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令和 1年 6月24日(月):初稿 |
○交通事故による傷害と心因性視力障害との因果関係を認めた判例を探していますが、なかなか見つかりません。被害者(男・症状固定時43歳・旧公団勤務)の後遺障害の等級について、左眼の障害(眼球摘出による失明)と右眼の視力低下は併せて自賠法施行令別表第2の7級1号に、左眼瞼の障害は同11級3号に、脳挫傷の残遺は同12級12号(現行の等級では12級13号)に、左頬部知覚障害は同12級12号(同)に、外貌の瘢痕は同14級11号(現行の等級では14級10号)にそれぞれ該当すると評価し、これらを併合して自賠等級併合6級に相当する後遺障害が残存したと認めた平成21年12月10日東京地裁判決(判タ1328号181頁)関連部分を紹介します。 ******************************************** 主 文 1 被告らは,原告に対し,連帯して2970万0852円及びうち1871万0280円に対する平成21年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを7分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告らは,原告に対し,連帯して1億1790万2150円及びこれに対する平成7年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,被告丙山二郎(以下「被告丙山」という。)運転の事業用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が駐停車していた車両に追突した交通事故により,被告車に同乗していた原告(昭和35年1月*日生まれ)が負傷したとして,原告が,被告丙山に対しては,民法709条に基づき,被告車の保有者であり,被告丙山の使用者である被告Y自動車株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条,民法715条及び商法590条1項に基づき,本件事故による損害賠償金及び本件事故の発生日である平成7年3月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(原告の後遺障害の内容及び程度,本件事故と右眼の視力低下との因果関係の有無,症状固定日はいつか,素因減額の可否)について (1)原告の症状・治療経過等 (中略) エ 右眼視力低下等に関する医師の診断,意見 (ア)平成13年2月19日付け北里大学病院眼科の北川三郎医師作成の身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)には,右眼の障害名として心因性視力障害と記載されており,平成8年8月頃より右眼の視力低下が出現し,この頃より視力の上下動が出てきたこと,平成9年8月ころより平成13年2月まで0.02から0.09までの間を上下するようになってきたこと,ゴールドマン視野計にて求心性視野狭窄がみられ,螺旋状視野にもなる,視覚誘発電位,網膜電図は正常で,眼底中間透光体に視力低下を示す所見はみられず,脳MRIにも異常はなかった旨記載されている。(乙8〈277頁〉) (イ)北里大学病院眼科の南野四郎医師は,平成15年8月27日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書において,右眼について,前眼部,中間透光体,眼底に特記すべき所見なく,右眼に関しては明らかな器質的病変のない視力低下を事故後平成8年9月より現在まで呈している旨記載している。(甲6の2) また,同医師は,平成16年11月17日付け回答書に,右眼の障害の出現機序について,交通事故時の外傷によるものも考えられるが,機序は不明である,左眼摘出との関連については,関連はないと思う,右眼の調節機能残存について,近点距離は16センチメートル,遠点距離は24センチメートル,調節力(ジオプトリ)は2.51Dである旨記載している。(甲7の2) さらに,同医師は,「甲野太郎様の右眼視力低下に関する考察」と題する書面に,原告の右眼視力低下について,平成7年5月8日の時点で,矯正視力は1.0で眼球自体に異常は認めなかったこと,平成8年9月18日に矯正視力0.3,平成9年8月22日には矯正視力0.05まで低下していること,右眼視力低下の原因として明らかな器質的病変は認めていないが,心因性も含め事故との関連は全くないとはいえない旨記載している。(甲7の3) (ウ)被告ら側提出の平成19年11月16日付け関東労災病院眼科の東山五郎医師作成の意見書は,〔1〕右眼の器質性病変は認められないこと,〔2〕原告の症状について再現性の低い求心性狭窄,螺旋状視野がみられる,これらは心因性視力障害の特徴であること等から,原告の右眼の視力低下は心因性のものと結論することができること,〔3〕診療録によれば,本件では,事故直後に認められた右眼の網膜震盪症及び眼球運動障害は治癒し,平成7年3月28日から平成8年3月8日の間,視力は正常に復していたと確認でき,診療において右眼の視力低下の訴えが始まったことが確認されるのは同年8月2日で,この時の矯正視力は0.9であるが,その後視力が変動しながら低下している経過を指摘し,通常は事故後時間が経過して発生した心因性障害は,事故との直接の因果関係を認めることが困難であるとしたうえで、本件では,外傷性くも膜下出血,頭蓋底骨折等かなりの頭部外傷を伴っていたことを考えると,この時に発生した潜在的な脳障害が,事故後1年以上経過してから発症した右眼の心因性視力障害の素因となったとする関連性は積極的に肯定することは不可能であるが,否定することもできないこと,〔4〕仮に,前記〔3〕について肯定するとしても右眼の視力低下は局部にがん固な神経症状を残すものとして12級12号に相当するものと判断されること,〔5〕事故による頭頸部の障害から発生する頭頸部外傷症候群の場合,事故後3週間から3か月後に発生する,これは主に脳幹部の障害により発生する調節障害,輻輳障害を主体とするものであり,高度の視力低下とは関連しないことを指摘している。(乙1) (2)右眼の視力低下について そこで,原告に,本件事故により,右眼の視力が低下する後遺障害が残存したかについて検討する。 ア 前記(1)ウのとおり,原告の右眼は,本件事故直後の検査では特段視力に問題はなく,平成7年4月23日に北里大学病院を退院して以降平成8年8月2日までに行われた視力検査でも矯正視力で0.9から1.2までの間を推移しており,特段異常は指摘されていなかったところ,本件事故から約1年半後の平成8年9月18日の受診時に原告から右眼が見えづらいという訴えがされ,その際の視力検査は矯正視力0.3であり,1か月程度の間に視力が急激に悪化したことが認められる。その後平成9年7月16日の受診時までは矯正視力0.4から0.9までの間で推移していたが,同年8月22日の受診時に,矯正視力の測定値は0.05となり,この時期にさらに悪化し,その後は0.02から0.08までの間で変動しながら推移している。 北里大学病院では,右眼視力低下の原因について探知すべく,右眼の前眼部,中間透光体及び眼底部の検査や視覚誘発電位,網膜電位や脳MRIの検査を施行しているが,器質的病変は発見されなかった。(前記(1)ウ(イ)(エ)(キ),エ(ア)(イ)) このように原告の右眼について器質的病変はみられず,他方で心因性視力障害の特徴とされる求心性視野狭窄や螺旋状視野の所見がみられていること(前記(1)ウ(ウ)(エ),エ(ア)(ウ)),北里大学病院でも心因性であるとの診断のもとにカウンセリングを行っており(前記(1)ウ(カ)),原告の右眼の視力は前記(1)ウのとおり,急激に下がることがあるものの,時には,前の値よりも上がることもあるなど変動し,検査でもその旨指摘されていることに照らすと,原告の右眼については,心因性による視力低下を認めるのが相当である。 もっとも,原告の右眼の矯正視力は,平成8年12月3日の診断時には,0.4であったが,平成9年2月10日には0.9,同年3月17日には0.5と測定されるなど,その測定値には変動がみられること,平成13年4月と5月に北里大学病院において行われた心理カウンセリングにおいて,原告が,運転免許の更新はできており,日常生活では小さい文字も読めていると話しており,その際の右眼の視力測定では,近方視力では0.4から0.5まで確認できたが,遠方視力が0.08であったことなどに照らすと,原告の右眼の矯正視力が常時0.1を下回る状態にあると認めるには疑問がある。したがって,原告の右眼視力の低下は,0.6以下になった限度で認めるのが相当である。 イ これに対し,原告は,本件事故により,原告に高次脳機能障害が残存し,そのために右眼の視力が低下した可能性を指摘する。確かに,前記のとおり,本件事故により脳挫傷の負傷を負って昏睡状態になり,その後の入院期間中も一定の見当識障害があったことは認められるものの,退院後の平成7年7月2日の神経学的所見では問題なしとされ,同年8月10日の心理検査でも問題ないとされていること(乙8〈8頁〉),平成15年10月9日に本人が診断書のことで来院した際の診療録にも脳神経外科的には平成7年9月25日治癒とされており(乙8〈9頁〉),平成16年6月30日の受診時にも,脳神経学的後遺症は少なくとも大きなものはないとの診断を受けており,高次脳機能障害について否定的な記載がされていること(乙8〈9頁〉),平成17年9月28日付け北里大学病院の西村六郎医師作成の「脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書」には,高次脳機能障害の欄の意思疎通能力,問題解決能力,持続力・持久力,社会行動能力の全ての欄について特に問題ないと記載されていること(乙8〈11頁〉)に照らすと,本件事故により,原告に高次脳機能障害が残存したとか,そのために,有意な性格変化や視力低下があったと認めることはできない。 ウ 以上のとおり,原告は右眼の視力が0.6以下に低下したが,これは本件事故による器質的な病変によるものではないし,本件事故を原因とする高次脳機能障害が残存したために出現しているものでもなく,心因性によるものにすぎない。しかし,右眼の視力低下は本件事故の発生及び本件事故による傷害を契機として出現していることは明白である上,本件事故は停止していた自動車に時速約70キロメートルで追突したという激しいものであったこと,原告は本件事故による極めて重篤かつ多数の傷害を負ったこと,特に左眼を摘出して失明するという深刻な傷害を負い,義眼を挿入しているが,流涙等の症状が継続していること,本件事故による傷害の治療のために長期にわたる治療が続き,特に度重なる入院,手術を受けたこと,本件事故後仕事に復帰するまでに約1年半を要したこと等の事情に照らすと,原告は,本件事故の発生及び本件事故を原因とする傷害によって甚だしい衝撃,苦痛を受け,かつその苦痛が継続していることは明らかであり,本件事故と右眼視力低下との間に相当因果関係を認めるのが相当である。 エ ただし,上記のとおり,本件事故と原告の右眼視力低下との間に因果関係を認めるとしても,原告が右眼の視力の異常を訴えたのが,事故から1年以上を経過した平成8年9月18日の診断時であり,原告が職場に復帰した時期と重なっていることや(甲20),上記北里大学病院における心理カウンセリングでも,職場でのストレスが眼に影響しているとの指摘がされていることに加え,同大学病院での入院治療中の診療録や看護記録には,原告が執拗に元に戻して欲しいと訴えたり,被害妄想的な発言が目立つ旨の指摘や,訴えが細かいなど原告の神経質な性格について指摘されている(乙6〈16,53,54,65,69頁〉乙7〈36,37頁〉)ことに照らすと,原告の右眼視力の低下には,職場におけるストレスや本人の性格などの本件事故以外の要因も寄与していると推認される。 (中略) (5)後遺障害の等級について 上記(4)の各後遺障害について,自賠責保険の後遺障害等を検討すると,左眼の障害(眼球摘出による失明)と右眼の視力低下は併せて自賠法施行令別表第2の7級1号に,左眼瞼の傷害は同11級3号に,脳挫傷の残遺は同12級12号(現行の等級では12級13号)に,左頬部知覚障害は同12級12号(同)に,外貌の瘢痕は同14級11号(現行の等級では14級10号)にそれぞれ該当すると評価するのが相当であり,これらを併合すると,自賠等級併合6級に相当する後遺障害が残存したと評価することができる。右側顎関節部の咬合時開口時の雑音は自賠法施行令別表第2の各等級に相当するに足りる後遺障害と評価することはできない。 これに対し,原告は,後遺障害が多数あるので併合等級は2級繰り上げるべきであると主張する。しかし,自賠責保険における等級認定では,13級以上に該当する後遺障害が2つ以上あるときは重い方の等級を1級繰り上げ,8級以上に該当する後遺障害2つ以上あるときは重い方の等級を2級繰り上げることとされているから,原告の主張を採用することはできない。なお,上記取扱いは,8級以上の後遺障害と9級以下の後遺障害の差違を考慮すると,不合理とはいえないし,また,後遺障害等級は逸失利益や慰謝料を判断する場合の考慮要素にすぎないから,後遺障害が多数存在することは,損害額を判断する際に考慮すれば足りるというべきである。 (中略) イ そこで,まず60歳の定年を迎えるまでの逸失利益については,前記のとおり,現在までのところ現実の減収はなく,定年までの間将来的にも減収があると認めるのは困難であることを前提とし,他方,左眼の失明を始め多数の後遺障害が残存し,そのために原告が仕事を続けるに当たり特別の努力をしていることを考慮したうえで,前記認定のとおり原告の右眼視力の低下は心因性によるもので,本件事故以外の要因も寄与していることも併せ考慮すると,原告の基礎収入は,症状固定時の前年である平成14年の収入である1033万6634円とし,労働能力喪失率は25パーセントとするのが相当である。 (後略) 以上:5,937文字
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