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(注)通勤災害交通事故には弁護士費用特約適用外とした地裁判決紹介

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令和 4年 4月28日(木):初稿
○「(注)通勤災害交通事故には弁護士費用特約適用外とした簡裁判決紹介」の続きで、その控訴審である令和2年9月30日東京地裁判決(自保ジャーナル2082号176頁)を紹介します。

○保険会社である被控訴人(被告)との間で弁護士費用特約が付いた自動車保険契約を締結していた控訴人(原告)が通勤中に交通事故にあったことにより弁護士に依頼して加害者を被告とする民事訴訟を提起して弁護士費用を負担したと主張し、被控訴人に対し、上記特約に基づく保険金等の支払を求めたところ、控訴人の請求が棄却されたため、控訴人が控訴及び請求を拡張しました。

○しかし、控訴審判決も、本件免責条項の定める「労働災害」とは,労災保険法7条1項各号所定の災害をいうものであり,通勤災害も含まれ、本件交通事故は,本件免責条項に定める「労働災害」に当たるとして、控訴及び拡張請求はいずれも棄却されました。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における拡張請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,69万9244円及び内金21万1144円に対する平成31年4月6日から,内金48万8100円に対する令和2年7月9日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え(控訴人は,当審において,原審における請求をこのように拡張した。)。

第2 事案の概要
 本件は,被控訴人との間で弁護士費用特約が付いた自動車保険契約を締結していた控訴人が,通勤中に交通事故に遭ったことにより弁護士に依頼して加害者を被告とする民事訴訟を提起して弁護士費用を負担したと主張して,被控訴人に対し,上記特約に基づく保険金21万1144円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成31年4月6日から支払済みまで平成29年法律第45号による改正前の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審が控訴人の請求を棄却したところ,控訴人は,これを不服として控訴するとともに,当審において,前記控訴の趣旨第2項記載のとおり,請求を拡張した。

1 前提事実等(当事者間に争いのない事実,明らかに争わない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,以下,書証を摘示する場合には,枝番を含むものは特記しない限り枝番を含むものとして表示する。)
(1)当事者
 被控訴人は,自動車保険業等を営む株式会社である。

(2)自動車保険契約
 控訴人は,平成27年1月25日,被控訴人との間で,被保険者を控訴人,保険者を被控訴人,保険期間を同年2月25日午後4時から平成28年2月25日午後4時までとする,自動車事故による損害賠償責任保険等を内容とする自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。[甲1]

 本件保険契約には,自動車事故を含む日常生活上の事故により損害を被った場合に相手方へ損害賠償請求を行うときに被控訴人の同意を得て実際に負担した損害賠償請求費用について,被保険者1名につきそれぞれ300万円を限度に損害賠償請求費用保険金を支払う旨の弁護士費用特約(以下「本件特約」という。)が定められている。[甲1、甲3及び乙1]

 また,本件保険契約に係る普通保険約款(以下「本件約款」という。)の「(41)弁護士費用特約」の第4条(3)には,以下の内容の免責条項(以下「本件免責条項」という。)が規定されている。
「当社は,次のいずれかに該当する被害を被ることによって生じた損害に対しては,弁護士費用保険金を支払いません。 
〔1〕から〔4〕まで(省略)
〔5〕労働災害により生じた身体の障害。ただし,ご契約のお車または親族等所有自動車の正規の乗車装置またはその装置のある室内に搭乗中に生じた事故による身体の障害を除きます。
〔6〕から〔11〕まで(省略)」[甲3及び乙1]

(3)本件交通事故
 控訴人は,平成27年12月22日,通勤中に,東京都世田谷区α×丁目××番先路上を歩行中,訴外Cの運転する自動車に衝突される交通事故(以下「本件交通事故」という。)に遭った。[甲2及び弁論の全趣旨]
 本件交通事故は,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)7条1項2号に規定する通勤災害に該当する。

(4)訴訟提起等
 控訴人は,本件交通事故に係る,上記Cに対する損害賠償請求について,弁護士に依頼し,平成30年12月20日,当庁に訴えを提起した(当庁同年(ワ)第39338号事件)。控訴人は,当該訴えのため,当該弁護士の着手金として10万8000円,訴え提起手数料として印紙代9万5000円,予納郵券代として8144円を負担した。[甲10,11,15,16及び弁論の全趣旨]
 当該事件が令和2年3月26日に和解の成立により終了した後,控訴人は,当該弁護士に対し,弁護士報酬等として48万8100円を支払った。[甲14ないし17]

2 争点及び当事者の主張
 本件の争点は,通勤災害である本件交通事故が本件免責条項に定める「労働災害」に当たるかである。
[被控訴人の主張]
 自動車保険において,「労働災害」によって生じた損害を免責とする趣旨は,労働災害については国の労災保険やその他労働保険による損害てん補に委ねる趣旨であるから,「労働災害」の解釈については,国の労災保険について定める法律である労災保険法が参照される。そして,労災保険法においては,業務災害だけではなく,通勤災害も労働災害として労災保険の給付事由とされていることから(7条1項),本件免責条項に定める「労働災害」には通勤災害も含まれる。したがって,通勤災害である本件交通事故は,本件免責条項に定める「労働災害」に当たる。

[控訴人の主張]
 本件免責条項に定める「労働災害」とは,労働安全衛生法2条1号の定義である「労働者の就業に係る建設物,設備,原材料,ガス,蒸気,粉じん等により,又は作業行動その他業務に起因して,労働者が負傷し,疾病にかかり,又は死亡することをいう」ものであり,通勤災害を含まない概念であるから,本件交通事故は「労働災害」には当たらない。

第3 当裁判所の判断
1 争点(通勤災害である本件交通事故が本件免責条項に定める「労働災害」に当たるか)について

(1)労働安全衛生法2条1号には,「労働災害」とは,「労働者の就業に係る建設物,設備,原材料,ガス,蒸気,粉じん等により,又は作業行動その他業務に起因して,労働者が負傷し,疾病にかかり,又は死亡することをいう。」と定義されている。また,労災保険法7条では,保険給付の種類として,「業務災害」及び「通勤災害」が規定されており,「業務災害」とは,「労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡」と定義され,「通勤災害」とは,「労働者の通勤による負傷,疾病,障害又は死亡」と定義されている。

 控訴人は,本件約款の第4章第29条が本件約款に規定のない事項については日本国の法令に準拠する旨を定めていることを根拠として,日本の法令上,「労働災害」の定義規定が設けられているのは労働安全衛生法のみであることから,他の法律を参照することは許されない旨主張するが,同条は,準拠法に関する規定であり,本件約款に規定のない事項については単に日本国の法令に基づいて解釈する旨を定めたにすぎないものと解されるから,控訴人の主張は採用することができない。

(2)そこで,上記各法の制度趣旨と,本件免責条項の関係について検討する。
 まず,労災保険法は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害,死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため,必要な保険給付を行うこと等を目的として(1条),労働者の業務上の負傷等のほか,労働者の通勤による負傷等も保険給付の対象としている(7条1項)。

 一方,労働安全衛生法は,職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な職場環境の形成を促進することを目的とし(1条),上記の目的の下,労働者の安全と健康を確保するように事業者等の責務等について規定している。

 そうすると,本件免責条項が労災保険法に基づく保険給付の対象となる同法7条1項各号所定の災害を「労働災害」として保険給付の対象外としたのであれば,同様に災害により発生した損害に係る金銭的補償を趣旨とする労災保険法による保険給付との競合を避け,制度間の調整を図る趣旨であると合理的に解することができるのに対し,労働安全衛生法の上記制度趣旨を考慮しても,同法所定の「労働災害」を本件保険契約に基づく保険給付の対象から除外すべき合理的な理由は見当たらない。

してみると,本件免責条項の定める「労働災害」とは,労災保険法7条1項各号所定の災害をいうものであり,通勤災害も含むものであると解するのが相当である。


 なお,本件免責条項の〔5〕のただし書は,本件保険契約の対象となっている自動車に搭乗中に発生した事故については,「労働災害により生じた身体の障害」であっても免責の対象にはならない旨を規定しており,仮に,本件免責条項の本文の「労働災害」に通勤災害を含まないとすると,上記のただし書の適用があるのは,労働者が自ら自動車保険契約を締結した自動車を業務に利用する場合に限られることになり,そのような規定を設ける実益は乏しいことからも,上記のとおりの解釈が相当であることが裏付けられる。

(3)これに対し,控訴人は,一般に使用されている辞書等においても,「労働災害」について,労働安全衛生法の定義と同様の解説がなされていること(甲18及び19),厚生労働省が実施する労働災害動向調査においても,「労働災害」とは通勤中の事故を除くものとされていること(甲5),一般社団法人日本損害保険協会の損害保険相談・紛争解決サポートセンター紛争解決手続審査会が,本件約款中の「労働災害」に「通勤災害」は含まれないとの見解を示したこと(甲9)から,本件免責条項の「労働災害」には「通勤災害」は含まれないと主張する。

 しかし,控訴人が指摘する辞書の記載は,労働安全衛生法の「労働災害」の定義規定をそのまま引用しているにすぎないから(甲18及び19),労働安全衛生法の定義規定と同様の内容であるのは当然である。また,厚生労働省の労働災害動向調査における労働災害は,行政による調査において定められた定義にすぎないから,これをもって直ちに保険給付の場面における解釈に当たって参考になるわけではないし,調査の対象を業務災害に限定して行っただけにすぎないと解することもできる。

一般社団法人日本損害保険協会の損害保険相談・紛争解決サポートセンター紛争解決手続審査会の見解も,最終的には,本件特約の趣旨及び解釈について,当事者間の意見及び認識の対立が大きい本件においては確定した判断をすることは困難であると述べている(甲9の4頁)。
 したがって,これらの点は上記の認定及び判断を左右するものとはいえない。

(4)また,控訴人は,保険約款は,複雑かつ大量の契約関係を一律に処理するという保険会社側の要請により作成されるもので,その内容が専門的・技術的であり,一般契約者による理解が困難なものであることから,その約款の解釈が分かれるような場合には,約款作成者に不利に解釈するべきであるとの「約款作成者不利の原則」が適用されるべきところ(甲6),被控訴人は,自ら作成した本件約款において「労働災害」の定義規定を設けず,用語の意味の明確化を怠っているから,これを通勤災害を含まないものと被控訴人の不利に解釈すべきであると主張する。

 しかし,一般人は,本件免責条項を解釈するに当たり,「労働災害」について,いわゆる労災を想定するのが通常であり,労災による給付については,労働者災害補償保険法に基づく給付のことを想定するものと考えられる。このことは,一般的な辞書において,労働者災害補償保険のことを労災ともいうと説明されていること(甲18)とも整合する。

 したがって,一般契約者にとって本件免責条項の解釈が分かれるとはいえないから,この点は上記の認定及び判断を左右するものとはいえない。


(5)よって,本件交通事故は,本件免責条項に定める「労働災害」に当たるというべきである。

2 以上のとおりであるから,本件交通事故に係る保険金請求については,本件免責条項が適用され,被控訴人は,控訴人に対して,本件保険契約の弁護士費用特約に基づく保険金を支払う責任を負わない。

 そうすると,控訴人の原審における請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がなく,これを棄却すべきであり,また,控訴人の当審における48万8100円及びこれに対する令和2年7月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の拡張請求も,理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第13部 裁判長裁判官 中村心 裁判官 作田寛之 裁判官 末廣祐輔
以上:5,385文字

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