平成29年 3月21日(火):初稿 |
○「記載内容一部虚偽陳述書作成・提出に関与した弁護士の責任否認判例紹介1」の続きで、平成27年10月30日東京地裁判決(判時2298号58頁)の裁判所の判断部分全文の紹介です。 ○本判決は,一般論として,「陳述書の作成が相手方当事者との関係で違法と評価されるためには,その記載内容が客観的な裏付けを欠くというだけでは足りず,少なくとも,陳述書に記載された事実が虚偽であること,あるいは,判断等の根拠とされた資料に看過できない誤りがあり,作成者がその誤りを知り又は当然に知りえたことを要するものと解される。」と判示しています。 ○弁護士業務においては、相談されるお客様の言い分が、少々怪しいと思う場面には良く遭遇します。これは明らかに矛盾や不合理な点があり、裁判所に訴えても裁判官に納得してもらえないと思う場合は、その旨をキチンと伝えて依頼をお断りします。問題は、矛盾・不合理が明らかと言えない場合です。弁護士は裁判官ではなく、公平な立場で判断する職責ではありません。しかし、かといって何でもかんでもお客様の言うことを鵜呑みにすることはできず、この調整が難しい場面も多々あります。 ************************************************ 第三 当裁判所の判断 一 争点(1)(本件陳述書の作成提出行為) (1) 一般的に陳述書は、陳述者が自らの体験、記憶、認識等に基づく事実や意見を記載して民事訴訟の証拠として用いることで、客観的な裏付け資料を得にくい事実関係についての当事者の立証活動に資するものであるが、その信用性は、受訴裁判所において、記載内容の合理性、当該事実認識の根拠となった前提事実の蓋然性・確実性、対立当事者の陳述書を含む他の証拠との整合性、陳述書作成者の尋問等を通じて吟味、判断されるものである。もとより、第三者が一方当事者の求めに応じて陳述書を作成する場合にも、虚偽内容の陳述書を作成して真実発見を阻害することは許されないというべきであるし、また、誇張する表現を用いた陳述書を作成して真実発見を歪めることは相当でないというべきであるが、結果として裁判所の認定した事実と異なる事実や誇張された表現を記載した陳述書の作成が、それだけで事後的に違法と評価されるならば、陳述書の作成は著しく制約を受けることになり、当事者の立証活動を妨げかねず、その結果、受訴裁判所の判断に資する証拠が乏しくなり、ひいては真実の発見・解明を困難にすることにつながりかねない。 したがって、陳述書の作成が相手方当事者との関係で違法と評価されるためには、その記載内容が客観的な裏付けを欠く(客観的裏付けのあることを立証できない場合を含む。)というだけでは足りず、少なくとも、陳述書に記載された事実が虚偽であること、あるいは、判断等の根拠とされた資料に看過できない誤りがあり、作成者がその誤りを知り又は当然に知り得たことを要するものと解される。 (2) これを本件についてみると、本件記述は、竹夫を名乗って乙野に電話を架けた男性が原告であるとするものであるが、電話を架けた男性が原告であったことにつき、客観的裏付けのあることを認めるに足りる証拠は見当たらない。そこで、被告が本件記述の根拠とした丙川の供述内容につき、看過できない誤りがあるか否か、被告がその誤りを知り又は当然に知り得たか否かについて検討する。 この点、本件記述に係る丙川の供述は、丙川が、乙野に対して脅迫めいた電話を架けた男性の声の録音を聞いて、その男性が原告である旨判断し、これを断定することを内容とするものであるが、本件陳述書作成以前において、原告と丙川との間に面識がないことには争いがなく、丙川は原告の声を一度も聞いたことがないとみられることに照らせば、丙川が、電話を架けた男性の声の録音を聞いて、その男性を原告である旨断定したというのは、看過できない誤りを含むものであるといえる。 しかし、証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、被告は、第一訴訟の訴訟代理人弁護士としての立場で丙川の陳述書の作成を検討し、陳述者である丙川から直接及び間接に聴取した内容を記載して陳述書の草稿を作成したこと、被告は、本件記述の草稿を記載した本件陳述書の草稿を作成し、これを丙川に対して送付し、その内容の確認を依頼したこと、丙川は、丙山春夫を通じて、「正確を期したい」旨の希望のもと、再度陳述書を作成したとして同陳述書のデータを被告に送信したこと、被告は、同陳述書に対し、さらに確認を重ねる趣旨で、同陳述書にコメントを加筆して、同陳述書のデータを丙川に送付したこと、丙川から返送された同陳述書のデータには、本件記述中にある、電話を架けた男性の声の録音を聞いてその男性を原告であると認識した旨の記述に対しては、断定的表現の使用を含めて修正が加えられなかったこと、被告は、こうして確認を得た本件記述を含む本件陳述書につき、丙川に署名押印を求め、丙川がこれに署名押印をして完成させた本件陳述書を、第一訴訟の控訴審の弁論終結後に証拠提出したことが認められるところ、被告が、本件陳述書の草稿データについて「正確を期したい」旨の希望のもとで作成されたものとしてその送付を受け、本件記述を含めて丙川の確認を経たことを含めた上記の作成経緯等に照らせば、被告としては、陳述書の作成に際して行うべき一定の確認は経ていたというべきであり、当時の被告において、本件記述の誤りを知っていたとか、又は当然に知り得たとまではいえないというべきである。 (3) ア これに対し、原告は、本件CDの音声が原告の声であるか否かについて、竹夫や春子、甲田に対し、音声を聞かせて確認できたこと、第一訴訟の尋問において、夏子が、乙野に電話を架けたのは原告ではないと供述し、また、原告が、第一訴訟に至るまで乙野の存在自体を知らなかったと供述していたこと、また、第一訴訟の第一審判決において、乙野に電話を架けたのは夏子の友人(女性)の交際相手(男性)であることや、丙川や乙野は原告と全く面識がないことが明らかになったことに照らせば、被告は少なくとも本件記述の誤りを当然に知り得た旨主張する。 しかし、陳述者自らの認識等に基づく事実や意見を記載することが予定される陳述書の役割に照らせば、陳述書の作成に際し、陳述者の認識を陳述者以外の者の主観的な認識や意見等と照らし合わせることは、陳述者の認識等を歪めかねない側面を有するというべきであるから、陳述者以外の関係者から本件CDの音声に係る認識や意見を確認できたとしても、被告が、本件記述の誤りを当然に知り得たとすることはできない。また、第一訴訟の原告である竹夫や春子の訴訟代理人である被告が、その立場や弁護士としての知識経験、その時点での審理内容等から、第一訴訟の被告である夏子や原告の尋問内容の信用性を慎重に判断したとしても、直ちにその対応に問題があるとはいえないし、同尋問内容をもって、被告が本件記述の誤りを当然に知り得たということはできない。そして、第一訴訟の第一審判決は、乙野に電話を架けた男性が誰かといったことや、丙川や乙野と原告との面識の有無につき何ら判断していないから、同判決内容を根拠として被告が本件記述の誤りを当然に知り得た旨をいう原告の主張はその前提を欠くというべきである。 イ また、原告は、陳述者が陳述書の作成において断定的表現を用いた場合、その根拠を陳述者に確認することは、弁護士である被告が陳述書を作成する際に行うべき当然の職責であるから、被告は少なくとも本件記述の誤りを当然に知り得た旨主張する。 しかし、被告は、第一訴訟の原告である竹夫や春子の訴訟代理人として本件陳述書の作成に関与したにとどまり、陳述者である丙川が表現した事実や意見の根拠を直接体得することはできず、代理人としての立場で獲得できる資料にも限界があることに照らせば、被告が、丙川に対し、前記(2)記載のやり取りを超えた確認をしなかったとしても、本件陳述書に記載された断定的表現の誤りにつき、直ちに丙川同様の責任を原告に対して負うべきとはいえないし、その誤りを当然に知り得たということもできない。 そして、一般的に、陳述書の作成においては、推測事項と断定事項との峻別を意識した記載が望まれ、弁護士としては陳述書作成に関与するに当たり、上記峻別に十分に意を払い、必要に応じて陳述者に確認を促すことなどにより、適切な言葉の選択により陳述者の認識等が正確に表現されているかを吟味することが求められるとはいえ、陳述者が陳述書において自己の判断内容をどのように表現するかについては、陳述者の体験、認識した事実のみならず、陳述者の文章力、語彙の多寡ないし言葉の選び方に対する注意力を含めた表現能力、性格、表現上の好み等、陳述者の個性や属性等にも大きく影響されるものであることに照らせば、弁護士が法律の専門家としての役割を求められる立場にあることを考慮したとしても、陳述書に用いられた断定的表現の責任は、基本的には表現者が負うものとみるべきである。そして、本件全証拠によっても、被告が、本件記述について、丙川に対し、一定の表現を強いたり促したりして丙川の表現を歪めたり、被告が、本件記述に係る事実が丙川の推測にすぎないことを知りながら、あえてこれを放置して本件陳述書の作成に関与したりするなど、被告が丙川による断定的表現の責任を負うべき事情があるとは認められない。 ウ その他、原告が指摘する事情は、いずれも被告が丙川の供述内容に係る誤りを知り又は当然に知り得たとみるべき事情に当たらず、被告による本件陳述書の作成提出が、正当な訴訟活動として許容される範囲を逸脱したものと認めるに足りる証拠はない。 二 争点(2)(第二訴訟における被告の訴訟活動) (1) 証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、第二訴訟における本件報告書の立証趣旨は「テイハラタケオ」と称した男性が乙野に対して慰謝料の支払を迫ったことなどであると認められるところ、本件報告書に「甲野」の記載があることを理由として乙野に電話を架けた男性が原告であることを立証するものではない。また、本件報告書は本件記述との関係において第二訴訟の争点と関連するものであることに照らせば、その提出行為が社会的相当性を逸脱しているとはいえない。 そして、本件CDは、本件報告書にある反訳のもととなる音声データであり、その立証趣旨が本件報告書と別個独立のものであることを認めるに足りる証拠はないから、その証拠提出行為についても、本件報告書の証拠提出行為と独立して社会的相当性を逸脱したものとはいえないというべきである(なお、前記第二の一(3)ア(イ)のとおり、被告は、第二訴訟において、本件CDにつき一旦証拠申出をしたものの、本件CDの証拠申出を撤回しているところ、その証拠提出行為が社会的相当性を逸脱する違法なものではないことは、上記経過に照らしても明らかである。)。 (2) 次に、本件準備書面等による主張行為の違法性について検討する。 ア 民事訴訟は、私的紛争を対象とするものであるから、必然的に当事者間の利害が鋭く対立し、個人的感情の対立も激しくなるのが通常であり、したがって、一方当事者の主張・立証活動において、相手方当事者の名誉等を損なうような主張に及ばざるを得ないことが少なくない。しかしながら、そのような主張に対しては、裁判所の適切な訴訟指揮により是正することが可能である上、相手方は、直ちにそれに反論し、反対証拠を提出するなど、それに対応する訴訟活動をする機会が制度上確保されており、また、その主張の当否や主張事実の存否は、事案の争点に関するものである限り、終局的には当該事件についての裁判所の裁判によって判断され、これによって、損なわれた名誉や信用を回復することが可能になっている。 このような民事訴訟における訴訟活動の性質に照らすと、その手続において当事者がする主張・立証活動については、その中に相手方の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、相当の範囲内において正当な訴訟活動として是認されるものというべく、その限りにおいて、違法性が阻却されるものと解するのが相当である。もっとも、訴訟活動に名を借りて、当初から相手方の名誉を毀損する意図で殊更に虚偽の事実を主張したり、訴訟上主張する必要のない事実を主張して、相手方の名誉等を損なう行為に及んだ場合には、正当な訴訟活動として許容される範囲を逸脱したものとして、違法になるというべきである。 イ これを本件についてみると、証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、第二訴訟においては、本件記述を含む本件陳述書の作成行為による名誉毀損の有無が重要な争点の一つとなったこと、原告は、被告が本件記述の真実性及び相当性を主張したことに対し、これらをいずれも争ったこと、被告は、原告の上記訴訟対応等を踏まえて、原告が、乙野に対し、本件報告書の記載どおり、脅迫電話を架けたことや、丙川が、本件陳述書作成当時、乙野に脅迫電話を架けた人物を原告であると認識していたこと及びその根拠を主張する趣旨で本件準備書面等を作成提出したことが認められるところ、上記訴訟経過等に照らせば、被告が、第二訴訟の被告である丙川の訴訟代理人の立場において、本件記述の真実性及び相当性につき、丙川の認識やその根拠を主張したことなどは、必要性が認められる行為といえ、訴訟行為との関連も認められる。 また、本件準備書面等に記載された主張等が、第二訴訟の一方当事者である丙川の主張を記載したに過ぎないことは、本件準備書面等の体裁や第二訴訟における本件準備書面の取扱い等から明らかであり、その表現方法に照らしても、本件準備書面等の記載が、訴訟活動に名を借りて、原告の名誉を毀損する意図で殊更に虚偽の事実を主張したものとまでは認められない。その他、被告による本件準備書面等の作成提出が、正当な訴訟活動として許容される範囲を逸脱したものと認めるに足りる証拠はなく、原告に対する不法行為は認められない。 三 結論 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 辻 由起) 以上:5,921文字
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