令和 3年10月 4日(月):初稿 |
○「未成年者不法行為について監督義務者責任免除を認めた最高裁判決紹介」の続きで、その第一審平成23年6月27日大阪地裁判決(判時2123号61頁)の関連部分を紹介します。 ○Aが、本件事故当時11歳11か月の被告Bの蹴ったボールの影響で転倒して負傷し、その後死亡した事故につき、Aの相続人である原告らが、被告B及びその両親である被告Cらに対し、合計約5000万円の損害賠償を求めました。 ○これに対し、平成23年6月27日大阪地裁判決は、被告Bは、本件事故当時11歳の小学生であったから、未だ、自己の行為の結果、どのような法的責任が発生するかを認識する能力がなく、本件事故によりAに生じた損害については、被告Bは民法712条により賠償責任を負わず、親権者として同被告を監督すべき義務を負っていた被告両親に対して、民法714条により賠償責任を負うとして合計約1500万円の支払を命じました。 ○この判決は、後に最高裁判決で覆されますが、当時としては一般的判断でした。 ******************************************** 主 文 一 被告C及び被告Dは、原告X1に対し、連帯して金552万2125円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 二 被告C及び被告Dは、原告X2に対し、連帯して金236万9356円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 三 被告C及び被告Dは、原告X3に対し、連帯して金236万9356円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 四 被告C及び被告Dは、原告X4に対し、連帯して金236万9356円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 五 被告C及び被告Dは、原告X5に対し、連帯して金236万9356円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 六 原告らの被告C及び被告Dに対するその余の請求をいずれも棄却する。 七 原告らの被告Bに対する請求をいずれも棄却する。 八 訴訟費用はこれを3分し、その1を被告C及び被告Dの負担とし、その余を原告らの負担とする。 九 この判決は、第1項ないし第5項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求 一 主位的請求 (中略) 。 第二 事案の概要 Aは、普通自動二輪車(以下「原告車両」という。)を運転していたところ、被告Bの蹴ったサッカーボールの影響で転倒し(以下「本件事故」という。)て負傷し、その後死亡した。 本件は、Aの相続人である、原告X1、原告X2、原告X3、原告X4及び原告X5(以下、原告ら5名を併せて、「原告ら」という。)が、主位的請求として本件事故によってAが死亡したことを理由とし、予備的請求として本件事故によってAに後遺障害が残存したことを理由として、被告B、被告Bの父親である被告C及び母親である被告D(被告Cと併せて「被告両親」という。そして、被告ら3名を併せて、「被告ら」という。)に対し民法709条に基づき、又は、被告両親に対し、民法714条1項に基づき、損害の賠償を請求する事案である。なお、被告Bがサッカーボールを蹴った場所が小学校の校庭であったため、同小学校を設置・管理する今治市が、被告らに補助参加している。 一 前提事実 (中略) 第三 争点に対する判断 一 争点(1)(事故態様及び被告らの責任の有無)について (1)本件前提事実、(証拠省略)によれば、以下の事実が認められる。 ア 被告Bは、平成4年3月3日生まれの男性であり、本件事故当時11歳11か月であった。Aは、大正7年3月14日生まれの男性であり、本件事故当時85歳11か月であった。 イ 被告Bは、平成16年2月25日午後5時ころ、今治市立(本件事故当時はCC町立)CC小学校の校庭(本件校庭)において、友人達とともにサッカーボールを用いて、ゴールに向かってフリーキックの練習をしていた。 ウ Aは、原告車両に乗車して、本件校庭の南側の溝を隔てた場所にある東西方向に通じる道路(以下「本件道路」という。)上を東から西に向けて走行していた。 エ 被告Bらがフリーキックの練習をしていたゴールは、本件道路に比較的近い場所に、道路と並行して位置しており、同被告らは、本件道路側に向かって、フリーキックの練習を行っていた。 オ 被告Bが、平成16年2月25日午後5時16分ころに蹴ったボールが、本件校庭内から門扉を超えて本件道路上に飛び出した。そのため、折から本件道路の門扉付近を走行していたAが、ボールを避けようとしてハンドル操作を誤るなどして、本件道路上に転倒した。 (2)以上認定の事実によれば、本件事故当時、被告Bがフリーキックの練習を行っていた場所と位置は、ボールの蹴り方次第では、ボールが本件校庭内からこれに接する本件道路上まで飛出し、同道路を通行する二輪車等の車両に直接当て、又はこれを回避するために車両に急制動等の急な運転動作を余儀なくさせることによって、これを転倒させる等の事故を発生させる危険性があり、このような危険性を予見することは、十分に可能であったといえる。 したがって、このような場所では、そもそもボールを本件道路に向けて蹴るなどの行為を行うべきではなかったにもかかわらず、被告Bは、漫然と、ボールを本件道路に向けて蹴ったため、当該ボールを本件校庭内から本件道路上に飛び出させたのであるから、このことにつき、過失があるというべきである。 (3)しかしながら、被告Bは、本件事故当時11歳の小学生であったから、未だ、自己の行為の結果、どのような法的責任が発生するかを認識する能力(責任能力)がなかったといえる。 したがって、本件事故によりAに生じた損害については、被告Bは民法712条により賠償責任を負わず、親権者として同被告を監督すべき義務を負っていた被告両親が、民法714条1項により賠償責任を負うというべきである。 二 争点(2)(本件事故とAの死亡との間の相当因果関係の有無・主位的請求)について (1)本件前提事実、(証拠省略)によれば、以下の事実が認められる。 ア Aの本件事故当時の生活状況 Aは、本件事故当時は、(住所省略)の自宅で原告X1とともに生活し、家の裏の畑で野菜を育てたり、山でみかんを育てたりしており、移動の際には普通自動二輪車である原告車両を運転しており、約2週間後には、満86歳を迎えるところであった。 イ 今治セントラル病院における治療状況 (中略) (2)以上認定の事実に基づき、争点(2)について判断する。 ア 上記認定事実によれば、Aは、 〔1〕本件事故以前は、自宅で妻と二人で生活し、野菜やみかんを作り、移動の際には、自動二輪車を運転していたものであって、日常生活自立度や痴呆症自立度などは正常とされていたこと、 〔2〕本件事故によって、頭部に衝撃があったとは解されないが、左脛・腓骨骨折等の傷害を負い、その治療のために副子固定、荷重禁とする保存的療法がとられ、入院したこと、 〔3〕入院日の翌日深夜から翌々日朝にかけて、オーバーテーブルを押しながら廊下を徘徊するなどの痴呆症状がみられたこと、 〔4〕入院日の翌々日に実施された頭部CT検査の結果、本件事故以前からのものとみられる右慢性硬膜下水腫(血腫)及び高齢化によるものとみられる明瞭な脳溝と側脳室の拡大、全般的な脳萎縮の存在が確認されたこと、 〔5〕その後、骨折部位の仮骨形成が進まず、治療が遷延化する中で、嚥下障害等が生じ、いわゆる寝たきりの状態となったこと、 〔6〕上記嚥下障害は、仮性球麻痺によるものと診断されたこと、 〔7〕痴呆症の症状は、上記〔3〕以降も引き続きみられ、平成16年7月22日の転院の時点で痴呆との診断を受けていること、 〔8〕その後、誤嚥性肺炎を繰り返した結果、全身状態を悪化させて死亡したことなどの事情があったといえる。 また、(証拠省略)によれば、仮性球麻痺は、延髄に病変がなく、皮質中枢や核上路の上部運動ニューロンを含む脳病変が、多発性、両側性に及んで進行性球麻痺に類似した症状を呈するものであり、球麻痺よりも高齢者に多く、性格の変化や知能低下がみられる疾病であると認められる。 そうすると、Aは、仮性球麻痺による嚥下障害が発症し、それにより誤嚥性肺炎を繰り返し、死亡するに至ったと認められるが、本件事故により直接的に頭部に衝撃を受けて脳病変が発生又は増悪し、これが仮性球麻痺による嚥下障害の発症原因となったとまでは認められない。 イ しかしながら、Aは前記のとおり、本件事故前は、自宅で農作業等をして生活を送っていたが、本件事故後は、入院して長期臥床を余儀なくされ、移動や刺激の少ない生活を送るようになったものであって、生活状況が一変したといえること、そして、本件事故後は、同事故前にはなかった痴呆や嚥下障害の症状が生じるようになったこと(痴呆は本件事故の翌日、嚥下障害は本件事故の約4か月後に生じた)ものである。 これらに照らせば、Aは、本件事故によって頭部に衝撃を受けた事実は認められないものの、本件事故による他の部位の受傷、事故直後の処置、その後の入院生活という、激変した環境が契機となって、Aが従前有していた脳病変(右慢性硬膜下血腫及び脳萎縮等)が進行、増悪して仮性球麻痺の症状が発生する機序をとった可能性を否定することはできない。これらによれば、本件事故とAの死亡との間には、因果関係が存在するというべきである。 ウ もっとも、Aの仮性球麻痺については、本件事故による長期入院等が発症の契機として寄与したといえることは上記のとおりであるが、根本的には、本件事故当時、既に85歳と高齢であったAが有していた素因ないし既往症である脳病変(右慢性硬膜下血腫及び脳萎縮等)の進行・増悪により発症したものとみるのが相当であり、両者の寄与度を比較すると、後者の方が前者よりも重いというべきである。 以上に照らせば、Aの損害については、損害の公平な分担の見地から、民法722条の規定を類推適用して、Aの上記素因ないし既往症を斟酌して、治療関係費の一部を除き、その6割を減額することが相当である。 (3)原告らは、Aが本件事故により転倒し、右側頭部に強い衝撃を受け、これを原因とする急性硬膜下血腫を発症したため、同人の脳が損傷して仮性球麻痺が生じ、これを原因とする嚥下障害により、誤嚥性肺炎を引き起こした結果、Aは死亡した旨主張し、(証拠省略)中には、これに沿う部分がある。 しかしながら、上記認定の事実関係に照らせば、本件事故後、Aには意識レベルの低下は一切認められていない上、Aが本件事故によって、頭部を打撲したことを認めるに足りる証拠はなく、本件事故前から存在した右慢性硬膜下血腫の容量が増大するなどしたことを認めるに足りる証拠もない。また、高齢者においては、従前から脳萎縮等の症状があっても、日常生活を行っている限りでは認知症は緩やかに進行することから、その症状が顕在化していなかったにもかかわらず、入院等の生活環境の激変により認知症を顕在化させること自体、経験則上少なからず見受けられるところである。以上のような諸事情に照らせば、Aの症状が、頭部打撲による急性硬膜下血腫に起因するものであると認めることはできない。 なお、原告らは、Aが城東中央病院に転院した直後に、同病院の看護師から、今治セントラル病院のサマリーに、Aが頭を打ったときに出血し、その血の塊が神経に影響して今の嚥下障害の状態になったとの記載があるとの説明を受けており、このことからも、同人が頭部を打撲したことは明らかである旨主張し、(証拠省略)中には、これに沿う部分がある。しかしながら、今治セントラル病院の診療録はもとより、その他本件全証拠によっても、そのような記載を的確に認めることはできないから、上記証拠は、にわかに信用することができず、他に原告らの上記主張を認めるに足る証拠はない。 また、原告らは、Aが本件事故で急性硬膜下血腫による脳損傷を受け、脳血管症を発症し、これに起因する仮性球麻痺による誤嚥性肺炎によって死亡したとして、同主張を立証するために鑑定の申立てをしている。しかしながら、その内容は、一般的な医学的知見の有無を確認しようとするものか、すでに原告ら提出の意見書において立証済みの事実の確認等を求めるものであり、当裁判所において、上記のとおり判断が可能である以上、上記鑑定を採用する必要性は認められないというべきである。 (4)他方、被告らは、本件事故と、Aの死亡との因果関係は認められない旨主張し、これに沿う医師の意見書を提出する。 しかしながら、上記意見書は、外傷による急性頭蓋内血腫の存在を否定し、これによる死亡の事実は認められない旨を指摘するものに過ぎず、上記(1)及び(2)の認定を覆すには足りず、他に同認定事実を左右するに足りる証拠はない。 三 争点(3)(Aに残存する後遺障害の程度・予備的請求)について (1)原告らは、予備的請求として、Aには脛骨及び腓骨の両方に仮(偽)関節を残す後遺障害が残存した旨主張する。そして、上記二(1)認定のとおり、本件事故によるAの骨折部位は、骨折から三か月余が経過した時点でも仮骨形成が不良であり、平成16年7月24日には、X線検査上、骨折線がはっきり見えている状態で、仮骨形成も多くない状態であり、症状固定との診断を受けたものである。そして、(証拠省略)によれば、原告X4が加入する傷害保険の保険会社は、Aの傷害を原因とする保険金の算定に当たり、同原告に対し、後遺障害として左足の偽関節を認定する予定であるとの連絡をした事実が認められる。 (2)しかしながら、Aの脛骨及び腓骨の両方に仮(偽)関節が残存していることを直接裏付ける証拠はなく、むしろ、(証拠省略)によれば、症状固定時の他覚症状及び検査結果では、下肢の自動運動は可能であり、膝関節の可動域制限は認められず、レントゲン写真上骨折部は確認できるものの、異常可動性や圧痛はなく、骨折は治癒しているとされたことが認められる。 (3)以上によれば、上記(1)認定の事実もこれをもって、原告らの主張を裏付けるには足りず、他に原告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。 四 争点(4)(損害)について (1)治療費 57万0405円 (中略) (9)死亡慰謝料 1000万円 Aの年齢、本件事故の状況、受傷状況、その後死亡に至るまでの治療経緯、その他本件に現れた諸般の事情に鑑みれば、Aの死亡慰謝料は、1000万円が相当である。 (10)弁護士費用及び原告らの相続額 上記(1)ないし(9)の合計額は、1727万4849円となるところ、原告らの相続分によれば、原告X1の相続額は、863万7424円であり、原告子らの相続額は、それぞれ215万9356円となる。 そして、(証拠省略)によれば、原告X1は、平成17年11月から平成23年4月までの間に合計361万5299円の恩給(扶助料)を受領した事実が認められるから、同額を原告X1の相続額から控除すべきである。そうすると、原告X1の残損害額は、502万2125円となる。 以上の原告らの各損害額を前提とすれば、原告X1の弁護士費用は50万円が、原告子らの弁護士費用は、21万円が相当であり、原告X1の残損害額は、552万2125円となり、原告子らの残損害額は、それぞれ236万9356円となる。 五 結論 以上によれば、原告らの請求は、 〔1〕被告両親に対し、民法714条1項に基づき、原告X1につき連帯して552万2125円及びこれに対する不法行為の日である平成16年2月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告子らについては、それぞれ連帯して236万9356円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める範囲でいずれも理由があるからこれを認容し、その余の請求についてはいずれも理由がないから棄却し、 〔2〕被告Bに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとする。 よって、主文のとおり判決する。 (裁判官 新田和憲 宮崎朋紀) 裁判長裁判官田中敦は、転補につき、署名押印することができない。 (裁判官 新田和憲) 以上:6,770文字
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