令和 6年12月13日(金):初稿 |
○「大学研究室講師の占有回収の訴えを認めた地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和5年1月26日大阪高裁判決(判時2606号○頁)を紹介します。 ○大学の研究室につき講師による占有回収の訴えが認められ、さらに研究室の占有奪取行為を学校法人に助言した弁護士の共同不法行為責任も認められました。被控訴人Y4(弁護士)は、対立する控訴人代理人弁護士らから既に自力救済の違法性を強く警告されていた状況に照らせば、少なくとも、法的手段として、いわゆる明渡断行の仮処分命令の申立て(民事保全法23条2項)が検討対象となるべきであったと考えられるが、被控訴人Y4が、被控訴人法人に対して、そのような提案をしたことがないことはもとより、検討を行ったことを窺わせる事情すらないと厳しく指摘されています。 ○自力救済の判断はケースバイケースで難しいところはありますが、法律専門家の弁護士としては慎重を帰し、法的手段によることを原則とすべきでした。 ********************************************* 主 文 1 控訴人の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。 (1)被控訴人法人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物部分を引き渡せ(別紙略)。 (2)被控訴人法人は、控訴人に対し、別紙動産目録記載の動産を引き渡せ(なお、控訴人は、当審において、第1審で求めていた原判決別紙動産目録記載の動産の引渡請求を減縮し、別紙動産目録記載の動産の引渡請求のとおりに変更した。)(別紙略)。 (3)被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して20万円及びこれに対する令和3年3月29日から本判決確定の日まで(ただし、支払済みの日が本判決確定の日より前の場合は支払済みの日まで)年3パーセントの割合による金員を支払え。 (4)控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。 2 被控訴人法人の本件附帯控訴を棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、控訴人に生じた費用は、40分の25を被控訴人法人の、40分の3をその余の被控訴人らの、その余を控訴人の負担とし、被控訴人法人に生じた費用は、10分の3を控訴人の、その余を被控訴人法人の負担とし、被控訴人Y2、同Y3及び同Y4に生じた費用は、10分の8を控訴人の、その余を同被控訴人らの負担とする。 4 この判決は、第1項(3)に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 (中略) 第4 当裁判所の判断 1 当裁判所は、控訴人の(1)被控訴人法人に対する〔1〕本件研究室の引渡請求及び〔2〕本件動産の引渡請求にはいずれも理由があり、(2)被控訴人らに対する損害賠償請求については、慰謝料20万円及びこれに対する前記遅延損害金の限度で理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。 2 減縮後本件動産引渡請求に係る訴えの利益について 被控訴人法人は、本件動産の返還を拒絶したことは一度もないから、控訴人の減縮後本件動産引渡請求には訴えの利益がない旨主張するが、控訴人は、民法200条所定の占有回収の訴えとして減縮後本件動産の引渡しを求めるものであり、同訴えは給付の訴えであるから、被控訴人法人が履行の意思を有しているか否かといった事情は訴えの利益に影響を及ぼさない。 なお、被控訴人法人は、原判決言渡し後に控訴人に対し本件動産引渡しの履行の提供をした旨の主張をするが、前記3の3で補正した前提事実(5)クのとおり、原判決言渡し後に本件動産の一部の返還はされたものの、現在も被控訴人法人が残る減縮後本件動産を所持していること自体には変わりなく、上記主張に係る事情も訴えの利益や請求の当否に影響を及ぼすものではない。 したがって、減縮後本件動産引渡請求が訴えの利益を欠くとの被控訴人法人の主張は採用できない。 3 争点(1)(本件動産の撤去時の控訴人による本件研究室の占有の有無)について (中略) (6)原判決10頁2行目の「認められず」から同頁6行目末尾までを次のとおり改める。 「認められない。 確かに、控訴人は、被控訴人法人との本件労働契約に基づき、被控訴人法人の運営する被控訴人大学内の本件研究室において講師としての上記業務を行っていた者であるから、本件研究室を客観的に支配していた事実があったとしても、原則として、被控訴人法人のために占有補助者として本件研究室を所持しているものであって自己のためにする占有意思がある(民法180条)とは認められず、これによる占有者は被控訴人法人とみるべきであるが、控訴人が被控訴人法人の占有補助者として物を所持するにとどまらず、控訴人個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、その物について控訴人が個人としての占有をも有することになると解すべきである(最高裁昭和35年4月7日第一小法廷判決・民集14巻5号751頁、最高裁平成12年1月31日第二小法廷判決・裁判集民事196号427頁参照)。 これを本件についてみると、控訴人は、当初は被控訴人法人の占有補助者として本件研究室の所持を開始したものといえるが、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、本件雇止めの効力を争い、被控訴人法人を相手方として労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて別件訴訟を提起し、本件研究室の鍵を引き続き管理して単独で本件研究室を事実支配していたのであり、令和3年3月20日付け通知文により被控訴人法人から本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求められたことに対しても、同月25日、控訴人が加入する本件組合を通じて、被控訴人法人に対し、控訴人は地位保全を係争中で本件研究室の退去は拒否している旨伝え、強制退去は自力救済という不法行為であり、本件研究室の鍵の取替えや室内の物品撤去を無断で行えば、場合によっては窃盗罪になり得る旨警告し、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らを通じても被控訴人法人の代理人弁護士らに対して同様の通知をした(前提事実(5)エ、オ)のであるから、これらによれば、控訴人は、本件動産の撤去等がされた同月29日当時、控訴人自身のためにも本件研究室を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である。 したがって、控訴人は、上記同日当時、本件研究室を占有していたと認めることができる。」 4 争点(2)(本件動産の撤去及び本件研究室の鍵の取替え行為の違法性の有無)について (中略) (3)原判決10頁25行目の末尾に改行して次のとおり加える。 「なお、控訴人は、被控訴人らの行為の違法性につき、控訴人の本件研究室に対する利用権原の侵害をも主張するが、控訴人は、本件労働契約から独立して本件研究所に対する利用権原を有していたものではないところ、本件雇止めが無効であることが本件訴訟で立証されているとまではいえない。 もっとも、控訴人が本件雇止めの効力を争って本件研究所に対する事実支配を継続していた事実は、前記3で控訴人による本件研究室の占有を認めるに当たって考慮されているし、占有権侵害となる行為の違法性の有無は占有被侵奪者の占有権原の有無に関わらないから、本件動産の撤去行為等に違法性が認められることは上記のとおりである。また、控訴人が本件雇止めの効力を争って訴訟継続中であったにもかかわらず自力救済による占有侵奪がされたことは慰謝料の額を定める上で斟酌されるべきである。」 5 争点(3)(被控訴人らの責任原因)について (1)前記第3の3で補正した前提事実(3)ないし(5)及び前記認定によれば、本件研究室は、控訴人が被控訴人大学で専任講師として勤務していた際に、控訴人が「■研究室」として物品の保管、学生との面談、執筆等の業務に単独で利用するものとされていたもので、パーテーションで区切られて個室として独立に施錠できる構造となっており、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、控訴人が別件訴訟を提起して本件雇止めの効力を争いつつ、本件研究室の鍵を引き続き管理して本件研究室を事実支配していたことからすると、被控訴人Y2及び同Y3は、令和3年3月29日時点において、控訴人が本件研究室内に相当量の動産を保管して占有していることを想定できたものと認められる。 そして、上記前提事実(5)並びに証拠(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人大学の学長である被控訴人Y2及び同大学事務局長である同Y3は、令和3年度の新学期を迎えるに当たり、上記のような本件研究室の占有状況及び別件訴訟に係る控訴人との法的紛争を認識しながらも、それぞれ同大学の最終的な運営責任を負う者として、また、その施設管理責任者として、本件研究室の引渡しを控訴人に求めることを同大学関係者らと協議し、控訴人がこれに応じない場合は、本件研究室内の動産を運び出して別倉庫等で保管することとし、同年3月20日付けで被控訴人大学名をもって本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求める通知文を控訴人に送付したこと、これに対して、前記3(2)アのとおり、同月25日、控訴人から、本件組合を通じて、明確に上記要求を拒否する連絡とともに、強制退去は自力救済という不法行為であり、窃盗罪にもなり得る等の警告を受け、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らからも被控訴人法人の代理人弁護士ら(被控訴人Y4を含む。)に対して同様の通知がされたにもかかわらず、同月29日、被控訴人Y3は、控訴人に対して、授業担当のない方が研究室を持つことで他の先生が研究室に入れなくなるのを看過することはできない旨メールで連絡するとともに、他の職員らに指示して当初の方針どおり本件動産の撤去行為等を行ったこと、被控訴人Y2も、本件動産の撤去行為等につき被控訴人大学の学長として最終的にこれを容認する判断をしたことが認められる。 本件動産の撤去行為等が違法な自力救済に当たることは前記4のとおりであるところ、以上によれば、被控訴人Y2及び同Y3は、共謀して本件動産の撤去行為等を行ったことにつき少なくとも過失があり、民法709条、719条1項に基づき、共同不法行為者として控訴人に対し連帯してその損害を賠償する責任を負うものというべきである。また、被控訴人法人は、被控訴人Y2及び同Y3の使用者として、民法715条1項に基づき、同様に連帯して損害賠償責任を負う。 (2)なお、被控訴人Y2及び同Y3は、本件動産の撤去行為等を行うに先立ち、別件訴訟の訴訟代理人弁護士であった被控訴人Y4にその可否について相談し、適法である旨の見解が得られていたことが認められる(書証略)が、前記のとおり、控訴人が施錠された本件研究室内に相当量の動産を保管して同室を占有していることは容易に想定されていたのであるから、その占有が労働契約に伴い開始されたものであり、仮にその契約が控訴人の主張にかかわらず期間満了により終了したというべきであったとしても、物の所持者が明確に拒否しているにもかかわらず、その占有を奪うことが違法となり得ることは見やすい道理であり(例えば窃盗罪の保護法益は占有である。)、控訴人が加入していた本件組合や控訴人代理人弁護士らからも事前に同様の警告等を受けていたことを考えれば、被控訴人Y2及び同Y3において、弁護士である被控訴人Y4と相談の上適法であるとの見解が得られたというのみでは、過失がなかったということはできない。 (3)また、被控訴人Y4は、上記のとおり被控訴人Y3らから相談を受け、被控訴人法人をして本件動産の撤去行為等が適法である旨の見解を採ることに根拠付けを与え、さらに自らも被控訴人法人の代理人として自力救済の実行を予告する回答書(書証略)を控訴人代理人弁護士らに送信するなどして、被控訴人Y3らによる自力救済である本件動産の撤去行為等の実行を容易にして幇助したと認められる。 そして、被控訴人Y4が、法律専門家である弁護士として被控訴人法人による違法な自力救済の実行を容易にした点につき過失があったことは、前記3、4及び前記(2)の認定説示に照らし明らかというべきである。なお、被控訴人Y4が、被控訴人法人において本件研究室使用の必要性が高い状況にあり、自力救済も許されるとの誤った判断に至ったものであるとしても、対立する控訴人代理人弁護士らから既に自力救済の違法性を強く警告されていた状況に照らせば、少なくとも、法的手段として、いわゆる明渡断行の仮処分命令の申立て(民事保全法23条2項)が検討対象となるべきであったと考えられるが、被控訴人Y4が、被控訴人法人に対して、そのような提案をしたことがないことはもとより、検討を行ったことを窺わせる事情すらない。 したがって、被控訴人Y4が、弁護士として代理人の立場で関わったにとどまるとしても、同被控訴人もまた、本件動産の撤去行為等を幇助したものとして、民法719条2項に基づき、共同不法行為者とみなされ、他の被控訴人ら3名と連帯して控訴人に対する損害賠償責任を負うというべきである。 6 争点(4)(控訴人の損害)について 控訴人は、前記3及び4で認定説示したとおり、被控訴人らに対し、被控訴人法人との労働契約上の地位については別件訴訟で係争中であるとして、本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を明確に拒否し、自力救済は許されない旨の警告等を発したにもかかわらず、被控訴人らにより無断で本件動産の撤去行為等を受け、本件研究室の占有を奪われるとともに、ダンボール箱等41箱分にも及ぶ本件動産の占有を奪われたものである。 本件動産には、多数の書籍、講義資料及び研究資料が含まれており(書証略、別紙略)、控訴人の他校における教育活動や研究活動に支障を与えたと認められるほか、原判決言渡し後の令和4年8月31日に被控訴人法人から返還されたとはいえ,本件動産の撤去行為等の際には、控訴人の介護福祉士、保育士及び介護支援専門員の資格証明書、現金約10万円並びに卒業生から贈呈された色紙や記念品、集合写真といった重要な財物や愛着のある動産の占有も奪われていたことが認められる。 他方、被控訴人法人が、控訴人に対し、原判決言渡し後の令和4年1月19日に本件動産の返還を申し出て(書証略。なお、原判決では本件動産引渡請求が認容されたが、同認容部分につき仮執行宣言は付されていない。)、上記のとおり一部については控訴人に返還がされたこと、控訴人は、本件動産の撤去行為等により本件研究室及び本件動産の占有が侵害されたことの損害賠償を求めるものであって、所有権その他本権の侵害についての損害賠償を求めるものではないこと等を考慮すると、本件研究室の占有侵奪及び本件動産の撤去行為により控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するには20万円が相当であると判断する(なお、控訴人は、本件動産の一部の返還を受けたものの、その余の減縮後本件動産の受領を拒んだ経緯があるが、この事情を考慮しても、別件訴訟係属中に控訴人代理人弁護士らからの警告を受けたにもかかわらず敢行した自力救済である本件動産の撤去行為等の違法性は容易に看過できるものではない。)。 7 争点(5)(本件研究室及び本件動産についての引渡請求権の有無)について 前記3及び4で認定説示したとおり、被控訴人法人は、その職員らをして本件動産の撤去行為等を行い、控訴人の本件研究室及び本件動産の占有を侵奪し、本件研究室及び減縮後本件動産を現在も占有していること(前提事実(5)ク)が認められる。 なお、被控訴人法人は、本件研究室は、現在、他の教員がこれを利用している旨主張し、被控訴人法人が占有していることを否認するが、ここにいう他の教員は被控訴人法人の被用者であると認められ、前記3(6)で原判決を補正して説示したとおり、かかる被用者は被控訴人法人のために占有補助者として本件研究室を所持しているにすぎず、これによる占有者は被控訴人法人とみるべきであり、上記他の教員が自己個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情があるとは認められない。したがって、被控訴人法人の主張を前提としても、被控訴人法人が本件研究室の占有を失ったとは認められない。 したがって、占有回収の訴えとして本件研究室及び減縮後本件動産の引渡しを求める控訴人の請求には理由がある。 8 結論 以上によれば、控訴人の(1)被控訴人法人に対する〔1〕本件研究室の引渡請求及び〔2〕減縮後本件動産の引渡請求にはいずれも理由があり、(2)被控訴人らに対する損害賠償請求については、連帯して慰謝料20万円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その限度で控訴人の請求を認容すべきところ、被控訴人法人に対し(1)〔2〕本件動産(なお、控訴人は当審において、第1審で求めていた本件動産の一部を減縮し減縮後本件動産としている。)の引渡し並びに(2)慰謝料5万円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を命じる限度でこれを認容し、その余の請求をいずれも棄却した原判決は失当であり、控訴人の本件控訴は上記限度で理由があるから、原判決を変更して上記のとおり認容することとし、被控訴人法人の本件附帯控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 森崎英二 裁判官 渡部佳寿子 裁判官 岩井一真 以上:7,214文字
|