平成20年 7月16日(水):初稿 |
○「筆跡鑑定の信頼性-証明力に限界ありとの判決紹介」を続けます。 東京高裁平成12年10月26日判決(判例タイムズ1094号242頁)では、遺言書の筆跡は被相続人Aの日記帳の筆跡と異なるとした裁判所の選任した筆跡鑑定人による鑑定結果を採用して遺言を無効と判断した一審判決を覆し、遺言書は有効と判断しました。その理由は、一審判決での裁判所選任鑑定の信用性に対する疑問であり、次のように述べています。 ○「4 筆跡鑑定について 本件遺言(乙3の2)の筆跡とAの日記帳(乙20)の筆跡について、原審における鑑定の結果は、 ア配字形態は、類似した特徴もみられるが総体的には相違特徴がやや多く認められる、 イ書字速度(筆勢)は、総体的に相違特徴がみられる、 ウ筆圧に総体的にやや異なる特徴がみられる、 エ共通同文字から字画形態、字画構成の特徴等をみると、いくつかの漢字では形態的に顕著な相違があり、ひらがな文字では総体的には異なるものがやや多い傾向がある として、本件遺言の筆跡とAの日記帳の筆跡とは別異筆跡と推定するとの結論を出している。 一方、乙64(吉田公一作成の鑑定書)は、いくつかの漢字について相違しているもの、類似しているものを挙げ、また、両者の筆跡に筆者が異なるといえるような決定的な相違点は検出されないなどとして、本件遺言の筆跡とAの日記帳の筆跡とは筆者が同じであると推定されるとの結論を出している。 原審における鑑定の結果と乙64とは、基本的な鑑定方法を異にするものではない。右の2つの結論の違いは、本件遺言自体が安定性と調和性を欠いていること、Aの日記帳は、昭和55年7月21日から昭和62年4月16日までの間に記載されたもので個人内変動があること、どの字とどの字とを比較するかについてあまりに多様な組合せが可能であることなどによって生じたものと考えられる。 そうすると、右のような対象について、筆跡鑑定によって筆跡の異同を断定することはできないというべきである。 なお、筆跡の鑑定は、科学的な検証を経ていないというその性質上、その証明力に限界があり、特に異なる者の筆になる旨を積極的にいう鑑定の証明力については、疑問なことが多い。したがって、筆跡鑑定には、他の証拠に優越するような証拠価値が一般的にあるのではないことに留意して、事案の総合的な分析検討をゆるがせにすることはできない。」 ○この事案では一審の裁判所選任鑑定人による筆跡が異なるとの結論に対し、二審では被告側選任鑑定人による筆跡が同一との結論の鑑定書が証拠として提出され、二審判決は一審での裁判所選任鑑定人の筆跡鑑定結論に疑問を呈してその筆跡鑑定の結果を採用しませんでした。 ○遺言書の効力をめぐって争われる事件では、当事者双方から異なる結論の筆跡鑑定の結果が提出されることが多くあります。鑑定を依頼する場合は、先ず自己に有利な結論になるか事前に確認して依頼します。鑑定費用は弁護士費用を遙かに上回る高額になることもあり、自己に有利なるかどうか不明なのに高額な費用を支払って依頼することは先ずあり得ません。 ○従って高等裁判所の裁判実務では、多数の筆跡鑑定を経験する結果、筆跡鑑定の証拠力については、これをかなり割り引いて受け止められているといってよい実情で、遺言の効力について結論を出すに当たって、筆跡以外の事案の全体に関する実情を総合的に分析検討する必要性が高いことに留意する必要があります。鑑定結果を鵜呑みにし或いは安心してはいけないということです。 以上:1,450文字
|