令和 7年 1月 7日(火):初稿 |
○「約101億円の損害賠償請求で約94億円の支払を命じた高裁判決要旨紹介」の中で、昭和50年1月31日最高裁判決(判時769号43頁)での、「家屋消失による損害につき火災保険契約に基づいて被保険者たる家屋所有者に納付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらない」との記述を紹介していました。 ○この記述について、疑問があり、この最高裁判決の第一審昭和43年4月8日宮崎地裁判決(最高裁判所民事判例集29巻1号76頁)を見つけましたので紹介します。事案は、原告が、被告が原告から賃借していた本件建物が被告の被用者の重過失による失火によって焼失したとして、被告に対し、使用者責任または賃貸借契約の債務不履行に基づく損害賠償として1385万円の支払をもとめたものです。 ○被告は、火災保険金650万円の受領によつてすでに補填されているから、原告には賠償を受けるベき損害はないと答弁し、さらに原告に対し賃貸借契約終了を理由に敷金600万円の返還を求める別訴を提起し、判決は、被告の主張を認めて、原告の請求を棄却し、敷金返還請求については404万円の支払を命じています。 ○この判決文には、判決理由が記載されていませんが、結論は、被告の主張を認めたもので、火災保険金を損害から控除即ち損益相殺をしています。これが最終的に、昭和50年1月31日最高裁判決で覆されており、控訴審・最高裁判決を別コンテンツで紹介します。 ********************************************* 主 文 一、原告の請求を棄却する。 二、原告は被告に対し、金404万円およびこれに対する昭和38年4月22日から支払ずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 三、被告のその余の請求を棄却する。 四、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 事 実 第一、昭和38年(ワ)第111号事件について 一、原告は「被告は原告に対し、金1385万060円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。 (一) 原告は昭和36年1月21日被告に対し、自己所有の宮崎市黒迫町一丁目14番地所在、家屋番号同町14番、木造瓦葺モルタル塗二階建店舗兼居宅建坪72坪7合2勺外2階坪70坪3合2勺の建物およびその附属物件一切(以下「本件建物」という。)を、賃料一カ月金20万円、期限昭和40年1月20日限りとして賃貸し、被告は本件建物でパチンコ店を経営していた。 (二) しかるに、被告は、昭和38年1月21日被告の使用人(被用者)である訴外佐野豊成の重過失による失火によつて本件建物を焼失せしめ、原告に対し、本件建物の価額金1500万円および右賃貸借残存期間の2年間における得べかりし賃料相当額の喪失により金480万円(一カ月金20万円の割合)、以上合計金1980万円の損害を与えた。なお焼失した本件建物に相当する建物を再建するとした場合その再建に要する期間は約6カ月である。 そこで原告は被告に対し、民法第715条の「使用者責任」に基ずく損害賠償ないし債務不履行に基ずく損害賠償を択一的に請求する。すなわち、 (1) 被告は佐野豊成の使用者であり、右損害が佐野豊成の重過失による失火によつて本件建物を焼失せしめたことによるものであるから、被告は原告に対し民法第715条に基ずいて右損害の賠償義務がある。 (2) また、原告と被告間の前記賃貸借契約上、賃借人である被告は賃貸人である原告に対し昭和40年1月20日限り本件建物の返還義務を負担しているところ、本件建物は被告の使用人である佐野豊成の重過失による失火によつて焼失し、被告の右返還義務は履行不能となつたから、被告は原告に対し債務不履行に基ずく損害賠償義務もある。 (三) 以上により原告は被告に対し金1980万円の損害賠償請求権を有するところ、原告は前記賃貸借契約締結の際被告から敷金として金600万円を受領しているので、原告は昭和38年2月15日内容証明郵便をもつて被告に対し、右敷金を前記損害賠償債権の内入弁済に充当する旨の意思表示をなし、右は同月17日頃被告に到達した。従つて被告の敷金は右損害賠償債務に充当されたので、これが返還請求権は消滅した。 (四) しかるに被告は、まだ右敷金返還請求権を有すると称して債権の不正取立てを企図し、原告がすでに昭和38年2月13日に受領ずみの原告の訴外富士火災海上保険株式会社に対して有する本件建物焼失による火災保険金650万円につき宮崎地方裁判所に対し被告を債権者、原告を債務者、右訴外会社を第三債務者とする債権差押えの申請(昭和38年(ヨ)第20号事件)をなし、同年3月13日その旨の債権仮差押決定を得てこれを執行した。しかしながら、被告のなした右仮差押申請は、前述のとおり被保全権利である敷金返還請求権が存在せず、仮差押債権である右保険金請求権も原告においてすでに受領ずみであり、かつ保全の必要もないのに、被告が内容虚偽の疎明資料を提出してなした不当なものであつて、原告は右債権仮差押命令の執行を排除するためその費用として金5万8、060円を出費し損害を蒙つたから、被告は原告に対し不法行為に基ずく右損害の賠償義務がある。 (五) よつて、原告は被告に対し、本件建物焼失による損害金1980万円から敷金600万円を控除した残金1380万円および執行排除費用金5万8060円の合計金1385万8060円ならびにこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 二、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および主張として、次のとおり述ベた。 (一) 請求原因(一)の事実は認める。 同(二)の事実中、本件建物が原告主張の日に火災によつて焼失したこと、建物再建に要する期間が6カ月であることは認めるが、その余は否認する。 同(三)の事実中、原告が被告から敷金として金600万円を受領していること、原告がその主張の日に内容証明郵便をもつて被告に対し右敷金を損害賠償債権に充当する旨の意思表示をなし、それが原告主張の頃被告に到達したことは認めるが、その余は否認する。 (二) 本件火災は、第三者の不法行為(失火)によつて発生したもので、被告の責に帰すベき事由によるものではないから、被告には何らの損害賠償義務(債務不履行ないし使用者責任に基ずく賠償義務)もない。仮に被告の責に帰すベき失火であるとしても,重大な過失ではないから、この点「失火の責任に関する法律」により損害賠償義務はない。しかも本件建物の時価は金300万円程度であつて、その損害は火災保険金650万円の受領によつてすでに補填されているから、原告には賠償を受けるベき損害はない。従つて、原告に損害賠償請求権がない以上原告のなした「敷金600万円をその内入弁済に充当する」旨の意思表示も何らその効力を生せず、被告は右敷金につきこれが返還請求権を有している。 (三) 請求原因(四)の事実中、被告が宮崎地方裁判所に対し原告の訴外富士火災海上保険株式会社に対して有する本件建物焼失による火災保険金650万円につき原告主張のような債権仮差押えの申請をなし、その主張の日に債権仮差押決定を得てその執行をなしたことは認めるが、その余は否認する。被告がなした右申請は、正当な理由、すなわち被保全権利である敷金返還請求権は前述のとおり未だ存在しかつ保全の必要もあつたから、この点不当仮差押でないことは勿論、右仮差押債権は右決定前においてすでに原告が受領し消滅していたものであるから(従つて当該仮差押の執行自体は原始的に不能な状態にあつた)、原告としては敢えて右執行の排除手続をとる必要もなく、結局原告にはその主張のような執行排除費用請求権はない。 第二、昭和38年(ワ)第113号事件について、 一、被告は「原告は被告に対し、金600万円およびこれに対する本訴状送達の日から支払ずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として、次のとおり述ベた。 (一) 被告は、昭和36年1月21日原告から本件建物を賃借したが、その際原告に対し、敷金として金600万円を交付した。 (二) ところが、昭和38年1月21日本件建物の焼失により右賃貸借は終了した。 (三) よつて、被告は原告に対し、右敷金の返還として金600万円およびこれに対する本訴状送達の日から支払ずみに至るまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 二、原告は「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、答弁および主張として、次のとおり述ベた。 (一) 請求原因事実は全部認める。 (二) 被告の原告に対する敷金返還請求権は前述の理由(昭和38年(ワ)第111号事件の請求原因として陳述したとおり)によりすでに消滅している。 第三、証拠関係(省略) (昭和43年4月8日 宮崎地方裁判所民事部) 以上:3,897文字
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