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夫の同意書を偽造して妊娠中絶をした妻に対する損害賠償請求は可能か3

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令和 3年11月11日(木):初稿
○「夫の同意書を偽造して妊娠中絶をした妻に対する損害賠償請求は可能か2」の続きです。平成28年7月20日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)の事案で、原告が、妻である被告Y2及び被告Y1に対し、被告らが遅くとも平成27年2月15日に不貞行為を開始し、また、被告らが共謀して、原告が作成した本件同意書を医師に提示せず、被告Y2本人の同意のみにより本件胎児に対して違法な人工妊娠中絶をしたことにより、原告が精神的苦痛を受けたとして妻と不貞相手方に対し慰謝料等約6418万円を請求したものです。

○判決は、争点を次の通り整理していました。被告らは原告の妻Y2(昭和61年生まれ)とその不貞相手Y1(昭和46年生まれ)です。
①被告らの不貞行為等に係る慰謝料額(争点(1)、請求額は500万円)
②本件胎児の中絶に係る精神的損害の有無及びその額(争点(2)、請求額は800万円)
③本件胎児固有の損害賠償請求権の有無及び額(争点(3)、請求額は約4988万円)

○判決は、①被告らの不貞行為等に係る慰謝料額については、被告らの不貞行為が原告夫婦婚姻関係破綻の原因となっており、原告夫婦同居期間、不貞行為の存在に争いがないこと、被告Y1が原告にお詫びの気持を示している等総合考慮して220万円と認めました。

○②本件胎児の中絶に係る精神的損害の有無及びその額については、一般論として胎児に対する人工妊娠中絶を望まないとの意思に反して人工妊娠中絶が行われた場合には、親となるべき者の意思決定に係る利益を害されたとして、不法行為に基づき、その精神的苦痛に対して損害賠償を請求できる場合があるとしながら、本件では、原告が中絶同意書を作成しており、本件胎児に対する人工妊娠中絶が原告の意思決定を害するとして求める原告の慰謝料請求は全て棄却しました。

○③本件胎児固有の損害賠償請求権の有無及び額については、胎児は出生前は権利能力を有せず、本件胎児は生きて生まれなかった以上、私権の享有主体性たり得ないとして請求を棄却しました。これは当然の結論です。

○本件では、本件胎児との間に生物学上の父子関係を有する者が、原告か被告Y1かは定かではないと事実認定され、妻被告Y2は、原告と協議した上で出産しないことを決め、原告は中絶同意書も自ら作成し妻に交付していますので、どうみても親となるべき者の意思決定に係る利益を害されたとは言えません。原告は、同意はY2の詐欺によるもので取り消すと主張しましたが、認められませんでした。

○この判決の論理では、夫の同意書を偽造して妻が妊娠中絶をした場合、夫の意思決定に係る利益を害したとして慰謝料請求が認められますが、その金額等の判断は、中絶の理由等を考慮しなければならず、また、世界の趨勢として中絶に夫の同意は不要とされている状況からは、大変難しいと判断になります。

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第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 争いのない事実のほか、証拠(甲1ないし3、5、17、乙イ1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告らは、被告Y2が、被告Y1がインストラクターを努めるゴルフスクールのゴルフレッスン会員であったことから知り合った。被告Y1(昭和46年生まれ)は、被告Y2(昭和61年生まれ)より15歳年長である(甲1、3)。
 被告らは、平成27年1月下旬頃に連絡先を交換してから、LINEでのやり取りや直接会う中で互いに心を許すようになり、恋愛感情やそうした感情に対する葛藤を伝え合うようになった。

(2) 被告らは、平成27年2月14日及び翌15日に会った。
 なお、上記の機会に被告らが性関係を持ったことについては、LINE(甲3)によってもこれを認めるには足りず、その他これを裏付ける客観的証拠は見当たらない。

(3)
ア 被告らは、被告Y2の入籍後も、被告Y1の誕生日である平成27年○月○日に、舞浜にてデートをし、キスをした。また、被告Y2は、原告に対し、平成27年2月28日、女子会に行くと偽って被告と会い、被告Y2は、翌日早朝に帰宅した。帰宅後、被告Y2は、被告Y1に対し「会いたいって気持ちに流されちゃって不倫まっしぐらみたいになっちゃうし、ホントに参ったなあ~どうしてくれんだ…!」、「昼間は危険か!不倫だし!笑」とのメッセージを送信した。
 以上に照らすと、被告らは、平成27年2月28日、性関係を持ったと認められるところ、同日の性関係を含む被告らの一連の不貞行為は、全体として、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

イ 被告らは、その後も継続的にLINEでのやり取りや逢瀬を重ね、複数回にわたる性関係を持った。これらの性関係の中には、避妊を伴わない性交渉があった。

ウ 一方、被告らのLINEでのやり取りの中には、被告Y1が被告Y2に対して、自己の見立てであるとして原告の欠点を披瀝したり、原告との生活が被告Y2の長所を失わせる旨の意見を伝えるものがあり、そうした被告Y1のメッセージに対して、被告Y2は、困惑や反発の気持ち、今決断するのであれば、被告Y1との交際を終了することを選ぶであろうこと、今は決断できず、決断できないことにより原告と被告Y1のどちらもを大切にできていないことに対する自己の葛藤を伝えたりするものがあった。

(4)
ア 平成27年6月初旬頃、被告Y2が本件胎児を懐胎していることが発覚した。被告Y2は、平成27年6月9日、被告Y1に対し、本件胎児を懐胎したと思われる旨を伝えるLINEのメッセージを送信した。被告Y2は、懐胎したのであれば出産して原告と育てることになると思う旨を伝えたところ、被告Y1は、出産することは生まれる子を含めて全ての人を不幸にする、原告と相談して決めることは許さないなどと、強い剣幕を示すメッセージを送信した。

イ 被告Y2は、平成27年6月11日、原告に対し、本件胎児を懐胎したことを伝えた。原告と被告Y2とは、協議の末、出産しないことを決めた。

ウ 被告Y2は、同日、被告Y1に対し、LINEにより、原告との協議の末、出産しないことを決めた旨を伝えたところ、「旦那と相談して決めるなんてゆるさんよって言ったよね。しかも自分達の子どもとして?おそらくは同意書のサインが必要でしょ?どうして君の旦那の署名で殺されなきやいけないの?」などのメッセージを送信して、原告の同意を得ての中絶を受け入れる考えはないことを示した。その後、被告らは数回の協議を経て、原告に、本件同意書への署名をもらいつつ、本件中絶を医師に依頼する際には、本件同意書を医師に交付することはせず、被告Y2のみが作成した同意書を医師に交付することとした。

エ 原告は、平成27年6月18日頃、本件同意書を作成して被告Y2に交付した。

オ 被告Y2は、平成27年6月19日、医師に対し、配偶者欄に「父親不明」と記載した人工妊娠中絶同意書を交付して、本件中絶を依頼し、同日、同中絶が実施された
(甲17)。

(5)
ア 原告と被告Y2は、平成27年6月22日の深夜、口論となり、原告は、一時的に自宅を出た。このことを契機として、被告Y2は、原告に対し、結婚式を延期すること、原告が政策秘書試験に合格するまで別居すること、原告が政策秘書試験に合格したら結婚生活を前向きに続けること、別居中はLINEを禁止することを提案し、原告はこれに応じた。原告は、被告Y1に対し、これらのやり取りを伝えたところ、被告Y1は、原告に対し、婚姻関係解消に踏み込んだ提案がないことに対する物足りない気持ちを示した。

イ 被告らは、その後も継続的にLINEでのやり取りや逢瀬を重ねて性行為を伴う関係を継続した。

ウ そうした中で、原告は、平成27年7月17日、被告Y2に対し、追い詰められた気持ちを示すLINEのメッセージを送信した。被告Y2は、不安な気持ちから原告に電話をしてやり取りをしたが、その後、原告に対し、電話をした際の原告の応答内容等に失望や疑問の気持ちを持った旨や、原告の応答内容等を否定的に捉えてしまう自己を振り返る気持ちを示すLINEのメッセージを送信した。原告は、被告Y2に対し、同居生活を再開して結婚生活の再構築を望み、被告Y2との意思疎通を求める悲痛な心情を示すLINEメッセージを送信した。

(6) 被告らは、平成27年7月31日から8月2日までの間、宿泊を伴う旅行をした。旅行の終了後、被告Y2は、現状に対する葛藤から、被告Y1と会うことを当分やめる気持ちを示すLINEのメッセージを送信した。
 被告らは、その後も継続的にLINEでのやり取りにより現状に対する葛藤を示し合い、その中で、被告Y1は、被告Y2に対する自身の強い気持ちや、原告との婚姻が被告Y2に対して否定的に作用している旨、被告Y2の離婚を望む気持ちを繰り返して示し、被告Y2は、現状を変化させる選択をすることへの障壁を高く感じる気持ちを示すなどした。

(7) 被告Y2は、平成27年8月25日、原告に対し、別居の解消を提案し、原告と被告Y2は、同月30日頃から同居を再開した。しかし、原告と被告Y2とは、同居再開後、被告Y2が原告との性関係を拒んだり、被告Y2が、原告に対して無関心な態度を示したりし、また、そのころには、被告らが逢瀬を重ね、その後も性行為を継続するなどしていたため、原告と被告Y2との婚姻生活は安定したとはいい難い状況にあった。
 一方、被告Y2は、被告Y1から、被告Y2の仕事の仕方を説教されたり、嘘つきであると疑う気持ちを示されたり、早く離婚しろと迫られているように感じる中で、被告Y1と会うことを再開させたことを後悔する気持ちや困惑、不快感をLINEにより示したことがあった。

(8) 原告は、平成27年10月29日付けで、被告Y1に対し、被告らの不貞行為や本件胎児の中絶に係る精神的損害は700万円を下らないとして、その支払を求める内容証明郵便を送付した(甲2)。
 被告Y1は、平成27年11月9日、代理人弁護士を介して、原告代理人に対し、原告の請求金額があまりに高額でこのまま請求に応じることはできないが、被告Y1が原告に対しお詫びをしなければならないことは間違いないことを確認する旨の内容証明郵便を送付し、また、被告Y1は、原告に対し、被告Y2との間で不適切な関係を持った点について、深くお詫びする旨の意思を示している(甲5、乙イ1)。

2 争点(1)(被告らの不貞行為等に係る慰謝料額)
 前記に認定した不貞行為の態様や、被告Y2が、被告Y1の意向を強く受ける中で、原告に対し、本件中絶を働きかけたといえ、このことが本件中絶の一要因となったこと、被告Y2は、原告に対して同居の解消を申し向け、同居再開後も原告との夫婦関係を安定させようとしなかったといえるところ(なお、原告は、被告Y2は、原告の粗探しや粗造りをして周囲に離婚の理由を説明するために同居を再開した旨を主張するが、被告Y2がそのような行動に及んだとみるべき具体的な言動は見当たらず、この点に関する原告の主張は採用できない。)、被告らの関係性や被告らのLINEのメッセージ内容等に照らせば、被告Y2によるこうした行動には、被告Y2による判断のほか、被告Y2に対して繰り返し離婚を働きかける被告Y1の意向が強く影響していることがうかがわれること(被告Y2を離婚に焚きつけたとの評価は当たらない旨の被告Y1の主張は、採用できない。)、被告らの不貞行為や、被告Y2が原告に対して別居や離婚を申し向けたことが、原告と被告Y2との婚姻関係の破綻の原因となり、原告は、精神的苦痛を余儀なくされたといえること、原告と被告Y2との婚姻期間及び同居期間、LINEのデータが証拠提出されているとはいえ、被告らが継続的な不貞行為があったこと自体については争っておらず、被告Y1は、原告に対するお詫びの気持ちを示していること等、本件に現れた諸事情をしん酌すると、原告の慰謝料額は220万円をもって相当と認める。

 また、原告が提訴に当たり要した弁護士費用については、上記慰謝料額の1割に相当する22万円をもって相当因果関係ある損害と認める。

3 争点(2)(本件中絶に係る精神的損害の有無及びその額)
(1) 母体保護法14条1項が、人工妊娠中絶に当たり、本人及び配偶者の同意を求める趣旨は、自己の子となるべき出生前の子(胎児)の出生について、親となるべき男女双方の意思決定を尊重する趣旨であるところ、同意思決定に係る利益は法的保護に値し、胎児に対する人工妊娠中絶を望まないとの意思に反して人工妊娠中絶が行われた場合には、親となるべき者の意思決定に係る利益を害されたとして、不法行為に基づき、その精神的苦痛に対して損害賠償を請求できる場合があるというべきである。

 一方、原告は、母体保護法14条2項に基づき人工妊娠中絶ができる場合ではないにもかかわらず、母体保護法14条2項に基づき人工妊娠中絶が行われたことが、胎児の親となるべき原告の権利利益を侵害する旨を主張するが、胎児に対する人工妊娠中絶を望まないとの意思決定に係る利益を超えて、胎児に対する人工妊娠中絶の実施に当たり母体保護法のいかなる条項が具体的に適用されるかに係る利益が法的保護に値するとまではいえないから、同主張は採用できない。

(2) 以上を前提に本件をみるに、原告は、本件中絶に同意する旨の同意書(本件同意書)を作成し、これを母体保護法14条1項所定の指定医師(以下、単に「医師」という。)に示す趣旨で、被告Y2に交付しているところ、前記第2の1(9)のとおり、本件中絶は既に終了しているから、本件同意を撤回する余地はない。

 また、前記(1)に示した母体保護法14条1項の趣旨に照らせば、同法同項の同意としては、胎児の親となるべき者が、自己の子となるべき出生前の子(胎児)の出生を望まず、人工妊娠中絶に同意する旨の意思表示で足りるというべきである。原告は、母体保護法14条1項所定の男性配偶者の同意は、妊娠の経緯及び中絶を行う理由が全て開示されている場合に限るべきであり、その根拠として、母体保護法14条1項2号の規定を指摘するが、同号は、単に人工妊娠中絶を行うことができる場合の一つを示したものに過ぎず、妊娠の経緯に係る情報を配偶者に与えられるべきことの根拠とはいえない。

その他、原告の主張の根拠となる法文上の手がかりはなく、また、原告の主張は、開示に係る情報の範囲が不明確であって、その外延を画することもできないことに照らし、採用できない。以上に照らすと、本件同意は、母体保護法14条1項の同意として、欠けるところはないというべきである。

 また、母体保護法14条1項所定の同意が、公法上の意思表示であって、民法の意思表示に関する規定が当然に適用されるものではないことや、法的安定性の見地からすれば、民法96条を適用して本件同意を取り消すことはできないというべきである(なお、本件同意に対し、仮に民法96条を適用する余地があり得るとしても、本件同意は、原告が、意思表示の相手方である医師に対し、第三者である被告らが詐欺を行ったことによりしたということになるから、当然にそれに基づく取消し主張が可能であるとはいえないというべきである。)。

 以上に照らすと、本件胎児に対する人工妊娠中絶が原告の意思決定を害するとして求める原告の慰謝料請求は、理由がない。本件中絶は、被告Y2が、原告が作成した本件中絶に同意する旨の同意書を医師に提示せず、被告Y2本人の同意のみを医師に届け出ることにより実施されたものであるものの、上記同意書による同意が、母体保護法14条1項の同意として有効であることに照らせば、上記の事情も、本件胎児の出生に係る原告の意思決定を害するものとはいえない。

よって、本件中絶に係る精神的損害をいう原告の主張は、理由がない(被告Y2が、被告Y1の意向を強く受ける中で、原告に対し、本件中絶を働きかけたといえ、このことが本件中絶の一要因となったことは前記2のとおりであるところ、そのことは、不貞行為等に係る慰謝料算定の一事情として斟酌すべきであり、前記2の慰謝料額においても斟酌されている。)。

4 争点(3)(本件胎児固有の損害賠償請求権の有無及び額)
 民法721条は、私権の享有は、出生に始まるとする民法3条1項の特則として、胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなすとしている。その趣旨は、胎児は、出生前は権利能力を有せず、事後に生きて生まれてきた場合に、不法行為の時に遡ってその権利能力が発生し、不法行為の時から権利主体であったものとして取り扱われるものと解すべきである。そうすると、本件胎児は、生きて生まれなかった以上、私権の享有主体性たり得ないというべきである。

 原告は、法律行為につき条件成就を妨害した場合について定める民法130条を指摘して、故意行為によって胎児の出生を妨げられた場合には、当該行為をした者との関係では、胎児は出生したとみなされる旨主張するが、民法721条に基づく胎児の法律上の地位を説明する際に上記のとおり用いた条件的な法的構成は、法律行為の附款としての条件とは異なるから、民法130条を適用する余地はない。これに反する原告の主張は採用できない。

5 結論
 以上によれば、原告の請求は、被告らに対して連帯して242万円及びこれに対する不法行為の日である平成27年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 辻由起)
以上:7,354文字

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