平成29年 3月20日(月):初稿 |
○弁護士が,内容虚偽の陳述書の作成及びその証拠の提出等に関与するとともに虚偽の主張を記載した準備書面等を提出,陳述するなどの訴訟活動を行ったため,原告の名誉が毀損されたと主張して,弁護士を被告として不法行為に基づく損害の賠償を求めた事案で、弁護士の責任を認めなかった平成27年10月30日東京地裁判決(判時2298号58頁)全文を2回に分けて紹介します。 ○弁護士の訴訟業務においては、当事者の陳述書を弁護士が関与して作成することは日常茶飯事としてあります。私にとっては、お客様から事情を聴きながらPCに陳述書を入力することは、正に日常業務です。若いときは、相手方が許せないとお客様に同調し、お客様の言うことをそのまま記述していましたが、最近は、弁護士の責任がやかましく言われるようになったこともあり、相手方に触れる部分は言い回しを慎重にするようにしております。 ○この日常業務の陳述書作成・提出について、弁護士の責任が問われることが、従前よりは増えてきたようにも感じます。本件は、別訴訟事件で、同じ当事者の陳述書の信用性が否定された経緯があり、やや微妙な事案のようです。本件においては,陳述者の断定的判断たる記載を是正しなかったことでの弁護士の責任が否定されたが、少し事案が異なると,責任が認められたかもしれないとの解説もあります。弁護士が、当事者の陳述書作成において注意すべき点について参考になると思われます。 ************************************************ 主 文 一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第一 請求 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成26年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は、 ①原告が当事者となった別件訴訟(後記一(2)の訴訟。以下「第一訴訟」という。)において、相手方当事者から訴訟の追行等の委任を受けた弁護士である被告が、同訴訟の控訴審において、陳述者である丙川花子(以下「丙川」という。)と共謀して虚偽の陳述書を作成して証拠提出し、また、 ②原告が丙川を相手方として提起した別件訴訟(後記一(3)の訴訟。以下「第二訴訟」という。)において、丙川から訴訟の追行等の委任を受けた被告が、第一訴訟における証拠提出により、その信用性が全くないことが明らかになった音声CDや報告書をしつこく証拠提出し、また、虚偽の主張を繰り返し記載した準備書面等を提出して、 原告の名誉を毀損して裁判官を騙そうとするなど、違法な訴訟活動を継続したとして、原告が、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料及び弁護士費用合計200万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。 一 前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲証拠により明白に認められる事実である。) 〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉 (1) 当事者等 ア 原告は、第一訴訟において被告の地位に、また、第二訴訟において原告の地位にあった者である。 イ 被告は、弁護士であり、第一訴訟原告丁原竹夫(以下「竹夫」という。)及び同人の妻である第一訴訟原告丁原春子(以下「春子」という。)並びに第二訴訟被告丙川の訴訟代理人であった者である。 ウ 戊田夏子(以下「夏子」という。)は、竹夫の元妻である。両者は、平成17年6月に離婚した。 エ 丙川は、夏子の知人である。本件陳述書作成以前において、原告と丙川との間に面識はない。 オ 甲田秋子(以下「甲田」という。)は、原告の内妻であった者である。 (2) 第一訴訟 ア (ア) 竹夫は、被告を訴訟代理人として、平成20年ころ、横浜地方裁判所小田原支部において、夏子を相手方として、両人の離婚に際し作成された強制執行認諾文言付き公正証書の効力を争い、その執行力の排除を求める請求異議訴訟を提起した(同支部平成××年(ワ)第××号)。 また、竹夫と春子は、被告を訴訟代理人として、平成21年ころ、同支部において、夏子と原告を相手方として、①夏子が竹夫との婚姻期間中に乙野梅夫(以下「乙野」という。)と不貞行為を行っていたこと、②夏子と原告が、同期間中に不貞行為を行っていたほか、竹夫に対し虚偽の事実を告げて竹夫から夏子に慰謝料等を支払わせたこと、③原告が竹夫の名誉を毀損したこと、④夏子と原告が春子に対し虚偽の事実を告げて春子から夏子に慰謝料等を支払わせたこと、⑤原告が春子に対し原告を当事者とする訴訟への協力を強要したことを理由とする損害賠償請求訴訟を提起し(同支部平成××年(ワ)第××号)、上記両訴訟事件(第一訴訟)は、併合して審理された。 (イ) 第一訴訟の審理において、被告は、原告が夏子と結託して竹夫を名乗り、乙野に脅迫電話を架けたとして、その音声を録音したとするCD(以下「本件CD」という。)及びこれを反訳したとする報告書(以下「本件報告書」という。)を証拠提出した。本件報告書には、電話を架けた男性の発言につき「甲野」と表記されていた。 (ウ) 横浜地方裁判所小田原支部は、平成22年9月21日、上記①、③を理由とする損害賠償請求の一部を認容するとともに、請求異議事件に係る請求及びその余の損害賠償請求をいずれも棄却する内容の一審判決を言い渡した。 イ (ア) 竹夫、春子及び原告は、一審判決中各敗訴部分を不服として控訴した。 (イ) 被告は、竹夫及び春子の訴訟代理人として、平成23年1月30日までに、東京高等裁判所に対し、夏子の知人である丙川花子(以下「丙川」という。)が平成22年12月14日付けで作成した陳述書(以下「本件陳述書」という。)を提出した。 (ウ) 本件陳述書には、以下の記載(以下「本件記述」という。)がある。 「しかし、夏子さんはそんな乙野さんの忠告に耳を傾けることなく、甲野さんと結託して、乙野さんに対しても慰謝料を求める為、勤務先や携帯などに脅迫めいた電話をかけてきました。その時の様子を乙野さんは録音し、竹夫と名乗っているけどこれは本当にそうなのか教えてほしいとテープを聞かされた時、竹夫さんではないその男性や息子さんたちの脅迫口調にショックを受けたものでした。」「乙野さんは甲野さんや夏子さんの息子さんからの会社への嫌がらせや脅迫で当時会社からも処分を受け奥様とも話し合うなどいろいろな出来事があり、とても辛く大変そうでした」 (エ) 東京高等裁判所は、平成23年3月9日、竹夫、春子及び原告の各控訴をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。 (3) 第二訴訟 ア (ア) 原告は、さいたま地方裁判所において、丙川を相手として、第一訴訟における本件陳述書の作成提出が不法行為を構成するとして訴訟を提起した(同庁平成××年(ワ)第×××号損害賠償請求事件。第二訴訟)。 (イ) 丙川は、被告を訴訟代理人として応訴し、被告は、平成23年10月までに、本件CD及び本件報告書につき証拠申出をした。なお、被告は、本件CDの証拠調べ前に、同証拠申出を撤回した。本件報告書には、電話を架けた男性の発言につき「甲野」と表記されていた。 (ウ) また、被告は、平成25年10月18日までに、答弁書及び12通の準備書面を提出した。原告は、第二訴訟の第一審において、本件報告書等を第二訴訟に提出した行為が不法行為に当たる旨の主張を追加した。 (エ) さいたま地方裁判所は、平成25年12月27日、本件記述を含む本件陳述書の作成が違法であるとして、これを理由とする損害賠償請求の一部を認容するとともに、本件報告書等の提出が違法であるとはいえないなどとして、これを理由とする損害賠償請求を棄却する旨の一審判決を言い渡した。 イ (ア) 原告及び丙川は、一審判決中各敗訴部分を不服として控訴した。 (イ) 被告は、平成26年6月30日までに、東京高等裁判所に対し、控訴理由書、答弁書及び準備書面をそれぞれ提出した(以下、被告が第一審及び控訴審を通じて提出した答弁書、準備書面及び控訴理由書を併せて「本件準備書面等」という。)。 (ウ) 東京高等裁判所は、平成26年8月25日、竹夫、春子及び原告の各控訴をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。 二 主要な争点及びこれに対する当事者の主張 (1) 本件陳述書の作成提出行為が違法行為に当たるか。 (原告の主張) ア 被告は、丙川と共謀して、原告が乙野に対して脅迫電話を架けたとする本件記述を記載した本件陳述書を丙川に作成させて第一訴訟の控訴審に提出し、原告の名誉を著しく毀損し、裁判官を騙そうとした。 イ 本件記述は全くの虚偽であり、かつ、虚偽事実を断定するものである。 ウ 被告は、本件記述が虚偽であることを知りつつ、あるいは、知り得たのに、本件陳述書を提出した。被告が、少なくとも本件記述が虚偽であることを知り得たことの根拠は、以下のとおりである。 (ア) 丙川に対し、原告とは全く面識がなく、会話をしたことがないことを確認できたこと。 (イ) 夏子が、第一訴訟の尋問において、乙野に電話を架けたのは原告ではないと供述し、また、原告が、同尋問において、第一訴訟に至るまで乙野の存在自体を知らなかったと供述していたこと。 (ウ) 第一訴訟の第一審判決において、乙野に電話を架けたのは夏子の友人(女性)の交際相手(男性)であることや、丙川や乙野は原告と全く面識がないことが明らかになったこと。 (エ) 原告との間で大学時代から20年以上の交際があった竹夫、その妻である春子、かつて原告と15年近く同居していた甲田に対し、本件CDの音声を聞かせて原告の声か否かにつき確認できたこと。 (オ) 被告が法律の専門家であること。 (カ) 丙川に対し、本件CDの音声を聞いた際の条件、電話を架けた男性が原告であると断定した根拠等を尋ねることができたこと。 (キ) 丙川が被告から本件報告書を見せられていないこと。 (被告の主張) ア 被告が、本件陳述書を、原告の人格を故意に貶めて裁判官に悪い印象を与える点にあったことは否認する。 イ 被告の本件陳述書提出行為は違法ではない。被告は、本件陳述書作成に当たり、丙川の認識や意思を十分に確認し、真実であると判断した上で本件陳述書を作成提出した。 ウ 本件記述の内容は、被告が本件陳述書を提出した当時までに得ていた情報と多くの点で整合しており、被告は、本件記述の内容が真実であると判断して本件陳述書を作成提出しており、同作成提出行為は違法ではない。 エ 訴訟代理人が陳述書の内容を事前に吟味することについては基本的に謙抑的であるべきであり、人種差別的記述など明らかに不当な内容でない限り、訴訟代理人において陳述者に対し陳述書の内容の根拠を確認したり、その内容の修正を求めたりする注意義務を負わないというべきである。 (2) 第二訴訟における被告の訴訟活動が違法行為に当たるか (原告の主張) ア 被告は、第一訴訟において、原告や夏子の供述等により、乙野に電話を架けた人物が夏子の友人の交際相手であったこと、丙川や乙野は原告と全く面識がないことが明らかになったにもかかわらず、第二訴訟においても、しつこく本件CDや、乙野に脅迫電話を架けたのは原告であると断定した本件報告書を証拠提出したほか、原告が乙野に脅迫電話を架けたなどとの虚偽の主張を繰り返し断定して記載した本件準備書面等を提出して、原告の名誉を著しく毀損し、さらには裁判官を騙そうとするなど、悪質で違法な訴訟活動を継続した。 イ 夏子は、友人の交際相手に乙野に電話を架けるよう依頼した経緯だけでなく、原告に電話を架けるように依頼できなかったことも詳しく供述している。こうした夏子の供述や常識に照らせば、原告が夏子の依頼を受けて乙野に電話を架けることがあり得ないことは容易に分かるはずである。にもかかわらず、被告は、本件陳述書を作成する際、丙川に対し、弁護士として必要な確認を故意にせず、上記のとおり違法な訴訟活動を継続した。 (被告の主張) ア 第一訴訟において、乙野に電話を架けた人物が夏子の友人の交際相手であったことが明らかになったことは否認する。夏子はその氏名等詳細を一切明かさなかった。 イ 第二訴訟では、本件記述の真実性及び相当性に関連し、電話を架けた男性が原告か否か、丙川が電話を架けた男性を原告と判断したことに相当の根拠があったか否かが争点となったところ、被告が本件準備書面等によりした主張及び立証は、上記争点に関連するものであり、必要なものであった。また、本件準備書面は、事実とこれを踏まえた評価だけを内容としており、その表現においても、強い侮辱的表現などは使用しておらず、表現方法においても相当である。 ウ 本件記述の内容は、被告が丙川から第二訴訟の代理人を受任した時点においても、被告が受任当時までに得ていた情報と多くの点で整合しており、被告は、本件記述の内容が真実であると判断して、本件陳述書の作成提出行為が違法に当たらない旨の主張立証活動をした。よって、その訴訟活動は違法ではない。 (3) 損害額 (原告の主張) ア 本件陳述書の提出行為による原告の精神的苦痛に対する慰謝料として60万円が相当である。 イ 本件CDや本件報告書の証拠提出、本件準備書面等の提出による原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、120万円を下らない。 ウ 原告は、上記慰謝料合計額の約1割に相当する20万円の弁護士費用を支払うことを約した。 (被告の主張) 否認ないし争う。 以上:5,544文字
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