令和 4年 7月 7日(木):初稿 |
○「上司の過剰な叱責行為がパワハラには該当しないとした地裁判決紹介」に続いてパワーハラスメントについて損害賠償請求で請求が棄却された事案です。 ○原告が、被告会社に在職中、上司等であった被告Y1及び被告Y2からパワーハラスメントを受けたと主張して、被告Y1及び被告Y2に対しては不法行為、被告会社に対しては債務不履行(就業環境配慮義務違反)または不法行為(使用者責任)に基づき、約961万円の損害賠償を求めました。 ○これに対し、被告Y1が原告に対し原告の職務範囲外の業務を命じたということはできず、また、原告の主張する、被告Y2が喫煙に関する注意をしたこと、被告Y1が原告の電話に対する注意をしたことなどは嫌がらせ行為であると認定することはできないとして、原告の請求を棄却した平成20年4月15日東京地裁判決(ウエストロージャパン)関連部分を紹介します。 ○種々の注意は、勤務中の居眠り・禁煙パイポ使用・長電話・姿勢のだらしな・セクハラ発言等多岐に渡りますが、これをパワーハラスメントと感じて、慰謝料請求までしています。人間関係のこじれが訴訟に発展し、嫌がらせ行為等の存在に関する原告の主張を認めることはできないと一蹴されており、妥当な判決と思われます。 ******************************************** 主 文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 請求の趣旨 被告らは、原告に対し、連帯して金961万3065円及びこれに対する平成20年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 請求の趣旨に対する答弁 主文と同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が、被告株式会社Y1に在職中、上司等であった被告Y2及び被告Y3から、上司等の地位と職権を利用した嫌がらせ行為(いわゆるパワーハラスメント)を受けたと主張して、被告Y2及び被告Y3に対しては不法行為、被告Y1社に対しては債務不履行(就業環境配慮義務違反)または不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償を求める事案である。 1 前提事実 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 被告らの嫌がらせ行為の有無について 原告は、第2、2、(1)、ア、(ア)のaないしhに記載されたような嫌がらせ行為を受けたと主張するので、まず、この主張について判断する。 (1)a(デューディリ業務等に関する業務命令)について 証拠(甲2)によれば、被告Y2は、平成19年8月8日、原告に対し、「被告会社のデュー・ディリジェンス業務、SWOT分析、プロジェクション業務」を行うよう命じたことが認められる(ただし、SEOアルゴリズム分析が命じられた形跡は認められない。)。 原告は、この業務命令は、原告に対する嫌がらせとして業務の範囲外の業務を命じたものであると主張するが、甲第2号証によって認められるその後の原告と被告Y2とのやりとりをも併せ考えると、上記業務命令は、被告会社が保有するデータを利用し、関係部署のバックアップも受けながら、被告会社の企業としての価値、競争力、将来性等を分析・評価する作業(ビジネスデューディリジェンス)を命じたものと理解することができるから、原告の業務内容である国内市場調査、あるいはこれに関連する業務を命じたものと評価することが可能であり、これを業務の範囲外の業務を命じたものと断定することには疑問がある(なお、甲第2号証中の被告Y2のメールには、「『雇用契約書』のお話をされましたが、この種の議論は私限りに留めて頂くべくお願いします。」という記述があり、原告の主張中には、これを被告Y2が業務外の業務を命じていたことを自認した記述であるとする部分がある。 しかしながら、メール全体の趣旨に照らしてみれば、上記の記述は、原告があからさまに自らの業務内容に拘泥する姿勢を示していると、社内から反発を受けるおそれがあるということを指摘しているのにとどまることが明らかであるから、上記主張は失当である。)。 そして、原告は、結局、被告Y2の上記命令を拒否したものであるし(原告、被告Y2各本人)、被告Y2のメールの内容も、威圧的なものでも、嫌がらせの意図を感じさせるものでもない。 以上の点に照らしてみれば、被告Y2が嫌がらせのために本件デューディリ業務等に関する業務命令を発したと認めることはできない。 (2)b(居眠りに関する指摘)について 平成19年8月16日ころ、被告Y2が、原告に対し、原告が仕事中に居眠りをしているという趣旨の注意をしたことは当事者間に争いがないとこころ、証拠(乙2、8、証人F、被告Y2本人)によれば、被告Y2がそのような注意をしたのは、他の社員から原告が仕事中居眠りをしているという指摘があり、また、同年4月に行われた新入社員研修の際にも、講師を務めた社員から、原告が居眠りをしているという苦情があったことなどによるものであったことが認められる。 以上によれば、被告Y2の注意が嫌がらせを目的とするものであったということはできない。また、被告Y2による注意は1回限りのものであって、しつこく言われたわけではないことは、原告自身が認めているところなのであるから(原告本人)、この点からしても、上記注意を嫌がらせ行為であったと認定することは困難である。 (3)c(喫煙に関する注意)について 証拠(甲5、乙1、被告Y3本人)によれば、被告Y3は、平成19年8月22日午後、外出先から帰社する途中、原告が被告会社ビル1階の喫煙所付近で、白い棒のようなものを口にくわえているところを見かけ、原告が社外で喫煙をしているものと判断し、帰社した後、原告に対して、電子メールを送信し、その中で、「Xさんに個人的に再送させていただきます。下記は6月に全員にお送りした注意喚起メールです。」として、「また、最近は1F、3Fの戸外で喫煙している人を見かけます。基本的には9時半から5時半は、昼休みを除いて、就労時間中です。就労時間中に喫煙目的の外出を行わないようにしてください。」などと記載された注意喚起メールを引用し、「皆が守っているルールですので、厳守していただきたく、お願いいたします。なお、勤務時間中の私用電話についても、自粛いただくことが基本となっております。」と記載して注意を促したこと、この電子メールは、原告のほか、被告会社社長のA、取締役のEにも転送されたことが認められる。 原告は、以上のほか、被告会社ビル1階で、被告Y3から怒鳴りつけられたとも供述しているが、被告Y3は、これを否定している上、被告会社の役員である被告Y3が、屋外の、しかも社外の人間の目があるところで、自社の社員を怒鳴りつけるといった行為に及ぶかどうかは疑問であることや、甲第5号証の電子メールの内容等に照らし、原告の上記供述をそのまま採用することはできない。 原告は、禁煙パイポをくわえながら、携帯電話で社用の通話をしていたものであるから、原告の行為は被告会社の規則に違反したものではなく、したがって、被告Y3の行為は嫌がらせであったという趣旨の主張をするのであるが、たとえそれがそのとおりであったとしても、原告の行為には、第三者からは、社外で私用電話をしながら喫煙をしていたものとみられてもやむを得ない側面があったことは否定し難い。このことに、甲第5号証の電子メールの内容は、特に威圧的なものでも、嫌がらせの意図がうかがわれるようなものでもないことを併せ考えれば、被告Y3の上記行為を嫌がらせ行為であると認定することはできないものというべきである。 (4)d(原告の電話に対する注意)について 被告Y2が、原告に対し、顧客との電話が長すぎるという趣旨の注意をしたことは当事者間に争いがない。 原告は、この注意は、事実を誤認した不当なものであると主張し、その根拠として、電話が長すぎると指摘された通話の相手方の1人であるユーロモニター社のD氏の電子メール(甲7の1)を提出する。しかしながら、上記電子メールは、「松下のことで交わした私達の会話についてですが、どのような印象を受けられましたでしょうか?私の説明は長すぎましたかね?」という原告の問いに対し、原告とD氏との会話(その長さ)には触れることなく「Xさんのクライアント対応は、とてもよかったと思います。・・・(中略)・・・先鋒も非常に参考になったはずです。)」と答えているのにとどまるのであるから、この回答をもって、原告の主張の根拠とすることはできない。 そして、甲第6号証(電子メール)等によって認められる被告Y2の注意は、原告の立場にも配慮しながら、言葉を選びながらされていることが明らかであって、威圧的なものでも、嫌がらせの意図がうかがわれるようなものでもないのであるから、結局、被告Y2の上記行為を嫌がらせ行為であると認定することはできないものというべきである。 (5)e(原告の姿勢に関する注意)について 被告Y2が、原告の姿勢について注意をしたことがあることは当事者間に争いがないところ、証拠(乙2、6、8、証人F、被告Y2本人)によれば、被告Y2は、原告が勤務時間中、だらしない格好で椅子に座っていることがあると感じ、上記の注意をしたことが認められる。原告は、だらしない格好で座っていたことはなく(ひどい腰痛で姿勢を崩したことが1度あるだけである。)、持病の腰痛に対処するため、若干浅めに腰をかけていたのにすぎないという趣旨の供述をしているが(原告本人)、上記各証拠に照らし、採用することはできない。 そして、甲第8号証(電子メール)によって認められる注意の内容は、「小言で恐縮ですが着座の姿勢にお気をつけ下さい。あまりリラックスした姿勢で座ってますとmoral hazardになる可能性があります。以前申し上げた通り、周りからは些細なことが見られることがあるので、為念です。」というものであって、威圧的なものでも、嫌がらせの意図がうかがわれるようなものでもないのであるから、被告Y2の上記行為を嫌がらせ行為であると認定することはできない。 (6)f(セクハラに関する発言)について 被告Y2が、平成19年11月16日に行われた人事考課のための面接の席で、原告に対し、セクハラに関する注意をしたことは当事者間に争いがないところ、証拠(乙2、被告Y2本人)によれば、上記の発言に至る経緯は次のようなものであったことが認められる。 すなわち、被告Y2は、平成19年8月末ころ、被告会社の女性社員から、原告を含む事業開発室の社員と食事に行った際、原告から「俺は女運が悪い」などといった発言をされたが、それが自分に対するあてつけのようで不快であった、原告の発言はセクシャル・ハラスメントに当たるのではないかという趣旨の相談を受けていた。そこで、被告Y2は、上記のような原告の言動は、人によっては、セクシャル・ハラスメントと受け取られるようなものであるので注意をするようにという趣旨の発言をしたものである。 原告は、被告Y2がセクハラだと決めつける発言をしたとか、被害を訴えている女性社員が誰であるか教えて欲しいと頼んだのに教えなかったなどといった供述をしているが、被告Y2の発言が、原告がセクハラをしたと決めつけたものではないことは上記のとおりであるし、女性社員の名前を教えなかったことは、申告者を保護する義務を負う被告会社の担当者としてはやむを得ない措置であったといわざるを得ない。 以上によれば、被告Y2による上記注意は、言動に気をつけて欲しいという指導にとどまるものというべきであるから、これを嫌がらせ行為であると認定することはできない。 (7)g(タイムカードに関する発言)について 被告Y2が、同年11月27日、原告に対し、「原告が他人のタイムカードを見ていたため、これを止めて頂きたいとの話が私宛にありました。」と書かれた電子メール(甲10)を送信したことは当事者間に争いがないところ、証拠(乙2、6、被告Y2本人)によれば、被告Y2は、被告会社の女性社員から、原告が原告以外の社員のタイムカードを手に持ち、カードの表裏に打刻されている出勤・退勤時間を見ていたのでやめさせてほしいとの苦情を受けたため、原告に対し、上記の電子メールを送ったことが認められる。 そして、上記電子メールの内容は、「本日当社社員よりXさんが他人のタイムカードを見ていた為、これを止めて頂きたいとの話が私宛にありました。私は通常定刻の1時間前には打刻しているので、現場には居合わせず事実はわかりません。仮にそうであれば善処をお願いします。」というものであって、断定を避けつつ、注意を促しているのにとどまり、威圧的なものであるとか、嫌がらせの意図がうかがえるようなものであるということはできない。したがって、被告Y2の上記注意を嫌がらせ行為であると認定することはできない。 (8)h(見積書作成に関する指示)について 被告Y2が、同年12月4日、原告に対し、原告が作成した市場調査レポートに「見積書の添付が見あたりませんでしたので、改めて作成の上、(顧客に)送付をお願い致します。」と電子メール(甲11)を送信して、見積書の作成・送付業務を命じたことは当事者間に争いがない。 原告は、見積書の作成・送付は原告の業務の範囲外であるから、上記命令は、嫌がらせの目的で、原告に業務の範囲外の業務を命じたものであると主張するが、見積書の作成は、市場調査レポート作成業務に付随する業務であるということができるし、証拠(乙2、被告Y2本人)によれば、見積書の作成は、パソコンの画面上の操作で簡単に行うことができるものであるし、その方法については、新入社員研修の際に指導がされ、マニュアルも交付されていることが認められる。 したがって、被告Y2の見積書作成指示が嫌がらせ行為に当たると認定することはできない。 2 傷病手当金支給申請書に対する記入拒否について 次に、原告は、「被告会社は、原告の傷病手当金支給申請書の事業主記入欄に対する記入を拒否した。」と主張するところ、証拠(甲14、乙1、被告Y3)によれば、被告会社は、原告から傷病手当金支給申請書の送付を受け、事業主記入欄への記入を求められたが、同申請書には、傷病名につき「うつ症」、発病または負傷の原因につき「自分が会社の中で個立気味、上司よりパワーハラスメント受ける、職場で自分が追い出される等の脅迫観念から神経症へとの訴えあり。」との記載があったことから、このような申請書の事業主記入欄に無条件で記入をした場合には、後日、原告から被告会社がパワーハラスメント行為の存在を認めたなどといった主張をされるおそれがあると危惧し、直ちに事業主記入欄への記入をすることはしなかったこと、その後、社会保険事務所の担当者と協議の上、事業主記入欄だけを切り離した別様式の書面で、原告が欠勤し、その間給与の支払いがなかったことを証明した書面を作成し、社会保険事務所に提出したことが認められる。 そして、傷病手当金支給申請書の事業主記入欄への記入が、事業主である被告会社の義務であることは原告が主張するとおりであるから(被告らも、このこと自体は争っていない。)、被告会社の対応には、客観的に見れば疑問の余地があったものといわざるを得ないが、反面、被告会社が上記のような危惧を持ったことには、被告会社の立場からすればやむを得ない側面があった上、被告会社も、結局、別様式の書面を作成するという形で事業主記入欄への記入に応じていることや、被告の対応の結果、傷病手当金の支給が大幅、ないし相当期間遅れるなどといった結果が生じているとも認められないこと(甲第14号証の傷病手当金支給申請書の療養担当者意見欄の作成日が平成20年3月14日であるから、被告会社が事業主記入欄への記入を求められたのはそれ以後のことであると推測されるところ、甲第21号証によれば、傷病手当金の第1回支給決定は同年4月18日付けで行われている。)からすれば、被告会社の対応を不法行為(違法と評価されるほどの不作為)とまで断定することはできないものというべきである。 3 まとめ 以上検討したところによれば、嫌がらせ行為等の存在に関する原告の主張を認めることはできないから、原告の本訴請求は、その余の点(損害額)について判断するまでもなく、理由がないものとして棄却を免れない。 第4 結論 よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 鶴岡稔彦) 以上:6,826文字
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