令和 2年 6月11日(木):初稿 |
○「全文・日付・氏名を自署指印した郵便葉書を遺言無効とした地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和元年7月11日東京高裁判決(判時2440号67頁)全文を紹介します。 ○高裁判決も、「遺言も意思表示を要素とする法律行為であり、かつ、相手方のない単独行為である以上、これを有効と認めるためには、民法所定の要件を具備していることはもとより、財産処分等の法律行為を行う旨の遺言者の確定的、最終的な意思が遺言書上に表示されていることが必要と解すべき」として、「マンションはYにやりたいと思っている。」だけでは、「少なくとも本件マンションを控訴人に遺贈するとの確定的、最終的な意思の表示であると断定するには合理的な疑いが残る」として、遺言書とは認めませんでした。 ○控訴人としては,納得できない認定と思われますが、上告受理申立はなされず、高裁判決で確定しているようです。 ******************************************** 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 第2 事案の概要(略語は、特に断らない限り、原判決の例による。以下同じ。) 1 事案 本件は、控訴人及び被控訴人X2の実母であり、被控訴人X1の配偶者であったAが平成14年に作成した文書(本件14年文書)及び平成24年に作成した文書(本件24年文書)に関し、被控訴人らが、控訴人に対し、本件14年文書が自筆証書遺言として有効であること、本件24年文書が自筆証書遺言として無効であることの各確認を求める事案である。 原判決は、被控訴人らの請求をいずれも認容したことから、控訴人が控訴した。 2 前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり原判決を補正し、後記3のとおり当審における控訴人の主張を加えるほかは、原判決「第2 事案の概要」の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決2頁11行目の「作成した。」の後に「本件14年文書の体裁及び内容は、別紙〔2〕のとおりである。」を、同頁13行目の「作成した。」の後に「平成24年文書は、Aが控訴人宛に郵送した葉書であり、その体裁及び内容は、別紙〔1〕のとおりである。」を、同行目の「《証拠略》」の後に「《証拠略》」をそれぞれ加える。 (2)原判決3頁1行目及び4行目の各「有効か」を「無効か」とそれぞれ改める。 3 当審における控訴人の主張 遺言者が自筆証書遺言としての効果を生じさせる意思を有していたかどうかは、その文言を形式的に判断するだけではなく、遺言書作成当時の事情や遺言者の置かれていた状況などの一切を考慮して遺言者の真意を探求する必要がある(最高裁判所昭和58年3月18日第二小法廷判決)。 本件24年文書には、「遺言」、「相続」といった文言がなく、また、控訴人宛の私信の形式で作成されたものであるが、自身の死後の財産処分であることをうかがわせる記載があり、また、「マンションはYにやりたいと思っている。」との遺贈意思も明記されている。また、Aは、控訴人に同文書を送付した後に、自身の相続に関し、控訴人が被控訴人らによって権利を侵害されないよう注意喚起する内容の手紙を複数回にわたって送付している。 以上のことからすれば、同文書には、本件マンションを控訴人に遺贈するとのAの確定的な最終意思が表示されているといえるから、同文書は自筆証書遺言として有効である。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、被控訴人らの請求はいずれも理由があるから認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり原判決を補正し、後記2のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を加えるほかは、原判決「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決4頁22行目の「有効か」を「無効か」と、5頁2行目の「認められることからすれば」を「認められる。したがって」とそれぞれ改め、同頁8行目の「あることを」の後に「直接的に」を加え、同頁22行目の「原告X1は」から6頁12行目から13行目にかけての「照らせば」までを「本件14年文書に記された『まかせます』という用語の字義は、委任の意味に限定されるものではないから、上記の表記から一義的に、Aが自身の遺産分割手続を被控訴人X1に行わせるとの意思を表示したと断定することはできない。かえって、証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、Aは、かねてから、本件各不動産は被控訴人X1と共に築き上げた財産であるという認識を有しており、本件各不動産は被控訴人X1の自由にさせるという意思を表明していたことが認められる。 また、平成14年文書には、『Aの所有する不動産の相続は、夫のX1にすべてまかせます。』という表記に続けて、『長女X2と次女Yには遺留分として八分の壱1/8づつ遺します』との記載がされているが、これは、A名義である本件各不動産を被控訴人X1に相続させた場合に、共同相続人である控訴人及び被控訴人X2の遺留分が侵害される事態が生じることを想定して記されたものと理解するのが文脈に最も整合的である。以上の事実を総合すれば」と改める。 (2)原判決6頁20行目の「しかしながら、」の後に「自筆証書遺言は、民法所定の方式等を備え、遺言能力を有する遺言者の遺言書作成時点における確定的、最終的な意思が表記されていれば有効な遺言として成立し、後に当該遺言の撤回等がされない限り、その効力を喪失することはないのであるから(民法1022条ないし1027条)、」を加える。 2 当審における控訴人の主張に対する判断 (1)控訴人は、本件24年文書について、自筆証書遺言として有効に成立していると主張する。 そこで検討するに、遺言も意思表示を要素とする法律行為であり、かつ、相手方のない単独行為である以上、これを有効と認めるためには、民法所定の要件を具備していることはもとより、財産処分等の法律行為を行う旨の遺言者の確定的、最終的な意思が遺言書上に表示されていることが必要と解すべきである。 これを本件について見ると、本件24年文書のうち「マンションはYにやりたいと思っている。」という部分は、本件マンションを控訴人に遺贈する意思を記載したと見る余地もあり、また、「こんな事が役立つようでは困るけど一応念のため」という部分も死後の財産処分について言及する趣旨と解し得ないでもない。 しかし、仮に上記のように解すると、Aは、本件各不動産を被控訴人X1に相続させるとの平成14年文書による自筆証書遺言を一部撤回する遺言をしたことになるが、自筆証書遺言を作成した経験を有し、かつ、引用に係る補正後の原判決第3の2(2)アに説示したとおり、かねてより本件各不動産は被控訴人X1の自由にさせるという意思を表明していたAが、かかる意思を翻意する旨を控訴人に宛てた私信において表示するというのは、いささか奇異といわざるを得ない。 また、本件24年文書は、本件各不動産のうち本件マンションについて言及しているだけで、その余の不動産(土地)の処分に関しては触れるところが全くない。加えて、本件24年文書の「マンションはYにやりたいと思っている。」という部分についても、その表現ぶりのほか、控訴人に対する私信の中の記載であることに照らせば、本件マンションを控訴人に取得させたいという希望ないし意図の表明を超えるものではなく、少なくとも本件マンションを控訴人に遺贈するとの確定的、最終的な意思の表示であると断定するには合理的な疑いが残るところである。 以上を総合すれば、本件マンションを含め、自身の遺産の処分に関するAの確定的、最終的な意思が本件24年文書上に表示されていると認めることはできないから、同文書は、自筆証書遺言としては無効と解すべきである。 (2)これに対し、控訴人は、最高裁判所昭和58年3月18日第二小法廷判決(集民138号277頁)を挙げて、本件24年文書には、Aの遺贈意思が確定的に記載されていると主張する。 しかし、上記の最高裁判決は,遺言が意思表示を要素とする法律行為の一種であることから、遺言者の真意を探求する上では、遺言書の記載の解釈が必要な場合も生じるところ、遺言者が用いた用語の意味を明らかにするためには、遺言書作成当時の事情や遺言者の置かれていた状況などを考慮することができ、また、考慮すべきであるという当然の事理を明らかにしたものと解すべきである。 これに対し、本件は、本件24年文書にAの確定的、最終的な意思が記載されているといえるか否かが争われている事案であって、かかる事項が記載されている場合の解釈手法について説示した上記の最高裁判決が妥当する事案とはいえない。 したがって、上記の最高裁判決をもって、本件24年文書にAの確定的、最終的な意思が表示されているということはできないから、控訴人の主張は採用することができない。 3 結論 以上によれば、被控訴人らの請求をいずれも認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 萩原秀紀 裁判官 馬場純夫 片野正樹) 以上:3,822文字
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