平成31年 4月26日(金):初稿 |
○「遺産分割弁護士報酬は相続財産取得費用にならないとした地裁判例紹介」の続きで、その控訴審平成23年4月14日東京高裁判決(税務訴訟資料261号順号11668)の判断理由部分を紹介します。 ○玉川税務署長が、国税通則法5条1項により、控訴人(原告)が相続人としてその納税義務を承継した被相続人の所得税について、遺産分割調停及び審判事件における被相続人の代理人弁護士に対する報酬額は、被相続人が遺産分割審判によって取得した土地の譲渡所得の計算において取得費に算入することはできないとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしました。 ○これに対し、控訴人がこれらの処分は違法であるとして、被控訴人(被告。国)に対し、その取消しを求め、原審平成22年4月16日東京地裁判決は請求を棄却しましたが、控訴審判決も原審の判断を維持し、遺産分割の手続について弁護士に委任をした場合における弁護士報酬は、相続人が相続財産を取得するための付随費用には当たらないとして、控訴人の控訴をいずれも棄却しました。 ○控訴審判決は、そもそも遺産分割が資産を取得する行為に当たらないことから、これに付随する費用は、資産を取得するための付随費用ということはできないと判断するものであり、遺産分割に弁護士の委任が通常必要かどうかにかかわりなく、本件報酬部分は、資産を取得するための付随費用には当たらず、したがって、取得費に含まれないものというほかはないと明言しています。 ******************************************* 主 文 1 本件控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 玉川税務署長が平成20年2月29日付けで控訴人(原告)に対してした亡Aの平成17年分の所得税に係る更正処分(本件更正処分)のうち、長期譲渡所得金額9078万6261円及び納付すべき税額1352万0400円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分(本件賦課決定処分)を取り消す。 第2 事案の概要 1(1)本件は、玉川税務署長が、国税通則法5条1項によりAの納税義務を承継した控訴人に対し、Aの平成17年分の所得税について、Aが遺産分割審判によって取得した土地の譲渡所得の計算において、Aが遺産分割調停及び同審判事件に関し委任した代理人弁護士に対して支払った報酬額を取得費に算入することはできないとの判断に基づいて、平成20年2月29日付けで控訴人に対し本件更正処分及び本件賦課決定処分(本件更正処分等)をしたため、控訴人が、これらの処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、本件報酬部分は、法33条3項の規定する「資産の取得に要した金額」には該当しないものと判断する。その理由は、次のとおり改め、後記2のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1~4に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決9頁20行目の「取得費」から同10頁3行目末尾までを次のとおり改める。 「取得費のうちの「資産の取得に要した金額」は,被相続人と相続人の両者について、その不動産を取得したときにおける、〔1〕その不動産の客観的価格を構成すべき取得代金の額と、〔2〕その不動産を取得するための付随費用の額を合算すべきことになる。このうち、相続人については、相続は被相続人の死亡という事実に基づいて何らの対価なくして財産の承継が生ずるものであるから、〔1〕は考えられず、相続により取得した不動産の所有権移転登記手続等をするために要する費用(登録免許税等)が、〔2〕の付随費用に当たるものである。本件においては、遺産分割に要する費用が、相続人の上記〔2〕の付随費用に当たるかどうかが、問題となる。」 (2)同4行目から同14行目までを次のとおり改める。 「3 遺産分割は、共同相続人が、相続によって取得した共有に係る相続財産の分配をする行為であり、これによって個々の相続財産の帰属が定まり、相続の開始の時にさかのぼって、各相続人が遺産分割により定められた財産を相続により取得したものとなるのである(民法909条)。 このような法的性質に照らして考えると、遺産分割は、まず、これにより個々の資産の価値を変動させるものではなく、遺産分割に要した費用が当該資産の客観的価格を構成すべきものではないことが明らかである。そして、遺産分割は、資産の取得をするための行為ではないから、これに要した費用(例えば、遺産分割調停ないし同審判の申立手数料)は、資産を取得するための付随費用ということもできないといわざるを得ない(これに対し、例えば、既に共同相続人の共有名義の相続登記がされているときに、遺産分割の結果に基づいて単独名義に持分移転登記手続をするために要する費用は、単独で相続したことを公示するために必要な費用であるから、単独名義の相続登記をする費用と同様に、資産を取得するための付随費用に当たるというべきである。)。したがって、遺産分割の手続について弁護士に委任をした場合における弁護士報酬は、相続人が相続財産を取得するための付随費用には当たらないものというべきである。」 2 控訴理由にかんがみ、理由を付加する。 (1)控訴人は、原審が、法規範性を有しない通達を大前提として付随費用該当性を判断していると論難する。 確かに、所得税基本通達60―2は、相続により譲渡所得の基因となる資産を取得した場合において、当該相続に係る相続人が当該資産を取得するために通常必要と認められる費用を支出しているときは、これを当該資産の取得費に算入できる旨定めており、原審も、付随費用に該当するか否かの判断基準を、その支出がその資産の取得にとって通常必要と認められるか否かに求めている。 しかしながら、資産の取得者が資産の取得に必要な行為をするに当たり専門家の力を借りた場合の報酬等については、そのことが社会的に承認されているものについては、それが当該行為に必要とはいえなくても、資産の取得に付随して要した費用というべきであり、取得費に当たると解するのが相当である。 例えば、不動産取引の仲介手数料や所有権移転登記手続を司法書士に委任した場合の報酬等は、取得者がこれらの行為を自ら行うことも可能であるけれども、資産を取得するための付随費用に当たるというべきである。弁護士に対する報酬等も、取得に関し争いのある資産につきその所有権等を確保する手続を委任したことにより負担したものは、資産の取得者が当該手続を自ら行い得たとしても(現に、本人訴訟も数多い。)、やはり資産を取得するための付随費用に当たるということができる。 そして、遺産分割が資産の取得をするための手続であるとするなら、それを弁護士に委任することは社会的に承認されていることであり(現に、弁護士が代理人となっている遺産分割審判事件は数多い。)、相続人が自ら行うことも可能であるとしても、実際に弁護士に委任して報酬等を負担したのであれば、これを遺産分割に付随する費用というべきである。弁護士に委任することの必要性の大小を、訴訟審判手続、調停等といった手続の一般的な難易によって区別して、例えば、訴訟については通常必要であるが、審判や調停については通常必要とはいえないというように判定することは、困難といわざるを得ない。したがって、「通常必要とされる」かどうかで弁護士費用が付随費用に当たるかどうかを判断することは、相当とはいえない。 しかし、当裁判所は、そもそも遺産分割が資産を取得する行為に当たらないことから、これに付随する費用は、資産を取得するための付随費用ということはできないと判断するものである。そうすると、遺産分割に弁護士の委任が通常必要かどうかにかかわりなく、本件報酬部分は、資産を取得するための付随費用には当たらず、したがって、取得費に含まれないものというほかはない。控訴人らの上記主張は、理由がないことに帰する。 (2)控訴人は、このほかにも、上記第2の3(2)~(6)のとおり主張するが、いずれも、当裁判所の上記判断に対するものとしては、理由がないというべきである。 なお、控訴人は、担税力の観点から考察しても、弁護士に依頼し弁護士費用を支払った相続人と、弁護士には依頼せず自分たちで遺産分割を行った相続人とでは、実際に相続により取得する財産額について、弁護士費用分の差が出るのであるから、弁護士費用を支払っていない相続人の方がより多くのキャピタルゲインを取得し、より大きな担税力が認められることは明らかであると主張する。 しかし、資産の取得から譲渡に至るまでの間に必要なものとして支出されたあらゆる費用を控除した残りがキャピタルゲインとして担税力が認められる課税対象に当たるということはできないのであり、例えば、取得後で譲渡前に当該資産の所有権の帰属に関する紛争が生じた場合に紛争解決に要した弁護士費用は、取得費にも譲渡費用にも当たらないことが明らかである。控訴人の上記主張は、採用することができない。 (3)控訴人は、仮に、遺産分割が、相続開始により複数の相続人の共有に属することとなった相続財産を分配するものにすぎず、これにより相続財産に含まれている個々の資産の財産的価値そのものに変動が及ぶものではないとの理由で本件報酬部分が本件土地の取得費に含まれないとするならば、本件報酬部分は本件土地の譲渡費用に含まれるべきであると主張する。 しかしながら、取得費に含まれないが譲渡費用にも含まれない費用があることは、上記のとおりであり、遺産分割は、取得のための行為とも譲渡のための行為ともいうことができないのであるから、その費用が譲渡費用に当たるということはできない。控訴人は、相続人が相続により取得した共有持分を売却する場合、遺産分割が必要であるから、遺産分割は譲渡のための行為であると主張するようであるが、譲渡費用の該当性は、遺産分割と譲渡とが時間的に接着しているかどうかではなく、両者の性質に基づいて決せられるべきである。遺産分割が終了した後、しばらくして譲渡の話が持ち上がったような場合には、それが譲渡費用に当たらないことは自明であり、遺産分割後に譲渡する予定が控えているときだけは遺産分割に要する費用が譲渡費用に当たるということはできない。控訴人の上記主張も、失当である。 3 以上を前提として検討した場合、当裁判所も、Aが納付すべき所得税額は原判決別紙2の被控訴人主張額のとおりであって、本件更正処分は適法であり,過少申告加算税の額は原判決別紙2の被控訴人主張額のとおりであって、本件賦課決定処分も適法であることになるものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の6に記載のとおりであるから、これを引用する。 4 よって、控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は、結論において正当であって、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結日 平成23年1月25日) 東京高等裁判所第2民事部 裁判長裁判官 大橋寛明 裁判官 川口代志子 裁判官 見米正 以上:4,660文字
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