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低髄液圧症候群との因果関係を認めた平成26年12月6日さいたま地裁判決紹介1

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平成28年 5月11日(水):初稿
○赤信号で停車中の原告運転車両に,後方から被告運転車両が追突した交通事故で,原告が後遺障害をともなう傷害を負ったことから,被告に対し,民法709条・自賠法3条に基づき,被告保険会社(被告との保険契約締結者)に対し,保険約款に基づき,各損害賠償を求めた事案で,本件事故は,被告の前方不注視によるもので,被告らは損害賠償責任を負うとした上で,原告の症状は低髄液圧症候群によるものと認定し,同症状は本件事故の外傷により,髄液漏れが生じた等として,原告の相当損害額に3割の素因減額をし,損害の填補額を控除した残損害額につき,その支払いを被告ら(保険会社は,判決確定を条件として)に命じた平成26年12月4日さいたま地方裁判所判決(平成23年(ワ)第2613号、LLI/DB 判例秘書登載)全文を6回に分けて紹介します。



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主   文
1 被告□□□□は,原告に対し,2854万6249円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告□□□□□□□□□□株式会社は,原告の被告□□□□に対する判決が確定したときは,原告に対し,2854万6249円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨

1 被告□□□□は,原告に対し,1億0460万6392円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告□□□□□□□□□□株式会社は,被告□□□□の原告に対する判決が確定したときは,原告に対し,1億0460万6392円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告運転の車両が停止中に,被告運転の車両に追突された交通事故により,原告が被った損害につき,被告□□□□(以下「被告□□」という。)に対し,民法709条及び自動車損害賠償保障法3条に基づき損害賠償を請求し,併せて被告□□□□が任意保険契約を締結していた被告□□□□□□□□□□株式会社(以下「被告会社」という。)に対し,同保険契約約款に基づき直接請求した事案である。本件では,主に,原告が交通事故により低髄液圧症候群を発症したか否かが争いとなった。

1 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 交通事故の発生

 下記の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成20年7月8日午前8時頃
イ 場所 □□□□□□□□□□□□□□□□□□
ウ 被害車両(以下「原告車両」という。)
  原告運転の普通乗用自動車(□□□□□□□□□□)
エ 加害車両(以下「被告車両」という。)
  被告□□運転の普通乗用自動車(□□□□□□□□□□)
オ 態様 原告車両が信号待ちで停止していたところ,後方から被告車両が追突した。

(2) 被告□□は,被告車両の保有者であった。

(3) 被告会社は,被告車両が加入していた任意の自動車損害賠償保険の保険会社である(被告会社は原告の直接請求を争わない。)。

2 低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)に関する医学的所見
(1) 低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)

 低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)は,脳脊髄液の漏出により,頭痛,めまい,悪心,嘔吐,聴力障害等を引き起こす疾患であり(甲98),脳脊髄腔を満たす脳脊髄液が,脊髄のどこかから漏出すること(髄液漏)により減少し,圧が低下するために生じる一連の病態をいう。低髄液圧症候群の本質は,脊髄腔から髄液が漏出することであり,この漏出によって生じる一連の病態である。脳脊髄腔には,脳と脊髄及びそれらを取り囲む脳脊髄液が存在し,脊髄位のどこかから脳脊髄液が漏出すると,頭蓋内の圧が下降し,又は脳組織が下方に変位し,頭痛などの症状を訴えるのが低髄液圧症候群の本質である。低髄液圧症候群と脳脊髄液減少症とはほぼ同義である。

 症状としては,髄液が漏出している状態で外から起立位に移行すると,髄液の漏出量が増加し,それによって髄液が頭蓋内から脊髄の漏出部位に下方移動するのに伴い,脳及び頭蓋内の痛覚の感受組織が下方に牽引されることにより発生・増悪する頭痛(起立性頭痛)が特徴である。また,治療方法としては,硬膜外に自家血を注入する硬膜外自家血注入法(硬膜外ブラッドパッチ,Epidual Blood Patch,EBP。以下「ブラッドパッチ治療」という。)が効果的とされている。(乙1)

(2) 低髄液圧症候群の診断基準
(ア) 国際頭痛学会・頭痛分類委員会の国際頭痛分類第2版(ICHD-Ⅱ)(甲88の資料①,乙2・文献-1)
 別紙診断基準①のとおり,「7.2低髄液圧による頭痛」の診断基準が定められている。なお,平成25年7月に改訂版(第3版)が出され修正がされた。

(イ) 平成23年4月の「脳脊髄液減少症の診断・治療の確立に関する研究 平成22年度 総括研究報告書」(甲98,乙2・文献-2)において,「脳脊髄液漏出症および低髄液圧症の画像判定基準と解釈(案)」及び「脳脊髄液漏出症および低髄液圧症の画像診断基準(案)」が示され,平成23年10月14日「脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する研究班」による「脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準」(以下「厚労省の診断基準」という。)が公表され,その「脳脊髄液漏出症状の画像判定基準と解釈」及び「脳脊髄液漏出症」は別紙診断基準②のとおりである。なお,同研究報告で,外傷を契機として発症することはまれではないとされた。

(ウ) 日本脳神経外傷学会の診断基準
   別紙診断基準③のとおり

(エ) 脳脊髄液減少症研究会のガイドライン2007
   別紙診断基準④のとおり

(オ) 医学的な確定診断の基準については論争があるが,当裁判所は,交通事故後に,起立性頭痛及び画像診断による髄液漏れが判定され(RI穿刺の際の針孔からの漏出を除く。),ブラッドパッチ治療が著しい効果を示した場合には,後遺障害の認定として低髄液圧症候群を認定すべきものと考える。

3 争点
(1) 原告が本件事故により脳脊髄液減少症を発症したか。
(2) 症状固定の時期はいつか。
(3) 損害の額


4 原告の主張
(1) 被告□□の注意義務違反及び責任
 被告□□は,車両を運転するに当たり,進路前方の交通状況に注意しつつ進行すべき自動車運転上の注意義務が存在する。しかしながら,被告□□は,前方を注意しないまま,漫然と被告車両を進行させた過失により,交通規則を遵守して赤信号で停車中の,何ら落ち度のない原告車両後部に被告車両前部を衝突させた。被告□□は上記注意義務に明らかに違反しており,本件事故は被告□□の100%の重大な過失で発生した。

 被告□□は,上記過失により本件事故を起こし,また加害車両の保有者であり,被告車両を自己の運行の用に供していた者であるので,民法709条及び自動車損害賠償保障法3条により,原告に生じた損害の賠償責任を負う。

(2) 被告会社の保険金支払義務
 被告会社は,被告□□の加入していた任意保険会社であり,原告に対して,保険契約に基づく保険金支払義務(損害賠償義務)を負う。

(3) 原告は,本件事故により低髄液圧症候群を発症した。
ア 原告は,本件事故により,頸髄不全損傷,外傷性頸部症候群,脳脊髄液減少症に罹患した(甲81等)。原告は,平成20年7月8日の本件事故直後から,立っていられないほどの激しい頭痛(起立性頭痛),頸部痛,めまい,吐き気,耳鳴り,倦怠感,視機能障害等に悩まされるようになった。

イ 原告は,低髄液圧症候群の診断基準ある国際頭痛分類第2版,厚労省の診断基準,日本神経外傷学会の診断基準,脳脊髄液減少症研究会のガイドライン2007のいずれも満たしている。

(4) 治療状況及び症状固定
ア 原告は,平成20年7月9日に□□□□クリニックを受診し,その後,□□□クリニックで通院治療,□□病院で入院及び通院治療,耳鼻咽喉科□□クリニックで通院治療,□□□□眼科で通院治療,□□皮膚科クリニックで通院治療を受け,□□鍼灸接骨院及び□□□(マッサージ)に通院した。

イ 原告は,平成21年2月12日に,山王病院のA医師の診察を受け,同年3月から,平成26年3月まで,ブラッドパッチ治療,アートセレブ(人工髄液注入)治療及びフェブリン糊パッチ治療をうけた。

ウ 原告は,平成26年3月末に症状固定となった。

(5) 損害
ア 治療費(文書料含む。) 226万6750円
(ア) 平成23年5月分まで
  別表1Aの治療費欄記載のとおり,合計126万0780円
(イ) 平成23年6月から平成25年7月まで
  別表1B及び同2Bの「治療費・入院費」欄記載のとおり,山王病院の治療費入院費及び文書料 合計74万5610円
(ウ) 平成25年8月から平成26年4月末まで
  別表1C,同2Cの「治療費・入院費」欄及び同4Cの「治療費・文書費」欄記載のとおり,合計26万0360円

イ 付添看護費 124万8600円
(ア) 平成23年5月まで
  別表2A記載のとおり,原告の両親又は母単独で付添看護を行い,その合計額67万6600円
(イ) 平成23年6月から平成25年7月まで
  山王病院及び□□□□クリニックへの通院(合計42日)は母親が,山王病院への入院時(合計12日)は両親が付き添ったから,1日あたり6500円として合計42万9000円
(ウ) 平成25年8月以後,14日間の通院について原告の母が付き添い,4日間の山王病院への入院時には両親が付き添った分14万3000円

ウ 入院雑費 16万5000円
(ア) 平成23年5月まで 14万1000円
 □□病院77日,山王病院17日,合計94日 1日1500円
(イ) 平成23年6月から平成25年7月まで,12日分 1万8000円
(ウ) 平成25年8月以後,4日分 6000円

エ 原告本人の交通費
(ア) 平成23年5月まで
  別表1A交通費欄記載のとおり 49万7374円
(イ) 平成23年6月から平成25年7月まで
  別表1B,同2Bの「交通費(原告本人)」欄,同3Bの「交通費(原告本人)」欄及び同4Bの「本人欄」記載のとおり48万9430円
(ウ) 平成25年8月から平成26年4月まで
  別表1C,同2Cの「交通費(原告本人)」欄,同3Cの「交通費(原告本人)」欄,同4Cの「交通費(原告本人)」欄及び同5Cの「本人欄」記載のとおり 合計13万9430円

オ 原告本人の宿泊費
(ア) 平成23年2月の山王病院入院前後のホテル宿泊費1万3610円
(イ) 別表1B記載のとおり,山王病院近くの宿泊代2万2140円

カ 付添人交通費
(ア) 平成23年5月まで
 別表2A記載のとおり合計40万2193円
(イ) 平成23年6月から平成25年7月まで
 別表1B,同2Bの「交通費(付添人)」,同3Bの「交通費(付添人)」及び同4B「付添人人」欄記載のとおり合計24万8160円
(ウ) 平成25年8月から平成26年4月まで
 別表1C,同2Cの「交通費(付添人)」欄,同3Cの「交通費(付添人)」欄及び同5C「付添人人」欄記載のとおり合計6万4936円

キ 家屋改造費 合計56万4850円
(ア) 遮光カーテン 原告の光過敏を緩和するため 11万6500円
(イ) 二重サッシ 聴力過敏を緩和するため    44万8350円

ク 器具装具費その他の費用  152万2000円
(ア) 別表3A記載のとおり 48万5655円
(イ) 別表5B記載のとおり 93万8245円
(ウ) 別表6C記載のとおり  9万8100円

ケ 移動交通費 13万2550円
 平成23年5月まで タクシー使用による13万2550円

コ 休業損害 1865万3224円(平成26年3月末に症状固定)
(ア) 平成25年7月分まで 1465万9101円
 本件事故後就労することができず1年あたり103万0054円のMR手当を受けられなくなった。その後,原告は,平成23年9月1日付けで□□□□を解雇された。原告の平成22年度の源泉徴収票における支払金額は496万1130円であった(MR手当は含まれていない。)。
① 本件事故から平成23年8月末まで37か月分のMR手当
  317万5999円
② 平成23年9月から平成25年7月まで23か月分の収入
  1148万3102円(496万1130円+MR手当103万0054円を年収として計算)
(イ) 平成25年8月から平成26年3月末まで(8か月間)
  399万4123円(年収分とMR手当分)

サ 入通院慰謝料 373万円
 入院期間4か月,通院期間68か月 373万円

シ 後遺症逸失利益 5493万6473円
 後遺症の等級は7級を下らない(甲113の2)
(ア) 基礎収入 599万1184円
 年収496万1130円+MRの年間手当103万0054円
(イ) 労働能力喪失率 56%
(ウ) ライプニッツ(期間35年) 16.3742
 (計算式)(ア)×(イ)×(ウ)=5493万6473円

ス 後遺症慰謝料 1000万円

セ 弁護士費用 950万9672円

(6) 被告主張の既払金について
ア 既払額明細書(乙6)は,被告会社が医療機関に直接支払った明細であり,原告は本件訴訟でこれを請求していないから,賠償額から差し引くことは許されない。

イ 労災からの支払い(乙7)のうち,療養給付診療費,療養給付薬剤費及び「療養の費用はり・きゅう」については,医療機関等支払われており,原告は本件訴訟でこれを請求していないから,休業特別支給金とともに,賠償額から差し引くことは許されない。


以上:5,763文字

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