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債務者破産宣告で商事留置権の留置的効力は消滅するとした地裁判決紹介

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令和 5年11月 7日(火):初稿
○破産と商事留置権に関する判例を探しています。
A会社が発注した建物を建設業者Y会社が完成させたが、A会社が建築代金を支払わなかったため商事留置権を行使し、その存続期間中Yが右建物を第3者に賃貸する旨の合意がYA間に成立していました。

○その後A会社が破産宣告を受け、破産管財人XがY会社に対し、この建物の明渡を求めて提訴した事案で、商事留置権が破産宣告により特別の先取特権とみなされるとしながら、民事留置権と同様その本来的効力たる留置的効力は消滅するとして、Xの請求を認容した平成9年5月7日東京地裁判決(判時1637号129頁、判タ961号281頁)関連部分を紹介します。

○関連条文は次のとおりです。
破産法
第3節 商事留置権の消滅
第192条
 破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき商法又は会社法の規定による留置権がある場合において、当該財産が第36条の規定により継続されている事業に必要なものであるとき、その他当該財産の回復が破産財団の価値の維持又は増加に資するときは、破産管財人は、留置権者に対して、当該留置権の消滅を請求することができる。
2 前項の規定による請求をするには、同項の財産の価額に相当する金銭を、同項の留置権者に弁済しなければならない。
3 第1項の規定による請求及び前項に規定する弁済をするには、裁判所の許可を得なければならない。
4 前項の許可があった場合における第2項に規定する弁済の額が第1項の財産の価額を満たすときは、当該弁済の時又は同項の規定による請求の時のいずれか遅い時に、同項の留置権は消滅する。
5 前項の規定により第1項の留置権が消滅したことを原因とする同項の財産の返還を求める訴訟においては、第2項に規定する弁済の額が当該財産の価額を満たさない場合においても、原告の申立てがあり、当該訴訟の受訴裁判所が相当と認めるときは、当該受訴裁判所は、相当の期間内に不足額を弁済することを条件として、第1項の留置権者に対して、当該財産を返還することを命ずることができる。


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主   文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)ないし(四)の各建物を明渡せ。
二 被告は、原告に対し、平成7年10月17日から右明渡済みまで1か月400万円の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告に対し、金8800万円及びこれに対する平成7年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、仮に執行することができる。

事   実
第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨
 主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 当事者の主張
一 請求原因


     (中略)

理   由
一 請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

二 本件建物についての被告の賃貸権限、賃料収受権及び占有権原の有無について
1 本件合意は、破産会社と被告との間で本件建物について被告が商事留置権を有することを確認し、これを前提として、右商事留置権が存続する間、被告が本件建物を第三者に賃貸して賃料を収受すること及び右賃料を被告の破産会社に対する債権の弁済に充当することを認めるものである。したがって、本件合意に基づく本件建物の賃貸権限、賃料収受権限及び占有権原は、原則として商事留置権の発生及び消滅と命運を共にするものである。

(もっとも、商事留置権自体は存続していても、留置権者による留置物の賃貸についての債務者の承諾の効力のみが否認権の行使により否定される場合もあり得るが、後述するように、本件においては否認権行使の成否について判断する必要がない。)
 なお、商事留置権は法定担保物権であるから、商事留置権自体は、当事者の合意内容によってではなく、法定の要件に従って発生、消滅するものである。

 そこで、被告の本件建物についての商事留置権の存否につき判断する。
 破産法93条一項によれば、商事留置権は、債務者が破産宣告を受けることにより、特別の先取特権とみなされる。これに対し、同条二項によれば、民事留置権は破産手続上その効力を失う。
 商事留置権については、これが商行為に基づくもので、特にその担保力を尊重する必要から、特別の先取特権としての優先的効力が付与されたものである。この特別の先取特権は、他の特別の先取特権に劣後するものである。

 ここで、仮に、商事留置権が破産宣告をもってこのような特別の先取特権に転化しながら、破産宣告前に有していた留置的効力を併せて保持すると解するならば、商事留置権者は、自ら別除権を行使しない場合には、目的物の換価のための引渡しを求める破産管財人に対して被担保債権の弁済を受けるまで引渡しを拒絶できることになるが、そうなれば破産手続きを早期に進行させるべきとする法の要請に反することになる。

他方、右のような事態を回避すべく破産管財人がこれを受け戻して自ら換価処分を行おうとすると、破産管財人は商事留置権者に対し被担保債権額を弁済しなければならなくなるが、そうすると、商事留置権者は自ら別除権を行使する場合には目的物の換価代金から他の優先する別除権者に遅れて満足を受け得るにすぎないにもかかわらず、事実上他の担保権者に優先して弁済を受ける権能を有しているのと変わりがなくなってしまい、同条一項がわざわざ特別の先取特権を付与して別除権者としたうえ、留置権が本来担保権として薄弱なものであることを考慮して、その順位を他の特別の先取特権よりも後順位におくこととした趣旨が没却されることになる。

 したがって、商事留置権については、債務者について破産宣告がなされることによって、本来有していない優先弁済権能を付与される代わりに、民事留置権と同じく、破産宣告前にその内容となっていた本来的効力たる留置的効力は消滅するものと解するのが相当である。

 なお、会社更生法161条の2は、更生管財人による商事留置権の消滅手続に関する定めをおいている。しかしながら、これは、会社更生にあっては、更生開始から更生計画認可までの間は会社を維持・存続させる必要があるところ、商事留置権は更生担保権として抵当権等の他の担保権と同一の取扱いをされ,更生手続中も商事留置権は存続することになるが、商事留置権はその性質上目的物の占有を伴うものであって、会社の維持・存続に支障を来たす恐れがあることから、これを回避することができるように、目的物の価額に相当する金銭の供託をもって更生管財人が一方的に商事留置権を消滅させる途を開いたものである。したがって、この規定を根拠にして破産の場合に商事留置権の留置的効力が存続するものと解するのは相当ではない。

 被告はその他にも商事留置権の留置的効力が債務者の破産後も存続する根拠として縷縷主張するが、それらは畢竟独自の見解にすぎず、いずれも採用できない。

2 そうすると、不動産についても商人間の留置権が成立するものであり被告が本件建物について商事留置権を取得していたとしても、破産会社の破産によって被告の有する右商事留置権は特別の先取特権に変わり、それ自体の効力は消滅したものというべきである。そして、本件合意は被告が右商事留置権を有することを前提に被告に本件建物の賃貸権限及び賃料収受権限を認めるものであるから、その前提が少なくとも破産会社についての破産宣告の日以降については存在しない以上、右同日以降、被告は本件合意に基づく本件建物の賃貸権限及び賃料収受権限を有していないものというべきである。

三 被告の本件建物の明渡義務について
 前記二に説示したところによれば、被告は原告に対し、本件建物を明け渡す義務を負うものである。
 この点に関し、被告は、その有する別除権を行使する意思を有しなくなった時点で被告は本件建物を原告に返還する義務を負うにすぎないところ、本件建物については、従前から原告と被告との間で任意売却に向けた協議を続けて来たものであり、原告から右協議を打ち切る旨の通知は未だなされていないので、被告において別除権を行使するかどうかの意思決定を行う段階にはなく、したがって、被告の原告への本件建物の返還義務は未確定である旨主張する。

 しかしながら、原告が被告に対し返還を求めているのは不動産である本件建物であり、本件建物の返還によりその占有が原告に移転しても、被告の別除権の行使の妨げとはならないから、被告は本件建物の占有権原を失った破産宣告時に直ちにこれを原告に返還する義務が発生したものというべきである。のみならず、仮に、被告が破産管財人である原告から本件建物の返還請求を受けたにもかかわらず速やかに別除権を行使しなかった時に初めて本件建物の返還義務が発生しその履行期が到来すると解されるとしても、当事者間に争いがない請求原因9のとおり、原告は被告に対し平成7年11月15日までに本件建物の第三者との賃貸借契約を原告に承継させるよう催告しており、第三者に対する賃貸という形態で本件建物を間接占有していた被告に対する右催告は、本件建物の返還を請求する趣旨であると認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、被告は右催告を受けた後速やかに別除権を行使していないことが明らかであるから、右催告の期限である平成7年11月15日には被告の本件建物返還義務は確定しその履行期が到来したものというべきである。

 被告の右主張は採用できない。

四 被告の不当利得返還義務について
 また、前記二に説示したところによれば、被告は、破産会社が破産宣告を受けた日の翌日以降、被告が本件建物を占有することによって得る利益を保持する法律上の原因は存在せず、一方、原告は、被告が本件建物の引渡しをしないことによって本件建物の賃料相当額の損失を被っているものというべきであるから、被告は原告に対し、不当利得として本件建物の賃料相当額の支払義務を負うものである。そして、証拠(甲六ないし八)及び弁論の全趣旨によれば、本件建物の一か月の賃料相当額は400万円を下回らないものと認められる。

 原告が、平成7年10月26日、被告に対し同年11月15日までに第三者との本件建物の賃貸借契約を原告に承継させ、かつ、既受領賃料を原告に返還するよう催告したこと(請求原因9)は、当事者間に争いがない。そして、右は、被告が法律上の原因なくして取得した利得の返還を催告する趣旨を含むものと認められる。

 被告は、また、被告が本件建物について商事留置権による果実収取権を有しているうえ、破産法93条1項によって認められる特別の先取特権も賃料に及ぶから、原告に賃料相当の損失が認められる余地はないと主張する。

 しかし、前記二に認定したように、被告は少なくとも破産会社についての破産宣告の翌日以降は本件建物について商事留置権を有していないため、これに基づく果実収取権は右時点以降存在しないし、仮に被告が商事留置権から転化した特別の先取特権に基づいて賃料の差押えをする可能性があったとしても、これは原告の受けるべき利益の一部又は全部を被告が物上代位という法定の手続きによって取得できる理論的可能性があった、ということにとどまるものである。

 被告はかかる法定の手続をとらず、しかも無権限で本件建物の賃貸を行って占有を継続したことにより、原告は自ら本件建物を賃貸するなどして収益を上げる機会を奪われ、賃料相当額の損失を被ったものというべきである。

五 本件明渡請求が権利濫用に当たるかどうかについて
 被告は、破産財団は本件建物を放棄せざるを得ないこと、原告の本件建物の明渡請求は、原告による本件建物の換価処分の準備としてなされているものではないこと、本件建物の明渡請求は、第一順位の抵当権者である北陸銀行への配当を増やすためのものでしかないことを理由に、本件建物の明渡請求が権利濫用に当たると主張する。

 しかしながら、破産管財人は、破産財団の管理及び処分をなす権利を有し、これに応じた義務を負っているところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の占有を排除しておくか否かで別除権行使による換価額には大きな影響があることから、右破産管財人の義務を果たすべく本件建物の返還を請求していることが認められ、また、被告に本件建物の明渡義務がある以上、原告は、破産管財人として、被告から本件建物の明渡しを受けて十分調査をした後、本件建物を破産財団から放棄するかどうかを決定する義務があるものと解される。

被告は、原告が本件建物を占有することになれば、賃借人から賃貸借契約の解約が予想されるというが、これを裏付ける何らの証拠もないし、本件建物の明渡請求が認められることにより、北陸銀行への配分が増えるとしても、それは結果としてそうなるというだけのことであり、右認定を覆し、原告がそのことを目的に本件明渡請求をしていると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告の右主張は理由がない。

六 被告と破産会社の間の賃貸借契約の存否について
 被告は、破産会社との賃貸借契約に基づく占有権原を主張するところ、別紙物件目録記載(一)の物件に関しては、破産会社を賃貸人、被告を賃借人と表示した「賃貸借契約書」と題する書面(乙9)が存在し、本件建物について被告が賃貸借契約締結の日であると主張する平成4年5月20日を設定日とする賃借権設定の仮登記が同年6月1日付けでなされていることが認められる(甲一ないし四)。

 しかしながら、被告は、本件建物のうち別紙物件目録記載(一)の建物につき、平成4年1月31日付けで、被告のケントハウス株式会社に対する債権を被担保債権とする抵当権の設定を受け、同年2月3日付けで抵当権設定登記を経由しており、同(二)ないし(四)の各建物につき、右賃借権設定と同日付けで、右債権を被担保債権とする抵当権の設定を受け、右仮登記と同日付けで抵当権設定登記を経由しているところ、右書面には破産会社の当時の代表者の記名捺印がなされてはいるものの、被告代表者については記名のみで捺印がなされていないうえ、賃料額が著しく低廉でおよそ対価性が認められず、また、弁論の全趣旨によれば、被告から破産会社または原告に対して、一度もその賃料が支払われたことがないことが認められ、これらの事実に被告の右主張は本件訴訟の最終段階になって突然提出されたものであることも考え併せれば、右賃貸借契約は、右抵当権設定登記以後競売申立てに基づく差押えの効力が生じるまでに対抗要件を備えることによって抵当権者に対抗することができる第三者の短期賃貸借を排除し,それにより本件建物の担保価値を保全する手段として締結され仮登記を経由したものにすぎず、当事者間に真実賃貸借契約を締結する意思があったとは到底認められないから、右賃貸借契約が形式上成立したものとみられるとしても、その効力を生じないものと認めるのが相当である。
 したがって、賃貸借契約を理由とする被告の本件建物の占有権原に関する主張は理由がない。

七 以上の事実によれば、原告の本件請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法89条を、仮執行の宣言につき同法196条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 若林弘樹 松井信憲
物件目録〈略〉
以上:6,325文字

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