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弁護士の債務整理通知は”支払停止”に当たらないとした高裁判例紹介

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平成30年 8月 8日(水):初稿
○「第三債務者の差押債権者への弁済を否認対象にならないとした判例紹介」に関連し、債務者の代理人である弁護士が債権者一般に対して債務整理開始通知を送付した行為は、同通知に、弁護士が破産申立てを受任した旨の記載がなく、債務の具体的内容や債務整理の方針の記載もないとの事情のもとでは、弁護士が債務整理を受任したことを示すにとどまり、支払停止には当たらないとした平成22年11月18日東京高裁判決(金融法務事情1962号65頁)を紹介します。

○事案は、
・破産者Cが弁護士事務所を通じて債権者に債務整理開始の通知をした後、控訴人が破産者に対する貸金債権について給与控除の方法で17万円弁済を受けた
・その後、Cが破産手続開始申立をし、Cの破産管財人である被控訴人が、控訴人に対し、上記弁済が破産法162条1項1号イに該当するとして否認権を行使し、上記弁済金等の返還を求めた
・第一審平成22年5月20日東京地裁判決は、弁護士による債務整理開始通知は債務者がその債務の弁済を一般的に停止することを黙示的に表示したものとして、支払停止に該当として弁済金の返済を命じた
・控訴人が第一審判決を不服として控訴

したものです。

○控訴審平成22年11月18日東京高裁判決は、破産法162条1項1号の「支払の停止」とは、債務者が資力欠乏のため弁済期の到来した債務について、一般的かつ継続的に弁済をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいい、本件債務整理開始通知は支払停止を外部的に示すものではなく破産者は支払不能の状態にあったものではないから上記弁済金受領行為は否認の対象とはならないとして、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却しました。

破産法第162条(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)
 次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。


○私自身は、事業者債務整理事件を好んで相当数扱い、受任すると先ず全債権者に対し、債務整理開始と支払停止を伝える債務整理受任通知を送付してきました。この弁護士による全債権者への債務整理通知は、当然破産法の「支払停止」に該当すると確信していましたが、消費者債務整理受任通知も同様「支払停止」に該当するだろうと推測していました。やはり、この高裁判決は、最高裁判決で覆されており、後に紹介します。

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主   文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人
 主文同旨
2 被控訴人
 控訴棄却申立て

第2 事案の概要
1 本件は,破産者C(以下「破産者」という。)が弁護士事務所を通じて債権者に債務整理開始の通知をした後,控訴人が破産者に対する貸金債権について同人の給与から控除する方法により合計17万円の弁済を受けたところ,破産管財人である被控訴人が,控訴人に対し,上記弁済が破産法162条1項1号イに該当するとして否認権を行使し,17万円及びこれに対する受領した後の平成21年7月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めた事案である。

 原審は,被控訴人の請求を認容した。
 控訴人はこれを不服とし,前記裁判を求めて控訴をした。

2 本件に関する前提事実は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2に記載のとおりであるから,これを引用する。

3 争点及び当事者の主張は,次項において当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の3及び4に記載のとおりであるから,これを引用する。

4 当審における当事者の主張
(控訴人)
(1)原判決は,〔1〕破産者は,債務の弁済に窮して,自己破産の申立てを弁護士事務所に委任したこと,〔2〕同事務所が,控訴人を含む破産者の債権者らに対し,破産者から債務整理を受任した旨記載した本件債務整理開始通知を送付したこと,〔3〕破産者は,債権者であるD共済組合に対し,給与控除の方法による弁済の停止を求めたことが認められるところ,〔4〕通常,債務者が債務整理を弁護士事務所に委任する場合には、債務の弁済に窮している状況にあること,〔5〕本件債務整理開始通知に破産者の債権者に対して取立行為の中止を求める旨記載されていることを理由に,本件債務整理開始通知をもって黙示的の支払停止と判断しているが,債権者の認識できない事実は,支払停止の表示の根拠とはなり得ないから,上記〔1〕及び〔3〕は黙示の支払停止を認定する根拠とはなり得ない。

(2)支払停止は弁済能力の欠乏を前提とするが,その判断については,債務者の現有する財産及び労務のみならず,信用を含めて判断されるべき概念であるというのが破産法の一般的解釈であり,ある時点において支払ができない状況であっても,その後の再建計画の交渉が予定されていれば,信用を含めて判断した結果,支払不能には当たらないことになる。したがって,任意整理や民事再生手続の含みを持つ債務整理開始通知は,破産法上の支払停止には当たらない。本件債務整理開始通知には,債務の具体的内容や債務整理の方針の記載がないので,これを受け取った債権者としては,破産者について,債権の取立禁止の文言があったとしても,今後,任意整理や民事再生手続がなされる可能性があると受け止めるのが自然である。かかる内容の通知であっても,金融機関である債権者は取引を停止することがあるが,それは,債権者の便宜のためにローン規定等の根拠に基づき行っているものにすぎない。 
 そうであるとすれば,本件債務整理開始通知は,支払不能の状態を黙示的に表示したものではない。

(3)原判決は,上記〔4〕の通常,債務者が債務整理を弁護士事務所に委任する場合には,債務の弁済に窮している状況にあることを,黙示の支払停止の一つの根拠とするが,上記のとおり任意整理や民事再生手続が採られる場合も多く,必ずしも弁済能力が欠如した支払不能状態であるとは限らない。債務整理開始通知発送後,債権調査の結果,貸金業者に対して過払金返還請求の発生が確認されることもあり,その有無及び請求し得る金額如何で債務状況が変わってくるので,弁護士が受任通知を出す段階では,支払不能か否かの判断を下すことができない場合も多い。原判決は,支払停止の解釈のみならず,弁護士の債務整理の実務の理解も誤っている。

(4)原判決は,上記〔5〕の本件債務整理開始通知に破産者の債権者に対して取立行為の中止を求める旨記載されていることを支払停止の根拠としているが,弁護士が債務整理を受任した場合には,貸金業者に対しては,貸金業法21条1項9号の取立禁止の遵守を促すために取立行為の中止を求めるのが通常であり,上記記載は正にその趣旨の記載であり,必ずしも貸金業者でない他の債権者に対する要請ではない。また,債務者等に対する取立行為の中止は,債務者等が弁護士に債務整理を委任した以上,代理人である弁護士を通じて債務者等に対する連絡全般(取立てを含む。)を行うことの要請であり,必ずしも一般的な意味での支払停止とも同義ではない。仮に,これが貸金業者以外の債権者に対する取立行為を中止する要請であるとしても,弁済能力の欠如を理由とする支払不能を外部的に表示した支払停止とは全く別の趣旨である。

(被控訴人)
(1)原判決は,本件債務整理開始通知の文言,債務者が債務整理を弁護士事務所に委任する場合における債務者の経済状況等を正当に評価した上で判断しており,その判断は正当である。
 銀行実務においても,本件債務整理開始通知と同様の債務整理通知をもって支払停止という判断をしている(甲7ないし9(枝番を含む。))。

(2)控訴人は,再建計画の交渉の余地がない状況であることが表示されて初めて支払停止と言い得ると主張するが,そのような主張は支払停止に支払不能を推定させる機能を付与した法の趣旨を没却するものである。ある時点において支払ができない状況が表示されていれば,その後の再建計画が予定され,交渉成立の可能性が高いことが表示されていない以上,支払停止に該当すると判断されるべきである。

(3)任意整理を行う場合でも,貸金業者を含む全債権者への弁済を中止して,債権調査を行い,債務の減縮や支払方法の交渉を行うのであり,弁済の中止と表裏一体といえる取立行為の中止も,全債権者を対象とするものである。

第3 当裁判所の判断
1 事実経過

 前提事実,証拠(甲1,2,5,乙4の1,乙5)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1)破産者は,平成5年7月,東京都職員となった者である。

(2)金銭貸付業務を行うなどする控訴人は,平成19年1月23日,破産者に対し,150万円を貸し付け,以後,破産者の毎月の給料及び6月の賞与から,給与控除の方法により弁済を受けていた。

(3)破産者は,平成20年ころ,負債が増加し弁済に窮するようになったため,平成21年1月18日,弁護士法人であるE事務所に対し,債務整理を委任した。
 甲5号証(破産者の陳述書)には,破産者はE事務所に対し,勤務先には自己破産の申立てを知られないようにしたいと伝えた上で,自己破産の申立てを委任した弁護士のアドバイスを受けて控訴人に電話をかけ,担当者に自己破産の手続を弁護士に委任したと伝えて給与からの天引き停止の了承を求めた旨の記載があるが,破産者からの電話を受けた控訴人の担当者であるF作成の報告書(乙4の1)によれば,破産者からの電話の内容は,近日中に民事再生の予定であり,代理人の弁護士から事前連絡するようにとのことで電話した,給与控除は停止してもらえるかというものであったとされていること,上記破産者の陳述書では,一方で依頼した弁護士に勤務先には自己破産の申立てを知られないようにして欲しいと述べておきながら,弁護士からのアドバイスがあったとはいえ,一転して勤務先である控訴人に自ら自己破産の手続を依頼した旨伝えたとしており,矛盾ともいえる内容になっていること,控訴人に送付された本件債務整理開始通知には破産申立てをする旨の記載はないこと,同通知がされてから破産者の破産手続開始通知書が送付されるまでには6か月以上の間隔があること等の事実が認められることに照らすと,破産者が控訴人の担当者に自己破産の手続を弁護士に依頼したと伝えて天引き停止の了承を求めた旨の甲5号証の上記記載は採用できない。

(4)E事務所は,同年1月18日ころ,控訴人を含む破産者の債権者らに対し,本件債務整理開始通知を送付し,破産者の債務整理の任に当たる旨通知した。
 本件債務整理開始通知には,「債務者や家族,保証人への連絡や取立行為は中止願います。」と記載されているが,債務の具体的内容や債務整理の方針については記載されていない。

(5)破産者は,同年2月初旬,控訴人に対し,債務整理を弁護士に委任した旨連絡し,また,同年2月2日,債権者であるD共済組合に対し,給与控除の方法による弁済の停止を求めた。

(6)控訴人は,同年2月から同年7月までの間,破産者から,給与控除の方法により合計17万円の弁済を受けた。

(7)破産者は,東京地方裁判所に自己破産の申立てをし,同年8月5日破産手続を開始する旨の決定を受け,控訴人は同月7日破産手続開始通知書を受領した。

2 争点(1)(支払停止及び支払不能―本件債務整理開始通知が支払停止に該当するか否か)について
(1)破産法162条1項1号は,破産者が支払不能になった後にした行為は否認の対象となると定め,同法15条2項は,「債務者が支払を停止したときは,支払不能にあるものと推定する。」と定めている。同条の支払の停止とは,債務者が資力欠乏のため弁済期の到来した債務について,一般的かつ継続的に弁済をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいう(最高裁昭和60年2月14日第一小法廷判決・判例時報1149号159頁参照)。

(2)そこで本件についてみるに,本件債務整理開始通知は,その記載内容に照らすと,弁護士が破産申立てを受任した旨の記載はなく,債務の具体的内容や債務整理の方針の記載もないもので,弁護士が債務整理を受任したことを示すにとどまるから,これをもって債務者が資力欠乏のため弁済期の到来した債務について,一般的かつ継続的に弁済をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為ということはできないというべきである。

(3)被控訴人は,本件債務整理開始通知は,社会通念上,自分の収入では債務を支払うことができなくなった人の債務を整理する方法と解される債務整理という文言を使用している旨主張する。
 しかしながら,一般的に債務整理という場合,破産手続を利用する場合のみならず,再建をめざして任意整理や個人再生の手続を利用することも想定されているというべきであり(なお,甲7号証の2によれば,被控訴人自身も,金融機関宛の通知に,「債務整理には,債務の一本化も含まれ,債務整理が開始されたからといって,必ずしも債務者の信用状況が悪化したと評価されるものではないと解されます。」と記載しているものである。),その場合は資力欠乏のため弁済期の到来した債務について,一般的かつ継続的に弁済をすることができないということはできないから,被控訴人の上記主張は理由がない。

(4)被控訴人は,本件債務整理開始通知は,債務者による弁済の中止を前提とする債務者への取立行為の中止をも要請しているから支払停止に該当すると主張する。
 しかしながら,弁護士が債務整理を受任した旨の通知がされると,貸金業者等に対しては特別の公法的規制が及び,その後債権の取立行為が制限されるとともに,債務整理に対する協力義務が課される(貸金業法21条1項9号)が,貸金業者以外の債務者についてはこのような効果はなく,上記通知が破産法上の効果を生じさせる根拠規定もない。そうすると,本件債務整理開始通知に記載された取立行為の中止の要請は,貸金業者に対するものであって,貸金業者ではない控訴人に対するものと解するのは相当ではない。

 また,仮に,貸金業者以外の債権者に対する取立行為を中止する要請であるとしても,その目的は,弁済を中止して債権調査を行い,債務の減縮や支払方法の交渉を行うために,代理人である弁護士を通じて債務者等に対する連絡全般(取立てを含む。)を行うことの要請と解されるから,これをもって支払停止を外部的に表示した趣旨と解することはできない。

 なお,証拠(甲7ないし9(枝番を含む。))によれば,金融機関が本件通知と同様の弁護士からの債務整理通知をもって,依頼者との取引を停止したことが認められるが,これらは当該金融機関と依頼者の間のローン契約の規定や当座貸越契約を根拠としているものと認められ,これらの事実をもって,本件通知が依頼者(破産者)の破産法でいう支払停止の事実を外部的に表示したものと認めることはできない。
 したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

(5)以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件債務整理開始通知をもって支払停止を外部的に示すために行われたものと解することはできず,控訴人が破産者の給与から貸付金を控除した平成21年2月から同年7月まで以前に,破産者が支払不能の状態にあったと認めることはできない。したがって,控訴人が破産者の給与から控除する方法により合計17万円の弁済を受けた行為は否認の対象とはならないというべきであるから,被控訴人の本件請求は理由がない。

3 結論
 よって,原判決は相当でないから取消した上,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第14民事部 裁判長裁判官 西岡清一郎 裁判官 滝澤雄次 裁判官 脇博人

以上:6,758文字

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