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人身傷害保険に関する平24年6月7日大阪高裁判決理由部分全文紹介1

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平成26年11月12日(水):初稿
○「人身傷害保険に関する平成24年6月7日大阪高裁判決要旨紹介」の続きで、同判決判断理由部分全文を2回に分けて紹介します。
大阪高裁理由では、①人身傷害保険金支払が先行した場合と、本件のように②加害者側保険会社支払金が先行した場合は、峻別すべきであると、その前提を明確にしています。この大阪高裁の論理では、過失相殺が争いになる事案で、過失部分について人身傷害保険金でまかなう必要がある場合、被害者側弁護士は、先ず人身傷害保険金を受領し、その後に加害者側に請求するのが鉄則になります。

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第三 当裁判所の判断
一 二つの論点の存在、問題の所在
(1) 人傷保険について

 本件人傷保険のように、自動車保険契約の人身傷害補償条項が定めるいわゆる人身傷害保険(人傷保険)は、自動車保険として一般に想定される(加害者側の加入する)賠償責任保険とは異なり、自動車事故によって被保険者が死傷した場合に、被保険者の過失割合を考慮することなく、約款所定の基準により積算された損害額(人傷基準損害額。民法上認められるべき裁判基準による損害額よりは少額であるのが通例である。)を基準にして保険金を支払うという(被害者側の加入する)傷害保険である。
 人傷保険は、平成10年7月に損害保険の保険料率が自由化されたことを受けて、各保険会社が相次いで導入したものである。

(2) 二つの論点
 人傷保険は、実損填補方式が採られており、しかも上記のとおり、被保険者の過失割合を考慮しないし、人傷基準損害額は裁判基準による損害額より少額であることから、過失相殺がされる事故の場合に、
①人傷保険金を保険金請求権者に支払った人傷保険会社が、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を保険代位(請求権代位)によって取得する範囲等がどうなるかとか、
②被害者が加害者ないし加害者側の保険会社から賠償を得た場合に、人傷保険金請求権の存否・額に影響が及ぶか
という問題が生じる。

(3) 上記①の論点
 上記①の論点に関しては、前記のとおり、本件人身傷害補償特約第21条及び本件一般条項第24条のように、通常は、「保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、控訴人は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者の権利を害さない範囲内で、被保険者がその者に対して有する権利を取得します。」と規定されているので、同条項の解釈が問題になる。

 そして、この点は、約款中の人身傷害補償条項の被保険者である被害者に交通事故の発生等につき過失がある場合において、上記条項に基づき被保険者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社は、上記代位条項にいう「保険金請求権者の権利を害さない範囲」の額として、被害者について民法上認められるべき過失相殺前の損害額(裁判基準損害額)に相当する額が保険金請求権者に確保されるように、上記支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である(平成24年2月最高裁判決及び最高裁判所平成24年5月29日第三小法廷判決・最高裁判所ホームページ(以下「平成24年5月最高裁判決」という。)参照)。

(4) 上記②の論点
 他方、本件において問題となるのは上記②の論点であるので、以下、上記②の論点について検討を進める。

二 検討
(1) はじめに

 本件が本件人傷保険に基づく保険金請求であることからすれば、その保険金額は保険契約、すなわち本件約款に基づいて決定されることになるから、まず、本件約款によれば、控訴人の支払うべき保険金額がいくらになるかにつき、検討すべきことになる。

(2) 本件計算規定①に基づく保険金額
 まず、本件計算規定①に基づく保険金額につき、検討する。
ア 当裁判所の判断
 本件計算規定①のうち、本件人身傷害補償特約第9条①により、保険金額を算定すると、前記第二の四(1)のとおり、人傷基準損害額である3565万0325円となる。
 次に、本件人身傷害補償特約第11条①によれば、これから、自賠責保険支払額、任意保険支払額、賠償金支払額、労災補償給付額その他を控除すべきところ、本件においては、加害者からの賠償金支払額合計4017万0855円(前記第二の二(7)イ、前記第二の別件損害賠償訴訟における裁判上の和解金額)を差し引くと、マイナスとなり、控訴人が支払うべき保険金はないことになる。
 以上は、本件約款の文理解釈としては、二義を許さないほど明白である。

イ 被控訴人ら主張の検討
(ア) 平成24年2月最高裁判決について
a 被控訴人らの主張

 被控訴人らは、本件のように損害賠償金の支払が先行した場合でも、訴訟基準差額説が相当であり、本件人身傷害補償特約第11条第一項の限定解釈が可能であると主張し、その根拠として、平成24年2月最高裁判決の宮川裁判官補足意見を援用する(前記第二の五(2)ア(ア)b(a)(b))。

b 平成24年2月最高裁判決は人傷保険金の支払が先行した場面
 しかしながら、平成24年2月最高裁判決は、あくまでも、人傷保険金の支払が先行し、保険会社の代位と被保険者の損害賠償請求権が競合した場面について、訴訟基準差額説を採ることを認めたものにすぎない。

 すなわち、「本代位条項にいう『保険金請求権者の権利を害さない範囲』との文言は、保険金請求権者が、被保険者である被害者の過失の有無、割合にかかわらず、上記保険金の支払によって民法上認められるべき過失相殺前の損害額(裁判基準損害額)を確保することができるように解することが合理的である。」としており、あくまでも代位条項の解釈について、訴訟基準差額説を採用したものである。

c 本件は損害賠償金の支払が先行した場面
 これに対し、本件は、損害賠償金の支払が先行し、本件約款に基づく人身傷害補償特約第9条(損害額の決定)、同第11条(支払保険金の計算)が問題となっている事案である。
 上記第9条、第11条の文理は、上記のとおり、代位規定とは異なり、二義を許さないほど明確であり、本件一般条項第24条(代位)の「被保険者の権利を害さない範囲内で」の文言を持ち出し、平成24年2月最高裁判決を援用して、支払うべき人傷保険金の金額を変更することは許されない。

 平成24年2月最高裁判決が問題とした人傷保険金の支払が先行し、保険会社の代位と被保険者の損害賠償請求権が競合した場面と、賠償金の支払が先行し、本件約款に基づく人身傷害補償特約第9条(損害額の決定)、同第11条(支払保険金の計算)が問題となっている場面とでは、本件約款の規定、その適用場面が全く異なるのである。

d 宮川裁判官補足意見
 確かに、宮川裁判官補足意見は、本件のような損害賠償金の支払が先行した場面でも、「上記定めを限定解釈し、差し引くことができる金額は、裁判基準損害額を確保するという『保険金請求権者の権利を害さない範囲』のものとすべきである。」としている。
 しかし、宮川裁判官補足意見は、人傷保険金の支払が先行した場合に裁判基準差額説が合理的とするのが「法廷意見」であると述べた上で、賠償金の支払が先行した場合の保険金支払額の算定についての私見を述べているにすぎない。現に、同じ論点に関する平成24年5月最高裁判決の田原睦夫裁判官の補足意見ではそのような見解は述べられていない。

(イ) 被控訴人らが主張する訴訟基準差額説が相当か
a 被控訴人らの主張

 被控訴人らは、本件のように、賠償金の支払が先行した場合にも、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が保険代位との関係で、どの限度で縮減されるかについては、いわゆる訴訟基準差額説(下記見解)が相当であると主張する。
   記
 保険会社は、既払保険金の額と被害者の加害者に対する損害賠償請求権額の合計が訴訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合に限り、すなわち、訴訟において認定された被保険者の過失割合に対応する損害額を既払保険金の額が上回る場合に限り、その上回る額についてのみ、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し、被保険者は加害者に対してその残額の損害賠償請求権を有するとする見解。

 要するに、過失相殺等により、被害者の加害者からの損害賠償金が減額される場合であっても、被害者側が人傷保険金と損害賠償金により、裁判基準損害額を確保することができるように解するとの見解である。

b 検討
(a) 最高裁判所平成20年10月7日判決の指摘―保険約款規定の重要性

 しかしながら、あくまでも支払保険金の算定は、保険契約者と保険会社との契約、すなわち約款に定める計算規定によって定められるべきである。
 最高裁判所平成20年10月7日第三小法廷判決・裁判集民事229号19頁、判例時報2033号119頁は、人傷保険金支払が先行した事案において、保険代位の成否及びその範囲を判断するに当たっては、保険約款の定め等、保険契約の内容を正確に確定した上で、必要な限度で約款解釈を行う必要性を指摘している。

 この最高裁判決の指摘は、本件のような賠償金支払先行の事案について、支払うべき人傷保険金を算定するに当たっても、まず保険約款の規定を重視し、保険約款の規定に則って解釈すべきことの重要性についても、妥当するものである。

(b) 本件人身傷害補償特約第9条、第11条の文理
① 被控訴人らが主張する「保険金請求権者の権利を害さない範囲」(本件一般条項第24条、本件人身傷害補償特約第21条)は、控訴人の被保険者に対する人傷保険金の支払が先行し、控訴人が損害賠償義務者に対して求償する場合の規定である。
 このことは、本件一般条項第24条①、本件人身傷害補償特約21条①の規定から明らかである。

② これに対し、本件計算規定①は、本件人身傷害補償特約第9条(損害額の決定)①で、「控訴人が保険金を支払うべき損害の額は、被保険者が傷害、後遺障害または死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ人傷損害額算定基準に従い算出した金額の合計額とします。」と規定し、本件人身傷害補償特約第11条(支払保険金の計算)①で、一回の人身傷害事故につき控訴人の支払う保険金の額は、被保険者一名につき、上記9条①の額から、自賠責保険支払額、任意保険支払額、賠償金支払額、労災補償給付額等の合計額を差し引いた額とします。」と規定している。

 すなわち、上記第9条は、「控訴人が保険金を支払うべき損害の額は、人傷損害額算定基準に従い算出した金額の合計額」と明記し、第11条は、「保険金の額は、上記9条の額から自賠責保険支払額、任意保険支払額、賠償金支払額、労災補償給付額等の合計額を差し引いた額」と明記していて、そのどこにも、「保険金請求権者の権利を害さない範囲」(本件一般条項第24条、本件人身傷害補償特約第21条)などという文言は記載されていないのである。

③ 本件人身傷害補償特約第9条、第11条は、控訴人が被控訴人らに支払うべき人傷保険金の算定方法(損害額の決定、支払保険金の計算)について定めた規定であり、その文理は二義を許さないほど明確であって、保険代位という異なる場面について規定した「保険金請求権者の権利を害さない範囲」(本件一般条項第24条、本件人身傷害補償特約第21条)をもって、上記第9条は、第11条の規定を歪めて解釈することなど、本件約款の解釈としては不可能である。

(c) 約款解釈の不合理性
 しかも、控訴人の支払保険金額につき、被控訴人らが主張するとおりに訴訟基準差額説により算定するとなると、約款の解釈の不合理性は顕著となる。
 すなわち、被控訴人ら主張の算定方法は、本件事故におけるBの過失割合と実損害額(裁判基準による損害額)を決定した上、同実損害額のうち、Bの過失割合(被控訴人らは3割と主張)に相当する額を算定しているのであるから、被控訴人らは、約款の解釈論としては、保険金額から控除すべき金額について、「保険金請求権者の権利を害さない範囲」のものに限定するなどと主張しているものの、支払うべき保険金額の実際の算出過程においては、人傷基準損害額3565万0325円すら全く無関係になってしまい、本件約款における人身傷害補償特約第9条の文理を全く無視した結果となる。

 つまり、被控訴人ら主張の約款の解釈論は、約款を全く無視して算定した結論をもって、約款を限定解釈した結果であるとして、結果だけ辻褄合わせをしているにすぎず、客観性を要請される約款の解釈方法として、およそこのような約款の文理からかけ離れた解釈は採り得ないといわなければならない。

(d) 簡易迅速に保険金支払額を算定できる傷害保険の性格に反する
 ところで、人傷保険は、いわゆる傷害保険の性格を有するものであり、保険会社と保険契約者との契約(約款)により保険金支払額が定められている。そして、その保険金額については、簡易迅速に算定できるように定められており、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者が被る損害に対し、約定された人傷損害額算定基準に基づき積算された損害額が填補される仕組みとなっている。

 すなわち、本件人傷損害額算定基準(本件約款につき別紙一参照)では、傷害による損害(休業損害、慰謝料)、後遺障害による損害(逸失利益、慰謝料、将来の介護料)、死亡による損害(葬儀費、逸失利益、慰謝料)について、一般的な訴訟における損害賠償基準よりも低額とされており、その代わり、上記各損害額の認定を定型化して争いの余地を少なくしている上、被保険者の過失の有無にかかわらず人傷保険金を支払うものとしているので、過失割合に関する見解の相違にかかわらず、簡易迅速に損害額を算定できることになっており、保険事故発生後すみやかに保険給付がされるような仕組みになっている。

 ところが、被控訴人ら主張のような本件計算規定①の解釈によれば、交通事故の加害者に対する損害賠償請求訴訟の確定判決が存在する場合は格別、そうでない限り、保険金額を算定するに当たり、訴訟基準による損害額及び被保険者の過失割合を確定する必要があり、本来、保険会社が人傷損害額算定基準(約款)に従って簡易迅速に保険金額を算定して支払うべき人傷保険金(傷害保険)請求の局面において、保険会社が裁判外で任意に保険金額を算定して支払うことが著しく困難になり、すべからく裁判による決着を余儀なくされることになるが、このこと自体も、およそ人傷保険(傷害保険)契約に基づく人傷保険金(傷害保険金)の支払方法として不合理な結論である。

(e) 人傷保険の保険料体系に見合わず保険業界が混乱に陥る
 前記で述べたとおり、人傷損害額算定基準(本件約款につき別紙一参照)では、傷害による損害(休業損害、慰謝料)、後遺障害による損害(逸失利益、慰謝料、将来の介護料)、死亡による損害(葬儀費、逸失利益、慰謝料)について、一般的な訴訟における損害賠償基準よりも低額にされており、これに対応して人傷保険料金が設定されている。
 ところが、被控訴人らが主張する訴訟基準差額説を採用し、損害額について一般的な訴訟における損害賠償基準によると、人傷損害額算定基準で定められていた保険金支払額よりも実際の保険金支払額が高騰し、人傷保険が前提としている保険料体系に見合わず、保険業界が混乱に陥る危険性がある。

(f) 人傷保険金の算定基準も保険会社毎に異なっている。
 加えて、控訴人が主張しているとおり、平成22年4月に保険法が施行されたことに伴い、損害保険会社各社は、人傷保険を含む約款の改訂を行っており、人傷保険金の算定基準も各社で異なっているが、被控訴人ら主張のとおり人傷保険金の金額を訴訟基準差額説に従って算定すると、全ての損害保険会社の人傷保険金が裁判基準によって算定された実損害額のうちの被害者の過失割合相当額ということになってしまい、より一層不合理な結論となる。

(g) まとめ
 以上のとおり、被控訴人らが主張する訴訟基準差額説は、約款の解釈論としてはおよそ採用する余地のないものというべきである。
 したがって、当裁判所は、平成24年2月最高裁判決の宮川裁判官補足意見とは見解を異にするものである。

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