令和 7年 1月10日(金):初稿 |
○「火災による損害について火災保険金の損益相殺を否認した最高裁裁判決紹介」の続きで、この最高裁判決の元になった生命保険に関する昭和39年9月25日最高裁判決(判時385号51頁、判例タイムズ168号94頁)を紹介します。 ○上告人に雇われトラックを運転していた訴外B運転の貨物自動車に亡Aが衝突され負傷し、これにより病院で死亡した事故について、亡Aの両親である被上告人らが、上告人に対し、損害賠償を求めて提訴しました。 ○最高裁判決は、訴外Bの業務上過失を認定するも、亡Aにおいても、国道を横断するにあたり一旦停止して安全を確認すべき注意義務を怠った過失があると認定して過失相殺をして、上告人の損害賠償責任を認めて請求を一部認容した原判決を支持し、生命保険契約に基づいて給付される保険金30万円は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、不法行為の原因と関係なく支払われるべきものであるから、不法行為により被保険者が死亡したために相続人たる被上告人らに保険金が給付されたとしても、これを損害賠償額から控除すべきではないとして上告を棄却しました。 ○交通事故などにより被害者が死亡し相続人からする損害賠償の請求において、被害者を被保険者とする生命保険金がその相続人に支給されたとき、保険金は損益相殺などの法理により控除すべきとの考え方もあり、この最高裁判決の一審37年4月12日函館地裁判決では控除していました。通説は、控除すべきでは無いとしており、本判決もこれらの通説に従つた判断を下しました。現在は当然の結論とされていますが、損害保険についても基本の考え方は同じです。 ○損害保険は生命保険と違って保険代位制度があり、保険者が保険金を支払った限度で加害者に対する損害賠償請求権を取得した結果、被害者はその限度で損害賠償請求権を失うことになります。その限度については、保険法第25条の規定で、被害者全損害のうち加害者に請求できない部分に保険金が充当され、それを越える部分にしか代位できません。 ○例えば被害者Aが加害者Bの不法行為で1000万円の損害を受け、過失相殺の結果、加害者Bに800万円しか請求できず、200万円不足する場合、被害者Aが受け取る損害保険金は200万円を越える部分のみ、被害者Aの損害賠償請求権800万円に代位できます。したがって保険金が300万円の場合、代位できるのは200万円を越える100万円だけです。その結果、被害者Aは、加害者Bに請求できるのは、100万円を保険代位によって失い、700万円になります。保険金が200万円を越えない場合は、保険代位はありません。 ********************************************** 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告理由第一点について。 不法行為における過失相殺については、裁判所は、具体的な事案につき公平の観念に基づき諸般の事情を考慮し、自由なる裁量によつて被害者の過失をしんしやくして損害額を定めればよく、所論のごとくしんしやくすべき過失の度合につき一々その理由を記載する必要がないと解するのが相当である。 そして、原判決は、その認定した事実のもとにおいて、被害者Aに過失がある旨を判示したうえ、過失相殺により損害額を約3分の2に減じたのであつて、原判決には、所論のごとき違法のかどは見当らない。 所論は独自の見解として排斥を免れない。 同第二点について。 生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払わるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはないと解するのが相当である。 したがつて、損害額の算定に当つてこれを控除しなかつた原判決の判断は正当であつて、これと異なる所論は、独自の見解として排斥を免れない。 よつて、民訴401条、95条,89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 上告代理人○○○○の上告理由 第一点 原審は本件に於ける事故発生は運転手とA(事故後死亡)との共同過失であると事実を確定しAの過失につき損害額を斟酌する当り著しい理由不備の違法が生じた。 一、原審の確定した運転手の過失上告人の雇傭者である貨物自動車運転手Bは昭和34年11月17日午前9時頃通称札幌国道を函館方面から桔梗駅方面に向つて小型四輪車(貨物自動車)を運転し時速35キロで五稜郭駅附近に差しかかつた際先行のバスが徐行に入り左折しようとしたのでその右側からこれを追い越そうとしたのであるが右バスの為め前方及び左方の見通しが妨げられていたのであるからかかる場合自動車運転者としては充分警戒をし警音機の吹鳴徐行の措置をとり安全を確認する迄は臨機停車し得る態勢をもつて進行すべき業務上の注意義務があるにも不拘之を怠り時速25キロに減速したのみで漫然バスを追越したため折から自転車に乗り右道路を横断しようとして左方から現われて来たAを僅々数メートルの至近距離で発見し急拠制動をかけたが及ばず同人に自車左前部を衝突させた。 二、原審の確定したAの過失他面Aも亦前記バスに先行する貨物自動車が五稜郭駅に向つて左折し来ていてその為め横断し様とする札幌国道の右方からの車馬の状況を確認し難い状況にあつたのであるから一たん停止して安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り漫然進行したため本件事故にそうぐうした。 三、即ち原審は本件事故は右両人の共同過失に原因すると確定したのである。 四、処が運転手Bの過失による分の損害を雇傭主である上告人に負担せしむるにあたり原審はAの前記過失を斟酌して3分の2とする旨不平等の査定を為し損害額(イ)A生存利益、(ロ)同医療及び葬式費、(ハ)被上告人等の慰籍料として被上告人X1に金55万円同X2に金50万円を支払う様判断されたのである。 五、過失相殺に関する民法第722条の2は各行為者の過失ー不注意と社会性(特に本件の如き交通事故につき)を客観的看察の下に比較し其軽重程度を公平に査定の上斟酌しなければならない、換言すればなぜ共同過失につき不平等の(一審に於ては平等だとした)査定したかを合理的に明らかにしなければならないのである。然るに原審只漠然とAの過失を斟酌して3分の2を負担せしむる旨判断したのであるから判断に理由不備の違法が生じたと信ずる。 第二点 原審は被上告人等がAの前記事故死により同人の生命保険金30万円を本件損害額より控除せずこの当否に対する判断を脱漏した違法がある。 一、Aは生前朝日生命保険株式会社金10万円東邦生命保険相互会社金20万円の各生命保険を自己を被保険者及び保険金受取人と指定して契約していた処本件事故死と共に被上告人は親として右各保険金30万円を現実に給付を受けたのであるこのことは一審及び原審に於ける被上告人Xの本人訊問の結果明らかである。然るに被上告人は右生命保険金30万円は本件損害に関係ないと称し之を損害額から控除せず又上告人は被上告人等主張の損害額を一審以来極力争うて居るのであるから(一審では之を差引いた)原審はこの点に関する当事者の主張につき当否を判断せざるべからざるに之を看過し本件損害額を確定したのであるから要するに争点に関し判断を脱漏した理由不備の著しいものがありと信ずる。 以上:3,151文字
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