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熟慮期間経過後の相続放棄を状況詳細吟味して認めた高裁決定紹介

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令和 2年 9月25日(金):初稿
○「熟慮期間経過を理由に相続放棄を認めなかった家裁審判紹介」の続きでその抗告審令和元年11月25日東京高裁決定(判時2450・2451号8頁)を紹介します。

○法定相続人である抗告人らが相続放棄の各申述をした事案において、抗告人らの各申述の遅れは、相続放棄手続が既に完了したとの誤解や被相続人の財産についての情報不足に起因しており、抗告人らの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、本件における民法915条1項所定の熟慮期間は、抗告人らが、相続放棄手続や被相続人の財産に関する具体的説明を受けた時期から進行するとして、熟慮期間を経過しているとして本件各申述を却下した原審判を取り消し、各申述をいずれも受理する決定をしました。

○原審は形式的判断でしたが、抗告審は中身を詳細に吟味した実質的判断です。付言事項の、相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当とした点が重要です。

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主   文
1 原審判をいずれも取り消す。
2 抗告人らの相続放棄の各申述をいずれも受理する。
3 手続費用は、第1、2審を通じ、抗告人らの負担とする。

理   由
第1 事案の概要等

1 本件は、被相続人の法定相続人である抗告人らにおいて、相続放棄の各申述(以下「本件各申述」という。)をした事案であり、原審が、本件各申述は相続放棄の熟慮期間を経過してされたものであるとして、いずれも却下したことから、抗告人らがこれを不服として即時抗告をした。

2 抗告の趣旨
 主文同旨

3 抗告の理由
 抗告人らは、約70年もの間、被相続人と会ったことはなく、消息も知らないといった関係にあったのであり、平成31年2月下旬ころ、同月18日付けのB市長作成の「亡A様に係る固定資産税の相続人代表者について」と題する書面(以下「本件文書」という。)を受領したものの、本件文書の記載内容のみによっては、被相続人の資産や債務の内容等は一切分からなかった。被相続人に係る債務の存在及びその金額を確定的に認識したのは、抗告人〈10〉2は早くとも同年6月10日、抗告人X1は同年7月14日であるから、民法915条1項所定の3か月の熟慮期間の起算日は、それ以後とすべきである。

 また、抗告人らは、同じく被相続人の法定相続人であるCが3人を代表して相続放棄の手続を行っているものと認識しており、実際に、Cは、3名分の収入印紙を添付して相続放棄の申述を行っていた。そもそも、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合以外には、相続放棄の申述を受理すべきなのであるし、抗告人らが法律知識に乏しい高齢者であることを踏まえると、本件各申述を却下することは社会正義にも反する。

第2 当裁判所の判断
1 当裁判所が判断に先立ち認定する事実は、以下のとおりである。
(1)抗告人X1(昭和7年生まれ)、C(昭和15年生まれ)及び抗告人X2(昭和19年生まれ)は、いずれもDとEとの間の子である。被相続人(昭和2年生まれ)は、Eの妹であり、平成29年×月×日死亡した。抗告人ら及びCは、被相続人の法定相続人である。

(2)抗告人らと生前の被相続人は、長い間、顔を合わせたり連絡を取り合ったりすることは一切なく、抗告人らは、被相続人の消息を全く知らなかった。そのため、被相続人の死亡の事実も知らなかったが、平成31年2月下旬ころに受領した本件文書に、抗告人らが知っている人物かは分からないが、B市に固定資産を所有する亡Fの妻である被相続人が死亡したので、その相続人の中から固定資産税に関する書類の受取についての代表者を決めてもらう必要があるとの趣旨が記載されていたことから、抗告人らは、その頃、被相続人の死亡の事実と、自分たちが被相続人の法定相続人に当たることを知った。

(3)その後、抗告人X2がB市役所に問合せを行って、被相続人の所有する不動産の所在地は判明したものの、当該不動産の価値等は一切わからなかった。抗告人らとCは、相談の結果、面倒な事態に巻き込まれたくないといった漠然とした思いから、相続放棄をすることを決意したが(なお、抗告人〈10〉1については、高齢であったこともあり、娘のGに対応を一任しており、Gが、抗告人X2やCとの協議を行った。)、代表者が相続放棄をすれば足りると誤解していたことから、令和元年5月18日頃、C1人のみが申述人として記載された相続放棄申述書を前橋家庭裁判所太田支部に宛てて郵送した。なお、当該申述書は、Cに代わって抗告人X2が記載したものであり、また、3人分の申立費用額に相当する収入印紙が添付されていた。

(4)令和元年6月上旬頃、B市役所からの問合せに対し、抗告人X2が、Cが代表して相続放棄を行った旨を述べたところ、市役所の担当者は、相続放棄は各人が手続を行う必要があることを指摘し、さらに、被相続人の平成30年分の固定資産税2万9000円が滞納になっていることや、今後、発生する固定資産税は相続人代表者に支払義務が生じることを説明した。これにより、抗告人X2は、家庭裁判所に自ら相続放棄の申述を行う必要があることや、被相続人に未払の固定資産税があることを初めて認識し、同月19日、前橋家庭裁判所太田支部に対し、相続放棄の申述をした。

(5)抗告人X2からの連絡を受けて、Gも、抗告人X1が相続放棄の申述を行うための準備に着手したが、その後、抗告人X2が家庭裁判所の職員から相続放棄の申述の取下げについて検討を促されたこと等を聞いて、手続をしばらく見合わせていた。
 しかし、Gは、令和元年7月14日頃、抗告人X2から、B市役所が抗告人X2に送付した同月8日付けの通知書面を見せられ、それによって、具体的に年間2万9000円の固定資産税・都市計画税が発生することを認識し、抗告人X1の年金収入で毎年の支払を行うことはできないと考えた。そして、Gからの説明を受けた抗告人X1は、改めて相続放棄の申述を行うことを決意し、同月16日、前橋家庭裁判所太田支部に対し、相続放棄の申述を行った。

2 前記1の認定事実に基づき、本件各申述を受理すべきか否かについて、検討する。
 前記認定の事実によれば、抗告人らは、本件文書を受領した平成31年2月下旬ころ、被相続人の死亡の事実及びこれにより自分たちが法律上相続人となった事実を知ったこと、本件各申述がされたのは、それから3か月以上が経過した後であったことが認められる。

 しかし、抗告人らが、本件文書を受領してから3か月以内に相続放棄の申述を行わなかったのは、前記認定のとおり、Cが代表者として申述を行うことによって、相続放棄の手続が完了したと信じていたためであり、そのことは、抗告人X2が相続放棄申述書を代筆した事実や、3人分の収入印紙が添付されていた事実によっても裏付けられている。

そして、抗告人らがそのように信じたことについては、軽率な面があったことは否めないものの、抗告人らが高齢であることや法律の専門家でもなかったこと等からすると、強い非難に値するとまでいうことはできないし、抗告人らも相続を放棄するとの認識の下、実際にCの相続放棄の手続が行われた以上、相続財産があることを知りながら漫然と放置していたといった事案と同視することはできない。

 また、抗告人らと被相続人とが生前、全く疎遠な間柄であった上、本件文書には、被相続人の資産や負債に関する具体的な情報は何ら記載されていなかったのであるから、本件文書を突然受領したからといって、被相続人を相続すべきか否かを適切に判断することは期待し得ず、高齢の抗告人らにおいて、その後、相続財産についての調査を迅速かつ的確に実施することができなかったというのも無理からぬところがある。

そして、その後、市役所の職員からの説明により、相続放棄の手続は各人が個別に行う必要があることのほか、滞納している固定資産税等の具体的な税額を認識するに至り、自ら相続放棄の申述を行うに至っているところ,このような経緯に照らしても、抗告人らの対応に格別不当とすべき点があるとはいえない(なお、抗告人X1は、これらの事実を知った後、相続放棄の申述を行うまでに1か月弱を要しているが、これも、先に相続放棄の申述を行った抗告人X2が、家庭裁判所の職員から取下げの検討を求められていることを知って申述を躊躇するなどした結果である。)。

 以上のとおり、抗告人らの本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、抗告人らの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明を抗告人らが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬頃から進行を開始するものと解するのが相当である。そして、前記認定のとおり、抗告人X2は同月19日に、抗告人X1は同年7月16日にそれぞれ相続放棄の申述をしたものであるから、本件各申述はいずれも適法なものとしてこれを受理すべきである。 

 なお、付言するに、相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当であって、このような観点からしても、上記結論は妥当性を有するものと考えられる。

3 よって、本件各申述を却下した原審判は相当でなく、本件各抗告はいずれも理由があるから原審判を取消し、本件各申述をいずれも受理することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 菅野雅之 裁判官 今岡健 橋爪信)

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