令和 5年 5月23日(火):初稿 |
○「特定退職金共済制度退職金と会社規定退職金について判断した地裁判決紹介」に続いて、特定退職金共済契約に関する判例を紹介します。 ○A会社及びB会社の従業員であった原告らが、両会社が原告らを被共済者として被告との間で締結した特定退職金共済契約につき、両会社が原告らに無断で解約手続をとったとして、改めて被告に対し、解約手当金等を求めました。A・B会社はいずれも、その後、破産乃至廃業し、支払能力がなくなっています。 ○これに対し、本件退職共済契約は、被共済者の受益の意思表示によって直接被共済者が解約手当金等の受給権を取得するものと解されるから、第三者のためにする契約と認めるのが相当であり、原告らが、解約申出書において振込先を自ら指定していたとはいえず、A会社の預金口座に解約手当金を振り込んだことが原告らの指定によるものとは認められない等として、本訴請求は認容した平成14年2月25日福井地裁判決(裁判所ウェブサイト)関連部分を紹介します。 ************************************************ 主 文 1 被告は,別紙請求一覧表「氏名」欄記載の各原告に対し,同表「請求金額」欄記載の各金額及びこれらに対するいずれも平成7年4月1日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はすべて被告の負担とする。 4 この判決の第1項は仮に執行することができる。但し,被告が各原告につき上記「請求金額」欄記載の金額の各8割に相当する担保を供するときは,それぞれ仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 被告は原告らに対し,別紙請求一覧表「請求金額」記載の金員及びこれに対する平成7年3月27日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言 第2 事案の概要 本件は,A株式会社及び株式会社Bがその従業員である原告らを被共済者として被告との間に締結した特定退職金共済契約につき,両会社が原告らに無断で解約手続をしたとして,改めて被告に対し,解約手当金及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 前提事実(争いのない事実以外は末尾に認定証拠を掲記した。) (一)当事者 原告C,原告D,原告E,原告Fの4名は株式会社Bの,その余の原告らはA株式会社の各従業員であった。 A株式会社及び株式会社Bは被告との間で,原告らを被共済者とする特定退職金共済契約(以下「本件退職共済契約」という。)を締結していた。 なお,A株式会社及び株式会社Bは,平成7年5月15日に全従業員を解雇し,A株式会社は同年5月18日に福井地方裁判所に会社更生の申立てをしたが,結局,平成8年2月5日福井地方裁判所において,破産宣告を受けた。株式会社Bは破産申立をしていないが,A株式会社が破産宣告を受けた頃,事実上,営業を廃止した。 (二)特定退職金共済契約(本件退職共済契約) (中略) 第3 争点に対する判断 1 争点1(本件退職共済契約は第三者のためにする契約か)について甲1,9によれば,本件退職共済契約は,被告が定めた「地区事業所特定退職金共済制度規約」(甲9)に従って運営されているところ,同規約には,「被共済者」は退職金共済契約により被告がその者の退職について退職一時金等を支給する者をいう(2条4項)と定められ,同契約の締結は事業主に限られる(3条1項)が,給付金は被共済者が退職したときにその者に退職一時金等が,死亡退職のときはその遺族に遺族一時金等が支給され(9条1項,10条1項),共済契約者が契約を解除するには被共済者の同意が必要であり(13条4項1号),契約が解除されたときは被共済者に解約手当金が支給される(14条1項)ことが定められている。 そして,被告作成の「特定退職金共済のしおり」(甲1)にも,「いかなる場合にも事業主は給付金の受取人になることはできない」旨が明記されている。 そうすると,本件退職共済契約は,被共済者の受益の意思表示によって直接被共済者が解約手当金等の受給権を取得するものと解されるから,第三者のためにする契約と認めるのが相当である。 2 争点2(A株式会社への弁済の効力)について (一) A株式会社及び株式会社Bが,平成7年3月18日,被告に対し,本件退職共済契約を解除する旨の意思表示をしたことは争いがない。 上記規約13条4項1号によれば,共済契約者が同契約を解除するには,被共済者(原告ら)の同意が必要であるが,同意がないとしても,原告らは,本訴状において,A株式会社及び株式会社Bがした解除の意思表示を追認しているから,同契約は平成7年3月18日に遡って有効に解除されたことになり,原告らは,被告に対する本件退職共済契約に基づく解約手当金請求権を取得したものということができる。 (二) 次に,被告は,上記解約手当金をいずれもA株式会社の預金口座に振り込んだことは前提事実(三)のとおりであるので,その振込が原告らの指定によるものか否かにつき検討する。 (1) 本件退職共済契約の解除に際しては,解約手当金の支払先としてA株式会社の預金口座が記載された原告ら名義の「解約申出書」が被告に提出されている(乙1ないし58)。 同振込先の記載が原告らの指定によるものであれば,被告のした振込は有効となり,原告らは重ねて解約手当金の支払を請求する権利を有しないことになる。 (2) 「解約申出書」の成立に関する原告らの主張は別紙「認否表」に記載のとおりである。すなわち,自己の印鑑を自ら押印したというのは原告M,原告N,原告O,原告Pの4名(以下「甲グループ」という。),自己の印鑑であるが会社の担当者に渡して同担当者が押印したというのは原告Q他27名(以下「乙グループ」という。),自己の印鑑が押印されていないとするのが原告R他27名(以下「丙グループ」という。)である。 (3) ところで,証拠(甲11ないし13,証人Sの証言,原告O,原告T,原告U各本人尋問の結果)によれば,Sは,A株式会社の総務部に所属しK社長の秘書を務めるとともに株式会社Bの経理も担当していた者であるが,同社長の指示により,A株式会社の運転資金を調達するために本件退職共済契約を解除してその解約手当金を徴収する事務を担当し,そのために両社の全従業員から印鑑を集めて「解約申出書」を作成したこと,同女は,従業員への事情説明は会社の幹部がしていると考えて,格別事情を説明しないまま,平成7年3月18日に,多くは従業員から印鑑を預かって「解約申出書」の「受取人記入欄」に押印したこと,中には事情説明を求める従業員もいたが,大勢の従業員が同女の下に一時に集まっていたため,詳しい事情を説明しないまま,ともかく印鑑を預かることを優先し,同女に預けたくない者には自ら押印させたこと,そして,早急に全従業員から「解約申出書」に押印を受ける必要上,印鑑を所持しない者については同女が無断で印鑑を調達して押印したものもあったこと,その後,同女がその「受取人記入欄」に原告らの住所氏名を記入し,振込先にはすべてA株式会社の預金口座を記入して「解約申出書」を作成し,これを被告に一括提出したことが認められる。 これら認定の事実に照らすと,上記丙グループの原告らにつき,印鑑が同原告らのものではないとする主張を排斥する根拠はなく,その資料もないから,同原告ら名義の「解約申出書」が真正に成立したと認めるには足りない。 また,上記乙グループの原告らについても,印鑑を預けた者の一人である原告Tは,「本件退職共済契約があることは当時知らず,預け替えといわれて社内預金のことと思って,印鑑を預けた。」と供述しているのであって,同グループの原告らが本件退職共済契約解除の手続と知って了解の上印鑑を預けたとは必ずしも認め難く,ましてや,振込先をA株式会社の預金口座に指定することを承諾していたとまでは認めるに足りる証拠がない。 さらに,上記甲グループの原告らについても,自ら押印した者の一人である原告Oは,「Sから指示されるままに不動文字以外の白地の『解約申出書』に押印したが,当時本件退職共済契約が存在することも知らなかったので,振込先までは知らなかった。」旨を供述しているのであって,同グループの原告らも振込先を了解して押印したとは認められない。 (4) 以上によれば,原告らが「解約申出書」において振込先を自ら指定していたとはいえず,A株式会社の預金口座に解約手当金を振り込んだことが原告らの指定によるものとは認められない。 (三) そこで,A株式会社の預金口座への振込が債権の準占有者に対する弁済として有効となるか否かを検討する。 (1) 証拠(甲1,9,乙62,証人Vの証言)及び弁論の全趣旨によれば,(ア)従来の特定退職金共済契約においては,被共済者に支払われるべき給付金が事業主の預金口座に振り込まれるという実情もあったが,平成5年3月頃,監督官庁から被共済者に確実に支給されるよう運用改善の指導がなされたこと,(イ)それを受けて,日本団体生命でも,全国の商工会議所と協議の上,商工会議所名で各事業主宛に今後は被共済者に直接支給するよう書面で通知を発したこと,(ウ)被告も,上記規約で給付金を支給するのは被共済者宛であることを定め,上記「特定退職金共済のしおり」で「いかなる場合にも事業主は給付金の受取人になることはできない」旨を明記して,上記指導を遵守した運用を心掛けていたことが認められる。 (2) しかるに,証拠(乙1ないし58,証人Sの証言)によれば,本件退職共済契約の解除においては,「解約申出書」に記載された筆跡は同一で,振込先もすべて同一の預金口座であった上,一括解除の申出であったから,被告としては,上記規約及び指導に則り,「解約申出書」の署名押印は被共済者の意思に基づくものか否か,振込先の指定は被共済者の意思によりなされているか否かを各被共済者について個別に調査確認すべき義務があったというべきである。 本件退職共済契約の解除においては,「解約申出書」の他に,A株式会社及び株式会社Bから解約手当金を両社へ振り込むよう求める「要望書」(乙59,60),A株式会社の代表取締役と社員代表のL友の会会長とが連名で作成した「協約書」(乙61)が被告に提出されている。 しかし,事業主から解約手当金を事業主宛に振り込むよう要望があっても,これに応じてはならないことは上記規約と「特定退職金共済のしおり」に明記されているとおりである。 しかも,甲7によれば,L友の会は,A株式会社の従業員の親睦団体であって社員代表としての性格を有する団体ではないから,その会が事業主と協定を結んだとしても,労使協定のような効果を有するものではなく,まして,各従業員の個別の意思を超えて解約手当金の受給権を奪うような協定を結ぶ権限を有しているとは認め難い。 そうであれば,これらの文書の提出によっても,解約手当金の振込先を事業主とする効果が発生する理由はなく,これらを根拠に免責を主張することはできない。 そして,被告において,それ以上に原告ら各従業員(被共済者)の意思確認を行った形跡はないし,その主張もない。 してみると,被告が「解約申出書」の記載を信頼してA株式会社の預金口座に解約手当金を振り込んだことには過失があったといわざるを得ない。したがって,被告は,その振込によっては債権の準占有者への弁済として免責を受けることはできない。 原告らは,なお被告に対し,本件退職共済契約の解約手当金を請求する権利を有するものと認めるのが相当である。 3 争点3(追認権の消滅時効)について 被告は,退職金の受給権が5年間で時効消滅することを根拠に,追認権も5年間で時効消滅すると主張する。 しかし,退職金の受給権が時効消滅するのは,権利が発生してそれを行使できる状態となってから5年間経過することを要件とするものである。本件退職共済契約の解除は,被共済者の同意がない限り,事業主のみで意思表示をしてもその効力は生じないから,解約手当金請求権は発生せず,それを行使できる状態にはならないことが明らかである。 したがって,被告の主張は前提を誤ったもので採用できない。 4 争点4(労働福祉事業団からの給付金控除)について 被告は,労働福祉事業団から原告らに対し退職金等が支給されているので,これを本件の解約手当金から控除すべきであると主張する。 しかし,原告らが本件において請求しているのは,本件退職共済契約という契約関係に基づく給付金(解約手当金)であるから,同一事由に基づき他から給付金を受けたからといって,契約上の解約手当金が消滅するいわれはない。被告の主張は採用できない。 5 以上の次第で,原告らの本訴請求は理由があるので認容すべきところ,「解約申出書」(乙1ないし58)によれば,本件退職共済契約の解約日は平成7年3月31日であるから,遅滞に陥るのは同年4月1日からと認められる。したがって,遅延損害金は同日から起算すべきであり,原告らの附帯請求の一部を棄却すべきである。 よって,主文のとおり判決する。 (裁判官 小原卓雄) 以上:5,464文字
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