令和 1年12月13日(金):初稿 |
○「被相続人銀行印鑑届書記載情報開示請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審である平成29年8月17日広島高裁岡山支部判決(金法2123号65頁<参考収録>)全文を紹介します。 ○控訴人が、Cを相続して、本件預金口座に関しCに属した権利義務を承継したと主張して、被控訴人銀行に対し、個人情報の保護に関する法律25条1項(平成27年法律第65号による改正前)に基づき、本件印鑑届出書の写しの開示を求めていました。 ○原審平成28年10月26日岡山地裁判決は、死者に関する情報が、同法の対象である「生存する個人に関する情報」(同法2条1項)に当たる場合について、法が保護しようとする個人の権利利益とは本人の人格権的権利に由来するものと解されるから、生存する個人に関する情報といえるためには、当該情報の取扱いによって個人の権利利益を侵害する可能性がある情報、すなわち、当該情報によって生存する相続人それ自体を識別することができる情報である必要があると解し、本件印鑑届出書に表示されている情報からは、控訴人を識別することはおよそ不可能であると判断して、控訴人の請求を棄却していました。 ○そこで、控訴人が控訴した事案で、死者の財産に関する情報は、生存する相続人や受遺者に関する情報でもあるから、本件印鑑届出書に記載されている情報は、死亡した花子の本件預金口座に関する情報であり、控訴人はその受遺者であり、控訴人に関する情報として、同法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たると認められるとして、原判決を取り消し、被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人が保有する当該印鑑届出書の写しを交付せよ、と命じました。 ○私としては、この高裁判決の方が妥当ではと、考えていましたが、上告され、平成31年3月18日最高裁判決で覆されていますので、別コンテンツで紹介します。 ******************************************** 主 文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人が保有する原判決別紙記載の印鑑届出書の写しを交付せよ。 3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人が保有する原判決別紙記載の印鑑届出書の写しを交付せよ。 第2 事案の概要 1 事案概要 本件は,控訴人が,C(略称は原判決の例による。)を相続して,本件預金口座に関しCに属した権利義務を承継したと主張して,被控訴人に対し,平成27年法律第65号による改正前の個人情報の保護に関する法律(以下,原判決及び本判決の略称する「法」とは,同法をいうものとする。)25条1項に基づき,本件印鑑届出書の写しの開示を求めた事案である。 原審は,死者に関する情報が,法の対象である「生存する個人に関する情報」(法2条1項)に当たる場合について,法が保護しようとする個人の権利利益とは本人の人格権的権利に由来するものと解されるから,生存する個人に関する情報といえるためには,当該情報の取扱いによって個人の権利利益を侵害する可能性がある情報,すなわち,当該情報によって生存する相続人それ自体を識別することができる情報である必要があると解し,本件印鑑届出書に表示されている情報からは,控訴人を識別することはおよそ不可能であると判断して,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人がこれを不服として本件控訴を提起した。 2 本件に関する法の定め,前提となる事実,主たる争点及び当事者の主張は,以下のとおり原判決を補正する外は,原判決「事実及び理由」第2の1ないし3(原判決2頁6行目から5頁17行目まで)及び別紙(原判決9頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) ア 原判決2頁12行目の「個人情報の適正」から同14行目の「その他の」までを,削除する。 イ 原判決2頁20行目の「識別することができるものをいう。」を,「識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ,それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。」と改める。 ウ 原判決3頁22行目の「開示」を,「開示(当該本人が識別される保有個人データが存在しない時にその旨を知らせることを含む。以下同じ。)」と改める。 (2) ア 原判決4頁11行目の末尾に,「また,処理年月日が印字され,処理担当者及び検印をした担当者の印が押捺されているものの,処理時刻の印字はない(乙10)。」を加える。 イ 原判決4頁16行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。 「 Cの平成15年8月29日付け遺言は,本件預金口座のうち1億円を控訴人に相続させるというものであったところ,控訴人は,平成17年8月25日付けで,1億円を受領した。」 (3) ア 原判決5頁4行目の「生存する個人に関する情報」を,「生存する個人に関する情報であって,当該情報に含まれる記述等により特定の個人を識別することができるもの」と改める。 イ 原判決5頁13行目の「原告がCの預金債権を相続したことは認めるが,」を,「本件印鑑届出書が,Cの生前,Cの個人情報であったことは認めるが,Cの死亡後は,死者に関する情報であって,生存する個人に関する情報ではない。」と改める。 第3 当裁判所の判断 1 判断の概要 当裁判所は,原審と同様に,本人は,個人情報取扱事業者に対し,法25条1項に基づき,当該本人が識別される保有個人データの開示を請求する法的権利を有すると解するものの,原審と異なり,死亡した遺言者の財産に関する情報は,生存する受遺者に関する情報として,前記開示請求権の対象になると解して,本件印鑑届出書は,控訴人の個人情報でもあると判断した上で,控訴人の開示請求を認容することとした。 2 法25条1項に基づく裁判上の開示請求の可否について 原判決「事実及び理由」第3の1(原判決5頁19行目から6頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 なお,平成27年法律第65号による改正後の個人情報の保護に関する法律28条1項が,平成29年5月30日に施行されることにより,当然,本人は,個人情報取扱事業者に対し,当該本人が識別される保有個人データの開示を請求する法的権利を有することとなる。 3 争点(本件印鑑届出書に記載されている情報が,法2条1項の「生存する個人に関する情報であって,当該情報に含まれる記述等により特定の個人を識別することができるもの」に当たるか否か)について (1) 確かに,法は,個人情報の適正な取扱いを定めて,個人の権利利益の保護を目的としているところ,死者に権利利益を享受する法的地位は認められないし,死者が個人データの開示,訂正等及び利用停止等を求めることもないから,死者に関する情報を,死者を主体として法の対象にする意義は乏しい。 しかし,死者に関する情報であっても,当該情報が,死者が死亡時に有していた財産に関する情報である場合には,当該財産が相続人や受遺者に移転することにより,当該情報も相続人や受遺者に帰属することになり,これを相続人や受遺者に関する情報ということを妨げる理由はない。 また,当該情報に死者の氏名等が明示されていることにより,その氏名等と夫婦や親子という身分関係に関する情報や遺言に含まれる相続人や受遺者の情報とは容易に照合することができるから,それにより特定の相続人や受遺者を識別することができることも明らかである。 のみならず,前記のような死者に関する情報が不適切に管理されて,無用の情報が流出すること,又は,必要な情報が提供されないことは,死者に関する情報と他の情報を容易に照合することにより識別することができる特定の生存する個人の権利利益が適正に保護されないことを招き,このような結果は,法の目的に反するものといわなければならない。 そうすると,死者に関する情報は,同時に,当該死者に関する情報から識別することができる特定の生存する個人にとって,法にいう個人情報として,法による保護の対象となるべき情報であると解するべきである。 このように解することは,平成15年5月21日の参議院の個人情報の保護に関する特別委員会での附帯決議6項(死者に関する個人情報の保護の在り方等について交わされた論議等これまでの国会における論議を踏まえ,全面施行後3年を目途として,本法の施行状況について検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずること)の趣旨にも適うものである。 以上のとおりであって,法の文理解釈からしても,また,死者が死亡時に有していた財産に関する情報が,相続人や受遺者にとって適正に管理されるべき情報であって,法による保護の対象になるべき情報であると解するべき目的解釈からしても,当該情報は,法にいう個人情報(生存する個人である相続人や受遺者に関する情報であって,当該情報に含まれる被相続人の氏名等と他の情報と容易に照合することができ,それにより相続人や受遺者を識別することができることとなるもの)と認められる。これは,当該情報が相続人や受遺者において具体的に有用か否かによって左右されるものではない。 (2) 被控訴人は,死者に関する情報が,生存する個人に関する情報に当たるのは,当該情報によって当該相続人を識別することができる場合に限ると主張する。 しかし,既に説示したとおり,法のいう個人情報は,他の情報と容易に照合することにより特定の個人を識別することができることとなるものを含むのであるから,死者に関する情報に相続人や受遺者の氏名等が明示されている場合のみのならず,死者に関する情報と他の情報を容易に照合することにより識別することができる特定の個人がある場合には,当該情報は,当該個人に関する情報ということができる上,当該死者に関する情報は当該生存する個人にとっても適正に管理されるべき情報といえるのであるから,法の文理解釈からしても,目的解釈からしても,法のいう個人情報の「個人」を,当該情報に氏名等が示された個人に限定する理由はないというべきである。 したがって,被控訴人の主張は採用できない。 (3) 前記(1)のとおり,死者の財産に関する情報は,生存する相続人や受遺者に関する情報でもある。よって,本件印鑑届出書に記載されている情報は,死亡したCの本件預金口座に関する情報であり,控訴人はその受遺者であるから,控訴人に関する情報として,法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たると認められる。 ただし,本件印鑑届出書に処理時刻の印字欄の記載があるとは認められないから,法25条1項に基づき,その旨を知らせることで足りる。 第4 まとめ 以上のとおり,控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ,これと異なり,控訴人の請求を棄却した原判決は失当であり,本件控訴は理由がある。よって,原判決を取り消して,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 広島高等裁判所岡山支部第2部 (裁判長裁判官 松本清隆 裁判官 永野公規 裁判官 西田昌吾) 以上:4,580文字
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