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平成28年 3月25日(金):初稿 |
○賠償義務者が被保険者に対して別件交通事故訴訟における判決で認定された弁護士費用を支払った場合の弁護士費用額と被告保険会社が既に支払った自動車保険契約の弁護士費用等担保特約に基づく保険金との合計額が、委任契約により被保険者が弁護士に支払った費用全額を超過する場合には、被告には上記特約に基づく保険金の支払義務はないとした平成25年8月26日東京地裁判決(金融・商事判例1426号54頁)全文を2回に分けて紹介します。 ○事案の概要は、被告甲損保と本件自動車保険契約を締結しているXは、別件の交通事故訴訟において支払われた弁護士費用は、本件契約の弁護士費用等担保特約における弁護士費用とは別のものであるとして、甲損保に対し、同特約に基づき保険金271万6000円を求めて訴えを提起したものです。平成25年8月26日東京地裁判決は、「賠償義務者が被保険者に対して判決で認定された弁護士費用を支払った場合の弁護士費用の額と甲損保が既に支払った保険金の合計額が、被保険者が委任契約により弁護士に対して支払った費用の全額を超過する場合」は、甲損保には「本件特約に基づく保険金の支払義務がない」と認定しました。 ○X側は到底納得できず、控訴・上告しましたが、結局、平成25年8月26日東京地裁判決が維持されました。被害者側弁護士としては、誠に残念な結果です。 ******************************************** 主 文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告X1(以下「原告X1」という。)に対し,135万8000円及びこれに対する平成25年4月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告X2(以下「原告X2」という。)に対し,135万8000円及びこれに対する平成25年4月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,被告と自動車保険契約を締結していた者の相続人である原告らが,別件交通事故訴訟において認められて支払われた弁護士費用は,保険契約における弁護士費用等担保特約における弁護士費用とは別のものであると主張して,同特約に基づき,保険会社である被告に対し,原告らに対する保険金各135万8000円及びこれらに対する平成25年4月27日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。 第3 前提となる事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,各事実の末尾記載の証拠により認められる。) 1 保険契約 B(以下「B」という。)は,平成20年3月15日,被告との間で,次のとおり自動車保険の保険契約を締結した。(概ね争いがなく,詳細は甲7) (1) 被保険自動車 二輪自動車(登録番号:室蘭み○○○○)(以下「被保険車両」という。) (2) 被保険者・保険契約者 B (3) 保険期間 同月16日午後4時から平成21年3月16日午後4時まで (4) 特約 弁護士費用等担保 被保険者1名につき300万円限度(以下「本件特約」という。) (5) 約款 本件特約の約款(以下「約款」という。)の抜粋は,別紙のとおりである。 2 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)(争いがない) (1) 日時 平成20年7月26日午後5時55分頃 (2) 場所 東京都八王子市七国4丁目40番地 (3) 態様 C(以下「C」という。)が,運転する普通乗用自動車(八王子○○○ま○○○○)を道路左端にいったん停止させた後,発進して転回させた際,折から同車両の右後方から直進進行してきたB運転の被保険車両が衝突した。 3 相続の発生 Bは,本件事故により死亡し,Bの父母である原告らが各2分の1の相続分割合により相続した。(甲5,弁論の全趣旨) 4 訴訟提起 (1) 原告らは,平成24年4月25日,弁護士D(以下「D」という。)と訴訟委任契約をした(以下「本件委任契約」という。)。(甲3,4,弁論の全趣旨) (2) 原告らは,平成24年5月29日頃,Dを訴訟代理人,Cを被告として,本件事故による損害賠償を請求する訴えを提起した(東京地方裁判所立川支部平成24年(ワ)第1298号損害賠償請求事件。以下「別件訴訟」という。)。別件訴訟の訴え提起手数料は28万4000円であり,被告は,原告らに対し,同額の保険金を支払った。(甲4,保険金の支払は争いがない) (3) 別件訴訟の判決が平成25年2月18日に次の内容で言い渡された。同判決は,同年3月5日に確定した。(甲5,弁論の全趣旨) ア 主文1項と2項は,別件訴訟の被告であるCは,原告X1に対し,2999万4307円及びこれに対する平成20年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員,原告X2に対し,2830万8993円及びこれに対する平成20年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払えとするものであった。 イ 主文4項は,訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの負担とし,その余を別件訴訟の被告であるCの負担とするものであった。 ウ 上記アの認容金額の内訳は,次のとおりであった。 (ア) 原告X1分 a Bの損害金の2分の1と固有の損害金の合計2727万4307円 b 弁護士費用272万円 (イ) 原告X2分 a Bの損害金の2分の1と固有の損害金の合計2573万8993円 b 弁護士費用257万円 5 損害賠償金等の支払 Cと保険契約を締結していた日新火災海上保険株式会社は,平成25年3月14日,原告らに対し,別件訴訟の判決に従って次のとおりの支払をした。(甲8,9) (1) 原告X1分 ア 主文において認容された金額2999万4307円 イ 遅延損害金695万4429円 ウ 訴訟費用18万9333円 (2) 原告X2分 ア 主文において認容された金額2830万8993円 イ 遅延損害金656万3674円 第4 争点及び争点に関する当事者の主張 1 争点 原告らの被告に対する本件特約に基づく保険金請求権の有無 2 原告らの主張 (1) 本件特約に基づく被告の保険金の支払義務の有無・金額について ア 約款1条①②は,保険者は,被保険者が費用を負担したことによって被る損害について保険金を支払う,費用とは弁護士に対して支出した弁護士報酬,訴訟費用と規定していることから,費用とは,委任契約に基づき弁護士に支払うべき弁護士報酬,訴訟費用であり,その債務負担が損害である。本件特約に基づく保険金支払の対象は,被保険者と弁護士との委任契約に基づく弁護士報酬等であり,損害賠償の一項目である弁護士費用としての支払をこれに充当することはできず,損害賠償訴訟において判決で弁護士費用が認容されても,被保険者の保険金請求権の有無・金額は左右されない。 イ 本件委任契約では,加害者側の示談案と判決の主文で認容された額(遅延損害金も含む。)との差額を経済的利益として算定し,弁護士報酬の基礎とすることにしていたので,これに基づいて別件訴訟の弁護士報酬を計算すると,327万円となり,原告らは,着手金10万円が既払いであったため,Dに対し,報酬金として317万円の支払義務がある。したがって,被告は,原告らに対し,本件特約に基づき,本件特約の限度額300万円から既払いの28万4000円を控除した271万6000円(各原告につき135万8000円ずつ)の支払義務がある。 (2) 弁護士費用と弁護士報酬の同一性の有無について 判決で認められる弁護士費用は,被害者に生じた損害額等を参考に算定され,治療費,慰謝料,休業損害,逸失利益と同様,加害者が被害者に対して賠償すべき項目の一つであり,弁護士報酬は,被保険者と弁護士の契約により内容が定まるものであり,両者は,異なる法律関係に基づく異なる性質を持ち,金額も異なるので,判決で認容された弁護士費用を弁護士報酬に充当するという解釈は妥当ではない。 (3) 被保険者の期待に反することについて 被保険者は,本件特約を締結した以上,まず保険金の給付を受け,限度額を超えた場合にのみ,自己負担となってもやむを得ないと考えるのが常識的な理解であるから,判決で認容された弁護士費用を弁護士報酬に充当することは,被保険者の期待に反する。被告のパンフレット(甲15)では,「もらい事故でも安心です」と記載され,上記のように理解されてもやむを得ない書き方をしている。 (4) 裁判上の和解が成立した場合との不均衡について 判決で認容された弁護士費用を弁護士報酬に充当すると,裁判上の和解の場合は,約款12条の「判決で認定された弁護士費用の額」は存在しないので,本件特約から弁護士報酬が保険金として支払われるのに,判決の場合は支払われないので均衡を失する。控訴審で裁判上の和解が成立した場合は,1審判決時は支払われない保険金が,控訴審では,1審判決と同内容の和解であっても支払われることになるが,このような解釈は妥当ではない。 (5) 被保険者の立場の不安定性について 判決で認容された弁護士費用を前提に,本件特約に基づく保険金の支払の可否・金額を決するとなると,被保険者は,判決が確定するまで弁護士費用及び弁護士報酬を予測することができず,被保険者の立場を不安定にするので妥当ではない。 (6) 利得禁止の原則について 損害賠償訴訟の判決で認められる弁護士費用は,損害額の1割程度が基準なので,少額の物損事案では,弁護士費用は極めてわずかな額となり,損害賠償の一項目として認められる弁護士費用が本件特約に基づく保険金の支払対象であると考えた場合,本件特約の存在意義が失われてしまう。代位に関する約款の規定は,訴訟費用についてのみに限定適用されるべきであり,被保険者が,損害賠償請求権と保険金請求権の双方を行使することは,経済的には共通の利得であっても,法律的には異なる利得となるので,その双方を取得することも許容されるべきであって,利得禁止の原則に抵触しないと解するべきである。 3 被告の主張 (1) 本件特約に基づく被告の保険金の支払義務の有無・金額について ア 本件特約により保険金の支払対象となるてん補すべき損害とは,約款1条①のとおり,費用を負担したことによって被る損害であり,約款1条②では,費用とは,弁護士,裁判所に対して支出した弁護士報酬,訴訟費用と規定されている。 イ 別件訴訟では,原告らは,訴訟費用として訴え提起手数料28万4000円及びDに対する弁護士費用(弁護士報酬)327万円の合計355万4000円の支払義務を負担したとのことであり,別件訴訟の確定判決により,訴訟費用18万9333円,弁護士費用529万円の合計547万9333円の支払を受けたと自認している。そうすると,原告らは,訴訟費用及び弁護士費用(弁護士報酬)について,賠償義務者から,原告らが負担した額を超える金額を既に支払われているので,本件特約による保険金の支払によりてん補すべき損害はない。 (2) 弁護士費用と弁護士報酬の同一性について 原告らは,弁護士費用と弁護士報酬は,その額,性格が異なる別のものであると主張するが,裁判所が判決で認定する弁護士費用と依頼者・弁護士間で合意する弁護士報酬は,いずれも民事紛争の解決を弁護士に依頼したときの費用ないし報酬である点で同一の性質のものである。 (3) 被保険者の期待に反することについて 原告らは,被保険者が本件特約を締結した以上,まず保険金の給付を受け,限度額を超えた場合のみ,自己負担となってもやむを得ないと考えるのが常識的であると主張するが,原告らは,本件委任契約に基づく弁護士報酬327万円を超える弁護士費用529万円を賠償義務者から既に受領しているので,そもそも自己負担の必要がなく,主張自体が失当である。また,本件特約は,損害のてん補を目的とする損害保険契約であって,あらかじめ合意された一定の金額が支払われる定額保険ではないので,弁護士に依頼さえすれば,現実の負担に関係なく支払を受けられるというものではない。原告らは,被告のパンフレット(甲15)が,上記のように理解されてもやむを得ない書き方をしていると主張するが,同パンフレットにおいても,「負担した」費用について保険金を支払うと明示し,約款1条と同内容を明示し,実際に負担した費用をてん補するものであることを明らかにしている。 (4) 裁判上の和解が成立した場合との不均衡について 原告らは,判決で認定された弁護士費用と弁護士報酬が同意義に解されると,裁判上の和解が成立した場合は約款12条の適用はなく,判決の場合と比べて均衡を失すると主張する。しかし,被告は,原告らが賠償義務者から弁護士費用の賠償を受け,約款1条のてん補すべき損害が存在しないことを理由に支払を拒否しているものであって,和解の場合との不均衡は関連のない主張であって,主張自体が失当である。 (5) 被保険者の立場の不安定性について 原告らは,本件特約に基づく保険金の支払の可否・金額が判決確定まで不明であるとすると,被保険者の立場を不安定にすると主張するが,本件特約による保険金の支払は,被保険者が支払った弁護士費用につき,賠償義務者からのてん補が受けられず,損害が発生した場合にてん補する損害保険であることから,最終的なてん補の有無が,判決の認定及びその後の支払の結果により確定することは,論理必然であって,被保険者の立場を不安定にするものではない。 (6) 利得禁止原則について ア 約款1条の規定からすれば,本件特約は,保険者である被告が,被保険者である原告らに対し,一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約する損害保険契約であって,あらかじめ合意された一定の金額が支払われる定額保険とは異なる。 イ 保険事故による損害が第三者の行為によって生じた場合,一つの損害につき,被保険者は,第三者に対する損害賠償請求権と損害保険契約に基づく保険者に対する損害てん補請求権の2つの権利を取得するが,被保険者が双方の請求権を行使することを避けるため,約款11条では,保険者が保険金を支払って損害をてん補した場合は,被保険者の保険事故を惹起した第三者に対する損害賠償請求権につき当然に代位するものと規定されている。 ウ 約款12条は,被保険者が,損害賠償義務者から賠償義務の履行として損害てん補を受けた場合,既に支払われた保険金の限度でこれを返還することとしている。 エ 以上からすれば,損害保険契約の目的は,被保険者の損害てん補であり,被保険者が損害額を超える支払を受けることは避けなければならない(利得禁止原則)。 以上:6,051文字
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