平成28年 1月22日(金):初稿 |
○「柔道整復師施術過誤についての損害賠償請求が否定された東京地裁判例紹介1」の続きです。 **************************************** (3) 損害(争点3) (原告の主張) ア 治療費・交通費等 5万7165円 イ 休業損害 482万9207円 原告の前職退職の日の翌日である平成20年8月1日から症状固定日である平成21年10月10日までの1年と71日について,基礎収入を404万2800円(原告の受傷時の勤務先において予定されていた年収額である約399万円に,当時,原告と同種の業務に従事していた従業員の歩合給の平均月額約4400円の12か月分である5万2800円を加えた額である。)として計算すると,以下のとおり,482万9207円の休業損害が生じている。 404万2800円×(1+71÷365)=482万9207円 ウ 後遺症逸失利益 2341万7353円 基礎収入を上記イと同様に404万2800円とし,労働能力喪失率を後遺障害等級第9級(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に対応する35%,ライプニッツ係数を症状固定時の32歳から67歳までの労働能力喪失期間36年間に対応する16.5496年として計算すると,以下のとおり,2341万7353円の逸失利益による損害が生じている。 404万2800円×0.35×16.5496=2341万7353円 エ 入通院慰謝料 170万円 オ 後遺症慰謝料 690万円 カ 合計金額 上記アないしオの金額の合計は,3690万3725円である。 (被告らの主張) 損害の発生を否認し,損害額を争う。 休業損害については,平成20年8月1日から平成21年10月10日までの1年71日の期間内における原告の症状,通院状況,稼働状況等の主張立証はなく,同期間全日の休業損害は,認められるべきでない。なお,症状固定日については,原告の症状は平成21年10月10日よりも相当早い時期に症状固定の状態にあったというべきである。 後遺障害については,何ら具体的な立証がされておらず,仮にこれが存在するとしても,せいぜい14級の「局部に神経症状を残すもの」であって,労働能力喪失期間も,3年程度にとどまるというべきである。 仮に,本件施術に起因して原告主張の症状が生じたとしても,それはもともと原告に既往症(椎間板ヘルニア)が存在したためであるから,素因による減額として,少なくとも9割を減額すべきである。 (4) 被告Y2の責任の有無(争点4) (原告の主張) ア 民法715条の「事業」とは,仕事という程度に広く解されており,使用関係についても,必ずしも契約関係を前提とする必要はなく,使用者が指揮監督する関係にあればよいとされているところ,被告Y2は,被告Y1社という法人格を用いて整骨院事業を行う者であり,Dは,被告Y2の指揮監督のもとで原告に対するマッサージ等を行った者であるから,被告Y2は,Dの不法行為に関し使用者責任を負う。 イ 仮に,被告Y1社が使用者責任を負い,被告Y2は本来これを負うものではないとしても,被告Y1社は,被告Y2のいわゆる一人会社であり,実質的に被告Y2の個人経営による会社であって,株主総会も開催されておらず,外形上も法人格の存在を全く認識できないのであるから,被告Y1社の法人格は形骸化しており,被告Y2は,被告Y1社の責任と同一の責任を負う。 ウ 被告Y2は,被告Y1社の代表取締役であって,その職務として,従業員たる施術者が患者に対し適切な施術を行うように管理監督する義務を負っていた。そうであるのに,被告Y2は,Dの原告に対する不当な施術を看過したのであるから,会社法429条1項に基づく責任を負う。 エ したがって,被告Y2は,上記(3)の損害について損害賠償責任を負う。 (被告Y2の主張) 原告の主張をいずれも争う。 Dの使用者は,被告Y1社であり,被告Y2ではない。被告Y1社は,被告Y2と株式会社bが50%ずつ出資しており,被告Y2の一人会社ではないから,被告Y2が法人格否認の法理により責任を負うことはない。また,会社法429条1項についても,本件の場合,代表取締役である被告Y2について悪意又は重過失があったとは認められず,同条に基づく責任を負うこともない。 (5) 被告現代海上の支払義務の有無(免責事由の有無等)(争点5) (原告の主張) ア 被告Y2は,上記(4)のとおり,原告に対して損害賠償義務を負っているところ,これを支払うに足りる資産を有していない。そこで,原告は,被告Y2の有する本件保険契約に基づく保険金支払請求権を代位行使する。よって,被告現代海上は,原告に対し,上記(3)の損害金と同額の保険金支払義務を負う。 イ 本件施術は,被告Y2のはり治療の前提として実施されたものであり,被告Y2は,はり師の資格を有している。また,本件施術は,柔道整復師の資格がなければできない行為ではなく,あん摩マッサージ指圧師の資格者でも同様の施術を行うことが可能であるし,これらの国家資格を持たなくても,例えば「整体」として,同様の施術を行って業を営むことは可能であるところ,被告Y2は,少なくともあん摩マッサージ指圧師の資格を有しているのであるから,本件特別約款3条の適用はない。 (被告現代海上の主張) ア 被告Y2が原告に対して損害賠償義務を負っていることは争い,これを支払うに足りる資産を有していないことは不知。 イ 本件特別約款3条は,被保険者が業務の遂行について,所定の資格を有しない場合には,被告現代海上は支払義務を負わない旨を定めているところ,被保険者である被告Y2は,柔道整復師の資格を有していないのであるから,Dの柔道整復により生じた障害に関し,保険金支払義務を負わない。 ウ 本件普通保険約款20条1項は「被保険者が…損害のてん補を受けようとするときは…保険金請求書およびその損害を証明する書類を…当会社に提出しなければな」らない旨を規定し,同条3項は「前2項の書類中に,故意に不実の記載をし,もしくは事実を隠したとき…は,当会社は損害をてん補し」ない旨を規定しているところ,被告Y2が作成し,被告治療協会に提出した事故発生報告書(丙9)は,補助参加人やDが実施した施術についても,あたかも会員である被告Y2が単独で実施したと読めるような記載となっている。会員である被告Y2は,自己以外の者が施術に関与した事実を「隠した」ものであるから,被告現代海上は,被告Y2に対し保険金支払義務を負わない。 エ 被告治療協会の本件会員保障制度において,支払の対象は,損害保険会社への保険金請求時点に会員資格を有する場合に限られているところ,被告治療協会と被告現代海上との間の保険契約や本件会員保障制度の仕組みに照らせば,被告現代海上の保険金支払の対象も,上記場合に限 られるというべきである。本件において,被告Y2の被告現代海上への保険金請求時点は,被告Y2が会員資格を失った平成21年12月末より後のことであるから,被告現代海上は,保険金支払義務を負わない。 (6) 被告治療協会の支払義務の有無(免責事由の有無等)(争点6) (被告Y2の主張) ア 上記1(3)のとおり,被告治療協会の発行する書面によれば,本件会員保障制度により,被告治療協会は,会員に対して直接保障金を支払う義務を負う。 仮に,本件会員保障制度が,会員への直接支払義務を生じるものでなく,保険契約に基づく保険金が会員に支払われるものにすぎないとすれば,被告日本治療協会の会員保障制度と,被告現代海上を保険者とする賠償責任保険契約の内容は同一となるはずである。被告治療協会の保障金額は本件保険契約よりも減額されているところ,被告現代海上から被保険者である会員に支払われる保険金額に関し,被告治療協会が自らの判断で減額することはできないはずであることからも明らかなように,本件会員保障制度は,本件保険契約とは別個のものであって,直接会員に支払義務を負う制度と解釈せざるを得ない。 イ 被告治療協会の発行する書面において,申込書を記載した者のみが会員として福利厚生を受けられるとされている点については,仮に本件会員保障制度が福利厚生の中に含まれるとしても,非会員であるスタッフ自身が負う賠償責任を保障しないことを意味するにすぎず,スタッフの実施した施術に起因する会員の賠償責任を排除するものとは読み取れない。被告の発行する各種書面中に,保障の対象について会員その者が施術を行った場合に限定するとの規定はないし,本件保険契約上は,補助者が施術した場合にも支払われるのであるから,「契約する保険会社より払い受ける保険金全額を会員に支払います。」との規定がある以上,本件会員保障制度上も,補助者が施術した場合も当然に支払対象となる。 (被告治療協会の主張) ア 本件会員保障制度は,被告現代海上と損害保険契約を締結し,同保険契約に基づく保険金をもって会員が法律上の賠償責任を負うことによる損害をてん補するものであり,被告治療協会が自らその会員に対し支払義務を負うものではない。 なお,被告治療協会は,過去には,その会員に対して直接支払義務を負う賠償責任普通保障制度を設けていたものの,保険業法改正に伴い,いわゆる無認可共済であった同制度を廃止しており,平成20年6月時点においては,被告現代海上を保険者とする損害保険契約に基づく会員保障制度へと既に移行していたものである。 イ 仮に,被告治療協会が自ら会員に対して直接の支払義務を負うと解される場合であっても,上記記載のとおり,本件会員保障制度は,会員のみをその対象とするものであり,会員でない者の手技療法等の業務遂行に起因して損害が発生したとしても,これを担保するものではない。よって,被告治療協会は,被告Y2に対し支払義務を負わない。 なお,原告は,使用者責任等により被告Y2も個人責任を負うと主張しているが,そもそも本件会員保障制度は会員自らが手技療法を施行したことにより生じる損害を担保するものであるから,会員でないDのマッサージ等を原因とする請求に関して,被告治療協会が支払義務を負うことはない。また,Dの使用者は被告Y1社であって,被告Y2個人ではないから,やはり支払義務を負わない。 ウ また,上記1(3)のとおり,支払の対象は,保険金請求時に会員資格を有する場合に限られているところ,被告Y2は,請求時には,会員資格を有していなかったのであるから,被告治療協会は義務を負わない。 エ さらに,本件施術は柔道整復であったところ,被告Y2は柔道整復師の資格を有していなかったのであるから,本件施術に起因して損害が発生したとしても,本件保険契約に基づく保険金の支払対象ではなく,よって,被告治療協会も支払義務を負わない。 以上:4,488文字
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