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上司の過剰な叱責行為がパワハラには該当しないとした地裁判決紹介

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令和 4年 7月 6日(水):初稿
○パワハラ事件の被告を担当し、請求を棄却された裁判例を探しています。

○被告会社の従業員であった原告が、①原告の上司であった被告Dから、過剰な叱責や義務なき行為の強要などの違法な行為(いわゆるパワーハラスメント)を受けたことによって、精神疾患を発症し、退職を余儀なくされた、②被告会社の部長で原告が被告Dから上記違法行為を受けていたことを認識していた被告Cから、自己都合退職への退職届の書き直し及び社員寮からの退去を強要されたとして、いずれも不法行為に基づき、さらに③被告会社に対しては不法行為(使用者責任)又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、慰謝料等及び遅延損害金の連帯支払を求めました。

○これに対し、原告の主張する被告C・Dの各行為はいずれも原告に対する違法な行為であるということはできず、被告Dの行為を総合しても、原告に対する不法行為を構成すると認めることはできないから、原告の請求はいずれも理由がないとして棄却した令和3年10月29日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。原告が主張する各パワハラ行為事実の存在そのものが相当程度証拠がないとして否認されており、パワハラ行為立証の困難さがうかがえます。

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主   文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告会社及び被告Dは,原告に対し,連帯して270万6181円及びこれに対する被告会社については令和元年12月18日から,被告Dについては同月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告会社及び被告Cは,原告に対し,連帯して90万円及びこれに対する令和元年12月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は,被告会社の従業員であった原告が,〔1〕原告の上司であった被告Dから,過剰な叱責や義務なき行為の強要などの違法な行為(いわゆるパワーハラスメント)を受けたことによって,精神疾患を発症し,退職を余儀なくされたと主張して,被告Dに対しては不法行為に基づき,被告会社に対しては不法行為(使用者責任)又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき,慰謝料等合計270万6181円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告会社については令和元年12月18日,被告Dについては同月19日)から各支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め,〔2〕被告会社の部長であって原告が被告Dから上記違法行為を受けていたことを認識していた被告Cから,自己都合退職への退職届の書き直し及び社員寮からの退去を強要されたと主張して,被告Cに対しては不法行為に基づき,被告会社に対しては不法行為(使用者責任)又は債務不履行(職場環境配慮義務違反)に基づき,慰謝料90万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年12月18日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

2 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事

 前記前提事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を併せると,次の各事実が認められる。
(1)入社後から研修終了までの経緯

         (中略)


2 争点(1)(被告Dが原告に対し違法な叱責等をしたか)について
(1)車内での喫煙について

ア 前記1(1)イの認定事実によれば,被告Dは,原告の研修中に原告が運転する研修車内で喫煙し,原告が被告Dに喫煙をやめるように求めたにもかかわらず,被告Dは「聞こえない。」と言って喫煙を継続したことが認められる。

イ 一般に,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,相手方の就業環境を害することは,相手方に対する不法行為を構成し得ると解される。

 これを前記アの行為について見るに,一般にたばこの副流煙は健康に害を及ぼすおそれがあり,被告Dの喫煙により車内という狭い空間でたばこの煙が生じたため,同車内にいた原告において一定の不快感が生じたことは想像に難くない。

しかしながら,被告Dの喫煙本数は一,二本程度であり,その喫煙時間が長かったとはいえないことや,被告Dが車内で喫煙したのは当該研修の機会にとどまることに照らすと,被告Dの上記喫煙行為をもって,社会一般の労働者にとって就業上看過できない程度の支障を生じさせるものとはいえず,原告の就業環境を害したとまでは認められないというべきである。原告は,たばこの臭い及び煙が非常に苦手で,副流煙による健康被害について常に気を付ける生活をしていた旨主張し,同趣旨の供述をするが(甲17,原告本人),仮にそれらが真実であったとしても上記認定を左右するものではない。
 よって,被告Dの上記喫煙行為が原告に対する違法な行為として不法行為を構成するということはできない。

(2)原告の駐車に対する指導について
ア 前記1(1)ウの認定事実によれば,被告会社の車庫での車両整理中に原告が車両を斜めに駐車しようとしたことについて,被告Dが,原告に対し,車庫で注意をしたこと,その際被告Dが車両の車体を掌でたたいたこと,その後個室ではない会議室で原告に対し大声で指導したことが認められる。

 原告は,上記事実に加えて,斜めに駐車したとはいっても特に問題ない程度であったにもかかわらず,被告Dが車両のボンネットを強くたたいたり,ドアを激しく開け閉めしたりしながら,威圧する様子で原告を叱責したと主張し,これに沿う供述をする(甲17,原告本人)。しかしながら,原告の上記供述を裏付ける証拠はないから,原告の上記供述を直ちに採用することはできず,その他原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

イ 被告Dの前記行為の違法性の有無について見るに,当時原告はタクシー乗務の研修中であったところ(前記1(1)ア,ウ),その業務の内容に照らし,研修生には一定の運転技術が求められるというべきである上,被告会社の車庫における車両整理においては全ての車両をまっすぐ止める必要性があったことが認められる(前記1(1)ウ)ことからすれば,原告が車両を斜めに駐車しようとしたことについて被告Dが注意・指導をすることは,業務上の必要性があったというべきである。

 また,上記の注意・指導は,車庫という他人の目視可能な場所や個室ではない会議室において注意・指導の声が部屋の外に聞こえるような態様で行われたことが認められるものの,その内容が殊更に原告の人格を否定するようなものであったとは認められず,会議室での指導についても人前で指導しないよう一定の配慮を図っているということができることに鑑みると,被告Dの上記注意・指導の態様が相当でなかったということはできない。

 よって,被告Dの上記注意・指導が原告に対する違法な行為として不法行為を構成するということはできない。

(3)Eの交通違反に対する叱責について
ア 前記1(1)エの認定事実によれば,研修生であるEが運転する車両に原告が同乗して公道研修を行っていた際,Eが交差点において右折禁止違反を犯したことについて,被告DはEだけではなく原告を含む同乗者に対しても叱責した上,Eの交通反則金7000円を分担して支払うよう命じたことが認められる。

 原告は,上記事実に加えて,被告Dが原告らに対し,50分間にわたり,具体的な再発防止策を提示することもなく,ただ叱責を続けた上,Eの交通違反につき原告を含む3人のあり得ない失敗として他の従業員に吹聴したと主張し,これに沿う供述をするが(甲17,原告本人),かかる原告の供述を裏付けるに足りる証拠はない上,原告も被告Dから叱責を受けた時間を具体的に計測したわけではないことを認めているから,原告の上記供述を採用することはできず,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

イ 被告Dの前記行為の違法性の有無について見るに,叱責の文言からすれば,被告Dは,Eが右折禁止違反をしたことに加え,研修車に同乗していた原告及びFが,Eが右折禁止違反をしようとしていたことに気が付かなかったことに対して,E,原告及びFを叱責したものと認められるところ,Eの上記違反は同人だけでなく同乗していた原告及びFにとってもタクシー乗務の研修中に起きた出来事であり,かつ,現場の交差点では警察官が右折禁止である旨注意を呼び掛けていた(前記1(1)エ)のであるから,同乗者であった原告及びFは,Eが右折禁止違反をしようとしたことに気付くべきであり,それに気付かなかったということは,原告及びFが研修に集中できていなかったと評価されてもやむを得ない。

そして,タクシー乗務員は交通法規を遵守することが求められている職業であることも踏まえれば,被告Dが反則金をE,原告及びFの3人で分担して納めるように指示したことも,同乗者として他の研修生の運転状況に意識を向けていなかった原告及びFを戒める趣旨であったということができる。そうすると,被告Dが,Eの交通違反を理由としてEだけでなく原告及びFに対しても叱責し,反則金を上記3人で納めるように指示したことは,業務上の必要がなかったとはいえない。

 そして,上記の叱責の態様については,前記1(1)エの認定事実によれば,個室内とはいえ声が外に聞こえるような場所でやや過激な表現を用いて叱責したこと,原告及びFに対しては本来負担義務のないEの反則金を負担するように指示したことが認められる。

しかしながら,前記のとおり,タクシー乗務員は交通法規を遵守することが求められている職業であること,原告及びFはEの運転状況に気を配るべき立場にあったことからすると,前記のとおり研修に集中できていなかったと評価されてもやむを得ないような原告及びFを一定程度強く叱責することもやむを得ない側面がある。

また,被告Dの上記叱責は確かにやや過激な文言を用いている面は否定できないものの,相手の人格を否定するような文言を用いたものではなく,叱責に当たり個室に原告,E及びFを呼び出すという一応の配慮はしていることも認められる。

さらに,前記1(1)エの認定事実によれば,結局反則金は被告Dの指示に反しEが一人で全額を支払ったこと,原告及びFが反則金を負担しなかったことについて被告Dから追及されたことはなかったことが認められるから,被告Dの指示により原告が本来負担義務のないEの反則金をE及びFとともに払わなければならない状況に追い込まれたということはできない。以上を総合すれば,被告Dの上記叱責の態様が相当でなかったということもできない。

 よって,Eの交通違反に対する被告Dの叱責が原告に対する違法な行為として不法行為を構成するということはできない。

(4)雑談での発言について
ア 前記1(1)オの認定事実によれば,原告は,被告D及び研修生のFと同乗して路上研修を受けた際,被告Dから,交際関係及び趣味について尋ねられ,これに回答したことが認められる。
 原告は,上記の事実に加えて,被告Dが,原告が交際相手と別れたことについて「経済力がないからだな。」と言い,原告の趣味が相撲観戦であることについて「あんな八百長スポーツが好きなのか。変わり者だな。」などと言って原告を侮辱したと主張し,これに沿う供述をする(原告本人)。しかしながら,原告の上記供述を裏付ける証拠はないから,原告の上記供述を直ちに採用することはできず,その他原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。また,原告は,被告Dが原告の趣味を嘲笑する発言を会議室でも行った旨を主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

イ 前記のとおり認められる被告Dの原告に対する質問をもって,社会一般の労働者にとって就業上看過できない程度の支障を生じさせるとはいえず,原告の就業環境を害したとまでは認められないというべきである。
 よって,被告Dの上記雑談が原告に対する違法な行為として不法行為を構成するということはできない。


(5)納金機に関する指導について
ア 前記1(2)イの認定事実によれば,原告は,タクシー乗務開始後に,納金機の使用方法について被告Dに電話で尋ねたところ,被告Dから,研修の内容を覚えていなかったことにつき注意を受けた後,納金機の使用方法の指導を受けたことが認められる。

イ 被告Dの前記指導の違法性の有無について見るに,納金機の操作は,タクシー乗務員としての業務を遂行する上で必要な作業であるということができるから,その操作方法を覚えていないことにつき被告Dが原告を注意することが業務上必要のない行為であったということはできない。

 そして,上記指導の態様について,被告Dは原告を注意した上で納金機の使用方法につき原告を指導したことや,前記1(2)イで認定した注意の具体的文言に鑑みると,相当でなかったということもできない。
 よって,納金機に関する被告Dの指導が原告に対する違法な行為として不法行為を構成するということはできない。

(6)E及びGに対する叱責について
ア 原告は,被告Dが,研修生であるE及びGに対し,公然と厳しい叱責を加えており,これが原告に対しても大きなストレスを生じさせるものであるから原告に対する不法行為に当たると主張し,これに沿う供述をする(原告本人)。

イ そこで検討するに,確かに,証拠(甲13の1,甲17,乙1,原告本人,被告C本人)によれば,被告会社は,共に研修生のE及びGに対する被告Dのパワーハラスメントがあったと判断して,被告Dに出向を命じたことが認められる。しかしながら,当該事実からE及びGに対する叱責の具体的態様が裏付けられるものではなく,その他原告の上記供述を裏付けるに足りる証拠はない。そうすると,原告の上記供述を直ちに採用することはできず,その他原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

(7)小括
 以上によれば,原告の主張する被告Dの各行為はいずれも原告に対する違法な行為であるということはできず,被告Dの行為を総合しても,原告に対する不法行為を構成すると認めることはできない。

 なお,原告は,被告Dがパワーハラスメントを行ったことを認める内容のメールを被告会社が原告に送信し,補償の申出を行っていたことから,被告Dのパワーハラスメントが明らかであると主張する。確かに,証拠(甲13の1)及び弁論の全趣旨によれば,被告会社が調査の結果被告Dのパワーハラスメントの存在を認定した旨を原告に伝えたことが認められる。

しかしながら,これをもって直ちに被告会社が被告Dの原告に対するパワーハラスメントを認めたと解することはできない。仮に被告会社が被告Dの原告に対するパワーハラスメントを認めたものと解したとしても,それをもって直ちに被告Dの行為が原告に対して法的に違法であることが基礎付けられるものではなく,被告会社の上記判断は前記のとおりの当裁判所の認定判断を左右するものではない。

3 争点(2)(被告Dの原告に対する行為に関し被告会社に安全配慮義務違反があったか)について
 原告は,被告Dが原告に対して違法な行為を行っていたにもかかわらず,被告会社は原告が精神疾患を発症するまで何らの対策を行わなかったから,被告会社には原告に対する安全配慮義務違反がある旨主張する。しかしながら,被告Dの原告に対する行為が違法であるとは認められないことは前記2のとおりであるから,原告の上記主張はその前提を欠き,採用することができない。

4 争点(4)(被告Cが原告に対し退職届の修正と社員寮の退去を求めた行為は違法か)について

         (中略)


第4 結論
 以上によれば,争点(3)(被告Dの行為又は被告会社の安全配慮義務違反による原告の損害)及び争点(6)(被告Cの行為又は被告会社の職場環境配慮義務違反による原告の損害)について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第43部 裁判長裁判官 市川多美子 裁判官 前田優太 裁判官 山中秀斗
以上:6,734文字

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