令和 4年11月18日(金):初稿 |
○「業務災害の雇用主安全配慮義務違反損害賠償を認めた地裁判決紹介」の続きで、その控訴審昭和63年3月30日名古屋高裁判決(判タ663号230頁)関連部分を紹介します。 ○電話交換手の頚肩腕症候群につき、変形性頚椎症と併存競合するものであるが、昭和47年4月ころから同55年7月ころまでは業務起因性を認めることができ、労働組合での問題視や専門家の学術論文等から昭和45年7月ころには、業務起因性の認められる頚肩腕症候群の発症につき予見可能性があったとして、会社の安全配慮義務違反を肯定し、慰謝料一審認定100万円から125万円に増額ました。 ******************************************** 主 文 第一審被告の本件控訴を棄却する。 第一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。 第一審被告は第一審原告に対し、金150万円及び内金125万円に対する昭和51年5月27日から、内金25万円に対する本裁判確定の日の翌日から、各支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。 第一審原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は第1、2審を通じ、これを七分し、その一を第一審被告の、その余を第一審原告の、各負担とする。 本判決は第一審原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。 事 実 第一 当事者の求めた裁判 一 第一審原告 (一)第220号事件について 原判決中、第一審原告敗訴部分を取消す。 第一審被告は第一審原告に対し金880万円及びこれに対する昭和51年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は第1、2審とも第一審被告の負担とする。 仮執行宣言。 (二)第187号事件について 本件控訴を棄却する。 控訴費用は第一審被告の負担とする。 二 第一審被告 (一)第187号事件について 原判決中、第一審被告敗訴部分を取消す。 第一審原告の請求を棄却する。 訴訟費用は第1、2審とも第一審原告の負担とする。 (二)第220号事件について 本件控訴を棄却する。 控訴費用は第一審原告の負担とする。 第二 当事者の主張 当事者双方の事実上、法律上の主張は、以下に付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。 (中略) 理 由 一 請求原因1(当事者)の事実については、当事者間に争いがない。 二 第一審原告の公社入社後の健康状態、症状経過 (一)〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。 (中略) 五 (一)前認定の事実からすると、入社後昭和45年ころまでの第一審原告の健康異常ないし体調不調は、肋間神経痛,虫垂炎、リュウマチ、冠不全、重いつわり、妊娠中絶、流産、妊娠中毒症その他の婦人科疾患等に基づくものである疑いが強く、そのときどきの症状も、これら病患の治癒ないし恢復とともに軽快したものと認められ、少なくとも第一審原告がこれら病患の治療の他に、なお、愁訴をもつて受療したとの医療機関の記録等も存せず、また、これら病患は、いずれも第一審原告の後記作業態様からみて、これに偏えに原因するものとは容易に推断し難い性質のものであることも思うと、その業務起因性を認め難いものというべきである。 (二)第一審原告の電話交換手としての作業内容、及び第一審原告の担当服務の勤務体制の概要は、この点に関する原判決の理由説示(原判決85枚目表七行目から同86枚目裏五行目まで)のとおりであるからここにこれを引用する。 (三)第一審原告は、公社の電話交換従事者中における頸肩腕障害罹患者は、昭和45年以降急激に増加の傾向を辿つたが、右は公社の合理化による労働条件の悪化、労務管理の強化、労働環境の劣悪に因るものであり、第一審原告の勤務する熊野局は同症罹患者の多発職場であるが、同局において、公社から頸肩腕障害として業務上の疾病であるとの認定を受けた同僚須崎ちゑ子らの症状と、第一審原告の症状はほぼ共通していること、第一審原告の症状が休業中に回復傾向を辿り、就業すると増悪に転じ、再休業によつてまた改善するというように、明らかに業務との相関関係が認められること、向井医師ら四名の医師が、第一審原告の症状の業務起因性を認めていることなどからして、第一審原告の症状は頸肩腕障害であり、業務起因性のものである旨主張する。 そして、〈証拠〉中には、熊野局における電話交換手らの労働条件、労務管理、労働環境がきびしいものであつたとする右第一審原告主張に添う部分があるが、〈証拠〉に対比すると、これら部分をすべてたやすくは採用し難く、その主張する程に労働条件、作業内容が強度で、労務管理がきびしく、労働環境が劣悪であつたかは疑問なしとしない。のみならず、〈証拠〉に照らすと、業務の繁忙度や勤務年数の長さは必ずしも頸肩腕症候群の発症と相関しないことが認められる。 また、〈証拠〉によると、第一審原告代理人は、熊野局で頸肩腕障害として業務上認定を受けた同僚交換手A、B、C、D、E、Fらの症状と第一審原告の症状を対比した「症状一覧表」を作成したが、これによつても、両者の症状は必ずしも共通類似といえないばかりか、右同僚交換手らの各症状も、医療機関における診療録等の記録に基づいたものとは認められないから、対比の基礎の正確性、信用性に疑問がないとはいえない。更に、休業すれば軽快に赴き、就労すれば増悪に転ずるのは、疾病一般の傾向であるから、その故に当該疾病が業務に起因して発症したものとは当然はなし得ないというべきであるうえ、〈証拠〉に照らすと、第一審原告の症状の軽重は、必ずしもその休業、就業と軌を一にしていないところも認められる。 そこで右のような考察に、前記三、(二)の第一審原告の症状に対する各医師の評価、見解を併せ綜合勘案すると、昭和47年4月当時の第一審原告の症状には、一面において頸椎捻挫の関連する加齢的変形性頸椎症に因るものがあると認むべきであるが、他面において業務起因性の頸肩腕症候群に該当するところがあることも否定し難いというべきであつて、本件証拠上、その病患のいずれが強勢であつたかは、にわかに判定するに足るものがないことからすれば、結局その症状には、両方の疾患が相半ばして競合していたものとみるのが相当である。 そして、前認定のように、小菅医師が頸椎X線所見から、変形性頸椎症の発症を同49年2月時点より1年以上前であると判定していること、同45年ころまでの第一審原告の症状には業務起因性を認め難いこと、前掲前田証言によると、同人が熊野局の運用課副課長として在勤した同44年2月から同47年2月までの間において、第一審原告は医師の診断書を要しない2日以内の欠勤(病休)が比較的多い方であつたが、その欠勤理由は頭痛、感冒、腹痛等であつて、頸、肩、腕、手指等の症状の訴えを耳にしたことがなく、これら症状を病休の継続的な理由としたこともないことが認められることを綜合して考えると、その発症は概ね同47年4月ころと解するのが相当というべきである。 また、前認定のように、第一審原告の症状は、同55年7月ころには、ときどき肩が凝る、腕がだるいといつたそれ程強くない程度の自覚症状のみで、ほぼ治療を必要としない程度に恢復していたこと、再度の休業を経た同53年10月以降、順次4時間勤務、6時間勤務、通常(8時間)勤務、夜勤等の服務を続けながら、現在は忙しいとき肩凝りが出る程度であることからみると、少なくとも同55年7月以降残存している症状は、変形性頸椎症の影響によるものとの疑いが強いというべきであり、右時期以後の症状に業務起因性は認め難い。結局、第一審原告の症状のうち、頸肩腕症候群として業務起因性を認め得るものは、同47年4月ころから同55年7月ころまでの症状であり、但し、そのうち半ばは併存競合する変形性頸椎症に基づくものであるということになる。 六 (一)ところで本件においては、公社の安全配慮義務について、その業務内容の特定並びに違反該当事実の主張立証責任の所在が、当事者間で争われている。確かに、債務不履行の問題において、その債務が何であるかを主張立証するのは、債務不履行を主張するものの当然の責任であるから、安全配慮義務違反を主張するものは、その義務の内容を特定主張すべきであり、かつまた、ことがらの性質上右義務違反に該当する事実を主張立証する責任があると解するのが相当である。 しかしながら、前記(原判決引用∥同19枚目裏7行目から25枚目表2行目まで)のように、第一審原告は、公社が昭和39年当時既に頸肩腕障害の多発を予想し得たものであり、その有する病院医師により、労働安全衛生法に則つた健康管理(健康診断等)をすべき義務があつたのに、一般検診をしたのみで、頸肩腕障害に関して公社の健康管理規程による問診すら行わず、その結果同障害に対する対応が全くなされず放置された旨、また、労働密度、労働条件を軽減し、労働環境を改善すべきであつたのに、作業量が増加しても交換手を増員しないとの方針のもとに合理化を実施して何らの軽減改善措置を執らず、交換手に対する十分な健康管理を尽して、頸肩腕障害の予防・早期発見に努め、発症者に対しては早期かつ最善の治療を受けさせるべきであるのに、病状進行防止、健康回復に必要適切な何らの措置をも講じなかつた旨、更には、前記事実らん第2、4、8、9記載のとおり主張しているのであるから、これをもつて第一審原告としての債務不履行、安全配慮義務違反の主張は足るものというべきである。 (二)〈証拠〉によると、昭和43年8月全電通新聞に、岩手県釜石局の電話交換手に同42年6月ころから頸肩腕症候群の症状を訴えるものが少なからず生じていることが報じられ、同年9月全電通労組岩手県支部大会においても、同組合釜石分会から右事実に基づいて公社にその対応を要求することが提案されたこと、同42年11月には神戸市外電話局で、交換手に頸肩腕症候群に罹患したものが出、同電話局長から勤務軽減が発令されていること、広島大学名誉教授小沼十寸穂医師は、同45年発表した論文において、電話交換手に発生した頸肩腕症候群に、業務起因性のものがあることを指摘していること、全電通労組は、公社の職場において同43年39名(内電話交換手22名)、同44年68名、同45年115名(内電話交換手77名)の頸肩腕罹患者が発生したものであり、このような状況は放置できないとして、同45年6月頸肩腕罹患者について、組合が同39年公社との間で確認した腱鞘炎罹患者に対する扱いと同様の取扱いをすることを公社に要求し、同年7月1日組合と公社との間で、その旨の「けんしよう炎等の病者の取扱いに関する了解事項」を締結したことが認められる。 そして、公社の規模と組織に照らせば、労働組合で頸肩腕症候群の発症が問題とせられている事実やその情報、同症の原因や業務起因性に関する専門家の学術的論文等は、公社において当然了知していたものと推認されるから、そうすると右認定の事実関係に鑑み、公社は遅くとも同45年7月ころには、頸肩腕症候群には業務起因性のものが存し、今後とも公社の稼働現場において、就中電話交換手につき、相当数発生するかも知れないことを予見し、或いは、少なくとも予見しうべきであつたものというべきである。同48年ころまで右発症の予見可能性がなかつたとする第一審被告の主張は採用することができない。 (三)〈証拠〉を綜合すると、公社においては昭和47年夏ころから頸肩腕症候群罹患者が可成り増えてきているとの情報により、その全国的状況を正確に知る必要があるとしてその全数調査をした結果、罹患者数は240ないし250名位であると把握したこと、同年10月全電通労組から公社に対し、頸肩腕症候群対策についての要求が提出され、団体交渉等を経て、同年12月にこれについての労使間の協約が締結されたこと、その結果、 (イ)電話交換職の採用時検診においては、同48年以降頸肩腕症候群についての問診、頸運動及び筋力等の検査を実施し、 (ロ)電話交換業務に従事している職員に対しては、同48年度以降定期健康診断の際に、前同様の問診、頸運動及び筋力の検査を実施し、 (ハ)同年9月からは頸肩腕症候群についての定期診断を実施し、 (ニ)予防措置としては、職場段階で組合側から具体的に問題提起があれば、安全衛生委員会の場で取扱うか否かを含め誠意をもつて対処することとし、 (ホ)同症に関する公社指定病院に新たに国立病院等を追加指定し、 (ヘ)電話交換業務に相当な期間継続して従事した職員で、公社指定の医療機関で頸肩腕症候群と診断され、かつ、要健康管理者としての指導を受けている者については、勤務時間内の通院、特殊な医療費の公社負担等につき、必要に応じて適宜の措置を行い、 (ト)休職となつた者の休職期間中の賃金についても特別の支払いをする、その他の対応措置がとられたこと、一方、公社はその社内医療機関である関東逓信病院の専門医を中心としたプロジェクトチームに頸肩腕症候群に対する医学的見地からする病像、病態、病因、対策、予防措置等の検討を委託し、その答申の結果に添つた医療上、労務上、保健上の綜合的網羅的諸対策を鋭意推進したこと、公社における頸肩腕症候群の罹患者発生数は、同49年を機として著しく減少したこと、 以上の事実を認めることができる。 そして、同年以後の罹患者数の著減は公社が同48年以降前認定のような諸種の対応措置、対応策を執つたことの綜合的効果に因るものと推認されるところ、公社が同45年当時において、右対応措置等を執り得なかつたとする事情は本件証拠上何らこれを窺うに足るものがないから、公社はその当時、前認定の頸肩腕症候群発症の予見に基づいて、疾くこれらの措置等を執り得た筈のものであり、かつ、遅くとも第一審原告の発症少し以前の時期までにこれを執つていれば、同48年の各措置実施後発症が著減した点に照らしても、第一審原告の症状中業務起因性の頸肩腕症候群はその発症を防止し得たか、或いは少なくともその病勢と症状をより軽度に終らせ得た蓋然性が極めて高いものというべきである。 第一審被告は、頸肩腕症候群は未だ医学的に解明されておらず、対策のとりようもなかつたと主張するけれども、未だ十分に医学的解明がなされていなかつた事情は、公社が対応措置を執つた同48年ころにおいても同45年ころと何ら変るところはなかつたのであるから、右主張は採用できない。 そして、右に鑑みれば、発症の予見可能であつた同45年当時において前記のような対応措置、対応策に出なかつた公社の債務不履行、義務違反は明らか(これに対し、同47年4月以降、公社は、後記認定のように第一審原告の就業或いは休業につき、勤務軽減その他特別の措置をとつていることが認められることからすれば、右時期以後の公社の症状増悪防止義務違反は認め難い)というべきであり、公社は第一審原告の症状中、業務起因の頸肩腕症候群によつて第一審原告が受けた損害につき、これを賠償する責任があつたというべきところ、第一審被告は公社の一切の権利義務を承継したものであるから、右賠償の責に任じなければならない。 七 前認定のような第一審原告の症状中、業務に起因する頸肩腕症候群の割合、程度、その罹患期間とその間における受診、受療の状況、症状経過と軽快の過程、また〈証拠〉によれば、公社は第一審原告に対し特別措置を適用し、一般私傷病患者より有利な扱いをし、症状に応じた勤務軽減も行つてきていることが認められること、第一審原告は、内部規程に則つた再審査請求の方途をとり得たのにも拘らず、そのための公社指定病院での受診を拒否してあえて右方法によらなかつたが、これが第一審原告の症状の業務上認定を妨げる原因の一となつたと思われること、その他本件証拠上認められる諸般の事情を斟酌すると、第一審原告の精神的苦痛に対する慰藉料の額は、金125万円とするのが相当である。 八 弁護士費用は金25万円をもつて相当と認めるところ、その理由はこの点に関する原判決の理由説示(原判決97枚目裏8行目から同98枚目表3行目まで。但し同1行目から2行目にかけての「本件は」の次に「第一次的には」を加える)と同一であるから、ここにこれを引用する。 九 そうすると、第一審被告は第一審原告に対し、金150万円及び内金125万円に対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和51年5月27日から、内金25万円に対する本裁判確定の日の翌日から(弁護士費用については支払期の主張立証がない)、各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであるから、第一審原告の本訴請求は、右限度で理由あるものとしてこれを認容し、その余を棄却すべきものである。 よつて、第一審被告の本件控訴を棄却することとし、第一審原告の控訴に基づき原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法96条、95条、89条を、仮執行の宣言につき同法196条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 西岡宜兄 裁判官 谷口伸夫) 以上:7,077文字
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