平成31年 3月 6日(水):初稿 |
○「相続人妻の被相続人介護について寄与分を認めない家裁審判紹介」の続きで、その抗告審平成22年9月13日東京高等裁判所(家庭裁判月報63巻6号82頁)全文を紹介します。 ○事案の概要は、被相続人Aの共同相続人の1人である相手方の抗告人に対する遺産分割等に対する抗告事件において、抗告人の妻EによるAへの療養看護を理由とする抗告人の寄与分申立につき、Eによる被相続人の入院期間中の看護、その死亡前約半年間の介護は、本来家政婦などを雇って被相続人の看護や介護に当たらせることを相当とする事情の下で行われたものであり、それ以外の期間についてもEによる入浴の世話や食事および日常の細々した介護が13年余りにわたる長期間にわたって継続して行われたものであるから、Eによる被相続人の介護は、同居の親族の扶養義務の範囲を超え、相続財産の維持に貢献した側面があると評価することが相当であるとして、抗告人の寄与分と合わせて寄与分合計400万円を認めました。 **************************************** 主 文 1 原審判を以下のとおり変更する。 2 抗告人の寄与分を400万円と定める。 3 被相続人Dの遺産を次のとおり分割する。 (1)別紙遺産目録記載第1の3及び7の各不動産及び同目録記載第2の預貯金等のうち55万1369円を相手方の取得とする。 (2)別紙遺産目録記載第1の1,2,4から6の各不動産及び同目録記載第2の預貯金等のうち217万3590円を抗告人の取得とする。 (3)抗告人は,相手方に対し,55万1369円を本審判確定の日から1か月以内に支払え。 4(1)抗告人は,別紙遺産目録記載第1の7の建物について,同目録第1の2記載の土地に建物を建築するまでの間の住居として一時使用する目的で,本決定確定の日から2年間賃借権を有するものとする。 (2)抗告人は,相手方に対し,前号の賃貸借契約関係の賃料として,本決定確定の日から,前号の賃貸借関係が終了する日まで,毎月末日限り月額5万円を支払え。 理 由 第1 抗告の趣旨及び理由 本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「即時抗告申立書」に記載のとおりである。 第2 事案の概要 1 本件は,被相続人の相続に関して,相続人である相手方が,その余の相続人である抗告人に対し,被相続人の遺産の分割を求め,抗告人が寄与分を定めることを申し立てた事案である。なお,被相続人の相続人は,当事者らのほかCがいるが,同人は平成16年×月×日に被相続人の相続に関して相続分を放棄し,同月×日に本件に先立つ遺産分割調停事件(静岡家庭裁判所沼津支部平成16年(家イ)第××号)に脱退届を提出して同事件から脱退した。 2 原審は,抗告人の寄与分を定める審判の申立てを却下した上,別紙遺産目録(目録)第1の2記載の不動産と同目録第2記載の預貯金等のうち,246万5869円を抗告人が取得し,その余の遺産を相手方が取得するものとし,抗告人に対し,相手方の取得とされた預貯金等25万9090円を相手方に支払うように命ずる審判をしたところ,抗告人がこれを不服として本件抗告を申し立てた。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は,抗告人の寄与分を400万円と定め,主文のとおり,被相続人の遺産を分割することが相当と判断した。 2 本件における特別受益及び寄与分に関する当事者の主張,認定事実及び特別受益に関する判断は,次のとおり改めるほかは,原審判の理由の1,2並びに3の(1)から(3)及び(4)のアからウ(原審判2頁8行目から12頁18行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1)原審判3頁21行目「同評価額によるのが相当である。」から23行目までを「同評価額を下に相続財産の評価をすべきである。もっとも,本件では後記のように目録第1の3の土地の上記評価額を10パーセント減価することを相当とする事情が認められるから,遺産(不動産及び預貯金等)の合計額は,3062万0738円となる。」に改める。 (2)原審判8頁21行目「×月×日」を「×月×日」に改める。 (3)原審判9頁18行目「離婚後」の次に「再婚までの間」を,10頁10行目「頼んだが,」の次に「被相続人の過大な要望に耐えられなかったため」をそれぞれ加える。 (4)原審判12頁16行目「(キ)」を「(カ)」に改める。 3 抗告人の寄与分について (1)被相続人は、抗告人の妻であるEが嫁いで間もなく脳梗塞で倒れて入院し,付き添いに頼んだ家政婦が被相続人の過大な要望に耐えられなかったため,Eは,少なくとも3か月間は被相続人の入院中の世話をし,その退院後は右半身不随となった被相続人の通院の付き添い,入浴の介助など日常的な介護に当たり,更に被相続人が死亡するまでの半年の間は,被相続人が毎晩失禁する状態となったことから,その処理をする等被相続人の介護に多くの労力と時間を費やしたことは前記引用にかかる原審判が認定するとおりである。 被相続人が入院した期間のうち約2か月は家政婦に被相続人の看護を依頼し,被相続人は,在宅期間中は入浴や食事を作ることを除けば,おおむね独力で生活する能力を有していたことが認められるが,Eによる被相続人の入院期間中の看護,その死亡前約半年間の介護は,本来家政婦などを雇って被相続人の看護や介護に当たらせることを相当とする事情の下で行われたものであり,それ以外の期間についてもEによる入浴の世話や食事及び日常の細々した介護が13年余りにわたる長期間にわたって継続して行われたものであるから,Eによる被相続人の介護は,同居の親族の扶養義務の範囲を超え,相続財産の維持に貢献した側面があると評価することが相当である。 なお,相手方は,Eや抗告人による被相続人の介護はおざなりなものであったと主張するが,被相続人の日常的な状況を十分に把握した上での主張ではなく,原審判が認定した事実からすると,相手方の上記主張は採用できない。 そして,Eによる被相続人の介護は,抗告人の履行補助者として相続財産の維持に貢献したものと評価でき,その貢献の程度を金銭に換算すると,200万円を下ることはないというべきであるから,この限度で抗告人のこの点に関する寄与分の主張には理由がある。 (2)また,抗告人は,少なくとも昭和42年から昭和55年まで及び昭和59年×月からEと婚姻する昭和61年×月までの間,原則として勤務先から支給される給与の全額をいったん家計に入れて(相手方及び次男Cについては,それぞれの収入を家計に入れることがあったとは認められない。),昭和60年×月×日に母Fが死亡するまでの間はFに,以後は被相続人にその管理を任せて苦しい家計を助けていたことが認められる。したがって,抗告人は,被相続人の相続財産の維持及び増加に寄与したものということができる。 もっとも,抗告人が家計の中から必要な小遣いをもらい,時にはそれが抗告人の給与の額を超える額となったことがあり,抗告人が家庭で生活する際の日常の食費,被服費,光熱費等の出費は家計から賄われていたこと,抗告人が家計に入れた収入の一部は抗告人名義の金融資産となった可能性があることも認められるから,その寄与の程度を具体的に確定することは困難であるが,少なくとも現在の貨幣価値に換算して200万円を下ることはないという程度の推定は可能である。そうすると,この点に関する抗告人の寄与分の申立ても,上記の額の限度で理由がある。 (3)以上の次第であるから,抗告人の寄与分の申立てのうち,寄与分を400万円と定めることを申し立てる部分には理由がある。 4 具体的相続分 (1)目録第1の3の建物の評価等 目録第1の3の土地は評価額がゼロとされる目録第1の7の建物(本件建物)の敷地となっており,両当事者ともに同建物を取り壊した上で目録第1の3の土地を利用する可能性に言及しているから,同土地については,その地上に本件建物が存在していることを理由に通常の評価額から少なくとも10パーセントの減価をすべきであり,その評価額は以下の計算によって1125万9000円とすることが相当である。 1251万円×(1-0.1)=1125万9000円 そうすると,遺産の評価額は合計で3062万0738円となる。 (2)抗告人の寄与分を差引き,相手方の特別受益を加算した相続財産の額 3062万0738円-400万円(寄与分)+300万円(相手方の特別受益)=2962万0738円 (3)当事者の具体的相続分 ア 抗告人 2962万0738円÷2+400万円(抗告人の寄与分)=1881万0369円 イ 相手方 2962万0738円÷2-300万円(相手方の特別受益)=1181万0369円 5 分割方法 (1)目録記載第1の不動産の中で,宅地としての利用が可能であるのは,目録記載第1の2及び3の土地であるが,目録記載第1の3の土地は地盤が悪く,急傾斜地崩壊危険区域の指定を受けた目録記載第1の4の土地に隣接していることもあり,当事者は,いずれも目録記載第1の2の土地の取得を希望している。 ところで,抗告人は,目録記載第1の3の土地上の本件建物に居住しているが,本件建物は築90年以上を経過して土台が腐るなど老朽化が著しいことから,当初から目録記載第1の2の土地に自宅を建てて早急に移り住むことを希望している。 これに対し,相手方は,夫名義ではあるものの自宅はあり,本件第3回期日には,目録記載第1の2の土地の取得目的として,駐車場にすることも考えている等と述べていたが,最終的には,同土地に相手方の長女夫婦の家を建てたいと述べている。 これらの事情からすると,相手方が目録記載第1の2の土地を取得する必要性は,抗告人が同土地を取得する必要性に比して希薄であることが明らかである。 (2)以上のような各当事者の目録記載第1の2の土地取得の必要性の程度,抗告人が同土地に隣接する目録記載第1の3の土地上の本件建物に被相続人と共に居住してきた経緯を考慮すると,目録記載第1の2の土地は抗告人の取得とし,目録記載第1の3の土地及びその土地上の本件建物は相手方の取得とするのが相当である。 (3)相手方が取得する目録記載第1の3の土地及び本件建物の評価額の合計は1125万9000円であり,相手方の具体的相続分は1181万0369円であって,その差額は55万1369円となるから,目録記載第2の預貯金のうち55万1369円を相手方の取得とすることが相当である。 他方,その余の遺産である目録第1の1,4から6の土地,目録第2の預貯金等のうち217万3590円は抗告人が取得すべきこととなる。 (4)一時使用目的の賃借権の設定 前記のとおり,相手方に本件建物を取得させることとしたが,本件建物には抗告人一家が居住しているところ,抗告人が目録第1の2の土地上に自宅を新築して移住するまでの間は本件建物を使用する必要性がある。そのため,本件の遺産分割に伴う付随処分としてその使用権を設定する必要があるが,その使用権は,自宅新築までの一時使用目的のための賃借権とすることが相当であり,その賃料は,本件建物の評価額がゼロであり,これまで抗告人が被相続人とともに居住を続けてきた建物であることにかんがみて1か月5万円と,その期間は,建物新築に必要な最大の期間として,本決定確定の日から2年間と定めることが相当である。 6 よって,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 一宮なほみ 裁判官 田川直之 始関正光) 以上:4,739文字
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