平成30年 9月24日(月):初稿 |
○公正証書遺言で明示された遺産分割方法の指定に反する共同相続人の法定相続分による相続登記が右遺言の執行を妨げるとして遺言執行者による抹消登記手続請求が認容された平成元年2月27日東京地裁判決(判タ689号289頁)主文・理由文を紹介します。 ○亡Aは、公正証書遺言により、20余筆の不動産を5人の法定相続人(嫡出子。他に相続人なし)の中、4人に割付けたが、「次のとおり遺産分割の方法を指定する。(1)Y3は目録一及び二の不動産を相続する。……」といった文言でした。ところが、Aの死後、Yら5人は、各不動産につき、相続を原因として持分各5分の1の所有権移転の登記をしたので、遺言執行者である弁護士Xが、その抹消登記手続を訴求しました。 ○Xは、遺言書の文言にかかわらず、この割付けは遺贈であるから、文言どおり物権的効果を生じている、と主張したが、Yらはこれを争い、文言は遺産分割方法の指定であるから、各登記は遺産分割前の共有状態を忠実に表現しているもので、遺言の執行を妨げるものではない、と反論しました。 ○判決は、公正証書遺言である以上、文言は遺言者の真意を反映している筈で、遺贈とは言えず、遺産分割方法の指定(相続分指定を兼ねる)であるとした上、「このような遺言がされた場合には、遺言者は、共同相続人間において遺言者が定めた遺産分割の方法に反する遺産分割協議をすることを許さず、遺言執行者に遺言者が指定した遺産分割の方法に従った遺産分割の実行を委ねたものと解するのが相当である。」として、現在の各登記が存しては、Xはこの遺言から生じる権限・職責に属する(遺言書どおりの)登記をすることができず、抹消登記手続を求める権利があると、請求を認容しました。 ○「相続させる」と指定された財産は、遺言者死亡時に直ちに指定された財産が指定者に承継されるとした平成3年4月19日最高裁判決が出る前の判決で、昔はこのような考え方もあったという参考事例です。私自身は、この判決は克服されていると思っております。 ********************************************** 主 文 一 被告らは、原告に対し、 1 別紙物件目録一及び二記載の不動産について、東京法務局目黒出張所昭和62年11月17日受付第34362号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。 2 別紙物件目録三及び四記載の不動産について、東京法務局目黒出張所昭和62年11月17日受付第34363号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。 3 別紙物件目録五ないし八記載の不動産について、東京法務局目黒出張所昭和62年11月17日受付第34364号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。 4 別紙物件目録九ないし14記載の不動産について、東京法務局目黒出張所昭和62年11月17日受付第34365号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。 5 別紙物件目録15ないし21記載の不動産について、東京法務局目黒出張所昭和62年11月17日受付第34366号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。 二 被告Y1に対して損害賠償を求める原告の訴え(請求原因2に基づく請求にかかる原告の訴え)を却下する。 三 訴訟費用はこれを50分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。 事 実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 主文一項同旨 2 被告Y1は、原告に対し、金865万9600円及びこれに対する昭和63年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は被告らの負担とする。 4 2項につき仮執行の宣言 二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら) 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 第二 当事者の主張 (中略) 理 由 一 被告らに対する本件各登記の抹消登記請求(請求原因1に基づく請求)について 1 共同訴訟の形態について 所有権移転登記の共有名義人を被告として当該登記の抹消登記手続を求める訴訟は、固有必要的共同訴訟と解すべきであり(最高裁判所昭和38年3月12日判決民集17巻2号310頁参照)、仮にそう解されないとしても、右のような訴訟は、紛争解決の実効性の観点から共同訴訟人間における合一確定が法律上要求されているというべきであるから、少なくとも類似必要的共同訴訟であると解すべきである。したがって、被告らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める訴訟も固有必要的共同訴訟であるか(請求原因1(八)(1)の事実は当事者間に争いがなく、この事実によると、原告は抹消を求める本件各登記の共有名義人全員を被告としていることが明らかである。)、少なくとも類似必要的共同訴訟であるので、いずれにしても右訴訟には民事訴訟法62条の適用があることになる。 2 被告Y1の本案前の抗弁について 請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがなく、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから〈証拠〉を総合すると、請求原因1(四)及び(五)の事実を認めることができる(なお、原告から被告Y1に対して原告が遺言執行者に就職することを承諾した旨の通知がされたことは当事者間に争いがない。)ところ、遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法1012条一項)のであるから、本件遺言の遺言執行者である原告が、本件各登記が本件遺言の執行のための妨げとなるとしてその抹消登記手続を求める訴えにつき、原告としての当事者適格を有することは明らかである。 3 本案について 前記のとおり、請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがなく、また、同1(四)及び(五)の事実はこれを認めることができる。そして、同1(二)及び(三)の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、同1(六)の事実を認めることができる。 そこで、訴外人のした請求原因1(六)の内容の遺言が、原告が同1(七)(1)で主張するように、遺贈の趣旨であるといえるかにつき検討する。 一般に、遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究してその文言の趣旨を確定すべきものではあるが、遺言公正証書は、公証人が遺言者の口授した内容を筆記して作成するものであり、遺言者の口授した内容が不明確であるときには、公証人は、当然遺言者の真意を確認して、その内容を確定した上筆記するのが通例であると考えられるので、公正証書遺言の場合には、自筆証書遺言の場合とは異なり、遺言者の真意は、遺言公正証書の文言によっても不明確であるときとかその他特殊な事情の認められるとき以外は、原則として遺言公正証書の文言によって表現されている内容のとおりであると解すべきである。 そうすると、〈証拠〉によると、本件公正証書は、三か条からなり、第一条には、請求原因1(六)の外、「被告Y1は土地五筆及び建物六棟(いずれの不動産も特定されている。)を相続する。被告らは、他の不動産、有価証券、現金、預金、その他の財産及び債務を各五分の一ずつ均等に分割して相続する。」との記載があり、第二条には、「訴外人は、祖先の祭祀を主宰すべき者として被告小松久彌を指定する。」との記載があり、第三条には、「訴外人は、原告を遺言執行者に指定する。」との記載があることを認めることができる(この認定に反する証拠はない。)が、本件公正証書の第二条と第三条の記載内容は特に第一条の解釈に影響を与えるようなものではないから、第一条は原則としてその文言の内容にだけ従って解釈すれば足りることになる。 右の考え方に従って、第一条をみると、「訴外人は、この遺言書で次のとおり遺産分割の方法を指定する。」との文言があり、この文言からすると、訴外人は、本件遺言により、遺産分割の方法を指定したものと解釈する外はなく(弁論の全趣旨によると、訴外人の指定した遺産分割の方法のとおり分割した場合に、各相続人がその法定相続分に応じて相続することにはならないと認められるから、本件遺言は、相続分の指定もしていると解される。)、到底遺贈をしたものと解釈することはできない。 なお、遺言書(遺言公正証書も含めて)の中に、遺言者が、特定の財産を特定の相続人に「相続させる。」との記載がある場合に、この「相続させる。」という文言が遺贈の趣旨であるか、遺産分割方法の指定の趣旨であるか、あるいはそれ以外の趣旨であるかについては、文言上明確さを欠くため、争いの生ずることが多いが、本件公正証書中には、前記のとおり、遺産分割の指定であることを表現した明確な文言が存在するのであるから、右のような争いの生ずる余地はない。 また、原告は、訴外人が本件遺言をした真の意思は、自分の死後その財産を円満に特定の相続人に帰属させ、相続人間に紛争が生じないようにすることにあった旨主張するが、仮にそうであったとしても、そのような意思を有している者でも、その意思を実現するため、遺産分割方法の指定という方法を選択することも当然ありうると考えられることからして、原告の右主張事実をもって、遺言者の真意を遺言公正証書の文言によって表現されている内容のとおりに解することの妨げとなりうる特殊な事情ということは到底できない。そして、右事情は本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。 次に、原告の請求原因1(七)(2)の主張について検討する。 前記認定のとおり、訴外人は、本件遺言により、特定の財産をあげて共同相続人間の遺産の分配を具体的に指示するという方法でもって相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定をし、あわせて、原告を遺言執行者に指定したものである。このような遺言がされた場合には、遺言者は、共同相続人間において遺言者が定めた遺産分割の方法に反する遺産分割協議をすることを許さず、遺言執行者に遺言者が指定した遺産分割の方法に従った遺産分割の実行を委ねたものと解するのが相当である。 そうすると、本件遺言の遺言執行者である原告は、本件遺言によって指定された遺産分割方法に従って、被告小松久彌に別紙物件目録一及び二記載の不動産を、被告兼尾美恵子に同目録9、10及び15記載の不動産並びに同目録11及び12記載の不動産の各一部を、被告兼尾光子に同目録13、14及び16ないし19記載の不動産並びに同目録11及び12記載の不動産の各一部を、被告小菅和子に同目録三ないし8、20及び21記載の不動産をそれぞれ帰属させるため、いずれも相続を原因とする所有権移転登記を経由すべき権限、職責を有することになる。 なお、被告Y1は、本件遺言により自己の遺留分を侵害された旨主張しているが、仮に右主張が認められるとしても、本件遺言の趣旨を前記のとおり解すると、遺言執行者が遺産分割を実行することにより相続開始の時にさかのぼって特定の遺産が特定の相続人に帰属することになるので、被告Y1は、遺贈により遺留分を侵害された場合と同様に、自己の遺留分を保全するに必要な限度で、遺留分減殺請求権を行使し、特定の相続人からその相続人に帰属した遺産を取り戻すことになると解すべきである。 そうすると、前記のとおり、請求原因1(八)(1)の事実は当事者間に争いがなく、本件各登記が存在すれば、原告は前記の権限、職責に属する所有権移転登記をすることができないから、本件各登記が存在することにより、原告が右の職責を果たすことを妨げられていることは明らかである。 したがって、原告は、被告らに対して、本件遺言の執行を妨げている本件各登記の抹消手続を求める権利を有することになるので、原告の被告らに対する本件各登記の抹消登記請求はいずれも理由があることになる。 二 被告Y1に対する損害賠償請求(請求原因2に基づく請求)について まず、本案前の抗弁について検討する。 ある人の不法行為により相続財産が減少した場合、その人に対する損害賠償請求権が相続人に直接帰属することは明らかであるところ、その損害賠償請求権の行使は、遺言の執行に必要な行為とは到底いえないから、本来遺言執行者の権限には属さないというべきであり、右のような損害賠償請求権の行使は相続人においてすべきである。 そうすると、被告Y1の不法行為により訴外人の相続財産が減少したことを原因として被告Y1に対して損害賠償を求める訴えにつき、遺言執行者である原告には原告としての当事者適格がないことは明らかである。 したがって、被告Y1の本案前の抗弁は理由があり、被告Y1に対して損害賠償請求を求める原告の訴えは、不適法として却下すべきことになる。 三 結論 以上の次第で、原告の請求のうち、被告らに対して本件各登記の抹消登記手続を求める請求は理由があるからこれを認容し、被告Y1に対して損害賠償を求める訴えは不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条、93条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判官谷口幸博) 別紙 物件目録〈省略〉 以上:5,348文字
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