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人身傷害保険金は被害者素因減額分は填補しないとした最高裁判決紹介

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令和 7年 7月16日(水):初稿
○裁判所が自動車保険契約の人身傷害条項の被保険者である被害者に対する損害賠償の額を定めるに当たり被害者に対する加害行為前から存在していた被害者の疾患をしんしゃくしいわゆる素因減額をする場合における上記条項に基づき人身傷害保険金を支払った保険会社による損害賠償請求権の代位取得の範囲を判断した令和7年7月4日最高裁判決(裁判所ウェブサイト)全文を紹介します。

○事案は以下の通りです。
・h30.5、上告人Xは、D株式会社所有管理駐車場の設置保存瑕疵が原因で自動車事故に遭い傷害を受けた
・この事故でのXの過失割合は2割、既存症状による素因減額
・r310、被上告人YがDを吸収合併し、Dの権利義務承継
・本件事故でのXの全損害約941万円
・h31.2、YはXに80万円支払
・Xは、訴外保険会社と自動車保険契約締結、人身傷害条項被保険者
・r2.1までにXは、訴外保険会社から人身傷害保険金約666万円受領
・Xの3割素因減額後損害額は約659万円、2割過失相殺後損害額約527万円
・527万円から既払額80万円を差し引いた残額は約447万円
・Xは全損害941万円から損害賠償金80万円と人身傷害保険金666万円差し引き195万円をYに請求?
・原審は、訴外保険会社は、保険金額666万円と過失相殺後損害額527万円の合計額約1193万円から素因減額後損害額約534万円を控除した659万円の範囲でXの損害賠償請求権を代位取得するので、XにはYに対する損害賠償請求権はないとした


○これに対しXは、人身傷害保険金はXの過失割合分だけでなく素因減額分も填補するので、訴外保険会社は素因減額後損害額約534万円を控除できずXには195万円の損害賠償請求権は残っていると主張したと思われます。しかし、最高裁はXの主張を退けました。

○人身傷害保険金は被害者の過失部分は填補するが、素因減額部分は填補しないとした判決で、被害者としては納得できないところがありますが、約款が「傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病(以下「既存の身体の障害又は疾病」という。)の影響により、上記傷害が重大となった場合には、訴外保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う(以下「本件限定支払条項」という。)」となっている以上やむを得ないと思われます。

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主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理   由
 上告代理人○○○○の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について
1 本件は、上告人が、普通乗用自動車で走行中に進入しようとした駐車場の設置又は保存の瑕疵により傷害を負ったと主張して、被上告人に対し、不法行為(工作物責任)に基づく損害賠償を求める事案である。上告人は、上記自動車の登録使用者が自動車保険契約を締結していた保険会社から、上記保険契約に適用される普通保険約款中の人身傷害条項に基づき、人身傷害保険金の支払を受けたことから、上記保険会社が上告人の被上告人に対する損害賠償請求権を代位取得する範囲、具体的には、裁判所が、被上告人の上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり民法722条2項の規定を類推適用して上記の事故前から上告人に生じていた身体の疾患をしんしゃくし、その額を減額する場合に、支払を受けた人身傷害保険金の額のうち上記損害賠償請求権の額から控除することができる額の範囲が争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)上告人は、平成30年5月、Aが使用者として登録されている普通乗用自動車を運転して、D株式会社が所有管理する駐車場に進入した際、上記駐車場の設置又は保存の瑕疵に当たる路面の陥没に上記自動車の右前輪が入り込み、その衝撃により腰椎椎間板ヘルニア等の傷害を負った(以下、この事故を「本件事故」という。)。上告人には上記陥没の発見が遅れた過失があり、本件事故における上告人の過失割合は2割である。また、上告人には、本件事故前から、第5腰椎と第1仙椎の間の椎間板に変性(以下「本件変性」という。)が生じており、上記腰椎椎間板ヘルニアは、本件変性に本件事故による外力が加わったことにより生じたものである。

(2)被上告人は、令和3年10月、Dを吸収合併し、その権利義務を承継した(以下、D及び上記の合併後の被上告人を、合併の前後を問わず「被上告人」という。)。

(3)本件事故により上告人に生じた人的損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、合計941万2961円である。

(4)上告人は、平成31年2月、上記損害につき、被上告人から80万円の支払を受けた。

(5)Aは、本件事故当時、A損害保険株式会社(以下「訴外保険会社」という。)との間で、人身傷害条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約を締結しており,上告人は本件約款中の人身傷害条項に係る被保険者であった。

(6)本件約款中の人身傷害条項には、要旨、次のような定めがあった。 
ア 訴外保険会社は、日本国内において、自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害に対し、人身傷害保険金を支払う。

イ 被保険者が上記傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病(以下「既存の身体の障害又は疾病」という。)の影響により、上記傷害が重大となった場合には、訴外保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う(以下「本件限定支払条項」という。)。

(7)本件変性は、本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たる。

(8)上告人は、上記(4)のほか、令和2年1月までに、上記(3)の損害につき、訴外保険会社から、本件約款中の人身傷害条項に基づき、人身傷害保険金として666万3789円の支払を受けた(以下、この支払を受けた保険金を「本件保険金」という。)。

(9)被上告人の上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、本件変性をしんしゃくし、上記(3)の損害額から3割の減額(以下「本件素因減額」という。)をすると、本件素因減額をした後の損害額は658万9073円となる(以下、この損害額を「本件素因減額後の損害額」という。)。そして、本件素因減額後の損害額について2割の過失相殺をした後の損害額は527万1258円となる(以下、この損害額を「本件過失相殺後の損害額」という。)。また、本件過失相殺後の損害額から上記(4)の既払金の額を控除した損害金の残額は447万1258円となる。

3 原審は、被上告人の上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり、本件素因減額をするのが相当であるとした上で、訴外保険会社は、本件保険金の額と本件素因減額後の損害額のうちいずれか少ない額を限度として上告人の被上告人に対する損害賠償請求権を代位取得すると判断し、本件素因減額後の損害額について過失相殺がされる本件においては、訴外保険会社は、本件保険金の額と本件過失相殺後の損害額との合計額(1193万5047円)から本件素因減額後の損害額を控除した残額(534万5974円)の範囲で上記損害賠償請求権を代位取得するから、上記損害賠償請求権の全部を代位取得したとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。

 所論は、訴外保険会社は本件限定支払条項に基づく減額をすることなく本件保険金の支払をしたのであるから、本件保険金は本件素因減額をする前の損害額(上記2(3)の損害額)を填補するものであり、訴外保険会社は、本件保険金の額と本件素因減額後の損害額との合計額が本件素因減額をする前の損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する額の範囲で上告人の被上告人に対する損害賠償請求権を代位取得するにすぎないとして、原審の上記判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。

4 自動車保険契約に適用される普通保険約款中の人身傷害条項に基づき、被保険者である交通事故等の被害者が被った損害に対して人身傷害保険金を支払った保険会社は、支払った人身傷害保険金の額の限度内で、これによって填補される損害に係る保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するところ、保険会社がいかなる範囲で保険金請求権者の上記請求権を代位取得するのかは、上記約款の定めるところによることとなる(最高裁平成21年(受)第1461号・第1462号同24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号742頁参照)。

 本件約款中の人身傷害条項には、被保険者が自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病(既存の身体の障害又は疾病)の影響により、上記傷害が重大となった場合には、訴外保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う旨の定め(本件限定支払条項)が置かれている。

これは、人身傷害保険金は上記事故により被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害の填補を目的として支払われるものであることから、上記の場合には、訴外保険会社は、その影響の度合いに応じて保険金の一部を減額して支払うものとすることにより、既存の身体の障害又は疾病による影響に係る部分を保険による損害填補の対象から除外する趣旨を明らかにしたものと解される。そうすると、上記人身傷害条項に基づき支払われる人身傷害保険金は、被保険者の既存の身体の障害又は疾病による影響に係る部分を除いた損害を填補する趣旨・目的の下で支払われるものであるということができる。したがって、上記人身傷害条項の被保険者である被害者に対する加害行為と加害行為前から存在していた被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した事案について、裁判所が、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、上記疾患をしんしゃくし、その額を減額する場合において、上記疾患が本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たるときは、被害者に支払われた人身傷害保険金は、上記疾患による影響に係る部分を除いた損害を填補するものと解すべきである。

 以上によれば、上記の場合において、上記疾患が本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たるときは、被害者に対して人身傷害保険金を支払った訴外保険会社は、支払った人身傷害保険金の額と上記の減額をした後の損害額のうちいずれか少ない額を限度として被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である。このことは、訴外保険会社が人身傷害保険金の支払に際し、本件限定支払条項に基づく減額をしたか否かによって左右されるものではない。

5 以上と同旨の見解に立って、上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の判例(前掲最高裁平成24年2月20日第一小法廷判決)に抵触するものではない。論旨は採用することができない。なお、その余の上告受理申立て理由は、上告受理の決定において排除された。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官林道晴の補足意見がある。

 裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。
 私は、法廷意見に賛同するものであるが、補足して意見を述べておきたい。
 所論は、いわゆる素因減額は、損害の公平な分担を図るという趣旨に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定の類推適用を法的根拠とするものであるから、過失相殺と同様に扱うべきであり、本件で問題となっている素因減額がされる場合に人身傷害保険金を支払った保険会社が被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する範囲についても、過失相殺がされる場合(前掲最高裁平成24年2月20日第一小法廷判決参照)と同様に解すべきであるとの考え方に基づくものと解される。

しかし、素因減額は、基本的には、被害者に対する加害行為と加害行為前から存在していた被害者の疾患とが共に原因となった場合における損害額の発生そのものに係る局面の問題であり、発生した損害額について公平な分担のための調整を図る過失相殺の問題とは局面が異なるのである。したがって、所論のいうように、素因減額がされる場合を過失相殺がされる場合と同様に解すべきであるということはできない。
(裁判長裁判官 平木正洋 裁判官 宇賀克也 裁判官 林道晴 裁判官 渡辺惠理子 裁判官 石兼公博)
以上:5,200文字

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