責任を負っていたが,Aの死亡後ではあるが,これは消滅したものと認められる。遺留分減殺請求の意思表示後であっても,遺留分減殺請求権に基づく現実の履行がなされる前までに相続財産(積極財産)の内容に何ら影響を与えることなく相続債務が消滅した以上,この相続債務は,遺留分侵害額の算定に当たっては,考慮しないこととするのが相当である。
 以上によれば,控訴人の主張は採用できない。



         (中略)

(11)原判決18頁25行目の冒頭から同19頁10行目の末尾までを,次のとおり改める。
「7 価額弁償について
(1)基礎財産表の補正
ア 基礎財産表の1枚目(原判決23頁)を,本判決別紙遺留分算定基礎財産表のとおり改める。
イ よって,積極財産の総和は,8129万4592円となる。
ウ また,前記(本判決で補正後の原判決12頁6行目から13頁12行目まで)のとおり,基礎財産表の「D.債務等」の総和は,1977万9808円であるので,遺留分算定基礎財産(計算式:A+B+C+Z-D)は,6151万4784円となる。

(2)遺留分侵害額及び遺留分侵害率の算定
 以上のとおり,Aの遺留分算定基礎財産は6151万4784円となり,この額に被控訴人の遺留分率である4分の1を乗じた1537万8696円が被控訴人の遺留分侵害額となる。
 また、各財産に対する遺留分減殺率は,1537万8696/8129万4592(被控訴人の遺留分侵害額減殺対象となる相続積極財産の価額の総和)となる。 
 よって,次のアからエの財産は,以下の限度で,被控訴人に帰属することになる。

ア 本件不動産 8129万4592分の1537万8696

イ 解約済みの預貯金及び現金(本判決別紙遺留分算定基礎財産表のB1,B2,C1,C2,C3の合計527万1237円)/99万7172円

ウ d名義の預金のうちAの遺産に属する預金(本判決別紙遺留分算定基礎財産表のB3~B5の合計234万2618円)/44万3158円

エ Bへの貸付金(本判決別紙遺留分算定基礎財産表のC4,3182万2531円)/601万9945円

(3)また,上記(2)アのとおり,被控訴人は,本件土地1,本件土地2について遺留分侵害率による共有持分を有することになるので,AのBに対する賃料請求権(月額10万円)のうち,遺留分侵害率割合による請求権を取得することになる。よって,前記(本判決で補正後の原判決18頁16行目から同頁24行目まで)のとおり,被控訴人は,控訴人に対して,72万7601円の不当利得返還請求権及びこれに対する遅延損害金請求権を取得する。

(4)相殺の抗弁等について
ア 以上に対し,控訴人は,遺留分減殺請求により生ずる控訴人の被控訴人に対する債務と,控訴人の被控訴人に対する373万1624円の不当利得返還請求権による相殺の主張をしているところ,この自働債権の成立については当事者間に争いはないから,前記(2)イの支払義務及び上記(3)の不当利得返還債務(合計172万4773円)は,相殺により消滅した。

イ また,被控訴人は,上記相殺後の控訴人の上記不当利得返還請求権を,A(d名義)の預金及びAのBへの貸付金に係る遺留分減殺請求に充当することに同意(相殺合意)すると述べている。上記アの相殺後の控訴人の上記不当利得返還請求権は,200万6851円の限度で残っているので,これを,まず前記(2)ウに充当し,その残額(156万3693円)を前記(2)エに充当することにすると,その貸付金債権の残額は445万6252円となる。

(5)遺留分減殺請求についてのまとめ
 よって,被控訴人が遺留分減殺請求を行使したことにより,Aの遺産のうち
〔1〕本件不動産の8129万4592分の1537万8696
〔2〕解約済みの預貯金及び現金(本判決別紙遺留分算定基礎財産表のB1,B2,C1,C2,C3の合計)のうちの99万7172円
〔3〕d名義の預金のうちAの遺産に属する預金(本判決別紙遺留分算定基礎財産表のB3~B5の合計)のうちの44万3158円
〔4〕Bへの貸付金(本判決別紙遺留分算定基礎財産表のC4)のうちの601万9945円
が,被控訴人に帰属することになり,控訴人がBから取得した賃料のうち,控訴人は,被控訴人に対して,不当利得返還債務として72万7601円の支払義務を負うことになったが,控訴人の相殺の抗弁及び相殺合意により,〔1〕の不動産共有持分及び〔4〕のBへの貸付金債権のうち445万6252円のみが被控訴人に帰属することになる。

 なお,被控訴人は,遺留分減殺請求権を行使して被控訴人に帰属することになる〔4〕のBへの貸付金債権についても,控訴人に対して,被控訴人に帰属することになる債権額の支払を求めているが,遺留分減殺請求権を行使することにより,遺留分減殺率に応じて控訴人から被控訴人に権利(貸付金債権)が移転することになるにすぎないから,上記支払請求は理由がない(もっとも,被控訴人に帰属することになった範囲での債権の帰属の確認を求めることは許される。)。

(6)価額弁償について
ア 控訴人は価額弁償を申し出ているところ,以上によれば,控訴人は,被控訴人に対し,本件の価額弁償金として1237万4670円を支払うべきである。
計算式 4185万8206円(不動産価格)×(1537万8696/8129万4592)(遺留分減殺率)=791万8418円
791万8418円+445万6252円=1237万4670円

イ 控訴人は,東京スター銀行に約1089万円の普通預金(乙193),名古屋銀行に約277万円の普通預金(乙194)を有しており,これを,上記価額弁償金の原資とする旨を述べている。

ウ よって,控訴人の価額弁償の申出には理由がある。」

2 その他の当審における控訴人の主張に対する判断
(1)控訴人は,原判決のした特別受益(原判決別紙特別受益目録Z17)に関する判断に対し,事実誤認があると主張する。
 しかし,この主張が採用できないことは,原判決(16頁22行目から18頁2行目まで)が説示するとおりである。

(2)また,控訴人は,被控訴人の子供らの学費(原判決別紙特別受益目録Z8,9,12,13)及び被控訴人の住宅建築資金(同Z4)は,特別受益に当たる旨主張する。
 しかし,これらの主張が採用できないことは,原判決別紙特別受益目録の「裁判所の判断」欄に記載のとおりである

第4 結論
 以上によれば,原判決は相当でないので,これを変更することとして,主文のとおり判決する。名古屋高等裁判所民事第2部 裁判長裁判官 松並重雄 裁判官 鳥居俊一 裁判官 剱持亮

(別紙)遺留分算定基礎財産表

以上:7,285文字

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