平成31年 3月15日(金):初稿 |
○「相続人妻の被相続人介護について寄与分を認めた高裁決定紹介」の続きで、介護寄与分655万円を認めた平成29年5月31日横浜家裁川崎支部審判(ウエストロージャパン)全文を紹介します。 ○介護をした相手方は、相手方が行っていたとする看護行為,介護行為に対応する介護保険点数を計算し,これに訪問看護,訪問介護の報酬単価を乗じると,相手方の寄与分は約4538万円になると主張しましたが、老人ホームに入所すれば自己負担分が毎月20万円程度であり、相手方の介護がなければ約4500万円も減少していた蓋然性があるとは言えないとして相手方主張は退けられました。 ******************************************* 主 文 1 相手方の寄与分を655万0145円と定める。 2 被相続人の遺産を次のとおり分割する。 (1) 申立人は,別紙遺産目録記載1(1)及び同2(1)の各不動産を単独取得する。 (2) 相手方は,同目録記載1(2)及び(3)並びに同2(2)の各不動産を単独取得する。 (3) 相手方は,同目録記載3の預貯金を単独取得する。 (4) 相手方は,申立人に対し,(2)及び(3)の遺産取得の代償として,2913万9258円を支払え。 3 手続費用は各自の負担とする。 理 由 一件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は,以下のとおりである。 1 相続の開始,相続人及び法定相続分 被相続人は,平成26年○○月○○日,死亡し,相続が開始した。 その相続人は,被相続人の長男である申立人及び二男である相手方であり,法定相続分は,各2分の1である。 2 遺産の範囲及び評価 被相続人の遺産は,別紙遺産目録(以下「目録」という。)記載の不動産及び預貯金である。 申立人と相手方は,不動産について,相続開始時と分割時を通じ,目録記載1及び2のとおりの評価額で評価することについて合意している。これによれば,目録記載1及び2の各不動産の評価額の合計額は1558万2588円である。 預貯金額は,相続開始時の残高が合計5048万9810円であり,申立人と相手方は,これを分割時の残高として計算することについて合意している。 以上によれば,遺産の総額は,6607万2398円である。 3 寄与分 (1) 認定事実 一件記録によれば,以下の事実が認められる。 ア 相手方と被相続人の生活状況等 相手方は,平成12年に退職し,その後は貯金を取り崩して生活しており,目録記載2(2)の建物で,被相続人及びその夫(申立人及び相手方の父)と同居していた。 被相続人は,認知症を発症し,これに伴う足の不自由が進行したため,寝たきり状態となり,平成22年○○月○○日,要介護4と認定された。 被相続人の夫(申立人及び相手方の父)は,同年○○月に入院し,同年○○月に死亡した。 相手方は,同年○○月から被相続人の介護をした。 被相続人は,同年○○月○○日,要介護5と認定された。 被相続人は,同年○○月○○日,成年後見に付され,後見人から毎月10万円の生活費が支給され,被相続人と相手方の生活費に充てられていた。 イ 被相続人の心身の状態 平成22年○○月頃の状態は,大要,次のとおりである(乙3)。 両上下肢にマヒがあり,寝返り,起き上がり,両足での立位保持,歩行,立ち上がり,片足での立位はできず,座位保持は,支えてもらえればできる。洗身,爪切り,移乗,移動,食事摂取,排尿,排便,口腔清潔,洗顔,整髪,上衣の着脱,ズボンの着脱は全介助を要する。嚥下はできる。失禁がある。視力は見えているのか判断不能であり,聴力は普通の声がやっと聞き取れる。意思はほとんど伝達できず,毎日の日課の理解,短期記憶,今の季節の理解,場所の理解はできず,生年月日・年齢を言うことと自分の名前を言うことはできる。前頭側頭型認知症,狭心症,神経痛性筋萎縮症と診断されている。 平成24年○○月頃には,次のとおり,症状が進行している(乙4)。 四肢の欠損,肩関節,股関節,膝関節の拘縮が生じている。聴力は聞こえているのか判断不能である。嚥下は見守り等が必要である。生年月日・年齢を言うこと,自分の名前を言うこともできない。失禁のためおむつを使用している。 平成26年○○月頃の状態は,次のとおりである(乙5)。 寝たきりで,意思疎通ができず自分の意思で四肢を全く動かせない。胸元で拝むように両腕が拘縮している。股関節は20cmしか開かないため,おむつ替えが困難である。両足が「く」の字に曲がり伸展できない。全く寝返りができないため,介護者が定期的に体位変換し向きを変え,補助パット等を当てている。 ウ 被相続人が受けていた介護サービスの内容等(調査報告書) 平成22年頃から被相続人が受けていた介護サービスの内容は,次のとおりである。 平日は朝夕30分,土曜日夕方と日曜日朝夕は60分,それぞれ朝夕2回,訪問介護を受けていた。訪問介護では,ヘルパーが,清拭,部分浴,足浴,手浴,おむつ交換,シーツの交換,更衣の援助,口腔ケア等を行っていた。60分の訪問介護では,ヘルパーがおむつ替えなどを行った後,被相続人の体調が良いときは車椅子に座らせ,食卓まで安全に移動させた上で,食事の介助を行っていた。 週1回,通所介護(デイサービス)を受けており,午前9時過ぎ頃に自宅を出て,午後3時過ぎから午後5時前には帰宅していた。被相続人の体調が比較的良かった時期は月10回前後,短期入所生活介護(ショートステイ)を利用していたが,死亡する数か月前は体調が悪く利用できていなかった。 デイサービスやショートステイのための送り出しがあるときは,ヘルパーが,おむつ替えなどを行った後,車椅子に安全に座らせて送り出しを行い,帰宅するときは,迎え入れて,車椅子からベッドに安全に写し,おむつの確認等をしていた。 相手方が被相続人を入浴させることは困難であったため,デイサービスやショートステイを利用したときは施設内で入浴しており,施設へ行かせることができない場合に,週1回又は2回,1時間の訪問入浴を受けていた。 2週に1回,訪問診療を受け,週1回,訪問看護を受けていた。訪問看護では,看護師が排泄のコントロール,皮膚の状態の観察などを行っていた。便をかき出す摘便は看護師と相手方とが行い,便が出た後の処理は相手方が行っていたと考えられる。血圧,体温の測定,服薬の管理は,相手方が行っていた。 エ 相手方が行った介護の内容 相手方は,被相続人の介護をヘルパー任せにせず,食事や給水の際は1口ずつ被相続人の口に運んで介助をし,摘便を行い,素人には難しい痰の吸引も行っていた。 (2) 検討 ア 特別の寄与 (1)で認定した事実によれば,被相続人は,近親者の療養看護を必要とする状態であったところ,相手方は,無償で継続的に被相続人の看護に専従して特別の貢献をし,これによって介護費用の出費を減少させ,被相続人の財産の維持に特別の寄与をしたと認めることができる。 イ 寄与分の算定方法 要介護者の療養監護については,介護保険制度により,要介護度に応じて定められた標準報酬額の負担のみで一定の介護サービスを受けることができるから,寄与分を算定するに当たっては,介護保険の標準報酬額を基準にするのが相当である。 もっとも,介護報酬基準等は,基本的に看護又は介護の資格を有している者への報酬を前提としており,扶養義務を負う親族と第三者とでは当然に報酬額も異なるべきものである。 したがって,寄与分を算定するに当たっては,介護報酬基準額に基づく報酬相当額に療養看護の日数を乗じ,さらにそれに修正を加える必要がある。 ウ 介護報酬基準額に基づく報酬額 要介護認定等に係る介護認定審査会による審査及び判定の基準等に関する省令(平成11年4月30日厚生省令第58号)は,要介護4を要介護認定等基準時間が90分以上110分未満である状態又はこれに相当すると認められる状態,要介護5を要介護認定等基準時間が110分以上である状態又はこれに相当すると認められる状態と定めている。 一方,指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(平成12年厚生省告示第19号)の指定居宅サービス介護給付費単位数表(平成26年度介護報酬改定前のもの)によれば,身体介護が中心である場合の訪問介護費は,所要時間90分以上120分未満の場合につき6670円(1点10円で円単位に換算。以下同じ),120分以上150分未満の場合につき7500円になる。 以上によれば,要介護4の場合は所要時間90分以上120分未満の訪問介護費である6670円を,要介護5の場合は所要時間120分以上150分未満の訪問看護費である7500円をそれぞれ介護報酬(日当)として採用するのが相当である。 エ 療養看護の日数 被相続人が要介護4の認定を受けていた期間に相手方が被相続人の療養看護を行った日数は,平成22年○○月○○日から同年○○月○○日までの100日であり,この期間におけるショートステイの利用日数は18日であり,デイサービスの利用日数は4日である(調査報告書)。 そうすると,この期間における相手方が特別な寄与に相当する療養看護を行った日数は100日からショートステイの利用日数18日を控除するのが相当であり,デイサービスを利用した日数は半日として計算するのが相当である。 これによれば,療養看護を行った日数は80日と算定される。 被相続人が要介護5の認定を受けていた期間に相手方が被相続人の療養看護を行った日数は平成22年○○月○○日から平成26年○○月○○日までの1601日である。この期間におけるショートステイの利用日数は200日であり,デイサービスの利用日数は449日である(調査報告書)。 そうすると,この期間における相手方が特別な寄与に相当する療養看護を行った日数は1601日からショートステイの利用日数200日を控除し,デイサービスを利用した日数は半日として計算するのが相当である。 これによれば,療養看護を行った日数は1176.5日と算定される。 オ 裁量割合 前記のとおり,ショートステイ又はデイサービスを利用した日以外についても,被相続人は,朝夕2回の訪問介護及び週1回の訪問看護を受けていたものである。また,入浴等については訪問入浴等で行われていたことが認められる。また,相手方の介護の内容をみると,相手方の主張によっても,食事の介助と痰の吸引,摘便が主なものである。被相続人の後見人から毎月10万円の生活費が支給され,被相続人と相手方の生活費に充てられていたことも認められる。 他方で,相手方は,左股関節人工骨頭置換術を受け,身体障害者4級と認定されており,被相続人の介助には困難が伴う中で,献身的に看護を行ったことが認められる。 以上の事情を総合考慮すれば,相手方の療養監護による寄与分については,介護の報酬に相当する金額に,いわゆる裁量割合として0.7を乗じることが相当である。 カ 小括 以上を前提として計算すると,被相続人が要介護4の認定を受けていた期間における寄与分は,要介護4の介護報酬6670円に80日を乗じ,これに0.7を乗じた37万3520円になる。 また,被相続人が要介護5の認定を受けていた期間における寄与分は,要介護5の介護報酬7500円に1176.5日を乗じ,これに0.7を乗じた617万6625円になる。 これらを合計すると,相手方の寄与分は,655万0145円と算定される。 キ 相手方の主張に対する判断 相手方は,ウのような要介護認定等基準時間をもとにした介護報酬の算出方法に関し,要介護認定等基準時間は,各人の要介護度を要支援1から要介護5までにランク付けするための相対的なものさしに過ぎず,実際の介護・看護時間とは異なるから,これによって実際の介護に見合った介護報酬額を算出することはできず,これを寄与分算出の基準とするのは誤りであると主張する。 しかし,要介護認定等基準時間は,介護の必要性を量るものさしとして用いられるもので,要介護認定における高齢者の要介護認定等基準時間の推計は,実際に施設に入所・入院している高齢者に対する調査結果に基づいて行われている(当裁判所に顕著な事実)。このことからすると,要介護認定等基準時間を寄与分算定の基準として用いることは,一定の合理性があるということができる。 相手方は,相手方が行っていたとする看護行為,介護行為に対応する介護保険点数を計算し,これに訪問看護,訪問介護の報酬単価を乗じると,平成22年○○月から平成26年○○月までの相手方の寄与分は4538万2722円になるなどと主張する。 しかし,前記のとおり,介護報酬基準等は,基本的に看護又は介護の資格を有している者への報酬を前提としており,これを相手方による介護についてそのまま適用することは相当でない。 相手方は,相手方が介護を行わなければ介護保険を使って第三者の専門職を頼むしかないから,その場合に支払われる出費額が寄与分額になるのは当然のことであるとも主張する。 しかし,要介護4又は5の状態の人が介護付き老人ホームに入所した場合,自己負担分は1か月約20万円程度であり,前記の介護期間にこれを乗じたとしても1120万円にとどまると認められる(申立人準備書面(1)別添資料1)。このことからすると,仮に,相手方の行った介護を専門の有資格者が行った場合に4500万円を超える介護報酬が発生するとしても,相手方の介護がなければ相続財産がその分減少していた蓋然性があるということはできない。 以上によれば,相手方の主張は採用することができない。 4 具体的相続分 以上によれば,申立人及び相手方の具体的相続分は次のとおりになる(1円未満四捨五入。以下同じ。)。 (1) 申立人の相続分 (6607万2398円-655万0145円)×1/2=2976万1127円 (2) 相手方の相続分 (6607万2398円-655万0145円)×1/2+655万0145円=3631万1272円 5 遺産の分割方法 (1) 当事者の意見 申立人は,目録記載1(1)の土地上の同目録記載2(1)の建物に居住しており,これらの不動産の取得を希望している。 相手方は,目録記載1(2)及び(3)の土地上の同目録記載2(2)の建物に居住しており,これらの不動産の取得を希望している。 申立人及び相手方は,預貯金については,現物分割をするよりも,相手方がすべて取得し,申立人に代償金を払うことを望んでいる。 (2) 当裁判所の判断 (1)によれば,当事者の意見に基づき,不動産及び預貯金をそれぞれ希望する当事者に取得させ,相手方が申立人に代償金を支払う方法で遺産分割を行うことが相当である。なお,これによれば,相手方は,代償金の支払額を超える預貯金を取得することになるから,代償金の支払能力を有することは明らかである。 以上によれば,申立人は,合計62万1868円に相当する不動産を,相手方は,合計6545万0530円に相当する不動産及び預貯金を取得することになる。 そうすると,相手方が申立人に支払う代償金は,次のとおり2913万9258円になる。 6545万0530円-3631万1272円=2913万9258円 横浜家庭裁判所川崎支部 〈以下省略〉 以上:6,275文字
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