令和 3年11月12日(金):初稿 |
○判例時報令和3年11月1日2493号掲載判例からアカデミックハラスメントで国立大学法人の責任を認めた令和2年12月17日名古屋地裁判決関連部分を紹介します。 ○国立大学の医学系研究科(大学院)の博士課程に在籍していた原告が、指導教員Aから、いわゆるアカデミックハラスメントを含む不適切な指導等がされたことが違法であり、これにより博士論文を作成できず博士号を取得できなくなって学費が無駄になり、精神的苦痛を被った指導教員Aからいわゆるアカデミックハラスメントを含む違法行為を受け、精神的苦痛を被ったと主張して国立大学法人と指導教員に約652万円の損害賠償を求めました。損害の内訳は無駄になった学費相当額約214万円、慰謝料300万円、弁護士費用約51万円、再現実験費用約87万円です。 ○これに対し名古屋地裁判決は、論文の共著者から除外された精神的苦痛に対する慰謝料として10万円、弁護士費用1万円の合計11万円を損害として認め、国立大学法人だけに支払を命じ、指導員Aは、被告国利大学法人が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う本件においては,被告A本人は損害賠償責任を負わないとして請求を棄却しました。おそらく弁護士費用にもならない認容金額で、且つ、指導員Aに対する請求は棄却され、原告としては到底納得出来ない判決と思われます。 ○判決は、Aは,相当な理由がなく原告を、共著者から除外する理由を説明せず、自己の一方的な判断で除外し、原告が実験を行い,本件論文の作成に関与,貢献したことを正当に評価されることを妨害したと評価され、Aは,共著者からの除外を原告に対する嫌がらせ目的で行ったとまで認められないものの,自己が指導教員として優位的な立場で、原告の立場に配慮せず、研究者として重要な共著者として名を連ねる機会を一方的に奪ったもので指導としての合理的な範囲を超えて、社会的相当性を逸脱した違法行為に該当し、Aの各言動のうち,本件論文の共著者から研究員を除外したことは違法であると認め、その余の言動についてはいずれも違法であるとは認められないとしました。 ******************************************* 主 文 1 被告機構は,原告に対し,11万円及びこれに対する平成30年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを60分し,その1を被告機構の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求(令和元年11月25日付け訴え変更申立書による拡張後のもの) 被告らは,原告に対し,連帯して652万5640円及びこれに対する平成30年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,名古屋大学医学系研究科(大学院)の博士課程に在籍し,満期退学後は客員研究員になった原告が,指導教員である同科講師の被告Aにより,いわゆるアカデミックハラスメントを含む不適切な指導等がされたことが違法であり,これにより博士論文を作成できず博士号を取得できなくなって学費が無駄になり,精神的苦痛を被った等と主張して,被告Aに対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告機構に対しては国家賠償法1条1項又は使用者責任による損害賠償請求権に基づき,連帯して損害金652万5640円及びこれに対する不法行為後である平成30年4月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 被告らは,主として被告Aの原告に対する指導等が違法ではないと主張して,原告の請求を争っている。 1 前提事実 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(不法行為の成否)について 原告は,前記第2の3(1)ア(ア)ないし(カ)の被告Aの各行為を挙げて,これらがいわゆるアカデミックハラスメントを含む不適切な指導等であり,これにより原告の良好な環境で研究を行う権利を奪ったものであって,上記各行為が違法行為に該当すると主張する。 いわゆるアカデミックハラスメントとは,研究及び教育機関における教員等の優位な立場にある者から学生等の劣位な立場にある者に対してされる,ハラスメント行為の一つであり,ハラスメントの受け手である学生等の人格権等の権利利益の侵害になり得るものであるが,他方で,学生等に対する教育上の見地から,教員等には研究教育上の一定の裁量が認められるところであり,教員等の学生等に対する言動が不法行為法上の違法行為に該当するかは,両当事者の立場及びその優劣の程度のほか,当該行為の目的や動機経緯,立場ないし職務権限等の濫用の有無,方法及び程度,当該行為の内容及び態様並びに相手方の侵害された権利利益の種類や性質,侵害の内容及び程度等の諸事情を考慮して,当該行為が教員等の学生等に対する研究教育上の指導として合理的な範囲を超えて,社会的相当性を欠く行為といえるかどうかにより判断するのが相当と解される。このことは,大学院の博士課程に在籍する大学院生であっても,博士課程修了後の客員研究員として在籍する者であっても変わらないと解される。 以上を踏まえて,原告が問題とする各行為について,個別に検討する。 (1)原告と被告Aのメールのやり取りについて (中略) シ まとめ 以上のとおり,原告と被告Aとの本件各メールを通じたやり取りは,その一部に原告に不快感を抱かせるような適切さを欠く措辞もあるが,専ら被告Aの原告に対する悪感情等に基づくものとはいえず,その内容も,最適な指導方法であったかは兎も角として,指導教員として教育上許容される範囲内のものであり,その後の直接の指導等も含めて,著しく不適切な内容であったとまでは認められない。 原告は,被告Aにより良好な研究環境で研究を行う権利を侵害されたと主張するが,その主張する権利自体,そもそも明確な根拠に基づく権利であるとは認められない上,本件各メールのやり取りによって,原告に具体的な権利利益の侵害が生じたとも認められない。なお,本件各メールの中には,原告が本件グループでの研究に不正があることを指摘する部分もあるが,それらが明らかな研究不正であるは認め難い上,原告に対する権利利益の侵害に直ちに結びつくものでもない。 原告は,被告Aが原告を含む大学院生に対し,講師と大学院生という上下関係の下で,日常的に威圧的な言動をとっていた等と主張するが,本件全証拠によっても,そのような事実を認めるに足りず,また,原告との関係でみれば,本件各メールの文面に照らしても,原告が被告Aの言動に苦痛を感じていた等の事情は窺われないのであって,本件各メールを通じたやり取り全体を通じてみても,これらのメールに係る被告Aの対応が,指導教員による研究指導として合理的な範囲を超えて,社会的相当性を欠くとは認められず,原告に対する違法行為に該当するとは認められない。 (中略) (3)本件論文の共著者からの除外について ア 原告は,本件論文の発表に当たり,草稿段階では原告を共著者に加えていたが,被告Aが,正式な発表に係る最終稿では共著者から原告を除外したことについて,原告に対する嫌がらせの意図でされたものとして,違法であると主張する。 イ 本件論文の共著者としては,草稿段階では原告を含む11名とされていたが,最終稿では,責任著者である被告Aの判断により草稿段階の共著者から原告のみが除外され,新たに本件グループの2名が共著者に追加されており,本件グループのメンバーは原告を除き全員が共著者となったことが認められる。 被告Aは,上記共著者の変更について,草稿段階では原告の提供する実験データが使用されていたが,その後に査読者から指摘を受けて,大きな改変及び追加の実験が必要となり,他の大学院生の協力の下で作成し直したものであり,オーサーシップに関する考え方に基づいて,原告は共著者から外れるという判断をしたと主張し,その旨の供述等をしている(乙20,被告A本人[20~22頁,50~51頁])。 被告Aが主張するオーサーシップに関しては,医学雑誌編集者国際委員会の作成したガイドライン(以下「本件ガイドライン」という。)によれば,生物医学雑誌への投稿論文に著者として氏名が掲載されるには,〔1〕研究の構想・立案,データの収集,あるいはデータの解析及び解析結果の解釈のいずれかに実質的に貢献していること,〔2〕論文の原稿を書くか,その論文の内容にかかわる極めて重要な構成・改訂作業に関わっていること,〔3〕掲載される最終版の原稿の中身を理解し,承認していること,〔4〕論文のあらゆる側面について,論文の正確性・真正性に疑義が寄せられたときに適切に説明することができることの4つの条件をすべて満たすことが必要とされている(乙10)。被告Aも,本件ガイドラインを参照して本件論文の共著者を決定したとしていることから,原告を共著者から外したのは,草稿段階からの改変の結果,データの収集等に実質的に貢献しているとは認められなくなったと判断したものと解される。 確かに,本件論文が発表された平成28年4月頃は,原告が本件研究科の博士課程を満期退学した時期で,原告は本件論文の改変作業等には加わっていなかったと認められる(弁論の全趣旨)。しかし,改変作業等に原告を除く他の共著者全員が関与していたとは考え難い。また,本件論文の最終稿においても,原告が実験したデータが相当数使用されている(甲67,弁論の全趣旨)。これらの点からすると,本件ガイドラインに従えば,最終稿においても原告を共著者とするのが相当であり,被告Aの上記判断は相当性に欠けるものである(ただし,原告が主張するように,被告Aが,原告に対する嫌がらせ目的で共著者から除外したとまで認めるに足りる証拠はない。)。 加えて,研究者にとって,論文の共著者に名を連ねることは,自らの研究実績を示すものとして重要な事柄であり,責任著者の判断で,草稿段階で共著者となっていた者を最終稿で共著者から外すのであれば,責任著者は,該当者に対し,その事情を説明することが必要であると解されるところ,被告Aは,原告の指導教員でありながら,原告に対して何らの説明をすることなく,最終稿において原告を共著者から除外した(甲36,弁論の全趣旨)。 ウ 上記検討からすれば,被告Aは,相当な理由がなく原告を共著者から除外し,かつ,共著者から除外する理由を原告に対して説明することなく,自己の一方的な判断で原告を共著者から除外しており,原告が実験を行い,本件論文の作成に関与,貢献したことを正当に評価されることを妨害したと評価される。被告Aは,共著者からの除外を原告に対する嫌がらせ目的で行ったとまで認められないものの,自己が原告の指導教員として優位的な立場にあることから,原告の立場に配慮をすることなく,研究者として重要な共著者として名を連ねる機会を一方的に奪ったと言わざるを得ず,指導としての合理的な範囲を超えて,社会的相当性を逸脱した違法行為に該当する。 (4)カンファレンスの開催連絡からの除外について (中略) 2 争点(2)(国家賠償法1条1項の適否)について 国立大学法人は,国立大学法人法によって,大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに,我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図るために設置されている法人であり(同法1条),資本金は政府から出資があったものとされた金額とされており(同法7条),その役員職員は,職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない義務を負い(同法18条),刑法その他の罰則の適用については,法令により公務に従事する職員とみなされ(同法19条),その業務に関して国から一定の関与を受けるものとされていること(同法22条)等からすれば,国立大学法人は国家賠償法1条1項の「公共団体」に該当し,同法人の教職員は同項の「公務員」に該当する。 そして,被告Aが,本件論文の共著者から原告を除外した行為は,本件グループの指導教員としての被告Aの判断として行われたものであるから,公務員としての職務として行われたものであり,被告機構は,同行為によって原告が被った損害について,国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う。 なお,被告機構が国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う以上,争点(4)については,判断を要しない。 3 争点(3)(被告Aの個人責任の存否)について 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし,公務員個人は被害者に対する民事上の損害賠償責任を負わないとしたものと解される。 したがって,被告機構が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う本件においては,被告A本人は損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。 4 争点(5)(損害の内容及び損害額)について (1)原告が本件論文の共著者から除外されたことによって精神的苦痛を受けたことが認められる。本件において認められる事情を総合評価すれば,上記苦痛を慰謝するためには10万円を要すると認めるのが相当である。 (2)原告は,学費相当額及び再現実験費用を損害として主張しているが,本件論文の共著者から除外されたことによって発生した損害とは認められない。 (3)原告は,本件訴訟について,弁護士に訴訟委任をしており(顕著な事実),上記認定の不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は1万円であると認められる。 第4 結論 以上の次第で,原告の請求は,被告機構に対し,11万円及びこれに対する不法行為後である平成30年4月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるからその限度で認容し,その余の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第5部 裁判長裁判官 唐木浩之 裁判官 片山健 裁判官 高橋祐二 (別表) 以上:5,929文字
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