令和 5年12月13日(水):初稿 |
○取締役を不当解任されたとして、以下の会社法339条2項に基づく取締役の不当解任を理由とする損害賠償請求が認められた事案を探しています。 第339条(解任) 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。 2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。 ○被告会社の代表者の妻で、同社の取締役であった原告が、平成29年5月22日に開催された被告会社の臨時株主総会において取締役を解任されたこと(本件解任)について、同解任には正当な理由がなく、また、本件解任は不法行為にも該当するとして、被告会社に対し、会社法339条2項及び民法709条に基づき、損害金の一部である7500万円の支払等を求めました。 ○これに対し、被告会社が主張する本件解任の正当理由はいずれも認められる一方で、本件解任の背景には、被告会社の代表者と原告との離婚をめぐる紛争があることは否定できないものの、同解任について不法行為に該当するほどの違法性を基礎付ける事実は認められないとした上で、本件解任と相当因果関係のある原告の得べかりし取締役報酬相当額の損害は、算定期間を本件解任から2年間に限定した1920万円と認めるのが相当であるとした令和2年3月4日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)関連部分を紹介します。 ********************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,1920万円及びこれに対する平成29年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,7500万円及びこれに対する平成29年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,被告代表者の妻であり被告の取締役であった原告が,平成29年5月22日に開催された被告の臨時株主総会において取締役を解任された(以下「本件解任」という。)ことについて,本件解任には正当な理由がなく,また,本件解任は不法行為(民法709条)にも該当する旨主張して,被告に対し,会社法339条2項及び民法709条に基づき,損害金合計9025万1612円のうちの一部である7500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年9月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 1 前提事実(争いのない事実は,証拠を掲記しない。) (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件解任に正当な理由があるか否か)について (1) 本件増額について ア 被告は,平成28年7月に原告の取締役報酬を従前の月額50万円から月額80万円に引き上げた本件増額は,被告の株主かつ取締役である被告代表者及びBの了解を得ることなく行われた旨主張し,これを本件解任の理由として主張する。 イ そこで検討するに,後掲各証拠によれば,本件増額に関連して,以下の各事実が認められる。 (ア) Bは,平成19年春頃に被告の業務から引退する際,従前自らが担当していた被告の経理業務を原告に引き継ぎ,被告の実印及びB個人の印鑑を原告に引き渡した。Bは,被告の株主及び取締役の地位にとどまったものの,以後,被告の経営を被告代表者及び原告に包括的に一任することにし,被告代表者及び原告の決定した経営方針に異議を述べることはなかった。(甲19,41,乙10,11,15,被告代表者本人,原告本人) (イ) 被告代表者と原告との夫婦仲は,被告代表者がCと交際していることが発覚した平成28年3月頃から悪化し,被告代表者は,同年5月,被告の本店所在地である事務所(1階部分)兼自宅(2階部分)を出て,原告及び原告との間の3人の子供と別居を開始した。被告代表者は,上記別居後も,毎日のように被告事務所に出勤していた。(甲19,41,乙12,15,被告代表者本人,原告本人) (ウ) 被告は,平成27年7月から平成28年6月までの決算期において,約324万円の営業利益を計上した(甲42,乙15,原告本人)。 これを受けて,原告は,節税対策や原告の業務量増加を考慮して被告の顧問税理士と相談の上,同年7月14日頃,被告代表者に対し,同月から被告代表者の取締役報酬を月額70万円から月額80万円に引き上げ,原告の取締役報酬を月額50万円から月額80万円に引き上げる本件増額を行うことを提案し,被告代表者の同意を得て,これに沿った取締役会議事録及び株主総会議事録を作成した(甲9,41,乙12,原告本人)。 (エ) 平成28年7月から,被告代表者の取締役報酬として増額後の月額80万円が被告代表者名義の銀行預金口座に毎月振り込まれ,原告の取締役報酬として本件増額後の月額80万円が原告名義の銀行預金口座に毎月振り込まれ,両口座を管理していた原告が,原告及び3人の子供の生活費,子供の教育費等をそこから支出するなどしていた(乙5,12,13の1・2,被告代表者本人,原告本人)。 (オ) 被告代表者は,平成28年以降,毎月顧問税理士から被告の月次決算について報告を受けていた。また,被告代表者は,平成29年3月,税理士に依頼して被告代表者個人の確定申告を行ったが,その確定申告書には,給与所得として890万円と記載されていた。(甲22,被告代表者本人,原告本人) ウ 上記イ(ウ)の事実によれば,本件増額について,被告代表者の同意は得られていたといえる。そして,上記イ(ア)の事実によれば,Bは,被告の経営を被告代表者及び原告に包括的に一任していたのであるから,結局,被告の全株主の同意を得て行われた本件増額は有効というべきであり,本件増額が被告代表者及びBの了解を得ることなく行われたから本件解任には正当な理由がある旨の被告の主張は,理由がない。 また,原告が被告代表者及びBの意思に反して取締役会議事録(甲9)を偽造した事実は認められず,かかる事実に基づき本件解任には正当な理由がある旨の被告の主張もまた,理由がない。 エ これに対し,被告代表者は,本件増額に同意したことはなく,平成29年5月に被告の決算書の概要を見て会計士から指摘を受けて初めて本件増額を知った旨陳述(乙11)ないし供述(被告代表者本人)する。 しかしながら,平成28年7月から平成29年5月までの間毎月,被告代表者名義の銀行預金口座に増額後の被告代表者の取締役報酬が振り込まれ(上記イ(エ)の事実),被告代表者が顧問税理士から被告の月次決算について報告を受けていたこと(上記イ(オ)の事実)や,同年3月には被告代表者が税理士に依頼して増額後の報酬額を前提とした個人の確定申告を行ったこと(同事実)に照らすと,被告代表者の上記陳述ないし供述は,採用することができない。 オ したがって,本件増額は,本件解任についての正当な理由とは認められない。 (2) 本件借入れについて ア 被告は,本件借入れは,原告が被告代表者及びBの了解を得ることなく単独で決定し,被告代表者に対して「借入れの審査のための書類である」と虚偽の説明をして調印させたものである旨主張し,これを本件解任の理由として主張する。 イ そこで検討するに,後掲各証拠によれば,本件借入れに関連して,以下の各事実が認められる。 (ア) 原告は,平成28年7月頃,同年8月には被告従業員への賞与,自動車の仕入代金,税金等の各支払が重なるため被告の資金繰りが厳しいことを認識し,また,顧問税理士から資金調達の必要性を指摘された。そこで,原告は,Bに対し,被告への300万円の融資を依頼したが,断られた。(甲41,乙6の1・2,被告代表者本人,原告本人) (イ) 原告は,被告代表者と相談の上,芝信金の担当者を被告事務所に呼び,芝信金に対して融資の相談をすることにした。 芝信金の担当者は,平成28年7月22日頃,被告事務所を訪れ,被告代表者及び原告に本件借入れについて説明をした。被告代表者は,同説明を聞いた上で,本件借入れに係る「金銭消費貸借証書」(甲13,乙2),「変動金利適用に関する特約書」(甲14)及び「特定保証約定書」(甲15)の各連帯保証人欄にいずれも署名した。(甲13ないし15,41,乙2,被告代表者本人,原告本人) ウ 上記イ(イ)の事実によれば,本件借入れについて,被告代表者の同意は得られていたといえる。そして,上記(1)イ(ア)の事実によれば,Bは,被告の経営を被告代表者及び原告に包括的に一任していたのであるから,結局,本件借入れは被告の全株主の同意を得て行われたというべきであり,原告が被告代表者及びBの了解を得ることなく本件借入れを行ったから本件解任には正当な理由がある旨の被告の主張は,理由がない。 また,原告が被告代表者に対して「借入れの審査のための書類である」と虚偽の説明をした事実は認められず,かかる事実に基づき本件解任には正当な理由がある旨の被告の主張もまた,理由がない。 エ これに対し,被告代表者は,本件借入れに同意したことはなく,借入れの審査のための書類である旨の説明を受けて内容を十分確認しないまま契約書類に署名したにすぎない旨陳述(乙11)ないし供述(被告代表者本人)する。 しかしながら,被告代表者は,芝信金の担当者から本件借入れについて説明を受けた上で,「金銭消費貸借証書」,「変動金利適用に関する特約書」及び「特定保証約定書」と題する契約書類に自ら署名していること(上記イ(イ)の事実)に照らすと,被告代表者の上記陳述ないし供述は,到底信用することができない。 オ したがって,本件借入れは,本件解任についての正当な理由とは認められない。 (3) 被告の信義則違反の主張について ア 被告は,原告が,①被告の売上げとして取り扱うべきa社からの「販売奨励金」を被告代表者個人名義の銀行口座に入金させていたため,被告が税務調査の結果修正申告を余儀なくされたことや,②取締役の任期が10年に伸長されたことを前提とした虚偽の登記申請を行ったことを理由として,本件解任に基づく損害賠償請求を行うことは信義則上許されない旨主張する。 イ しかしながら,a社からの「販売奨励金」を被告代表者個人名義の銀行口座に入金させた者が原告であることを認めるに足りる的確な証拠はない。かえって,玉川税務署長の作成に係る法人税の加算税の賦課決定通知書によれば,被告代表者が上記「販売奨励金」を個人的に費消した事実が認定されている(乙8,9)のであって,被告の上記ア①の主張は,理由がない。 また,取締役の任期が10年に伸長されたことを前提とした登記申請が虚偽のものではないことは,後記2(1)イで判示するとおりであるから,被告の上記ア②の主張もまた,理由がない。 ウ したがって,原告が本件解任に基づく損害賠償請求を行うことは信義則上許されない旨の被告の上記アの主張は,理由がない。 (4) 原告の不法行為の主張について 以上によれば,本件解任には正当な理由があるとは認め難い。 原告は,本件解任が被告による不法行為(民法709条)に該当する旨主張する。確かに,本件解任の背景には,被告代表者と原告との離婚をめぐる紛争があることは否定できないものの,取締役は正当な理由がなくても株主総会の決議によっていつでも解任することができる(会社法339条1項)のであって,本件解任について,不法行為に該当するほどの違法性を基礎付ける事実は認められない。 したがって,本件解任が不法行為に該当することを前提とした原告の慰謝料及び弁護士費用に係る損害賠償請求は,認められない。 2 争点(2)(損害の発生及び数額)について (1) 取締役の任期の伸長について ア 後掲各証拠によれば,取締役の任期の伸長について,以下の各事実が認められる。 (ア) 被告の原始定款によれば,被告の取締役の任期は2年であったが,平成23年に被告の事業年度を変更した際,原告は,被告の取締役の重任登記が平成18年4月26日付けでされた後は1度もされていないことに気付き,被告代表者に対し,取締役の重任登記手続を2年ごとに行うことの煩瑣を理由として,被告の取締役の任期を2年から10年に伸長することを提案したところ,被告代表者はこれを承諾した。そこで,原告は,「取締役の任期は,選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。」との定款変更を決議した議事録を作成し,上記のとおり定款の記載を変更した。(甲3,41,乙4,原告本人) (イ) 被告は,平成28年7月5日付けで,平成27年8月24日開催の被告の定時株主総会議事録を添付書類として,被告の取締役である被告代表者,B及び原告が同日付けで被告の取締役に重任された旨の変更登記を申請し,同変更登記がされた(甲2,乙3)。 イ 上記アの事実によれば,被告の取締役の任期を10年に伸長する旨の定款変更を行うことについて,被告代表者の同意は得られていたといえる。そして,上記1(1)イ(ア)の事実によれば,Bは,被告の経営を被告代表者及び原告に包括的に一任していたのであるから,結局,被告の全株主の同意を得て行われた上記定款変更は有効というべきである。したがって,被告の取締役の任期が10年に伸長されたことを前提とした上記ア(イ)の登記申請が虚偽のものとは認められない。 そうすると,平成27年8月24日付けで取締役に重任された原告の任期は,平成37年8月に開催予定の被告の定時株主総会の終結の時までであるというべきである。 (2) 会社法339条2項に基づく原告の損害について 上記1で判示したとおり,本件増額後の原告の取締役報酬は月額80万円であり,本件解任には正当な理由があるとは認められない。 そうすると,被告は,会社法339条2項に基づき,本件解任と相当因果関係のある原告の得べかりし取締役報酬相当額の損害賠償義務を負うというべきである。 原告の取締役としての残任期は,本件解任時(平成29年5月22日)から約8年3か月後である平成37年8月までであるが,そのような長期間にわたって被告の経営状況や原告の取締役としての職務内容に変化が生じないとは考え難く,上記残任期満了まで本件解任時の月額報酬を受領し続けることができたと推認することは困難というほかない。現に,本件解任の約10か月前にされた本件増額前の原告の取締役報酬は月額50万円にとどまっていたのであり,被告は,本件解任直後の平成29年6月期には,約136万円の営業損失を計上して赤字に転じ,同年8月29日付けの被告の定時株主総会において,被告代表者の取締役報酬は,月額80万円から50万円に減額されている(甲23,乙15)。また,原告は,本件解任から相当期間経過後は,他に転職して収入を得ることも十分可能であったと考えられる。 このような事情に照らすと,本件解任時の原告の取締役報酬である月額80万円を損害額算定の基礎とするとしても,本件解任と相当因果関係のある原告の得べかりし取締役報酬相当額の損害は,次の計算式のとおり,算定期間を本件解任から2年間に限定した1920万円と認めるのが相当である。 (計算式) 月額80万円×24か月=1920万円 第4 結論 よって,原告の本訴請求は,主文記載の限度で理由があるからこれを認容するが,その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第8部(裁判官 坂田大吾) 以上:6,519文字
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