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被相続人銀行印鑑届書記載情報開示請求を棄却した地裁判決紹介

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令和 1年12月12日(木):初稿
○個人情報保護法に基づく被相続人母の銀行印鑑届記載情報開示請求を棄却した平成28年10月26日岡山地裁判決(金法2123号67頁<参考収録>)全文を紹介します。

○事案は以下の通りです。
・原告の母Cは,平成15年に被告の支店で普通預金口座を開設した際,自らの氏名,住所,生年月日等を記載し,銀行取引で使用する印章(銀行印)による押印をした印鑑届書(以下「本件印鑑届書」という。)を提出
・Cは,平成16年に死亡し,原告は,母の自筆証書遺言により上記の普通預金口座の預金債権の一部を取得
・原告はCの預金口座の開設と同日付けである上記自筆証書遺言が偽造されたものではないかとの疑念を持ち,それを確認するための資料とすべく,被告に対して本件印鑑届書の写しの開示を求める本件訴訟を提起


○関連個人情報保護法規定は次の通りです。
個人情報保護法第2条(定義)
 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録(電磁的方式(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式をいう。次項第二号において同じ。)で作られる記録をいう。第18条第2項において同じ。)に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(個人識別符号を除く。)をいう。以下同じ。)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)二 個人識別符号が含まれるもの

第28条(開示)
 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。
2 個人情報取扱事業者は、前項の規定による請求を受けたときは、本人に対し、政令で定める方法により、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない。ただし、開示することにより次の各号のいずれかに該当する場合は、その全部又は一部を開示しないことができる。一 本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
二 当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
三 他の法令に違反することとなる場合
3 個人情報取扱事業者は、第1項の規定による請求に係る保有個人データの全部又は一部について開示しない旨の決定をしたとき又は当該保有個人データが存在しないときは、本人に対し、遅滞なく、その旨を通知しなければならない。
4 他の法令の規定により、本人に対し第2項本文に規定する方法に相当する方法により当該本人が識別される保有個人データの全部又は一部を開示することとされている場合には、当該全部又は一部の保有個人データについては、第1項及び第2項の規定は、適用しない。


○判決は、本件印鑑届書記載の情報それ自体から,直ちに原告個人が識別できるとはいえず、法2条1項に定める「生存する個人に関する情報」に当たらないというべきで、保有個人データに当たらず,原告の法25条(※現行28条)1項に基づく開示請求(本件印鑑届書の写しの交付請求)は理由がないとして原告の請求を棄却しました。この判決は控訴審広島高裁で覆されており、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,被告が保有する別紙記載の印鑑届書の写しを交付せよ。

第2 事実の概要
 本件は,亡C(以下「C」という。)の相続人である原告が,金融機関である被告に対し,個人情報の保護に関する法律(平成27年法律第65号による改正後のもの。以下「法」という。)25条1項(※現行28条)に基づき,Cが被告の支店において預金口座を開設する際に作成した印鑑届書の写しの開示を求めている事案である。

1 本件に関係する法の定め
(1)1条(目的)
 この法律は,高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み,個人情報の適正な取扱いに関し,基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め,国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに,個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ,個人の権利利益を保護することを目的とする。

(2)2条(定義)
ア 1項
 この法律において「個人情報」とは,生存する個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるものをいう。 

イ 2項
 この法律において「個人情報データベース等」とは,個人情報を含む情報の集合物であって,次に掲げるものをいう。
(ア)特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
(イ)前号に掲げるもののほか,特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの

ウ 3項
 この法律において「個人情報取扱事業者」とは,個人情報データベース等を事業の用に供している者をいう。ただし,次に掲げる者を除く。
(各号省略)

エ 4項
 この法律において「個人データ」とは,個人情報データベース等を構成する個人情報をいう。

オ 5項
 この法律において「保有個人データ」とは,個人情報取扱事業者が,開示,内容の訂正,追加又は削除,利用の停止,消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データであって,その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの又は1年以内の政令で定める期間以内に消去することとなるもの以外のものをいう。

カ 6項
 この法律において個人情報について「本人」とは,個人情報によって識別される特定の個人をいう。

(3)25条(開示)
ア 1項
 個人情報取扱事業者は,本人から,当該本人が識別される保有個人データの開示を求められたときは,本人に対し,政令で定める方法により,遅滞なく,当該保有個人データを開示しなければならない。ただし,開示することにより次の各号のいずれかに該当する場合は,その全部又は一部を開示しないことができる。
(各号省略)

イ 2項以下省略

2 前提となる事実(争いがないか,弁論の全趣旨及び掲記の証拠により認められる事実)
(1)被告は,預金取引等を業とする銀行法に基づく銀行であり,法2条3項に定める個人情報取扱事業者である。

(2)Cの預金口座開設
 Cは,被告の井原支店において,平成15年8月29日付けで別紙第1記載の預金口座(以下「本件預金口座」という。)を開設し,その際,別紙の印鑑届書(以下「本件印鑑届書」という。)を作成して被告に提出した。
 なお,本件印鑑届書には,Cの住所,氏名,生年月日,連絡先電話番号,開設日の年月日が記載され,Cの取引印章による印鑑が押捺されている。

(3)Cの死亡と相続の開始(甲4,5,13ないし15)
ア C(大正元年○月○○日生)は,平成16年1月28日に死亡し,相続が開始した。その法定相続人は,いずれもCの子であるD(長男),E(次男),F(長女)及び原告(三男)である(法定相続分各4分の1)。

イ 相続開始後,共同相続人間でCの遺産に関して紛争が発生し,Cの遺言をめぐって訴訟が係属した(岡山地方裁判所倉敷支部平成22年(ワ)第683号。控訴審:広島高等裁判所岡山支部平成24年(ネ)第63号。)。この訴訟は,平成24年8月9日言渡しの控訴審判決により終結した。

(4)原告の被告に対する開示要求
 原告は,上記(3)イの訴訟の争点となったCの遺言書の真偽について疑問を持ち,これを明らかにすることを目的として,平成27年4月頃,被告に対し,本件預金口座開設にかかる書類や取引履歴等の開示を求めた。
 被告は,取引明細については原告に開示したが,印鑑届書については,これを保有していることは認めたものの,内部管理資料であるとして,開示は拒絶した。

3 主たる争点及び当事者の主張
 本件における主たる争点は,本件印鑑届書に記載されている情報が,法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たるか否かであり,この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
【原告の主張】
 死者の財産に関する情報は,当該財産を相続した相続人の情報にもなるところ,本件において,本件印鑑届書記載の情報は本件預金口座に係るCの預金債権に関する情報であり,原告は同預金債権を相続により取得したのであるから,本件印鑑届書記載の情報は,生存する個人たる原告に関する情報といえる。

【被告の主張】
 原告がCの預金債権を相続したことは認めるが,死者に関する情報が相続人に関する情報になるといえるためには,当該情報から当該相続人を識別することができることが必要であるところ,本件において,本件印鑑届書には原告を識別することができる情報が記載されておらず,生存する個人たる原告に関する情報とはいえない。

第3 当裁判所の判断
1 法25条1項に基づく裁判上の開示請求の可否について

 原告は,法25条1項に基づいて,本件請求を行っているところ,そもそも同項が,本人の個人情報取扱事業者に対する法律上の情報開示請求権を認めたものであるかが問題となる。
 そこで検討するに,同項に定める開示義務は,法1条の目的を踏まえ,法4章1節「個人情報取扱事業者の義務」の中に規定されているところ,この義務は,個人の権利利益を保護するために,個人情報の透明性を高めるとともに,本人が自らの個人情報を把握し,これに対して適切に関与する機会を確保することをその趣旨とするものと解される。そして,この趣旨並びに同項の開示義務はその文理上単なる努力義務ではなく,本人又は第三者への権利侵害のおそれや法令違反など一定の場合(同項但書参照)以外免除されないものとされていること,更に一個人である本人からすれば,裁判上請求する以外個人情報取扱事業者に対して自己にかかる個人情報の開示を求める有効な手段はなく,同項の開示義務を法的義務と解しなければ,同項の存在そのものが有名無実化してしまうともいえることなどに照らせば,同項は,本人に対し,当該本人が識別される保有個人データの開示を求める法的権利を付与したものと解され,本人は,同項に基づいて,裁判上の開示請求をすることができるものと解するのが相当である。

2 争点(本件印鑑届書に記載されている情報が,法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たるか否か)について
(1)本件印鑑届書記載の情報は,本来,既に死亡したCに関する情報であるところ,死者に関する情報であっても,それが同時に生存する個人に関する情報でもあると認められる場合には,法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たるといえる。そこで,どのような場合に死者に関する情報が同時に生存する個人に関する情報でもあるといえるかが問題となるところ,原告は,この点に関し,死者の財産に関する情報であれば,当該財産を相続した相続人の情報にも該当する旨主張する。

 しかし,法は,個人情報取扱事業者が個人情報を取扱うことによる本人の権利利益の侵害の危険性や本人の不安等を取り除くことをその目的にしており,法の目的に照らせば,法が保護しようとする個人の権利利益とは本人の人格権的権利に由来するものと解され,本人の財産権行使等の便宜を図ることはその本来の目的ではないと解するのが相当である。したがって,生存する個人が,現に自己に帰属する財産権の行使のために必要ないし有用な情報であれば,それが本来は死者である被相続人に由来する情報であっても,直ちに生存する個人(相続人)に関する情報に当たると解するのは相当でない。そして,法の目的からすれば,生存する個人に関する情報といえるためには,当該情報の取扱いによって個人の権利利益を侵害する可能性がある情報,すなわち,当該情報によって生存する個人それ自体を識別することができる情報である必要があると解すべきである。

(2)前記前提となる事実(2)のとおり,本件印鑑届書には,Cの住所,氏名,生年月日,連絡先電話番号,開設日の年月日及びCの印鑑が表示されているところ,これらの情報からCを識別することはできるものの,これはC個人にかかる情報であって,これから原告を識別することはおよそ不可能であるといえる。原告は,戸籍等の資料を合わせれば,本件印鑑届書記載の情報をもって,原告を識別することが可能である旨主張するが,戸籍等の資料を合わせても,本件印鑑届書が原告の相続した預金債権に係るものであることが認識できるにすぎず,本件印鑑届書記載の情報それ自体から,直ちに原告個人が識別できるとはいえない。

 したがって,本件印鑑届書記載の情報は,法2条1項に定める「生存する個人に関する情報」に当たらないというべきである。


(3)以上によれば,本件印鑑届書記載の情報は,個人データ,ひいては保有個人データに当たらず,原告の法25条1項に基づく開示請求(本件印鑑届書の写しの交付請求)は理由がない。
 なお,原告は,他の共同相続人とのCの遺産をめぐる紛争に関して,本件印鑑届書の開示を受ける必要があると主張するが,本人の財産権行使等の便宜を図ることは法の目的とするところではないと解されるから,法25条1項によって本件印鑑届書の開示が受けられないとしても,何ら不合理とはいえない(そもそも,預金者[及びその相続人]と金融機関との間の預金債権行使に関する紛争[預金契約関係書類の開示請求権の有無を含む。]は,双方間の預金契約にかかる法律関係によって解決すべきものといえる。)。

3 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第2民事部 裁判長裁判官 曳野久男 裁判官 早田久子 裁判官 宮田裕平

(別紙)
 後記第1の預金口座開設の際に作成された,後記第2の事項が記載された印鑑届書。
第1 預金口座
〔1〕銀行及び支店名 株式会社中国銀行井原支店
〔2〕種類      普通預金
〔3〕口座名義人   C
〔4〕口座番号    ○○○○○○○

第2 記載事項
〔1〕預金者が記入した,届出年月日,住所,氏名,生年月日,連絡先
〔2〕届出印が押捺された印影
〔3〕処理年月日時刻の印字欄
〔4〕処理担当者及び検印をした担当者の印の欄の印影
以上

以上:6,082文字

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