令和 1年 5月30日(木):初稿 |
○被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきであるとした平成8年11月12日最高裁判決(民集50巻10号2591頁)を紹介します。 ○事案は、次の通りです。 ・Aが所有しその名義で登記されている土地建物について、Aの子であるBがAから管理をゆだねられて占有していた(Bは他主占有) ・B死亡後、その相続人であるBの妻子X1らが、Bが生前にAからこの土地建物の贈与を受けてこれを自己が相続したものと信じて、その登記済証を所持し、固定資産税を納付しつつ、管理使用を専行し、賃借人から賃料を取り立てて生活費に費消 ・A及びその相続人らは、X1らがこのような態様でこの土地建物の事実的支配をしていることを認識しながら、異議を述べなかった ・X1らは、この土地建物がAの遺産として記載されている相続税の申告書類の写しを受け取りながら格別の対応をせず、Bの死亡から約15年経過した後に初めてこの土地建物につき、Aの相続人らに所有権移転登記手続を求めた ○これに対し、最高裁判決は、X1らのこの土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当であり、X1らについて取得時効が成立するとしました。 ***************************************** 主 文 原判決を破棄する。 被上告人らの控訴をいずれも棄却する。ただし、第一審判決主文第一項を次のとおり更正する。 「一 被告らは原告らに対し、別紙目録記載の不動産につき、原告X1持分3分の1、同X2持分3分の2とする所有権移転登記手続をせよ。」 控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。 理 由 上告代理人山口定男の上告理由第二点について 一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 1 旧門司市所在の本件土地建物、すなわち庄司町の土地、東門司の土地並びに花月園の土地及び建物は、いずれも、昭和29年当時、Aの所有であり、このうち東門司の土地及び花月園の建物は第三者に賃貸されていた。Aの五男であったBは、当時福岡県門司市に居住していたところ、同年5月ころからAの所有不動産のうち同市に所在していた本件土地建物につき占有管理を開始し、本件土地建物のうち東門司の土地及び花月園の建物については、賃借人との間で、賃料の支払、賃貸家屋の修繕等についての交渉の相手方となり、賃料を取り立ててこれを生活費として費消していた。 2 Bが昭和32年7月24日に死亡したことから、その相続人である妻の上告人X1(相続分3分の1)及び長男の上告人X2(相続分3分の2。昭和30年7月13日生)が本件土地建物の占有を承継したところ、上告人X1は、Bの死亡後、本件土地建物の管理を専行し、東門司の土地及び花月園の建物については、賃借人との間で、賃料額の改定、賃貸借契約の更新、賃貸家屋の修繕等を専決して、保守管理を行い、賃料を取り立ててこれを生活費の一部として費消している。 3 上告人X1は、本件土地建物の登記済証を所持し、昭和33年以降現在に至るまで継続して本件土地建物の固定資産税を納付している。 4 Aは、昭和36年2月27日に死亡し、その相続人は、妻である被上告人Y1、長男であるC、二男である被上告人Y2、四男である福井弘、長女である被上告人Y3及び孫である上告人X2(代襲相続人)であった。Aは、生前、その所有する多数の土地建物につきその評価額、賃料収入額等を記載したノートを作成していたところ、右ノートには本件土地建物について「Bニ分与スルモノ」との記載がされている。Cは、昭和38年ないし39年ころ、Aの経営に係る福井商店の債務整理のため本件土地建物を売却しようとしたが、上告人X1は、Bが本件土地建物をAから贈与された旨をBからその生前に聞いていたので、当時所持していた右ノートをCに示して本件土地建物の売却に反対し、結局、本件土地建物は売却されなかった。 5 本件土地建物の登記簿上の所有名義人は、Aの死亡後も依然として同人のままであったことから、上告人X1は、昭和47年6月、本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をしようと考えて、被上告人Y1に協力を求めたところ、同被上告人は、上告人X1の求めに応じて、本件土地建物につき「亡福井A名義でありますが生前五男B夫婦に贈与せしことを認めます」との記載のある「承認書」に署名押印した。被上告人Y1の助言もあったことから,上告人X1は、これに引き続いて、被上告人Y2及び被上告人Y3を訪れて、本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をすることの同意を求めたが、被上告人Y2はCの意向次第であると答え、被上告人Y3は経緯を知らなかったことから同意せず、結局、本件土地建物について上告人ら名義への所有権移転登記はされなかった。 二 本件請求は、Aの相続人又はその順次の相続人である被上告人らに対して、上告人らが本件土地建物につき所有権移転登記手続を求めるものであるところ、上告人らの主張は、(1)Bは昭和30年7月にAから本件土地建物の贈与を受けた、(2)Bが昭和30年7月に本件土地建物の占有を開始した後(同32年7月24日に同人の死亡により上告人らが占有を承継)、10年又は20年が経過したことにより取得時効が成立した、(3)上告人らが昭和32年7月24日に本件土地建物の占有を開始した後、10年又は20年が経過したことにより取得時効が成立した、というものである。 原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却した。 1 AからBに対する本件土地建物の贈与については、これを推認させる間接事実ないし証拠があるが、贈与の事実の心証までは得られず、Aは本件土地建物をBに贈与する心積もりはあったがこれを履行しないうちにBが死亡したという限度で事実を認定し得るにとどまる。 2 Bは昭和29年5月ころに有償の委任契約に基づく受任者として本件土地建物の占有を開始したものであり、上告人らの主張する昭和30年7月の贈与が認められないのであるから、Bはその後も依然として受任者としての占有を継続していたものというべきであり、同人の占有は占有権原の性質上他主占有である。 3 上告人らはBの死亡に伴う相続により本件土地建物の占有を開始したものであるが、 (1)Aの死亡に伴い提出された昭和38年12月3日付け相続税の修正申告書には本件土地建物のほか東門司の土地の賃料及び花月園の建物の賃料が相続財産として記載されているところ、上告人X1はそのころ右修正申告書の写しを受け取りながら、その記載内容について格別の対応をしなかったこと、 (2)上告人らが昭和47年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたこと などに照らせば、Bの他主占有が相続を境にして上告人らの自主占有に変更されたとは認められない。 三 しかしながら、原審の右判断中3の部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 1 被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである(最高裁昭和44年(オ)第1270号同46年11月30日第三小法廷判決・民集25巻8号1437頁参照)。 ところで、右のように相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合を除き、一般的には、占有者は所有の意思で占有するものと推定されるから(民法186条1項)、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が他主占有に当たることについての立証責任を負うべきところ(最高裁昭和54年(オ)第19号同年7月31日第三小法廷判決・裁判集民事127号315頁)、その立証が尽くされたか否かの判定に際しては、 (一)占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は (二)占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(ちなみに、不動産占有者において、登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めず、又は右所有名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら自己が負担することを申し出ないといった事実が存在するとしても、これをもって直ちに右事情があるものと断ずることはできない。)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和57年(オ)第548号同58年3月24日第一小法廷判決・民集37巻2号131頁、最高裁平成6年(オ)第1905号同7年12月15日第二小法廷判決・民集49巻10号3088頁参照)。 これに対し、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。 2 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、上告人X1は、Bの死亡後、本件土地建物について、Bが生前にAから贈与を受け、これを上告人らが相続したものと信じて、幼児であった上告人X2を養育する傍ら、その登記済証を所持し、固定資産税を継続して納付しつつ、管理使用を専行し、そのうち東門司の土地及び花月園の建物について、賃借人から賃料を取り立ててこれを専ら上告人らの生活費に費消してきたものであり、加えて、本件土地建物については、従来からAの所有不動産のうち門司市に所在する一団のものとして占有管理されていたことに照らすと、上告人らは、Bの死亡により、本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく、新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。 そして、他方、上告人らが前記のような態様で本件土地建物の事実的支配をしていることについては、A及びその法定相続人である妻子らの認識するところであったところ、同人らが上告人らに対して異議を述べたことがうかがわれないばかりか、上告人X1が昭和47年に本件土地建物につき上告人ら名義への所有権移転登記手続を求めた際に、被上告人Y1はこれを承諾し、被上告人Y2及び被上告人Y3もこれに異議を述べていない、というのである。右の各事情に照らせば、上告人らの本件土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。 原判決の挙げる(1)Aの遺産についての相続税の修正申告書の記載内容について上告人X1が格別の対応をしなかったこと、(2)上告人らが昭和47年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことは、上告人らとA及びその妻子らとの間の人的関係等からすれば所有者として異常な態度であるとはいえず、前記の各事情が存在することに照らせば、上告人らの占有を所有の意思に基づくものと認める上で妨げとなるものとはいえない。 右のとおり、上告人らの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから、相続人である上告人らは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。そうすると、被上告人らから時効中断事由についての主張立証のない本件においては、上告人らが本件土地建物の占有を開始した昭和32年7月24日から20年の経過により、取得時効が完成したものと認めるのが相当である。 四 したがって、これと異なる判断の下に、上告人らの本件土地建物の占有を他主占有として取得時効の主張を排斥し、上告人らの請求を棄却した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、本件土地建物について所有権移転登記手続を求める上告人らの請求は理由があるから、これを認容すべきであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人らの控訴は棄却すべきものである。なお、第一審判決主文第一項に明白な誤謬があることがその理由に照らして明らかであるから、民訴法194条により主文のとおり更正する。 よって、民訴法408条、396条、384条、96条、89条、93条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 以上:5,734文字
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