令和 5年12月15日(金):初稿 |
○「会社法339条2項不当解任理由損害賠償請求一部認容地裁判決紹介2」を続きで、会社法第339条2項「取締役解任の正当な理由」に関する判例として令和3年1月15日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)関連部分を紹介します。 ○原告が、被告会社の取締役を不当に解任(本件解任)され、損害を被ったと主張して、同社に対し、会社法339条2項に基づく損害賠償請求として、解任されなければ得られたであろう役員報酬額の支払を求めました。 ○これに対し、原告が懇親会において取引先の参加者から過大な金額を徴収したこと及び被告会社の事務担当の女性従業員に業務外の行為を行わせたことについて、解任の正当な理由を基礎付けるものとして考慮できるが、過大徴収額は参加者1名当たり1000円余りにすぎず、その行為に原告がどの程度関与したかは明らかでなく、また、女性従業員に業務外の行為を行わせたことについても、その回数や態様が証拠上明らかでないことからすれば、いずれの事由についても、それがどの程度悪質といえるかや、それをどの程度原告に帰責できるかは明らかでない上、原告が指導や注意を受けたにもかかわらず、改善されなかったと認められるようなものはないから、本件解任に正当な理由があるとはいえないとして、原告の請求を殆ど認めました。 ○現在、「取締役解任の正当な理由」について判断が必要な事案の相談を受けており、これまで紹介した3判例内容精査して、参考にします。 ********************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,1750万円及びこれに対する平成30年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを100分し,うち1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,1750万円及びこれに対する平成30年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告が,被告の取締役として勤務していたところ,被告の取締役を不当に解任され,損害を被ったと主張して,被告に対し,会社法339条2項に基づく損害賠償請求として,解任されなければ得られたであろう役員報酬の額である1750万円及びこれに対する上記解任の日の翌日である平成30年12月4日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(証拠掲記のない事実は争いがない。) (中略) 第3 当裁判所の判断 (中略) 2 争点に対する判断 (1) 争点(1)(本件解任に正当な理由があるといえるか)について ア 会社法339条は,1項において株主総会決議による役員解任の自由を保障しつつ,2項において当該役員の任期に対する期待を保護するため,解任に正当な理由がある場合を除き,会社に特別の賠償責任(法定責任)を負わせることにより,会社及び株主の利益と当該役員の利益の調和を図ったものと解される。 そうすると,同項の「正当な理由」の内容も,上記の趣旨に従って決せられるべきであり,具体的には,会社において,当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的な事情があることをいうものと解するのが相当である。 以下,これを前提に,被告の主張する正当な理由の有無を検討する。 イ (ア) 本件懇親会の開催等 a 前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。 (a) 原告は,被告の名で,被告の取引先の各社に案内を出し,平成30年11月14日,本件懇親会を開催した。本件懇親会は,Bに無断で開催されたものであった。(甲6,7) (中略) d 上記認定事実(b)によれば,原告は,本件懇親会において,会費を1名当たり6000円として取引先の参加者から徴収していたが,この会費は当該参加者が負担すべき実費を1000円余り上回るものであったことが認められる。 この点について,原告は,本件懇親会の参加者に説明した旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告が本件懇親会において過分な会費を徴収したことについては,取引先の参加者に無断でされたものであり,被告の信用を毀損するものということができる。これは,取締役解任の正当な理由を基礎付けるものとして考慮することができる。 e 上記認定事実(a)のとおり,本件懇親会には,被告の事務担当の職員8名が参加したことが認められる。しかし,当該従業員が,その意思に反して本件懇親会への参加を強制されたことを認めるに足りる的確な証拠はない。 f 以上のとおり,本件懇親会等の開催については,原告が取引先の参加者から過剰な参加費を徴収した点についてのみ,取締役解任の正当な理由を基礎付けるものとして考慮することができる。 (イ) 原告自宅への家具等の納入 a 前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。 (a) 原告宛ての,株式会社iによる平成25年8月21日作成の見積書が存在し,物件名がa社,家具一式について,消費税を除く代金が137万0100円と記載されている(乙13)。 また,日付及び発注者の記載がないが,株式会社i宛ての注文書が存在し,物件名がa社,納入期限が同年9月30日から10月4日とされ,家具一式について,代金135万5655円(設置費,消費税込み)と記載されている(乙12)。 さらに,同年11月7日付けで,発注者として被告名と原告名が記載され,被告の会社印が押捺された,株式会社i宛ての注文書が存在し,物件名が作業費お見積もり,住所が港区青山,納入期限が同月とされ,家具一式に係る現地作業費として,代金10万5000円(消費税込み)と記載されている(乙14)。 (b) 被告は,c社のためのものとして,平成25年9月20日付けでj株式会社から,代金56万7990円(消費税別)でカーテンを仕入れ,同年10月1日付けでk株式会社から,代金38万1000円(消費税別)で冷蔵庫,ドラム式洗濯機及びブルーレイレコーダーを仕入れた(乙16,29ないし32)。 (c) 被告は,b社のためのものとして,平成25年7月12日付けでj株式会社から,代金16万2230円(消費税別)でラグマットを仕入れた。この納品先は原告居住のマンションとされている。(乙15) (d) 上記(a)ないし(c)で購入された家具家電等は,いずれも原告の居住するマンションに運ばれ,原告が使用している。 (e) 原告は,その担当する取引先であるa社に対し,別紙1記載のとおり,日付欄記載の日に,値引額欄記載の額の一括値引きを行った(乙17)。 また,原告は,その担当する取引先であるc社及びb社に対し,別紙2記載のとおり,日付欄記載の日に,値引額欄記載の額の一括値引きを行った(乙18)。 b 上記認定事実(d)のとおり,原告は,a社から家具一式を,b社からラグマットを,c社からカーテン及び家電を,それぞれ原告の自宅に納入させたことが認められる。被告は,この納入について,原告が被告商品の値引きによって対価を支払うと述べた旨主張し,証人Eもそのような証言をする。 まず,原告は,a社に対しては家具一式の代金を支払った旨主張する。上記認定事実(a)のとおり,a社の関係については,見積書の宛名が原告となっていること,注文書の発注者は明らかでないことなどからすると,証拠上,そもそも被告において仕入れたものかも明らかでなく,原告が代金を支払った旨の主張も直ちに排斥し難い。また,上記認定事実(e)によれば,a社に対する値引きの推移としては,平成22年11月以降,ほぼ毎月値引きがされており,原告が家具等の納入を受けた時期以降についても,値引き額が顕著に変化しているとまではいえない。そうすると,原告が,a社に対し,被告商品の値引きによって上記家具一式の対価を支払うと述べたとは認められない。 次に,原告は,b社及びc社から,ラグマット,カーテン及び家電の贈与を受けたものであり,被告商品の値引きによって対価を支払うと述べたことはない旨主張する。上記認定事実(b)及び(c)によれば,被告がb社及びc社のためにラグマット,カーテン及び家電を仕入れ,これらが原告に納品されたものと認められる。そして,上記認定事実(e)によれば,b社に対する値引きの推移としては,平成25年1月から同年8月までにかけて,相当額の値引きがされており,それ以降,値引額が顕著に増加しているとはいえない。そうすると,原告が,b社に対し,被告商品の値引きによって上記ラグマットの対価を支払うと述べたとは認められない。 一方,上記認定事実(e)によれば,c社に対する値引きの推移としては,平成25年9月から値引きがされているものの,その後1年半以上をかけて,合計114万円余りの値引きがされており,c社から納入された家電の代金に比して値引額が多くなっている。確かに,被告の主張するとおり,c社の関係については,値引き開始の時期が上記家電等の注文時期とおおむね一致しているということができる。また,証人Eは,原告が,被告商品の値引きによって対価を支払うと述べたと明確に証言している。 しかしながら,上記検討のとおり,a社及びb社との関係では,値引きにより対価を支払う旨約束したことも,実際にそれに従った値引きがされたことも認められない。また,証人Eにおいては,対価分がきちんと原告によって値引きされたかを最後まで確認していないというのであり(証人E・5頁),証人Eの証言を前提とするとしても,値引きにより対価が支払われるか否かに強い関心を有していないことからすると,被告の主張するような約束がされたかには疑いが残る。さらに,c社は被告との取引がほぼ100パーセントであるというのであり,被告と密接な利害関係を有していることを考慮すると,c社の代表者である証人Eの証言の信用性は減殺されるものというべきである。このような点に鑑みれば,c社の関係でも,被告商品の値引きによって上記家電等の対価を支払うと述べたとは認められない。 なお,被告は,c社との間で請求等の協議が行われたことを示す証拠として,乙32ないし36を提出するが,これらを検討しても,原告がc社から納入される家電の種類や価格を把握していたことが窺われるにとどまり(乙32),それを超えて,原告が被告からc社へ架空請求をさせて,代金相当額を支払わせたことを窺わせるものとはいえない。 c 以上によれば,原告が,自宅に納入された家具等につき,被告商品の値引きによって対価を支払うと述べたことも,そのとおりの値引きを行ったことも認められない。この点は取締役解任の正当な理由を基礎付けるものとはならない。 (ウ) 取引先への値引き (中略) 被告は,Bが原告に対して一括値引きを問題視した発言をしていること(甲7・3頁)を指摘するが,一方で,原告以外の営業担当者は一括値引きを行っていない旨主張しており,そのようなあまり行われない値引方法であるがゆえに,禁止まではされていないものの,Bが問題視したとも考えられる。実質的にも,値引きの額や割合を問題とするのではなく,方法を問題にして禁止する理由は明らかでないことからすると(被告は,このような値引き方法は,値引きの根拠が不明であり,値引きの理由や値引率等がわからなくなり,不正の温床になりかねないと主張するが,合理的な理由とは認め難い。),被告において一括値引きが禁止されていたことは認めるに足りないというべきである。 また,原告による値引きは,遅くとも平成22年から長期間に及んで行われているところ,被告において,原告による値引きを問題視して指導や注意をしたという経緯は窺われないことを考慮すると,そもそも,原告による値引きに問題があったとは考え難い。 したがって,原告による取引先に対する値引きは,取締役解任の正当な理由を基礎付けるものとはいえない。 (エ) 被告従業員へのハラスメント (中略) ウ 以上検討したところによれば,原告が本件懇親会において取引先の参加者から過大な金額を徴収したこと及び被告の事務担当の女性従業員に業務外の行為を行わせたことがあったことについて,本件解任の正当な理由を基礎付けるものとして考慮できることとなる。 しかし,本件懇親会において取引先の参加者から過大な金額を徴収したことについては,過大徴収となったのは参加者1名当たり1000円余りにとどまるし,その行為に原告がどの程度関与したかは明らかでない。また,被告の事務担当の女性従業員に業務外の行為を行わせたことがあったことについては,その回数や態様が証拠上明らかでない。そうすると,いずれの事由についても,それがどの程度悪質といえるかや,それをどの程度原告に帰責できるかは明らかでない上,原告が指導や注意を受けたにもかかわらず,改善されなかったと認められるようなものはない。 そうすると,原告について,被告の役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的な事情があるとまではいえず,本件解任に正当な理由があるとはいえない。 (2) 争点(2)(損害額)について 「解任によって生じた損害」(会社法339条2項)とは,取締役に関しては,取締役を解任されなければ残存任期中及び任期満了時に得られたであろう利益の喪失による損害と解すべきである。 前記前提事実(8)のとおり,原告が被告の取締役を解任された平成30年12月の時点で,原告の役員報酬は月額250万円であり,取締役の任期は平成31年7月までであったことが認められる。そうすると,原告は,取締役を解任されたことにより,平成31年1月分から同年7月分までの役員報酬合計1750万円を得られなくなったといえ,同額が「解任によって生じた損害」(会社法339条2項)として認められるというべきである。 3 遅延損害金について 会社法339条2項に基づく損害賠償請求権については,法令上,その履行期が定められておらず,原告と被告との間でその履行期が定められたとの主張立証もないから,被告は,履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うものと解される(民法412条3項)。そして,前記前提事実(9)のとおり,原告は,平成30年12月26日,被告に対して上記の損害賠償請求をしたと認められるところ,それ以前に,上記債務の履行請求をしていたことは窺われないから,被告は,当該請求の日の翌日である同月27日から遅延損害金の支払義務を負うというべきである。 そして,同日は平成29年法律第44号の施行日の前であるから,遅延損害金の利率は,同法による改正前の民法所定の年5分の割合となる。 第4 結論 以上の次第で,原告の請求は,主文第1項掲記の限度で理由があるが,その余は理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第16部 (裁判官 益留龍也) 以上:6,275文字
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