令和 5年12月14日(木):初稿 |
○「会社法339条2項不当解任理由損害賠償請求一部認容地裁判決紹介」を続けます。 ○被告Eの取締役であった原告が、正当な理由がないのに同被告の取締役から解任され、残任期分の取締役報酬相当額等の損害を被ったとして、被告Eに対し、会社法339条2項に基づく損害賠償請求として金員の支払を求め、被告Eの完全親会社であった被告Yに対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求として金員の支払を求めた事案において、請求を一部認容した平成29年1月26日東京地裁(金融・商事判例1514号43頁)関連部分を紹介します。 ○会社法339条2項は、役員解任に正当な理由がある場合を除き、当該解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について、会社に特別の賠償責任を負わせることにより、会社・株主の利益と当該役員の利益の調和を図ったものと解されるところ、同項の「正当な理由」の内容も、会社・株主の利益と当該役員の利益の調和の観点から決せられるべきものであり、具体的には、会社において当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的な事情があることをいうものと解するのが相当であるとしました。 ******************************************** 主 文 1 被告EYAは,原告に対し,2億0200万円及びこれに対する平成27年8月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告の被告EYAに対するその余の請求及び被告新日本に対する請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,原告に生じた費用の10分の7,被告EYAに生じた費用の5分の2及び被告新日本に生じた費用を原告の負担とし,原告及び被告EYAに生じたその余の費用を被告EYAの負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告らは,原告に対し,連帯して,3億3337万5000円及び内金3億2887万5000円に対する平成27年4月1日から,残り450万円に対する同年7月1日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件解任の正当な理由の有無)について (1)「正当な理由」の意義について 会社法339条は,1項において株主総会決議による役員解任の自由を保障しつつ,当該役員の任期に対する期待を保護するため,2項において,当該解任に正当な理由がある場合を除き,当該解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について,会社に特別の賠償責任(法定責任)を負わせることにより,会社・株主の利益と当該役員の利益の調和を図ったものと解される。 同項の「正当な理由」の内容も,以上のような会社・株主の利益と当該役員の利益の調和の観点から決せられるべきものであり,具体的には,会社において,当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的な事情があることをいうものと解するのが相当である。 以下,これを前提として,被告らが主張する正当の理由の有無を判断することとする。 (2)被告らの主張ア(受嘱承認手続に係る規範の不遵守等)について (中略) (12)以上によれば,前記第2の3(1)の(被告らの主張)アないしコ記載の原告の行為について,各項目ごとに独立して,会社法339条2項の「正当な理由」があるということはできない。 もっとも、前記(2)ア(オ)の原告の行為や前記(6)アの原告の対応が,EYグループに属する被告EYAの代表取締役(社長)の行為として問題のあるものであり,これらを総合すると,原告の代表取締役としての適性に疑念を生じさせる面があることは否定できないところである。しかしながら,他方,証拠(甲25,27,30,31の1・2,乙43,証人Z4,証人Z14,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被告EYAの前代表取締役会長であるZ4から,業績が低迷して営業力も低い被告EYAの収益を改善し規模を拡大することを目的として,被告EYAに招聘されたものであり(そのことは被告新日本も前提としていた。),原告自身,そのことを十分認識して同被告の代表取締役(社長)に就任したものであること,実際,被告EYAの損益は,平成24年6月期から黒字に転じ,原告の在任中は一応黒字を維持しており,同被告の従業員数も,平成24年6月期から平成27年6月期までの間の期末の人員を比較すると,毎年約100人ないし150人ずつ増加していることが認められる。これらの事実を総合すれば,原告が代表取締役として著しく不適任であると断ずることはできず,本件解任について会社法339条2項の「正当な理由」があるとまでいうこともできない。 したがって,争点1に係る被告らの主張は理由がない。 2 争点2(本件解任による損害の有無及び額)について (1)「損害」の意義等について 会社法339条2項の「損害」とは,当該解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害をいうものと解されることは,前記1(1)において説示したとおりである。 この点につき,被告らは,前記第2の3(2)(被告らの主張)アのとおり,会社と取締役との間の委任契約において,会社の解除権及び解除に伴う処理が具体的に規定されているのであれば,かかる規定に従う限り,会社法339条2項において保護すべき取締役の損失(委任契約に基づく期待権の喪失)は生じず,賠償すべき「損害」を観念することもできない旨主張する。 しかしながら,会社と取締役との間の委任契約(取締役任用契約)において,会社の無条件の解除権や解除された場合の処理が具体的に規定されたとしても,そのことをもって,当該取締役の任期に対する期待権(前記1(1)参照)が生じないなどと解することはできず,同項の「損害」を観念することができないともいえないから,被告らの上記主張は採用することができない。 (2)各損害について ア〔1〕残存任期分の役員報酬相当額(請求額6300万円)について (ア)前提事実(1),(2)によれば,本件解任当時(平成27年4月1日)の原告の取締役としての任期は,会社法332条1項本文により,平成27年7月1日~平成28年6月30日の事業年度に関する定時株主総会の終結の時までとなる。この定時株主総会の開催・終結時がいつになるかは本件解任時においては未確定であるが,本件解任時において客観的に予測された同定時株主総会の開催・終結時は,直近の重任日が平成26年9月10日であったこと(前提事実(2)ウ)に鑑みると,平成28年9月10日であったと認定するのが相当である。そうすると,本件解任時における原告の残存任期は,17か月と10日であったこととなる。 そして,原告が被告EYAから役員報酬として月額300万円の支払を受けていたことは,前提事実(2)イのとおりである。 よって,原告は,本件解任がなければ,残存任期中に,合計5200万円(300万円×17か月+300万円×10日/30日)の役員報酬を得ていたであろうと認めることはできるものの,それ以上の役員報酬を得ていたであろうと認めることはできない。 (イ)これに対し,原告は,本件委任契約に明記された原告の在任期間は5年間(平成28年12月末日まで)であり,同契約上の原告の利益は保護されるべきである旨主張する。しかしながら,会社法339条2項は,前記1(1)の説示のとおり,解任される役員の任期に対する期待を保護するため,当該解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について,会社に特別の賠償責任(法定責任)を負わせたものであり,ここでいう任期は,特別の法定責任という性質からしても,会社法上の任期をいうものと解するのが相当であるから,原告の上記主張は,それ自体採用することができない。 その点は暫く措くとして,本件委任契約上の契約期間が「平成24年1月1日又は別途書面により合意した日から2年間」(2条)とされていることは,前提事実(2)イのとおりであり,これを超えて,被告EYAが,同契約締結の際,原告との間で,原告の取締役在任期間を5年間とする旨の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。仮に,同契約締結当時,被告EYAの代表取締役会長であったZ4が,同契約に係る原告との交渉の中で,5年間やってもらうという趣旨の発言をしたことがあったとしても(証人Z4 12~13頁),その後の被告新日本との調整等を経て,原告が実際に締結した同契約の条項(2条)が上記のようなものとなった以上,上記認定を左右するものではない。 イ〔2〕追加報酬相当額(請求額1億円)について (ア)前提事実(2)イによれば,本件委任契約4条2項は,原告が被告EYAの業績向上に格別の寄与をしたと認められる場合に,両者で協議の上,追加的報酬の支給を決定すると規定するにとどまり,「業績向上に格別の寄与をした」か否かの判定基準や「追加的報酬」の額の算定基準について何ら規定していないことが認められるから,同条項のみによって,原告に具体的な報酬請求権が発生すると解することは困難であり(例えば,「業績向上」の有無を営業利益で測定すべきか,当期純利益で測定すべきか,従業員1人当たりの売上高や時間当たりの売上高で測定すべきか等は一義的に定まるものではない。),同条項は,両者間で改めて協議して追加的報酬の有無及び額を決定するという枠組みを規定したにすぎないものと解するほかはない。 そして,被告EYAにおいて,同条項が実際に適用された事例があることやその適用が具体的に予定されていたといった事情は窺われず,他に,本件解任がなければ原告が残存任期中及び任期終了時に上記の「追加的報酬」を得ていたであろうことを認めるに足りる証拠はない。 (イ)これに対し,原告は,本人尋問において,本件委任契約締結に先立ち,被告EYAの代表取締役会長であったZ4及び代表取締役社長であったZ5が,原告との間で,年間100名程度の人員増員及び就任3年後の黒字転換を条件として成功報酬3億円を支払う旨の合意をした旨供述し(原告本人13頁),Z4も同旨の証言をする(証人Z4 18頁)。しかしながら,原告は,本件訴状及びその後提出した準備書面においては,そのような内容の合意の存在を主張せず,むしろ,追加的報酬に関しては本件委任契約の規定以外には特段の合意がないとの認識を前提とするかのような主張(前記第2の3(2)(原告の主張)ア〔2〕)をしていたこと(当裁判所に顕著な事実)や,仮にZ4やZ5が,同契約に係る原告との交渉の中で,上記の合意の内容に沿うような発言をしたとしても,その後の被告新日本との調整等を経て,原告が実際に締結した同契約の条項(4条2項)が上記のようなものとなったことに徴すると,上記の供述や証言は上記認定を左右するものではない。 (ウ)よって,追加報酬相当額に関する原告の主張は採用することができない。 ウ〔3〕役員賞与相当額(請求額450万円)について 被告らは,前記第2の3(2)(被告らの主張)イ〔3〕のとおり,被告EYAの原告に対する報酬等の支払は,本件委任契約において規律され,同被告の他の取締役や従業員とは全く異なる報酬体系となっていた旨主張する。 そして,前提事実(4)によれば,本件委任契約にはMHBその他の賞与の支給に関する規定がないこと,被告EYAは,原告に対し,実際にMHBを支払ったことがなく,原告在任中,原告に対するMHBの支給に充てるための金銭を積み立てたこともなかったことが認められ,他に,原告が被告EYAの代表取締役在任中にMHBの支給対象者とされていたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,原告が,本件解任がなければ残存任期中にその主張に係るMHBの支給を受けていたであろうと認めることはできない。 よって,役員賞与相当額に関する原告の主張は採用することができない。 エ〔4〕退職一時金(請求額1億5000万円)について (ア)前提事実(2)イによれば,被告EYAにおいて,本件委任契約の締結により,同契約の解除(10条1項)によらずに原告が被告EYAの取締役を退任する場合には,株主総会における承認等を条件として,同被告は原告に対し,退職一時金を支払うこと,その額は,同契約締結日より5年未満で原告の都合により退任する場合(7条1項3号)でない限り1億5000万円とすることが,唯一の株主である被告新日本の了承も得て,決定されていたことが認められる。そして,本件解任当時,同契約10条1項の事由や同契約7条1項3号の事由が生じており又は生じる具体的な見込みがあったことを認めるに足りる証拠はない。 したがって,原告は,本件解任がなければ,任期終了時(再任された場合にはその任期終了時)に1億5000万円の退職一時金を得ていたであろうと認めるのが相当であり,本件解任によってこれを喪失するという損害が生じたというべきである。 (イ)これに対し,被告らは,被告EYAがその都合により本件委任契約を解除した場合,原告は同契約7条1項2号の退職一時金請求権を取得するのであるから,原告には損害は生じない旨主張する。しかしながら,仮に同号に基づく請求権が別途発生しているとしても,そのことをもって直ちに,本件解任による上記損害の発生(任期終了時において退職一時金を得ていたであろうとの期待権の喪失)を否定すべきものとは解されないから,被告らの上記主張は採用することができない。 (ウ)よって,退職一時金に関する原告の主張は,理由がある。 オ〔5〕弁護士費用(請求額1587万5000円)について 前記1(1)において説示した会社法339条2項の趣旨に徴すると,原告主張の弁護士費用は,「解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害」には含まれず,同項による補償の対象には含まれないと解するのが相当である。原告が主張する同項の趣旨等は,上記解釈を左右するものではない。 よって,弁護士費用に関する原告の主張は採用することができない。 (3)遅延損害金について 被告EYAの原告に対する会社法339条2項に基づく損害賠償債務については,法令上,その履行期限が定められておらず,両者間でその履行期限が定められたとの主張立証もないから,同被告は,履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うものと解される(民法412条3項)。そして,この点に係る証拠(甲8~12など)によっても,本件訴状の送達日(平成27年8月4日)よりも前に,被告EYAに対し,上記債務に係る履行の請求がされていたことを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,同被告は,本件訴状の送達日の翌日から遅滞に陥ったというべきである。 また,前記1(1)において説示したとおり,上記債務は,法定責任であって,「商行為によって生じた債務」(商法514条)には該当しないと解されるから,遅延損害金の法定利率は年5分となる(民法404条)。 3 争点3(被告新日本の不法行為及び債務不履行の有無等)について (中略) 4 結論 以上によれば,その余の争点につき判断するまでもなく,原告の請求は,被告EYAに対して合計2億0200万円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,被告EYAに対するその余の請求及び被告新日本に対する請求はいずれも理由がない。 東京地方裁判所民事第8部 裁判長裁判官 大竹昭彦 裁判官 秋吉信彦 裁判官 琴岡佳美 以上:6,523文字
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