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令和 5年 7月25日(火):初稿 |
○自転車を運転中に交通事故に遭った原告が、加害車両の運転手である被告に対し、労働能力喪失率45%8級相当後遺障害「せき柱に中程度の変形」を残したとして、民法709条に基づき、交通事故により原告に生じた損害として約3571万円の請求をしました。 ○「脊柱変形」後遺障害については、保険会社は、実際の労働能力喪失は無いとして、逸失利益を否認するのが一般です。そこで被告側は、原告はバス運転手としての業務もこなせており、後遺障害の程度は軽微であるとして逸失利益を否認しました。 ○これに対し、原告の収入は実質的には全く減少しておらず,今後減少する見込みもない原告の脊柱変形障害は、「せき柱に中程度の変形を残すもの」といえ、8級相当と認めながら、現在の担当業務であれば大きな問題までは生じていないとしても長期的にみれば原告の担当業務を一定程度制約するものといえ、昇給、昇任等に際して不利益な取扱を受けるおそれは否めないものの、原告の勤務先(C株式会社)が資本金1億円の大企業であることなどからすると、不利益な取扱いを受ける可能性は、さほど高いともいえない(現に、原告は本件事故後も昇給している。)ことなどの諸事情を踏まえ、原告は、本件事故による後遺障害により、労働能力を20%喪失したものと認めるなどとして、約1000万円を損害と認めた令和4年9月15日京都地裁判決(自保ジャーナル2131号51頁)関連部分を紹介します。 ********************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,999万0005円並びにうち908万7905円に対する令和2年10月14日から支払済みまで年5分の割合による金員及びうち90万2100円に対する平成31年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求 被告は,原告に対し,3571万0014円及びこれに対する令和2年10月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は,自転車を運転中に交通事故に遭った原告が,加害車両の運転手である被告に対し,民法709条に基づき,上記第1のとおり,上記交通事故により原告に生じた人的損害及び物的損害の賠償を求めた事案である。なお,原告は,人的損害については交通事故の日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合の遅延損害金を(ただし,自賠責保険による支払について,同支払日までの遅延損害金から充当することを主張する関係で,請求の趣旨における遅延損害金の起算日は同支払日の翌日となっている。),物的損害については上記自賠責保険による支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の遅延損害金(ただし,弁護士費用部分は本件事故の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)を含めて請求している。 1 前提事実 (中略) 2 争点及び争点についての当事者の主張 (1)事故態様,過失割合(争点1) (中略) (2)後遺障害の程度の評価(逸失利益)(争点2) (原告の主張) 原告には,せき柱に中程度の変形を残す後遺障害が残存しており,これは45%の労働能力喪失が想定されるものである。原告はバスの運転手であるが,人命に大きく関わる業務であり,今後,バス運転手としての業務を行うことができなくなった場合に,他の職業に転職することは困難であること等を踏まえると,原告の労働能力喪失率は45%とされるべきである。 実際にも,原告は,長時間の姿勢が続くと痛みが出てくる,同じ姿勢が続くと,反射的に動いたときにズキッとする痛みが出るなどの症状がある。そのため,本件事故前には,40~60時間の残業をしていたが,現在は20時間以下となっている。また,勤務日数についても減少している。これらの減少は,原告に残存した後遺障害の内容・程度に鑑み,原告の勤務先会社が配慮した結果である。 被告は,原告に減収がないことを主張するが,上記のとおり勤務日数や残業時間は減少しており,現に減収している。今後の昇給,昇任,転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれもある。原告の勤務先の配慮によって一定程度減収を免れているという側面もある。これらの事情に照らせば,逸失利益が認められるべきである。 (被告の主張) 本件では,原告に逸失利益は一切認められない。仮に発生しているとしても,わずかである。 すなわち,本件事故前後で比較すると,原告の担当する業務内容・勤務体系には変更がなく,本給はむしろ増額している。原告はバスの運転手であるところ,時間外手当と休出手当が減っている点に関しては,新型コロナウイルス感染拡大に伴うバス路線の運休によるところが大きい。令和2年の給与支給額が本件事故前より少ないのは,休業による賞与減額分も原因である。原告の勤務先であるc株式会社は大企業であり,運転手という職種も考慮すると,将来的にも内部規定に基づく昇給が見込まれる。 医学的にみても,脊柱変形は脊柱の不支持という身体に重要な機能が害されない限り,労働能力とは無関係である。本件では,支持機能の低下は認められないし,骨折が神経を圧迫している所見も認められない。バス運転手としての業務もこなせている。したがって,後遺障害の程度は軽微である。 以上からすると,原告の収入は実質的には全く減少しておらず,今後減少する見込みもないといえる。また,原告の勤務先は60歳が定年であり,67歳まで労働能力喪失期間が及ぶこともない。 (3)損害(争点3) 原告の主張は,別紙損害一覧表の「請求額」及び「原告の主張」のとおりであり,被告の主張は同一覧表の「被告の主張」欄記載のとおりである。 第三 当裁判所の判断 1 争点1(事故態様,過失割合)について (中略) 2 争点2(後遺障害の程度の評価(逸失利益))について (1)認定事実(原告の治療経過等) 前記前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 脊柱変形障害の客観的な状況 原告は,本件事故により,第7,第12胸椎圧迫骨折の傷害を負った。その結果,原告の第7,第12胸椎の前方椎体高の減少が認められる。具体的には,第7,第12胸椎の前方椎体高の合計が344.5pixであるのに対し,後方椎体高の合計は497.9pixであり,後彎が生じている。なお,側弯は認められない。 イ 原告の症状 運動機能については,原告の屈曲,伸展の可動域がそれぞれ40度,30度であり、参考可動域(屈曲45度,伸展30度)とほぼ同等であることなどから,後遺障害と評価すべき運動障害は認められない。 神経症状については,b病院の医師が作成した診断書には,自覚症状として「運転の動作などによって,時々,腰背部痛」と記載されるにとどまり,神経障害の欄に記載はない。労災協力医の診断によっても,傍脊柱筋圧痛が認められるも,その他,神経学的異常所見はなく,神経障害は認められないと判断された。 なお,労災保険に関しては,「主治医診断書及び労災協力医意見書において,神経障害は認められていない。また,請求人(裁判所注:原告のこと)は自訴において「同じ姿勢が続くと,反射的に動いたときにズキッとする痛みが出る。ピリピリといった痛みではない。」と申し述べており,その程度は「ほとんど常時疼痛を残すもの」には至っていないことから,障害等級に該当しない。」と判断された。 ウ 原告の収入状況 原告の平成30年分の給与所得額は561万2977円であったが,本件事故後である令和元年分の給与所得は90万3700円,令和2年分の給与所得は441万0018円であった。 原告は,平成31年1月16日から令和2年1月19日まで休業し,その後復職したが,復職前後で原告の担当する業務内容・勤務体系に変更はない(ただし,営業所の異動に伴い,運転するバスの種類の変更や運行ルートの変更等があった。)。また,復職後,原告の本給の減少はなく,かえって6370円増額されているが,平成30年と令和2年の時間外手当,休出手当の額を比較すると,令和2年の方が少なく(1年間で約78万円の減少),給与合計額は減少している。 (2)評価 上記(1)ア及びイによれば,原告の脊柱変形障害は,「せき柱に中程度の変形を残すもの」といえ,8級相当と評価すべきものと認められる。 そのうえで,原告の労働能力喪失率を検討するに当たっては,〔1〕脊柱の運動障害は認められないこと(上記(1)イ),〔2〕神経障害は認められないこと(上記(1)イ),〔3〕原告の収入状況(上記(1)ウ)のほか,〔4〕原告が,本件事故後,異動の希望として時間外出勤や休日出勤が多いd営業所及びe営業所を希望していたこと(もっとも,実際には,令和2年3月20日付で,それらの営業所より時間外出勤や休日出勤が少ないf営業所に異動となった。),〔5〕原告は,本件事故による背中の痛みと付き合いながら仕事している状態であり,長時間の連続した運転が困難であることなどを総合的に勘案する必要がある。 そして,上記〔1〕,〔2〕,〔4〕の各事情は,それぞれ労働能力喪失の程度が比較的小さいことを推認させる。現に,原告の収入(上記〔3〕)は,本件事故前の平成30年分の給与所得と令和2年分の給与所得を比較すると,2割程度の減少にとどまる上,減少の原因は時間外手当及び休出手当の減少であり,本給部分はむしろ増額している。 また,上記の令和2年分の収入減に関しては,本件事故による休業に伴う賞与減額も一部含まれている(13万9517円)から,これを除外すると2割弱の減少となる。なお,原告の時間外手当及び休出手当の減額については,新型コロナウイルス感染拡大に伴うバス事業の縮小の影響を受けている可能性があるが,明確ではないから,原告の労働能力喪失率を評価するに当たっては,この点は考慮しない。 他方,上記〔5〕の事情は,現在の担当業務であれば大きな問題までは生じていないとはいえ,長期的にみれば原告の担当業務を一定程度制約するものといえ,昇給,昇任等に際して不利益な取扱を受けるおそれは否めない。もっとも,原告の勤務先(c株式会社)が資本金1億円の大企業であることなどからすると,不利益な取扱いを受ける可能性は,さほど高いともいえない(現に,原告は本件事故後も昇給している。)。 なお,原告の勤務先において,原告に対する特別の配慮をしているとの事情は認められない(原告の令和2年3月20日付の異動先に関しては,原告の体調面を考慮した可能性はあるが,飽くまで可能性にとどまる。)。 以上の諸事情を踏まえ,原告は,本件事故による後遺障害により,労働能力を20%喪失したものと認める。 3 争点3(損害)について 裁判所の認容額及びその理由は,別紙損害一覧表の「認容額」欄及び「理由」欄記載のとおりである。 4 結論 以上によれば,人的損害にかかる原告の附帯請求は,弁護士費用を除く906万6674円に対する自賠責保険からの2回目の支払日の翌日である令和2年10月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金及び弁護士費用90万円に対する本件事故日である平成31年1月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を認容すべきこととなる。 また,物的損害にかかる原告の附帯請求は,弁護士費用を除く2万1231円に対する本件事故日より後の日であり,原告の主張する日である令和2年10月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金及び弁護士費用2100円に対する本件事故日である平成31年1月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を認容すべきこととなる(訴状訂正申立書における自賠責保険金の支払についての充当計算は,物的損害にかかる弁護士費用が元本に組み入れられている点で不正確ではあるが,原告の意図としては,物的損害にかかる弁護士費用につき本件事故日からの遅延損害金の支払を求めているものと解されることから,物的損害にかかる附帯請求について上記のとおり判断する。)。 よって,主文のとおり判決する。 京都地方裁判所第4民事部 裁判官 山下真吾 別紙(省略) 以上:5,159文字
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