令和 3年10月 5日(火):初稿 |
○「未成年者不法行為について監督義務者責任を認めた地裁判決紹介」の続きでその控訴審平成24年6月7日大阪高裁判決(判時2158号51頁)関連部分を紹介します。 ○自動二輪車を運転して小学校校庭付近の道路にさしかかった亡Aが、校庭から飛び出してきたサッカーボールの影響で転倒して負傷し、死亡した本件事故につき、亡Aの遺族である被控訴人らが、サッカーボールを蹴ったB(小学生)の両親である控訴人らに対し、損害賠償を請求していました。 ○大阪高裁判決は、亡Aは、本件道路付近に居住して本件道路の状況を知悉していたところ、小学校の校庭からボールが飛び出してくることは決して珍しいことではないから、亡Aが速度を控えて、前方を注視していてば、ボールを発見して安全に停止することは可能であったとして、3割の過失相殺をした上で、亡Aの死亡には、亡Aの既往症が寄与しているとして、損害の5割を減額しました。 ○ ******************************************** 主 文 一 控訴人らの各控訴及び被控訴人X1の附帯控訴に基づき、原判決主文第一項から第六項までを次の(1)から(6)までのように変更する。 (1) 控訴人らは、被控訴人X1に対し、連帯して557万1540円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 控訴人らは、被控訴人X2に対し、連帯して156万7954円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 控訴人らは、被控訴人X3に対し、連帯して156万7954円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) 控訴人らは、被控訴人X4に対し、連帯して156万7954円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (5) 控訴人らは、被控訴人X5に対し、連帯して156万7954円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (6) 被控訴人らのその余の各請求をいずれも棄却する。 二 被控訴人X2、被控訴人X3、被控訴人X4及び被控訴人X5の各附帯控訴をいずれも棄却する。 三 訴訟費用中、控訴人らと被控訴人らとの間で生じた訴訟費用は第1、2審を通じてこれを六分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とし、被控訴人らと補助参加人との間に生じた訴訟費用も第1、2審を通じてこれを六分し、その一を補助参加人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。 四 この判決の第一項の(1)から(5)までは、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 控訴人らの控訴の趣旨及び被控訴人らの附帯控訴の趣旨 一 控訴人らの控訴の趣旨 (1) 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。 (2) 上記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 (3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 二 被控訴人らの附帯控訴の趣旨 (1) 原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取り消す。 (2) 主位的請求 (中略) 第二 事案の概要 一 本件の要旨及び訴訟の経過 (1) 要旨 本件は、自動二輪車を運転して小学校校庭付近の道路にさしかかったA(以下「A」という。)が、校庭から飛び出してきたサッカーボールの影響で転倒して負傷し(以下「本件事故」という。)、その後死亡したことに関し、Aの相続人である被控訴人X1、被控訴人X2、被控訴人X3、被控訴人X4及び被控訴人X5が、主位的に本件事故によってAが死亡したことを理由とし、予備的に本件事故によってAに傷害を負わせ後遺障害が生じたことを理由として、サッカーボールを蹴ったB(原審共同被告。以下「B」といい、後記引用の原判決中に「被告B」とあるのを「B」と読み替える。)の両親である控訴人Y1、被控訴人Y2に対し、民法709条又は民法714条一項に基づき(選択的併合)、Aの被った損害の賠償を請求した事案である。 控訴人らに対する主位的請求は、Aの妻であった被控訴人X1が、2541万2103円及びこれに対する不法行為の日である平成16年2月25日以降の民法所定年5分の遅延損害金の連帯支払を求め、子であるその余の被控訴人らがそれぞれ635万3025円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求めるものであり、控訴人らに対する予備的請求は、被控訴人X1が、1114万8782円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求め、その余の被控訴人らが、それぞれ278万7195円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求めるものである。 (2) 被控訴人らは、Bの行為あるいは控訴人らの行為が不法行為に当たること、控訴人らにBの監督義務違反があったこと、本件事故とAの死亡の因果関係そのほかを争った。 なお、Bがサッカーボールを蹴った場所が小学校の校庭であったため、同小学校を設置・管理する今治市が、控訴人らに補助参加している。 (3) 訴訟の経過 (中略) 第三 当裁判所の判断 一 争点(1)(事故態様及び控訴人らの責任の有無)についての当裁判所の判断は、次の(1)以下のように原判決を補正し、後記六に当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第三の一の認定・説示と同一であるから、これを引用する。 (1) 原判決13頁六行目から11行目までを次のように改める。 「ウ 本件校庭の南側には、その南側のb中学校の敷地と本件校庭にはさまれる道路(以下「本件道路」という。)があるが、本件道路の北側には幅1・8mの側溝がある。すなわち、本件校庭の南側に校庭に沿って側溝があり、その南側に本件道路があり、さらにその南側がb中学校の敷地になるという位置関係である。本件道路は二つの学校にはさまれているあたりでは、幅約4・4mのほぼ直線の道路で、アスファルト舗装がされている。本件校庭の南東角から校庭の南端に沿って約33m西の位置に本件校庭から外に通じる門(以下「南門」という。)があり、南門の南側には側溝をまたぐ幅三m程度の橋が架かっている。 本件事故直前、Aは、この橋の東側付近の本件道路を東から西に向かって自動二輪車で進行していた。橋の手前からAの進行方向には、右側に側溝さらにその右側に本件校庭があり、左側にb中学校の敷地があって、生け垣を植えた石垣(この石垣は、道路面から二段程度の高さであった。)が道路と中学校の境界を画していた。本件道路の幅員が4・4mであり、左側は石垣、右側は側溝であったから、本件道路を進行中の自動二輪車は、突然障害物に遭遇したような場合に、大きな回避行動をとることはできなかった。 ただし、本件道路の前方には見通しを妨げるものはなく、本件道路の右側には校庭の南端に樹木やプレハブ小屋等があり、校庭の模様を見通すことはやや困難であったが、校庭であることは十分認識可能であった。本件事故当時、現場付近は住宅地域ではあったが、周辺には田畑も存し本件道路の交通量は少なかった。本件道路の幅からして高速で進行できる場所ではなく、また前方の見通しはよかったから、Aが前方の障害物の発見が困難であるとか、急ブレーキをかけるのが危険ということはなかった。 そして、Aの住居は本件小学校と大字を同じくする町内にあり、同人は本件事故現場付近の状況や小学校の存在等を知悉していた。 エ Bらがフリーキックをしていた時、サッカーゴールは本件校庭南端に近い場所に、本件道路と並行に置いてあり、サッカーゴールにはネットが張られていた。したがってフリーキックの定位置からゴールに向かってボールを蹴るのは、本件道路に向かって蹴ることになった。また、ゴールは南門の前にあったが、本件校庭の南側のフェンス(ネットフェンス)の高さは地上から約120cm、南門の門扉の地上からの高さは約130cmであった。」 (中略) 二 争点(2)(本件事故とAの死亡との間の相当因果関係の有無・主位的請求)についての当裁判所の判断は、次の(1)以下のように原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第三の二の認定・説示と同一であるから、これを引用する。 (中略) (4) 控訴人らは、本件事故とAに生じた仮性球麻痺との間、ひいてはAの死亡との間には因果関係はない旨主張し、これに沿う医師の意見書(乙10ないし13)を提出する。 ア 前記認定のとおり、仮性球麻痺は、延髄に病変がなく、皮質中枢や核上路の上部運動ニューロンを含む脳病変が、多発性、両側性に及んで進行性球麻痺に類似した症状を呈するものであり、球麻痺よりも高齢者に多く、性格の変化や知能低下がみられる疾病である。また証拠(乙28)によれば、仮性球麻痺を来す疾患としては多発性脳血管障害(特に前頭葉ラクナ梗塞)、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患、多発性硬化症、脳炎、梅毒、脳腫瘍などがある(乙28)と認められるところ、これらの脳疾患がAに存したことを認めるに足りる証拠はない。また、Aに存在した慢性硬膜下血腫について、城東中央病院の医師は、嚥下障害と関係がないと判断していたこと(甲九)、Aの硬膜下血腫は片側性であるところ、仮性球麻痺は、一般に両側性障害が原因となること(乙28)などからすると、Aに生じた仮性球麻痺の原因の特定は困難であるようにも思われる。 イ しかしながら、Aは、本件事故前は自宅で農作業等をして生活を送り、認知症の症状はなく食事などにも障害は全く見られなかった。ところが、本件事故によって入院した翌々日に突如認知症を発症し、しかもその程度が決して軽いとは見られなかった上、前記認定のとおり、その症状は進行した。そして、入院から100日余り後に突如として嚥下障害を呈したものである。Aは、本件事故後は、入院して長期臥床を余儀なくされ、移動や刺激の少ない生活を送るようになったものであって、生活状況が一変したということができる。また、前記認定のように、入院後Aは被控訴人X1に依存する傾向が生じ、同被控訴人がいないと認知症の症状が出て活気が見られず、被控訴人X1がいると症状が安定する傾向が明確に見られるに至ったものと認められる。 以上の事情に照らすと、本件事故及びそれによる入院を境に、Aの健康状態、精神状態、生活状況は一変したものということができる。Aが老齢で、同人に慢性硬膜下血腫があり、また脳萎縮があったことを考慮しても、認知症の発症、脳の何らかの病変を原因とする仮性球麻痺が本件事故と全く無関係に生じたと見るのはやはり極めて不自然な理解であり、本件事故及び入院を契機に認知症を発症し、さらに脳の何らかの病変を原因として仮性球麻痺を発症したとみるのが、一般の経験則に合致するものというべきである。 そして、このような理解は、医学経験則にも符合するものといえる。すなわち、E医師の意見書(乙6、10~13)によれば、仮性球麻痺は、大脳の機能が全般的に低下した場合に出現する神経症状であり、前記のような大脳を広範に障害する多発性硬化症のような脳神経変性疾患、多発性脳血管障害などのほか、痴呆症の患者にも合併が認められるものであることが認められる。したがって、医学的な観点からも、Aの場合にも、徐々に進行していた老年性痴呆が背景に存在し、さらに本件事故前に発症していた慢性硬膜下血腫の進行が痴呆症状の急激な悪化、その後の仮性球麻痺の発現に関与したものと考えることが合理的である。 そこで、以上の説示を併せると、本件の場合、本件事故による突然の入院と骨折治療の遷延による入院の長期化がAの認知症の発症、増悪をもたらし、同時に脳機能の全般的な低下を招き、そのことが関与して仮性球麻痺が発現したと推認するのが相当である。 そうすると、本件事故とAの仮性球麻痺の発現との間には因果関係を認めることができるから、仮性球麻痺から生じた誤嚥性肺炎と死亡についても本件事故との間に因果関係を認めることができる。 もっとも、Aの仮性球麻痺は、本件事故当時既に85歳と高齢であったAが有していた素因である脳機能の低下と既往症である脳病変(右慢性硬膜下血腫及び脳萎縮等)に本件事故による長期入院等が関わって、前者の素因ないし病変が進行・増悪したことにより発症したものとみるのが相当である。 そうすると、Aの仮性球麻痺は、本件事故による長期入院等とAの素因ないし病変とが共に原因となって発症したものというべきである。仮性球麻痺に対する双方の原因の寄与の程度については、Aの素因ないし病変の持つ寄与の程度も相当のものがあると考えられるが、その寄与度の判定については、後記過失相殺の判断において検討する。」 三 争点(3)(Aに残存する後遺障害の程度・予備的請求)について 争点(3)についての当裁判所の判断は、原判決の「事実及び理由」の第三の三の認定・説示のとおりであるから、これを引用する。 四 争点(4)(損害)について(主位的請求) (1) 損害 (中略) (2) 過失相殺等 ア 本件事故発生に関するAの過失 本件事故発生の状況は前記認定のとおりであり、Bには、校庭における遊戯中といえども、校庭南側の本件道路の通行(二輪車等の通行を含む。)に対して危険を及ぼさないため、本件道路上にボールが飛び出さないようにすべき注意義務を負っていた。しかるに、Bはこの注意義務に反し、ボールをゴール方向に蹴り誤って本件道路上にボールを転がり出させて、本件事故の原因を作り出すこととなったものである。 一方、Aは、本件道路付近に居住していて本件道路の状況を知悉していたところ、四輪車と異なり二輪車にとっては前方に転がるボールが危険な障害物となることがあるのであり、小学校の校庭からボールが飛び出してくることは決して珍しいことではないのであるから、本件道路を自動二輪車で進行するに際しては、危険を感じたら直ちに停止できる程度に速度を控え、また校庭からボール等が飛び出てこないかどうか注意を払い進路前方の安全を注視して進行すべきであった。本件事故現場の状況から推測される事故状況からすると、本件事故はサッカーボールがAを直撃したとか、突然上空から落ちてきたのではなく、南門を超え橋の上を転がって本件道路に飛び出したものと認められるから、速度を控えて、前方を注視していれば、ボールを発見して安全に停止することは可能であったと推測される。 以上によれば、本件事故発生についてAにも過失があったというべきであり、同人に係る損害額を定めるについてAの過失をしんしゃくするのが相当である。しかし、本件の不法行為は本件道路外からボールが道路内に転がってきて発生したという性格のものであるから、減額する割合は30%程度とするのが相当である。 イ Aの既往症 Aの仮性球麻痺については、本件事故による長期入院等が発症の契機となったと認められることは前記のとおりであるが、Aに脳病変(右慢性硬膜下血腫)や、既に認知症の素因もあり(脳萎縮)、それが発現・増悪したものであるから、本件では、本件事故とそれ以前から存在したAの素因ないし病変が共に原因となって仮性球麻痺を発症し、同人の損害が発生したものというべきである。 本件においては、Aの素因ないし病変の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのは公平を失するから、損害賠償の額を定めるに当たっては、民法722条二項の規定を類推適用して、被害者であるAの上記素因ないし疾患をしんしゃくするのが相当である(最高裁判所平成4年6月25日第一小法廷判決・民集46巻四号400頁参照)。そして、これにより損害を減額する割合は、50%程度とするのが相当である。 (中略) 八 被控訴人らの控訴人らに対する損害賠償請求の当否について 以上によれば、被控訴人X1の主位的請求は、控訴人らに対し、557万1540円及びこれに対する不法行為の日である平成16年2月25日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが、その他の請求は理由がない。 そのほかの被控訴人らの請求は、控訴人らに対し、それぞれ各156万7954円及びこれに対する同様の遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが、その他の請求は理由がない。 第四 結論 よって、控訴人らの各控訴及び被控訴人X1の附帯控訴に基づき原判決主文の第一項から第六項までを本判決主文第一項の(1)から(6)までのように変更し、その余の被控訴人らの附帯控訴をいずれも失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 本吉弘行) 以上:6,946文字
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