○「最高裁に覆された東京高裁判決一部紹介2」を続けます。
平成21年1月14日東京高等裁判所判決は、A医師の患者に対するPTSD発症の可能性のある精神の脆弱な患者に対し、十分な聞き取りもせず、安易にBDP(人格障害)との重大な診断名を告知した言動について、精神科医としての注意義務に違反する即ち違法だとして、この違法行為によって患者にPTSDが発症したと、A医師の言動と患者のPTSD発症に因果関係を認めています。そして最後に、損害について以下の通り、患者側の約680万円の請求に対し、合計約201万円と認定しました。5 争点(3)(損害の額)について
証拠(略)によれば、控訴人は、被控訴人病院におけるA医師の不適切な診療行為により次の損害を被ったものと認められる。
ア 治療関係費(平成16年1月1日~平成18年1月17日) 56万6,910円
(ア)治療費 40万6,830円
(イ)交通費 16万0,080円
イ 休業損害 84万2,012円
控訴人は、平成16年1月30日に被控訴人病院を受診する前は、Hクリニックで看護師として働いていたのに、その後、PTSDのフラッシュバックの症状が現れるようになってから、看護師として働くことができなくなったものであり、このときから休業してから敷物を販売するアルバイトを始める平成16年6月末までの5ヶ月間が休業期間である。平成15年の年収は、202万0,829円であるから、休業損害は、次のとおりである。
202万0,829円÷12月×5月=84万2,012円
ウ 減収による損害 95万0,534円
控訴人は、平成16年6月にはキリム販売の店でアルバイトを始め、平成17年には情緒的に安定し、平成19年には、通院回数も減り、精神医学的に安定した状態が続いていることは前記認定のとおりであり、これによれば、減収による損害については、平成16年7月から平成18年3月までの期間(21ヶ月)について認めるのが相当である。平成16年7月から始めたアルバイトによる平成16年中の収入が66万1,000円、平成17年の年収は155万5,500円であるから、平成16年7月から平成18年3月までの減収による損害は、次のとおりである。
{202万0,829円÷12月-(66万1,000円+155万5,500円)÷(18月)}×21月=95万0,534円
エ 慰謝料
本件に現れた事情を総合すれば、控訴人が被った精神的損害を慰謝するには50万円が相当である。
オ 過失相殺
控訴人が被った上記損害は、A医師の本件面接を契機として再現したPTSDによるものであるが、これはNにおけるストーカー行為やセクシャルハラスメントによる心的外傷の基づくPTSDを基礎疾患とするものであったということができ、また、上記治療には被控訴人を受診する以前からあった頭痛の治療も含まれているのであるから、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、本件の事情を総合的に斟酌すれば、本件面接により生じた上記損害合計額285万9,456円の4割(114万3,782円)を減殺するのが相当である。したがって、損害の額は、合計171万5,674円となる。
カ 弁護士費用 30万円
以上によれば、控訴人の請求は、上記損害額合計201万5,674円及びこれに対する平成16年1月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。よって、控訴人の請求を棄却した原判決を変更し、主文のとおり判決する。 ○結論として、損害は、PTSD発症後の治療費約57万円、5ヶ月分休業損害約84万円、その後通院中の減収損害約95万円、慰謝料50万円の合計約286万円として、既往症分を考慮し過失相殺の法理を類推適用し、4割減殺し6割相当額の約171万円を認め、これに弁護士費用30万円を加えた約201万円を最終的な損害と認めました。
○不法行為訴訟における因果関係は、医学的・生物学的見地からの自然科学上の厳格な因果関係ではなく、あくまで、損害の公平な分担を目的とする法的因果関係とされています。A医師の行為は、確かに精神科医師としては違法行為と評価されて然るべきと思いますが、果たしてその結果、本来重大な外傷を契機として発症するとされてきたPTSDが発症したと評価できるのか、さらに損害が201万円発生したと評価できるのか、悩ましいところではあります。A医師側の病院は到底納得できないとして上告受理の申立をして、最終的に最高裁によって覆されました。
○訴訟における因果関係については、昭和50年10月24日最高裁判決(民集29巻9号1417頁)が示した「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」との基準がスタンダードとされています。「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるもの」との基準は、抽象的すぎてどうにでも解釈できますが、「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明する」との基準の「高度の蓋然性の証明」については、しばしば医学等科学論争になり、科学の発展により変遷し、いわば時代と共に変化する面もあり、大変、難しい判断を迫られます。
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